第9話:ヒーローになりたかったのです。後編
――数時間前
今日は終業式。と言っても三年生は受験勉強のためほとんど参加しない。ここ数日間学校をさぼっている奴は尚更だろう。だが俺は例外。今まさに学校へと向かっている最中なのだ。しかしもう終業式は時間の関係上終わっているはずだ。尚も学校へ向かう理由。それは他でもない、二人に会うためだ。先ほどメールがヒロミからあった。
『今日は学校に絶対こいよ。話したいことがある』
俺もある。まずは会って謝ること。そしていつかヒロミに言った様にまた頼むのだ。
「こんな俺だけど、力も無いけど、また手伝ってくれるか?」
断られるかもしれない。たが言わずにはいられない。俺が新たな俺になるために。因縁を断ち切るために……。
ちょうど商店街に入った頃、俺はふと屋上で何か食べようと思った。二人の分も買っていこう。ポテチでいいかな? そんなことを考えながらコンビニに入った時だった。爆発音。そして悲鳴。店員の金髪の兄ちゃんも俺も、何があった!? っと外に飛び出る。商店街の少し向こうにあるビルから黒煙が上がっていた。
「あれは~、若葉ビルだな。店とかいっぱい入ってるしぃ、平気かあ?」
金髪の兄ちゃんはどさくさにまぎれて店の商品の棒付き唐揚げを食べながら言った。
「大丈夫ですかね?」
「あー、どうだろうなぁ。まっ、一般人の俺らにゃなんもできんさ」
唐揚げを食べながらケラケラと笑う。確かに一般人。今の俺は一般人と変わらない。でも、心持ち一つで変われる。それが俺には今よく分かる。迷いはない。
「お、おい。走ってどこいんだー?」
「野次馬です!」
少し遅刻してしまうかもしれない。俺はポケットに手を突っ込み携帯電話を握りしめた。
足が軽かった。息切れもなかった。今なら何でも出来る気がする。現場はパニックを起こした人々や野次馬でごった返していた。俺は近くに公衆便所を見つけるとそこに入り、持っていた通学バックを開く。中にはヒーロー変身グッズが一式。そして俺はそれに速やかに着替える。バッグはすぐに取りに来るだろうと隅っこの方に隠すように置いた。
現場は公園に行く前より人が多くなっていた。俺はその人混みを掻き分けて進む。
「あれ? ヒーローじゃない?」
「ただのコスプレだろ」
いつもなら人混みなどはひとっ飛びで越えられるのだが、まあ文句を言っても始まらない。それに、何を言われても俺は俺だ。力が在った時も俺、それがない今の俺も俺だ。
何とかビルの中に入ると、従業員が必死に避難支持を出していた。俺は申し訳なくもそれを無視して上の階へと向かう。そして一階づつ人の有無を確認した。二階、三階と人影はなかった。従業員の手際の良さに感心しながら四階に入ると、フラグでも立てたのだろうか、偶然逃げ遅れた子供数人をゲームコーナーで発見した。
「まだカード出てきてねーんだよ」
「だって、お金がもったいないじゃないですか!」
「でもヒーローに会えたし、やっぱここにいてよかったー!」
最近の子供は図太いのか常識が無いのかよく分からない。子供達に避難を促した後、俺は気を取り直してどんどん上と進む。
しかし、俺は少し考えが甘かった気がする。七階は別次元だった。降りたシャッター、その向こうから壁越しに伝わる熱気。シャッター隣の小さな扉を見つけると、俺は意を決してそこから中へと入った。
中は火の海だった。これは、グズグズしていると自分も危ない。
「誰か居ませんか!」
俺の声は炎の音の中にすっと消えていった。返事は無かった。といっても中に人が居ないとは限らない。俺は炎の中をひた走る。実は俺のヒーロースーツは防火素材。こんな大層な物は不必要だと俺は言ったが、形から入れとヒロミに貰ったのだ。まさか役に立つとは思わなかったが。ヒロミには感謝してもしきれない。
しかし、限界が無いわけではない。力を失った俺には長時間熱気に耐えるのはさすがに辛い。もう居ないだろうと諦めて戻ろうとした。その時だった。
「うえぇ……ぐすっ……」
微かな泣き声。しっかりと聞こえた。それは一番炎の薄いトイレの近くから聞こえてきていた。急いでそこに向かう。人間の生存本能がそうさせたのか、火の手が回りにくトイレの通路に、しかもうずくまるという体制で出来るだけ体を小さくし、酸素を維持しながら幼い男の子がそこにいた。偶然が重なった結果かもしれない。だが、必死に生きようとしているこの子を絶対に死なせはしない、そう思った。
「もう、大丈夫だぞ! すぐ助けてやる!!」
男の子の背中に手を当てる。心臓の鼓動が伝わる。しっかりとした、力強い鼓動。
「……ヒーロー?」
「ああ! 俺が来たからもう安心だぞ! さあ、立てるかな?」
そう促すと、男の子はよろよろと立ち上がり、こんな状況下であるのに俺に微笑んだ。俺は彼を抱き抱え、極力外気に体が触れないような体制を取った。このまま一気に先ほどの出口まで突っ走る。それだけだ。
……それだけだったのに!!!
一瞬だった。急に炎の明るさ以上の光がこのフロアを包み込んだ。俺はとっさにその光に背を向け男の子を守った。
現場は公園に行く前より人が多くなっていた。俺はその人混みを掻き分けて進む。
「あれ? ヒーローじゃない?」
「ただのコスプレだろ」
いつもなら人混みなどはひとっ飛びで越えられるのだが、まあ文句を言っても始まらない。それに、何を言われても俺は俺だ。力が在った時も俺、それがない今の俺も俺だ。
何とかビルの中に入ると、従業員が必死に避難支持を出していた。俺は申し訳なくもそれを無視して上の階へと向かう。そして一階づつ人の有無を確認した。二階、三階と人影はなかった。従業員の手際の良さに感心しながら四階に入ると、フラグでも立てたのだろうか、偶然逃げ遅れた子供数人をゲームコーナーで発見した。
「まだカード出てきてねーんだよ」
「だって、お金がもったいないじゃないですか!」
「でもヒーローに会えたし、やっぱここにいてよかったー!」
最近の子供は図太いのか常識が無いのかよく分からない。子供達に避難を促した後、俺は気を取り直してどんどん上と進む。
しかし、俺は少し考えが甘かった気がする。七階は別次元だった。降りたシャッター、その向こうから壁越しに伝わる熱気。シャッター隣の小さな扉を見つけると、俺は意を決してそこから中へと入った。
中は火の海だった。これは、グズグズしていると自分も危ない。
「誰か居ませんか!」
俺の声は炎の音の中にすっと消えていった。返事は無かった。といっても中に人が居ないとは限らない。俺は炎の中をひた走る。実は俺のヒーロースーツは防火素材。こんな大層な物は不必要だと俺は言ったが、形から入れとヒロミに貰ったのだ。まさか役に立つとは思わなかったが。ヒロミには感謝してもしきれない。
しかし、限界が無いわけではない。力を失った俺には長時間熱気に耐えるのはさすがに辛い。もう居ないだろうと諦めて戻ろうとした。その時だった。
「うえぇ……ぐすっ……」
微かな泣き声。しっかりと聞こえた。それは一番炎の薄いトイレの近くから聞こえてきていた。急いでそこに向かう。人間の生存本能がそうさせたのか、火の手が回りにくトイレの通路に、しかもうずくまるという体制で出来るだけ体を小さくし、酸素を維持しながら幼い男の子がそこにいた。偶然が重なった結果かもしれない。だが、必死に生きようとしているこの子を絶対に死なせはしない、そう思った。
「もう、大丈夫だぞ! すぐ助けてやる!!」
男の子の背中に手を当てる。心臓の鼓動が伝わる。しっかりとした、力強い鼓動。
「……ヒーロー?」
「ああ! 俺が来たからもう安心だぞ! さあ、立てるかな?」
そう促すと、男の子はよろよろと立ち上がり、こんな状況下であるのに俺に微笑んだ。俺は彼を抱き抱え、極力外気に体が触れないような体制を取った。このまま一気に先ほどの出口まで突っ走る。それだけだ。
……それだけだったのに!!!
一瞬だった。急に炎の明るさ以上の光がこのフロアを包み込んだ。俺はとっさにその光に背を向け男の子を守った。
「起きてっ! ねえぇ……、死んじゃやだよお……」
「……」
体が重い。視界もぼやけている。俺はどうしたんだ? 目の前には泣きじゃくる男の子。そうだ、俺はこの子をかばって……
「怪我は……ないか?」
「うん……」
「そうか、よかった」
「でも、でもぉ……ヒーローがぁ……」
俺が……? 俺がどうしたんだ? 体を起こして自分に何が起こったかを調べようとした。が、体自体が動かない。何故? できるだけ首を後ろに回す。そしてチラリと視界に入ってきた光景に俺は絶句した。
「か、下半身が……瓦礫に……」
道理で動けないはずだ。しかもかなりの量の瓦礫が重なっている様子だ。瞬時に冷静で、そして残酷な判断が俺の中で下された。この男の子にさっきまであんなに虫のいい事を言っておいて……不甲斐ない。悔しい。
「ヒーローぉ……」
そんな心細そうな顔をしないでくれ。俺だって、苦しくて仕方が無いんだ。本当に君を守りたかった。ヒーローになりたかった。アイツらとまたヒーローをしたかった。もっと多くの人を助けたかった。でも俺は目の前のこの男の子すら助けられない。
奇跡、起きるなら起きてくれ。俺に力を。もう一度あの力を! また、また誰かを助けられる力を!! 一瞬でもいい!! お願いだ!!!
だが、俺の願いは無情にも炎に掻き消される。
「ごめんなあ……」
俺は男の子を安心させようと彼の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
「う、うわああああああん……ひーろーぉ……」
ああ、泣くな、泣かないでくれ。俺は、俺はどうすることも出来ないんだ。ああ、せめて、せめて彼だけでも助けられたならどれだけ救われるだろうか。だがそれも今となっては夢よりも儚い。
死を覚悟した。
『ダダダダダダダダッ』
すごい勢いで近づく足音。もう幻聴まで聞こえてくるようになったか……。
「会長さん!?」
「……小浦?」
奇跡は、起きたのか?
「……」
体が重い。視界もぼやけている。俺はどうしたんだ? 目の前には泣きじゃくる男の子。そうだ、俺はこの子をかばって……
「怪我は……ないか?」
「うん……」
「そうか、よかった」
「でも、でもぉ……ヒーローがぁ……」
俺が……? 俺がどうしたんだ? 体を起こして自分に何が起こったかを調べようとした。が、体自体が動かない。何故? できるだけ首を後ろに回す。そしてチラリと視界に入ってきた光景に俺は絶句した。
「か、下半身が……瓦礫に……」
道理で動けないはずだ。しかもかなりの量の瓦礫が重なっている様子だ。瞬時に冷静で、そして残酷な判断が俺の中で下された。この男の子にさっきまであんなに虫のいい事を言っておいて……不甲斐ない。悔しい。
「ヒーローぉ……」
そんな心細そうな顔をしないでくれ。俺だって、苦しくて仕方が無いんだ。本当に君を守りたかった。ヒーローになりたかった。アイツらとまたヒーローをしたかった。もっと多くの人を助けたかった。でも俺は目の前のこの男の子すら助けられない。
奇跡、起きるなら起きてくれ。俺に力を。もう一度あの力を! また、また誰かを助けられる力を!! 一瞬でもいい!! お願いだ!!!
だが、俺の願いは無情にも炎に掻き消される。
「ごめんなあ……」
俺は男の子を安心させようと彼の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
「う、うわああああああん……ひーろーぉ……」
ああ、泣くな、泣かないでくれ。俺は、俺はどうすることも出来ないんだ。ああ、せめて、せめて彼だけでも助けられたならどれだけ救われるだろうか。だがそれも今となっては夢よりも儚い。
死を覚悟した。
『ダダダダダダダダッ』
すごい勢いで近づく足音。もう幻聴まで聞こえてくるようになったか……。
「会長さん!?」
「……小浦?」
奇跡は、起きたのか?