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第2話:彼は本当にヒーローですか?

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 ――放課後――
 早速今日から活動開始。拠点は昨日と同じマンションの屋上。いつも場所は適当らしいけれど、気に入ったらしい。
 会長は屋上に着くとすぐに服を着替え始めた。さすがに制服のままヒーロー活動するのはいろいろと差し支えるのだろう。
「おいっ、いつも言ってるんだろ! 端っこで着替えろよ!!」
「あ、ごめんごめん」
 中途半端に下ろしたズボンを引きずりながら会長は端っこの方に向かった。
「ったく……」
 ヒロミはそう言って少し頬を赤らめながら目を反らした。年頃の女の子なんだな、と何故か少し安心した。それにしても結構初なのねえ。ちょっと意外よ。うふふ。
「何ニヤケてんだよ小浦。ホモか?」
「すいません。……って違いますよ!」


 ヒーローの格好になった会長を見たとき、あ、やっぱり様になっているなあと僕はため息をついた。と同時に、今さら憧れのヒーローの目の前に立っているんだという興奮を感じた。
「おーし、じゃあいつも通りいくぜ」
「はいはい。いつも通りのサポートよろしく! いっきまーす!」
 目の前のヒーローは僕らに片手を上げ一瞥をした後、ものすごい勢いで街の喧騒の中へと飛び込んでいった。
「あの、ところでサポートってなんですか?」
「ん、まあ見てれば分かる」
 そう言って彼女は自分のバックからノートパソコンを取り出した。そして『ヒーロー事務所』という名前のサイトを開いた。
「なんですか、これ?」
「んっふふ。これが私達の情報源。そんでもってこれからすることがサポートね」
 このサイトにはいくつかのコンテンツが設置されていた。まずは掲示板。『情報募集中』の文字がキラキラ光っている。
「ここで助けを求めてる人の情報を貰うってわけ!」
「つまり掲示板の書き込みを元に、困っている人を助けるってことですか」
「まあそういうこと」
 そして次にチャット。ここでは民間人との交流を目的としているらしい。ログを見る限りだと、あまり活用はされていないみたいだ。
 最後に、何故かこれが一番目立っているのだが、『必読! 諸注意!』という項目だ。
 内容は僕にとっては驚愕だった。


『当ヒーローはすべての人をお助けできるという訳ではありません。また、救助を求められない限り(直接、または当サイト掲示板への書き込み)は、お助けすることもありません。ボランティア様方の情報を元に、可能な限りはお助けさせて頂く所存です。当ヒーローはあくまでボランティアであり、専門的なものは警察へご相談ください。 管理人より』
 

「あ、あの……これって……」
「ん? ああ、たまに居るんだよ、お門違いな文句を言ってくるやつがな。だからだ」
 彼女のやれやれといった表情に、僕は少しの違和感を覚えた。

 




 そうこうしているうちに、掲示板に書き込みがあった。
『全力ニート志望:住江町四番地付近で中学生が絡まれている模様! 至急来たれり!!』
「おっ、きたきた」
 ヒロミは携帯電話を取り出すとなれた手つきでメールを打ち出した。
「こうやって情報をあいつに送るんだ。んで、あいつがそれ見て助けに行くってわけ」
 送信ボタンを押しながら、どうだすごいだろうと鼻をふんとならした。でも僕は思った。これってとっても面倒なのでは、と。
「あの、このサイトって携帯でも見れるんですか?」
「ん、ああ。掲示板の書き込みのだいたいは携帯からだしな」
 ならば普通に考えたとしたら、『こっちで書き込みを見る→メールする→目的へ向かう』よりも『自分で書き込みを見る→目的地へ向かう』の方が効率も格段にいいはずだ。僕はその考へを彼女へ伝えた。
「私も最初はそれにして、私も――」
「?」
「――っと、あいつの携帯、規制かけられててネット見れないんだよ。いまどきの高校生が規制とかマジ笑うよな」
 一瞬言い換えたのが気になったが、それよりこの協力の仕方は本当に必要かどうかという疑問の方が今僕には気になる。「じゃあ携帯を貸すとかしたら――」と僕が言おうとすると、「あー? じゃあお前貸してやれよ」と即返答が返ってきた。
「えっ、それはちょっと……」
「私もそれと同じだ」
 この議論はきっと堂々巡りだろう。まあ高校生ができる範囲はこの程度なのかもしれない。


 それからもだいたい三十分に一回程度書き込みが入った。安全な街だとは思っていたけど、小さな事件やなどは結構起こっている現状には驚きと一抹の恐怖を覚えた。でもそれでも彼のおかげで平和なのだなと思うと、やはり彼はすごいのだなあとまた思う僕だった。
6, 5

  

 もう二時間は経っただろうか。よく晴れているので、夕焼けと月が同時に見えた。うーん、今日もいい夕方だなあ。
「うっし、そろそろ終わるか」
「あ、はい」
 会長へのメールを打つ小さいカチカチという音が、うっすらと屋上に広がっていく。そしてそれを時折吹くビル風の音がさらっていった。
『衝撃の衝動:スミエスーパーの近くで自転車泥棒があったらしいよ!』
 偶然見たパソコンの画面に新しい書き込みが表示された。
「あ、新しい書き込みですよ」
「あー、いいよ無視して」
 携帯を閉じて、書き込みを横目でみながらヒロミは言った。
 僕は絶句した。と同時にさっき感じた違和感がまた現れた。
 

 ヒーローとは、弱い人を助け、悪を倒す、正義の味方。少なくとも言い訳したり、助けを求める人を無視とかする人じゃない。僕のヒーローはこんなのじゃない……。


「……なんで、なんでですか? なんで助けないんですか?」
 その言葉に彼女は一瞬静止したように見えた。そしてすぐ、鋭い眼光が僕を襲う。
「うるさいなあ……。前からこういう感じでやってんだよ」
 もう、我慢できない。その思いが浮かんだ時には、もうすでに口は開いていた。
「助けを求めてる人が居るんですよ!? さっきのサイトだってそうです! なんでこんな……、こんなのヒーローじゃ――」
「うるさいって言ってんだろ!!」
 静かな夕方を怒号が一閃する。その迫力は有無を言わさず僕を黙らせた。でもここで引くわけにはいかない。でもその後は何も言えなかった。
 僕を睨む彼女の目には涙が浮かんでいて、それが何もさせなかったからだ。
「う、あ……」
 泣かせた。しかも女の子を……。さっきまでの葛藤はどこかに行って、それだけが頭の中を駆け巡った。
「何も知らないくせに……、お前に何か言われる筋合いは無いん――」
「たっだいまー!」
 なんともタイミングの悪い人だ。会長はその場の空気など露知らず、「あー、暑い! いやあ今日もいい汗かいたよ」と一仕事終わったあとの爽やかな笑顔を見せた。その後彼がこの状況に気づいたのは、僕らの方にすこし歩いた時だった。
「あ、あれ?」
「……気分悪い。帰る」
 ヒロミは会長に顔を見せることなくその場から走り去った。
「何かあったの?」と彼女の背中を見送りながら会長は言った。
 僕はうつむいて黙ったままでいた。
7

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