我慢をして、1時間待った。
最新コメントに新作と表示されたのを確認して、ついでに重複にもなってないことを確認した。テキストファイルだってちゃんとアップできてるし、文字化けだってしていない。
――問題ない。
そういう確認作業だけはいつの間にか慣れてしまっていた。
新作をニノベに投稿したのがPM8:21。
そして、1時間経って、現在時刻PM9:21。いや正確に言うと経ったのは59分だが、そういうことは気にせずに、我慢しきれずに、パソコンを立ち上げブラウザを起動し、新都社を開き、最新コメントではなく先ほど投稿したばかりの新作のコメント欄へ飛んだ。
その瞬間、バチがあたったんだと思った。
実際1分へそこらで、コメント数が変わったとは思えない。だけど、そんなことを思わずにはいられなかった。
今日も、私の作品へのコメントはゼロだった。
悔しさや怒りが強すぎて、キーボードを叩く気にさえなれなかった。いっそのことコレを壊してしまえば、小説なんて二度と書けなくなるかもしれないのに。
もちろん、これからコメントがつく可能性はある。私だって期待している。
しかし、今回の作品に関しては自信があったのだ。初回の掲載分に関して何度も見直しをしたし、自分なりの推敲をした。インパクトというものも意識したし、可愛い女の子のキャラだって出した。
それでも、ダメだったのだ。
「なんでかなぁ……」
純粋に、私が不人気である理由を教えて欲しかった。
○
翌日の学校での放課後。
教室でチラッと最速モバイルから昨日の新作をのぞいてみたが、相変わらずコメントはゼロのままだった。
「はぁ……」
まぁ、いまに始まったことではなかった。いままでに10作品以上書いてきたし、何回も作者名を変えて投稿し続けたが、もらえたコメントはたった5つだった。それも全部が作品を褒めた内容ではない。それでもコメがないよりかはマシなのだが、それなりに傷つきもした。
気付いたらいつものように私は文芸部の前に来ていた。
恥ずかしいことに、こんな新都社で不人気底辺空気文芸作家の私でも、文芸部員なのだ。もちろん学校でも名前は知れてないし、賞なんかももらったどころか、〆切までに規定の量を間に合わせたことがなかった。
まぁ、高校生の文芸部員なんて、そんなもんさ。
新都社にだって今年大学生になる七瀬先生や黒兎先生、高校1年生なんていうまさかの年下の猫瀬先生なんかもいるけど、あんなコメントもらったりFAもらったりするほうが異常なんだ。あのひとたちだって自分に人気があるって自覚しているところがあるからこそ年齢をバラしてるわけで、私なんかがバラしたところで「高校生なら仕方ないか」と言われるのがオチに決まっている。
「ちわー」
いちおう軽く挨拶をして部室に入ったが、先輩はいなかった。代わりにいつものメンバーが一人、ソファに座ってだるそうに文庫本を読んでいた。
「よぉ、鍵田」
神山真人。文芸部員で唯一の同級生であり、唯一のタメで話せる文芸部員であった。というのも我が文芸部には1年生がいない。先輩は2人いるが、受験もあってどんどん顔を出さなくなってきている。実質来てるのは私と神山の2人、いわゆる過疎クラブだった。
「なにイヤそうな顔してんの」
「べっつにぃ」
神山が文句言ってくるが、軽く受け流す。
本当は怒ってる。だってセンパイに私の小説を読んでもらおう、そして悪いところ言ってもらおうと思って今日は部室のドアを開けたからであった。
なぜ神山に読んでもらうのではダメか。それはやっぱり同級生だからという恥ずかしさもあったが、なにより神山は文芸部員でも小説などを一切書かないからだった。もちろんそれは悪いことじゃない。本を読んで紹介文や感想文を書くというのも立派な部活動のひとつだったし、事実神山はいつも本を読んでいる。いまだってそうだ。このやりとりの間にも神山は文庫本を10回以上捲っている。読む速度も、彼は飛び抜けて速かった。
「あ、もしかして、あれか」
神山が再び勘づいたように口を開く。なんとなく私は自作小説を読んでもらおうとしたことがバレたのではないかと思って、少し焦ったが、神山が次に言ったのはとんでもない内容だった。
「俺と鍵田が付き合ってるとかっていうあの噂、気にしてんの?」
なっ!
え!?
えっ!?
ちょっ、なにそれ、私、ぜんぜんそんなこと聞いたことないし、か、神山とわわわ私が付き合ってるなんて、いくら同じクラブで毎日会ってるからって、付き合ってるなんて……。
「はあああああああああああああ!!?? あっりえなーーーーーーーーーーーいっ!!」
「ごめん、そんな全力で否定されると、なんか傷つく……」
まさか神山はずっとその噂を知っていたわけだろうか。もしかしたら私のこと変な目で見てたりしてたんじゃないだろうか。なんかそれは嫌だ。絶対嫌だ。だってこいつ変人だし、いつも他人を馬鹿にしたような態度だし、変人だし……。
「ごめん、そんな噂聞いたことないんだけど。神山がつくったんじゃないでしょうね」
「いやいや違うって。俺も聞いた時ビビったし、てっきり鍵田も知ってて変な空気醸し出してんのかと……」
その私の出してた変な空気が、あんたの一言で余計変な空気になったのよ、いま。
正直今日も先輩たちが来るようには思えないし、このまま密室ともいえる部室で2人きりでいるのは、変な意味じゃないけど我慢できそうになかった。
「いや、まぁ俺も今日知って、それで鍵田が迷惑してんなら今日から部室には来ないようにしようって思ってたんだ」
そう言って神山はだらしなく腰を沈ませていたソファから立ち上がった。文庫本のあいだに人差し指を入れて、だんだんと私の方に……じゃなくてドアの方へ歩き出す。
「ちょっと待って……」
自分でもよくわからなかった。だけど気づいたら神山が横を通る瞬間、彼のの袖を握っていた。
これが、最後なら、それもいいか。
神山は年間に何百という本を読みきっている。つまりプロの文章というものにたくさん目を通しているということだ。それならきっといいアドバイスをくれるに違いない。
わがままなのかもしれないけど、これくらいなら。
「最後に、私の書いた小説、読んで」
だから言ってやった。もう恥ずかしさとか、そんなのあの噂のほうが余程あったので、あまり感じなかった。
彼はもちろん驚いた表情をしたけど、私が小説を書いてることを知っていたからか、数秒後には納得した表情で首を縦に振ってくれた。
「鍵田の小説読むの、初めてだな」
出来れば神山には口を開かないで欲しかった。どうでもいい彼の一言に、さっきから心臓が高鳴るのだ。
だけど、そんな文句、いまの私には言えなかった。
不人気と読書家
○
「うわ、薄っぺら」
私が昨日連載した小説の冒頭をプリントアウトしたものを渡すと、神山は怪訝そうな表情でそう言った。
「黙って読んで」
神山にとってはたしかに少なすぎる量だったかもしれない。なにしろ私がプリントアウトしたのはテキストファイルの容量でいうと8kb、文字数にすると3000字もいかない文章量だったのだから。
「ふぅん……」
案の定、神山はそれをあっという間に読み終えてしまう。
私はどんな感想が来るのだろうかと思わず身構えてしまう。やはり読書家なだけに辛口なものが来るのだろうか、素人との書く文章なんて見るに耐えなかったりしたのだろうか。
しかし、神山は私のそんな雰囲気を察すると少し驚いた表情をした。
「えっ、なに感想とか言わないといけない感じっすか」
そういえば私は「読んで」とは言ったが、「感想を頂戴」とは事前に言ってなかったっけ。
「ごめんなさい、言ってなかったけど、正直欲しい」
「あー、うん。じゃあもう一回読むわ」
なんだか二度手間をかけさせて神山に悪い気もしたが、彼の読むスピードをみると動作でもないようにも感じた。ちゃんと読んでくれているのかと少し心配になるくらいだ。
編集部などでいくつもレビューをしてる人もパソコンの前ではこんな感じなんだろうか。もっとも私はレビューなんてされたこともないが。
「うん」
「どう、だった?」
そう訊いたときの神山の表情は一瞬曇ったけど、私もそれなりに覚悟していたから、気落ちすることはなかった。
「正直に言って」
「そう言うだろうなと思ったよ」
神山は諦めがついたように軽く笑って、プリントアウトして渡した紙を綺麗にまとめると遠慮なしに言った。
「結論から言うと、面白くない」
やっぱり直接言われるのは心が痛んだ。その言葉はネットの書き込みなんかより、ずっとずっと頭のなかに残る。
「でも、それは俺に先入観があったからというのもあるかもしれない」
「先入観……?」
どういうことだろう。やっぱり素人の書く小説には最初から期待してなかったということだろうか。
「偉そうなこと言うけど、俺ならもっと面白い文章が書ける」
「……なに言ってんの?」
それはとんでもない屈辱だった。だって神山は文芸部員でも小説を書いてこなかったのだ。そんな彼より、私は劣ってるといわれたのだ。私は小説が書きたくて文芸部に入った。それは私のこの1年間を全否定されたようなものだった。
「これ、昨日ニートノベルに連載してただろ? 『死んだ世界の勇者様』作者は家鴨、先生」
神山の口から絶対に出ないと思っていた言葉が次々と出てきた。
ニートノベル。
作品のタイトル。
私のペンネーム。
最後に取ってつけたような「先生」がひどく屈辱的だった。一瞬にして世界が崩れていくようだった。
「俺も書いてんだよ、新都社で。作品もいくつか読んでる。まさか鍵田も書いてるなんて思わなかったけどな」
それは私のセリフだ。神山が新都社の人だったのならば、絶対に作品を読ませたりしなかった。最悪だ。きっと私が不人気だってこともわかってる。きっと私を軽蔑にするに違いない。
「作者名は……」
「え?」
「作者名はなんていうの?」
せめて帰って、神山の文章を読みたかった。そして出来れば少しでも粗を探して叩きたかった。見苦しいかもしれないけど、もう小説を書ける気にはならなかったのだ。
「烏龍」
それを聞いた瞬間、私の考えた捻れた考えも吹き飛んだ。たしかに神山h「烏龍」と言ったのだ。烏龍先生といえば去年ニノベで立て続けで100コメ越え作品を完結させて、いまは連載してないものの編集部でも時々名前のあがる実力者だった。
「嘘……」
「ホントだ」
嫌な事実は、否定してもすぐに否定が返ってくる。
もう家に帰ってパソコンをつける必要はないような気がした。烏龍先生の作品を今更見る必要はないし、私がもう小説を書く必要もないような気がしたからだ。もしかしたら小説を書く必要なんてはじめからなかったのかもしれない。だけど、ずっと一緒に過ごしてきた同じ学校の同じ部活の同級生が、同じサイトで人気作家だったなんて。そんな現実を見せつけられたら、自信どころか意地さえなくなってしまう。
「神山くん、これからも部室来ていいよ……」
だから、私はできるところまでそうすることにした。
「え、どういうことだ?」
「私が今日から文芸部やめるから」
「は? ちょっと待って、鍵田」
今度は部室を出ようとする私の腕を、神山が強く掴んで止めた。このまま帰らせてくれたらいいのに、神山はとことん意地悪なやつだと思った。
「小説、もう書かないのか」
「当たり前でしょ、同年代のあんたが烏龍で、私はずっと不人気なのよ。書く意味なんかないわよ」
「そんなの今から人気になればいいじゃねーか」
「バカ言わないでよ! みんながあんたみたいに面白い小説書けるわけじゃないよね」
「俺は自分が面白いなんて思ったことないよ」
「下手な謙遜ね、ホント腹がたつ」
「お前の小説読んで思ったんだ」
「なにを思ったのよ。『やっぱり俺っておもしれー』とか思ったわけ?」
「なんでそうなるんだ、違う、俺は」
「じゃあなんて思ったのよ!?」
「お前の話、すっげー面白いって思ったんだ」
一瞬意味が分からなかった。「面白い」って言葉を聞いて少し舞い上がった自分がいたけれど、すぐに神山がさっき言った言葉を思い出した。
「あんたさっき私の小説読んだ第一声は『面白くない』って言ったじゃない」
「あれは文章が面白くないって言ったんだ。文章が面白くない内容が伝わってこないし総合的に面白くなくなる」
いったい神山がなにを言いたいのか、まったくわからなかった。馬鹿にするなら好きなだらけやればいいのに、どうして今頃フォローみたいなことを言い出すのだろうか。そんなことして、神山に利益があるようには思えなかった。
「お前の書いた小説、ストーリーもキャラもすごくできてた。たぶん時間かけたんだろうと思う。『死んだ世界の勇者様』っていうタイトルだって、「の」の法則も入ってて普通にいいし……」
「もういい、手短に話して」
なんとなく嫌だった。きっと私の作品を褒めてくれてた。きっとそんなの初めてだ。だけど、ぜんぜん嬉しくなかったのだ。
「語彙もあったけど、鍵田の文章は無駄な表現が多すぎて何も伝わってこないだ。冗長というか……」
「ありがとう」
このままだといつまでも喋っていそうだから、もう一度神山の言葉を途中で遮った。きっと心の底から馬鹿にしていないということだけは伝わってきたような気がする。
「参考にしてみる。もうこの作品については書かないかもしれないけど、もう少し頑張ってみる」
そう言って私は今度こそ帰ろうとした。このままだと、涙が零れてしまいそうだったからだ。だけどまたしても神山は私の腕を掴んだ。それだけじゃなくて、今度は身体ごと引き寄せられたのだった。
まさか抱きしめられるんじゃないだろうかとさえ思った。
「その、新作だけど」
神山のそんな眼をみたのは、はじめただった。
下手糞なりにも文学的に表現するならば、少年のような希望や未来に溢れた眩い輝き。
あぁ、こいつ、こんな表情するんだ。知らなかった。
「俺が鍵田の担当編集者にしてもらえないか?」
まったく以て意味がわからなかった。
担当?
編集?
プロじゃあるまいし、そんなものいるわけがない。
「は?」
私が呆れた表情で返しても、神山はいつまでも眼を輝かすのであった。
あぁ、やっぱり早く帰りたい。
「うわ、薄っぺら」
私が昨日連載した小説の冒頭をプリントアウトしたものを渡すと、神山は怪訝そうな表情でそう言った。
「黙って読んで」
神山にとってはたしかに少なすぎる量だったかもしれない。なにしろ私がプリントアウトしたのはテキストファイルの容量でいうと8kb、文字数にすると3000字もいかない文章量だったのだから。
「ふぅん……」
案の定、神山はそれをあっという間に読み終えてしまう。
私はどんな感想が来るのだろうかと思わず身構えてしまう。やはり読書家なだけに辛口なものが来るのだろうか、素人との書く文章なんて見るに耐えなかったりしたのだろうか。
しかし、神山は私のそんな雰囲気を察すると少し驚いた表情をした。
「えっ、なに感想とか言わないといけない感じっすか」
そういえば私は「読んで」とは言ったが、「感想を頂戴」とは事前に言ってなかったっけ。
「ごめんなさい、言ってなかったけど、正直欲しい」
「あー、うん。じゃあもう一回読むわ」
なんだか二度手間をかけさせて神山に悪い気もしたが、彼の読むスピードをみると動作でもないようにも感じた。ちゃんと読んでくれているのかと少し心配になるくらいだ。
編集部などでいくつもレビューをしてる人もパソコンの前ではこんな感じなんだろうか。もっとも私はレビューなんてされたこともないが。
「うん」
「どう、だった?」
そう訊いたときの神山の表情は一瞬曇ったけど、私もそれなりに覚悟していたから、気落ちすることはなかった。
「正直に言って」
「そう言うだろうなと思ったよ」
神山は諦めがついたように軽く笑って、プリントアウトして渡した紙を綺麗にまとめると遠慮なしに言った。
「結論から言うと、面白くない」
やっぱり直接言われるのは心が痛んだ。その言葉はネットの書き込みなんかより、ずっとずっと頭のなかに残る。
「でも、それは俺に先入観があったからというのもあるかもしれない」
「先入観……?」
どういうことだろう。やっぱり素人の書く小説には最初から期待してなかったということだろうか。
「偉そうなこと言うけど、俺ならもっと面白い文章が書ける」
「……なに言ってんの?」
それはとんでもない屈辱だった。だって神山は文芸部員でも小説を書いてこなかったのだ。そんな彼より、私は劣ってるといわれたのだ。私は小説が書きたくて文芸部に入った。それは私のこの1年間を全否定されたようなものだった。
「これ、昨日ニートノベルに連載してただろ? 『死んだ世界の勇者様』作者は家鴨、先生」
神山の口から絶対に出ないと思っていた言葉が次々と出てきた。
ニートノベル。
作品のタイトル。
私のペンネーム。
最後に取ってつけたような「先生」がひどく屈辱的だった。一瞬にして世界が崩れていくようだった。
「俺も書いてんだよ、新都社で。作品もいくつか読んでる。まさか鍵田も書いてるなんて思わなかったけどな」
それは私のセリフだ。神山が新都社の人だったのならば、絶対に作品を読ませたりしなかった。最悪だ。きっと私が不人気だってこともわかってる。きっと私を軽蔑にするに違いない。
「作者名は……」
「え?」
「作者名はなんていうの?」
せめて帰って、神山の文章を読みたかった。そして出来れば少しでも粗を探して叩きたかった。見苦しいかもしれないけど、もう小説を書ける気にはならなかったのだ。
「烏龍」
それを聞いた瞬間、私の考えた捻れた考えも吹き飛んだ。たしかに神山h「烏龍」と言ったのだ。烏龍先生といえば去年ニノベで立て続けで100コメ越え作品を完結させて、いまは連載してないものの編集部でも時々名前のあがる実力者だった。
「嘘……」
「ホントだ」
嫌な事実は、否定してもすぐに否定が返ってくる。
もう家に帰ってパソコンをつける必要はないような気がした。烏龍先生の作品を今更見る必要はないし、私がもう小説を書く必要もないような気がしたからだ。もしかしたら小説を書く必要なんてはじめからなかったのかもしれない。だけど、ずっと一緒に過ごしてきた同じ学校の同じ部活の同級生が、同じサイトで人気作家だったなんて。そんな現実を見せつけられたら、自信どころか意地さえなくなってしまう。
「神山くん、これからも部室来ていいよ……」
だから、私はできるところまでそうすることにした。
「え、どういうことだ?」
「私が今日から文芸部やめるから」
「は? ちょっと待って、鍵田」
今度は部室を出ようとする私の腕を、神山が強く掴んで止めた。このまま帰らせてくれたらいいのに、神山はとことん意地悪なやつだと思った。
「小説、もう書かないのか」
「当たり前でしょ、同年代のあんたが烏龍で、私はずっと不人気なのよ。書く意味なんかないわよ」
「そんなの今から人気になればいいじゃねーか」
「バカ言わないでよ! みんながあんたみたいに面白い小説書けるわけじゃないよね」
「俺は自分が面白いなんて思ったことないよ」
「下手な謙遜ね、ホント腹がたつ」
「お前の小説読んで思ったんだ」
「なにを思ったのよ。『やっぱり俺っておもしれー』とか思ったわけ?」
「なんでそうなるんだ、違う、俺は」
「じゃあなんて思ったのよ!?」
「お前の話、すっげー面白いって思ったんだ」
一瞬意味が分からなかった。「面白い」って言葉を聞いて少し舞い上がった自分がいたけれど、すぐに神山がさっき言った言葉を思い出した。
「あんたさっき私の小説読んだ第一声は『面白くない』って言ったじゃない」
「あれは文章が面白くないって言ったんだ。文章が面白くない内容が伝わってこないし総合的に面白くなくなる」
いったい神山がなにを言いたいのか、まったくわからなかった。馬鹿にするなら好きなだらけやればいいのに、どうして今頃フォローみたいなことを言い出すのだろうか。そんなことして、神山に利益があるようには思えなかった。
「お前の書いた小説、ストーリーもキャラもすごくできてた。たぶん時間かけたんだろうと思う。『死んだ世界の勇者様』っていうタイトルだって、「の」の法則も入ってて普通にいいし……」
「もういい、手短に話して」
なんとなく嫌だった。きっと私の作品を褒めてくれてた。きっとそんなの初めてだ。だけど、ぜんぜん嬉しくなかったのだ。
「語彙もあったけど、鍵田の文章は無駄な表現が多すぎて何も伝わってこないだ。冗長というか……」
「ありがとう」
このままだといつまでも喋っていそうだから、もう一度神山の言葉を途中で遮った。きっと心の底から馬鹿にしていないということだけは伝わってきたような気がする。
「参考にしてみる。もうこの作品については書かないかもしれないけど、もう少し頑張ってみる」
そう言って私は今度こそ帰ろうとした。このままだと、涙が零れてしまいそうだったからだ。だけどまたしても神山は私の腕を掴んだ。それだけじゃなくて、今度は身体ごと引き寄せられたのだった。
まさか抱きしめられるんじゃないだろうかとさえ思った。
「その、新作だけど」
神山のそんな眼をみたのは、はじめただった。
下手糞なりにも文学的に表現するならば、少年のような希望や未来に溢れた眩い輝き。
あぁ、こいつ、こんな表情するんだ。知らなかった。
「俺が鍵田の担当編集者にしてもらえないか?」
まったく以て意味がわからなかった。
担当?
編集?
プロじゃあるまいし、そんなものいるわけがない。
「は?」
私が呆れた表情で返しても、神山はいつまでも眼を輝かすのであった。
あぁ、やっぱり早く帰りたい。