たとえばさ、一匹のうさぎがある公園に住み着いてるとするだろう?
特別大きい公園じゃない。ただその町の代表的な公園ではあるけどね。テニスコート4面分はある池にはアヒルや魚が暮らしている。遊具としては滑り台、ジャングルジム、鉄棒と基本は押さえている。東屋もあり、ベンチも所々設置されている。定期的にペンキも塗られて公園全体の印象としては清潔だ。
その一匹のうさぎは公園から離れる気配はまったくなく、人々が気付いた時にはうさぎは公園で暮らしていた。必然的に近所の人達が毎日餌を与えてくれるんだ。君達はうさぎの食べ物ってなにか知ってるかい?
一般的に野菜をあげればいいという認識だろうが、概ね合っている。特に人参やセロリが好まれている。あとはキャベツやレタスなんて思いつくかもしれないが、淡色野菜はうさぎにとってはあまりよろしくないんだ。お腹を壊しちゃうからね。この公園の近所の人たちは僕や君達よりうさぎの事をよく知っている。
近所の小学生達にとってこの公園のうさぎはポケモンより大人気だ。美術の時間に学校公認で公園までうさぎをモデルに絵を書きに来る。子供はもちろん先生までもがこの時間は楽しみだ。
近所の悪ガキ共も無闇やたらにうさぎを苛めたりするんじゃなく、とても、凄く、可愛がるんだ。巣を作ってあげたり、うさぎの興味を引きそうなおもちゃを持ってきたり。コンビニでたむろする暇やカツアゲをする暇があったらうさぎと遊びに来る。
自然と公園自体も活気付いてくる。ホームレスはもちろん、変質者だって現れないし、犬の散歩をする飼い主もちゃんと糞を片付ける。カップルもよくデートに訪れる。皆幸せだ。うさぎも楽しいし、人々も楽しい。
客観的に見てそのうさぎは特別に可愛い。
真っ白な雪を連想させる、これ以上ない白模様で毛並みがしっとりしている。目はキラキラして口元も緩く愛想がいい。
隣町の噂を聞きつけた連中もしょっちゅうその公園を訪れてはうさぎを見物する。みんな声を揃えて、うさぎを褒め称える。
実際、そのうさぎには何らかしらの能力があったのだと思う。人を惹きつける魔力というのか。だが人間界でいうアイドルや女優のようなそんなやわなものじゃない。それらを遥かに凌ぐ「何かの魅力」。
「うさぎの敵はこの世には存在しない。なぜならこんなにも可愛らしいのだもの。」
誰もが胸のうちにそんな想いを抱いていたある日のこと。 うさぎは無残な姿で死んでいた。
耳はちぎとられ、その愛らしかった耳はうさぎの口の中に無理やり詰め込まれていた。刃渡り30cmの包丁はうさぎの心臓を突きっぱなしにしたままで、公園と一体化していた。大きく可愛らしかった目玉はくり取られて、目玉をくり取られた跡には『大きなネジ』が刺されこまれていた。
うさぎの姿は無残であると同時にとても『滑稽』な物体になっていた。ネジの刺し込まれた目はまぬけに見え、口元はもごもごしており、大きな包丁は一直線にうさぎの体を貫いているのだからね。
昨日まで世界中の誰よりも愛されていたうさぎはたったの一日で人々の心を震わす嘲笑の対象となり変わろうとしていた。うさぎの死体を目の前にした人々(つい昨日までそのうさぎを愛していた人々)は涙を流すと同時に笑いを堪えるために俯いていた。実際問題、どんな死体でも笑えるものじゃないだろう。どんな死体でもある謙遜の念を抱くものなんだ。だが、そのうさぎの無残な、滑稽な死体を目の前にした町の人々は次々と笑いを堪えなくなり噴出してしまった。
ははははは。はははは。
いつしか公園内は笑いの渦が広まった。アヒルや魚、木々や草、トイレやベンチさえも微笑んでいるように見えた。うさぎは特別な能力を間違いなく持っていた。人々の心を震わし全ての感情を白日の下にさらけ出してしまう能力を。
うさぎの物体はそのまま放置され続けた。人間界の情報メディアの的になっても尚、うさぎの物体はうさぎが大好きだった公園に放置され続けた。
うさぎは可愛い。