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ふたつめ。魔王は勇者に敗れ、勇者は世界を救うだろう

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「キミは、大人になったら私の夫になるのよ」
 そういって太陽のように笑った彼女は、たくさんのバケモノに犯され、嬲られ、そして最後は大鍋のなかで、他の人たちと一緒にぐつぐつと煮えたぎり一つの液体として完成された。それは犬どものエサとなり、唯一溶け残った僕だけが、連中のつまみとしてはらわたを食い破られ続けていた。 

 勇者に選ばれたのは、遊牧民の一族の少年でした。
 部族はぜんぶで三十人ていどの小さなもので、彼らが旅する世界は草原だけでした。
 彼らは草原のことならなんでも知っていて、馬を操ることも得意でしたし、天候や星の動きにだって詳しかったのですが、勇者のことについては無知でした。
 少年が天啓を受けた日も、彼は妙な夢をみたなと思ったぐらいだったのです。一月後に、魔王の配下がぞろぞろ現れて、少年の暮らす一族を皆殺しにするまでは。
 少年は勇者になってから、異常なくらい怪我の治りが早かったので、どんなにひどいことをされても、しぶとく生きのびていました。
 黒い犬のバケモノに、ガツガツ美味しくやられつつ、たっぷり時間をおいたあと、翌日の昼に救出されました。少年を助けたのは白い鎧をつけた、王国の騎士たちです。
「遅くなってすまなかった」
 少年は営舎の中で目を覚ましました。気が狂いかけた頭で、水を飲ませてもらい、かろうじて意識を取り戻します。物理的な痛みはすぐに引いていきましたが、ココロはボロボロでした。
「みんなは?」
 少年はきょろきょろ辺りを見回して、聞きました。白い鎧の人間は、みなが一様に首を振ります。
「生き残ったのは君だけだ。弔おうにも、肉片一つ残っていない」
 つげられた意味を、少年は壊れかけた頭で理解しました。
 両親や部族の人々、族長とその娘。特に同い年の娘の笑みは、少年の脳裏に焼きついて蘇り、一気に砕けて散りました。

 
 気の触れた少年の扱いをどうするか、会議が開かれました。
「アレでは、とても魔王を倒せない」
「いやいやいや、それどころか旅にすら出せませんぞ」
「殺して、代替わりを神に願うかのぉ?」
 やんややんやと、大臣たちは意見を交わします。
「しかし、あの少年は選ばれた勇者のなかでも、稀に見る能力者であろう。ガーフラの牙に食らわれて、一日生き残ったのだぞ」
「まるで死霊ですな。串刺しにしても、焼いても、埋めても死にそうにない。死なねば新しい勇者は生まれぬ。なにより……」
 皺だらけの大臣が、まだ若い精悍な騎士をねめつけます
「私がなにか?」
「お主とその一団が帰国した際に、民衆に、勇者の姿が見られておるのだ。無闇やたらに殺すわけにもいかぬ」
「左様ですね。ところで私に一計があるのですが、お聞きになられますか」
「……申してみよ、若造が」
「ははっ」
 冷ややかな大臣の視線を浴びて立ち上がったのは、少年を助けたあの騎士でした。やや芝居ががった口調で、しかし朗々と響く口調で告げます。
「我が城の宝物庫に封印してある、呪われた装備を受け継がせて旅に出させては、いかがでしょう?」
 会議の場がざわつきました。
 どういうことかと、視線が騎士のもとに集まります。
「呪われた "悪魔の剣" は、絶大な切れ味を誇り、錆びることもありません。ただし時に持ち手にその刃をひるがえします。まぁ、勇者の少年は、たいへん優れた治癒能力を持つので、この効果は意味を持ちません」
 なるほど、なるほど。
 声があがります。
「さらに、赤く "血塗られた鎧" は一度着てしまえば、装備者の意思とは裏腹に、足を動かしつづけて敵を求め続けるようになるのです。さて、ここまで言えばおわかりですな、みなさま」
 騎士は両手を広げ、一曲終えた演者のように微笑んでみせたのでした。集った皆は大変に感心して、騎士を褒めたたえました。


 こうして少年は、勇者となって旅にでました。
 朝も昼も夜もなく、延々と旅を続けました。

 尾根を、雪の降る丘を、砂漠を、高い山脈を、洞窟を、塔を。
 海を、空を、魔王の城を。

 めぐり巡って、いたるところで剣を振り下ろしました。

 民家で、武器屋で、防具屋で、道具屋で、魔法屋で、教会で、
 城門で、一階で、王広間で、階段で、渡り廊下で、王の間で。
 青年となった勇者は、殺して殺して殺して殺して殺し尽くしました。

 勇者の剣は、まっかに染まり、勇者の鎧は敵を探します。

「おうさま。勇者を旅に送り、得られたその椅子は、
 さぞかし座り心地がよろしいのでしょうね。
 あのとき、そんなに恐ろしかったのですか?
 貴方の父が、妾に孕ませた子供がいるのだと知って。
 どこの馬の骨かもしれない子供が成長し、
 英雄になって戻ってくるのを、恐れでもしましたか?」

 青年は、力なく項垂れる王に、朗々とつぶやいたあと、

「では、今後も生きてくださいね」

 しかし王を殺さず、国外に追放しました。
 そのときに優しく微笑みました。

「辺境の小国で、子供でも作って幸せに暮らしてください。そうそう。子供は魔王を殺す勇者に育ててください。期待してますよ。――兄さん」

 そして勇者は、誰もいなくなった玉座に座ります。
 自らを魔王と名乗り、自分を殺す存在を待ち続けています。

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