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いつつめ。俺の妹が可愛くてしたたかで計算高いわけがない。

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 私のお兄ちゃんは、主人公だ。

 普通の高校生の一人で、ある日 "トクベツな能力" をもっていたことが発覚して、この世界の敵と戦える力を持っている。
 顔立ちは少し格好いいと思う。あとはこれといって特筆すべき点はないんじゃないかなって思ってた。強いて言えば時々、おちゃらけた一面をみせることがあるぐらいだ。「おまえってバカだよなー」って呆れた風に言われるのを、本人は「なんで?」って言って、ぽかんとしてたりする。

 この学園には、お兄ちゃんと同じ "トクベツな能力" を持つ女子生徒がいる。当たり前かもしれないけど、みんな性格も育ちもバラバラだ。だけど "美少女" という共通点を持っている彼女たちは、とっても個性的だった。

 強くて、正しくて、賢くて。
 だけど少し無防備なところがあって。
 とっても親しみやすい。そんな風にみせている。

 彼女たちは、正しい。
 うぅん、そうでない美少女なんていないのだ。 

 他人に、自分をどうみせるべきか、どうみられるべきか。相手にどのような印象を与えるか。どのような印象を受けるのか。彼女たちは常に計算している。
 それが悪いというわけじゃない。むしろそういうことを計算できない人が、"空気が読めない" "かわいくない" と言われたりして、場の雰囲気を乱すのだ。
 美少女たちは、上手に生きる術を遺伝子に刻み込んでいる。そして男の子という生き物は、その術に喜んで騙されることも知っていた。例外が私のお兄ちゃんだった。

 美少女たちは、共に戦う仲間の一人であるお兄ちゃんを、最初はひどく恐れていた。何故ならば、自分たちがどのような存在であるかを、お兄ちゃんはまったくもって認識しないからである。
 性欲がないのだろうか、同性愛者なのだろうか。美少女たちは、それとなくお兄ちゃんの部屋にこっそり押しかけ、ベッドの下からエッチな本を発見しては、ほっと胸をなでおろしていた。そしてふと思った。

 わたしって、もしかして、魅力ない?

 美少女たちは、それとなくお兄ちゃんにアプローチをしかけはじめた。胸を当ててみたり、お尻を触らせてみたりもした。お兄ちゃんはその度に顔をまっかに染めて焦っていた。美少女もまた、上手に顔を赤らめて、
「なにをするのよっ!」
 とか言って、ほっぺをばっちーんと叩いた。賢い頭で計算したところ、それが許される行為だと判断したからだった。そして同時に、胸につっかえていた "もや" のようなものが、すーっと晴れていくのを感じていた。

 ヘンだわ。わたし、どうしちゃったのかしら。

 ずっとずっと、自然に計算してきた美少女たち。
 初めて計算をしなくていい相手が目の前に現れた。彼女たちはこの気持ちを確かめようとした。自然に二人きりになれるセッティングを組み上げ、今までの、そしてこれからの人生を否定する想いで、生まれた時からつけている仮面を外して語りかけた。
 醜い、弱く、愚かな自分を晒して見せつけた。
 それを、特に深い感慨もうけず、へらりと笑ってお兄ちゃんは問答無用で受け入れた。瞬間、美少女たちは、正しく、恋に堕ちたのだった。
 一切の損得勘定が存在しない「好き」という想いに脳髄がしびれ、
 細胞の一つ一つが「エラー」を起こして火照り、
 心臓が生命活動の危機を感じるまでに、「愛している」と高鳴った。
 情欲が狂い咲くような産声をあげ、疼き、身体と心の理性を求め、
 まずは、唇を押しつけ、押し倒そ、
「――――ッ!!」
 うとしたところで、お兄ちゃんの正義スキルが発動し、絶妙のタイミングでジャマが入り、美少女の常識的な頭脳が、瞬時に冷却作動を開始したのである。
「あ、みんなだ。おーい! ……って、おまえ、どうしたんだ?」
「なんでもありませんわーーーーー!!!」
 さすが、主人公のお兄ちゃんは、格が違った。

 さて、賢い彼女たちは、理解したことだろう。
 お兄ちゃんはどんなことがあっても、裏切らないのだ、と。
 どんなに時間が経っても私を裏切らない。正義の人だ。と。
 根源的な存在理由が、一つの純粋無垢なもので支配されている彼に愛されれば、どんな幸福が自分におとずれるのだろう。
 人が、人を愛するには、大なり小なり損得勘定が発生する。自分の優先順位が他者より落ちていれば捨てられる。そうされないためには、つねに仮面をつけて、自分を偽り、道化を演じて生きてゆかねばいけないのに。

 都合のいい、お姫様なんて、存在しない、のに。

 美少女たちは、自分たちの美を理解する一方で、お姫様でないことを知っている。白馬の王子様なんていう存在は、甘い砂糖菓子ばかり食べてきた、未だに愚かしかった幼少の自分が、心の隅に抱いていた幻想なのだと理解している。理解していることを、記憶に刻みつけている。
 愛されているだけで、生きていけるなんて。
 そんな都合のいい設定はないはずだった。
 それがよりにもよって、賢くなったはずの自分が夢見てしまった。
 お兄ちゃんに愛されることができれば、苦楽に満ちたこの世界を、本当の意味で、二人だけで乗り越えていける。

 愛されたい、愛されたい、愛されたい。
 理性をかなぐり捨てて本能に支配されて愛されてしまいたい。
 抱きしめられて一つになって二人だけで世界にいきて死んでいきたい。
 バカで子供で未熟で一途で恥ずかしすぎる想いを、本気で、叶えたい。


「――――なに、やってる、んだ」


 振りかえると、お兄ちゃんがいた。
 ぴしゃ、ぴしゃ。血塗られた床の上に立つ私と、数分前まで、最後まで生き残っていた、美少女二人ぶんの肉片が散らばっている。
 ぐぢゃ、ぐにゅ、と踏みつけた。
 お兄ちゃんは動かなかった。まっすぐ私を見据えて青ざめていた。
 どう応えるべきか、少し、迷った。
「わたしがやりました。ずっと、お兄ちゃんのこと見てたから。簡単だったよ」
 正確に言うと、少し語弊があったけれど。
 バカなお兄ちゃんには理解できないだろうから、あえてこう言った。
 そしてあえて、正しいことも言ってあげた。
「――力があって、賢くて、常識に支配されていた美しい彼女たちが、絶対に叶わない恋を夢見て、本当に愛に狂ってしまえば、結末なんてこうなる他にはないって、わかってたのにねぇ?」
 くすくす。
「お兄ちゃんを愛した女の子たちは、みんな、死んじゃった」
 綺麗に、まっかに輝くお肉を抱き上げて、私はそっとキスをした。
 大好きだったお姉ちゃんたちへ。キスするように、一口齧る。
 最後の最後に、自分らしく生きた美少女の味は、
 ドロ臭くて、苦くて、素敵に満ちていた。
5

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