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『加速』

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 携帯が受信した一件のメール。
 普段あまり関わりのない男子生徒からのそのメールを、別段何か意識することもなく雄二は開いた。このメールを契機に自らの人生が大きく変わっていくことなど、まさか知る由もなく。

【題:八北高校2年5組の生徒へ】
【本文:17歳というかけがえのない青春を、悔いなく過ごせているでしょうか?
 2年5組には彼氏・彼女持ちの生徒が多く、こんな心配は無用かもしれませんが、周りが恋人持ちの環境だからこそ、恋愛の選択肢を制限された方も多いかと思います。
 あの子の彼氏の方が格好良い。
 あいつの彼女がエロすぎる。
 そんな風に思うのは、自然です。
 もし。周囲には決して悟られることなく、他人の恋人と“浮気”をする事ができる。そんな手段があるとしたら。
 興味が湧いてきませんか?
 自分の恋人だけではすぐに飽きるでしょう。気が向けば、気軽に別の異性とセックスができる。そんな、大人な恋愛をしてみませんか?
 このメールを見て興味がある方は、以下のURLへどうぞ。私が発見した、素晴らしいサイトを紹介します。もちろん利用は無料です。怪しむのも勝手ですが、この機会を逃した方は必ず後悔します。断言します。
 このサイトのおかげで、私はもう10人以上と出会ってますよ。(笑)

 ※このメールを、八北高校2年5組の生徒へ回して下さい。ノルマは5人以上。】

 最後にはサイトのURLが貼られ、このメールは締められていた。どこの誰が始めたのか分からない、いわゆるチェーンメール。
 少しおどけたような、人を小馬鹿にしているような本文。“それ”と知らぬ者には何が何やら分からないメールに、雄二は体の芯から震えた。
(ブラインド・コールだ……!)
 雄二はすぐに理解した。
 体の震えは怯えではない。そう、それはまるで武者震いのように。間違いなく、何かが起きるのだ。
(俺らのクラスにいるんだ。力ずくでブラインド・コールを始めようとしている奴が……!)
 そして、時間を置かずに次々と届くチェーンメール。このメールが実際にクラス中を駆け廻っていることを実感した。

 ○

「だから、昨日のメールを回した奴は誰だっつってんだよ!!」
 怒声が教室の枠を越えて廊下にまで響く。
 翌日、2年5組は朝からチェーンメールの話題で持ちきりだった。昨日のメールは既に5組以外の生徒の間にも回っているが、メール自体が直接5組を指している為、他のクラスでの騒ぎは5組ほどではなかった。
「いや、待てって」ざわめきを制するようにして、腰野という男子生徒が一人喋り出した。「このメールを誰が回したかなんて、たしかに気になるところだが別にどうでも良い。……それより、クラス全体で使っていく意思があるのか? あのサイトを……」
 そう語る腰野の口は、僅かに震えているようにも見えた。誰もが気になっていたところを切り出したのだ。
 言うまでもなく、皆口を閉じる。肯定も否定も、ただ自らの立場を悪くするだけのように思えた。ところが、だ。
「……ねえ。皆、何の話してるの?」
 教室の隅の方では、そんな事を言っている女子もいる。
 これは、メールを回した張本人でさえ朝学校に来るまで気がつかなかったことだが――、このチェーンメールは、美形の生徒に多く回ってくる傾向にあった。
 朝、登校してきて周囲のざわめきに違和感を抱くのは、きまって不細工な生徒達だったのだ。
 その偏りが語っている。「不細工に用は無い」と。
『あの人とヤってみたい』
『このサイト、あの子も使ってくれたら良いのにな』
 皆が皆、心の中でそう考えた。「このサイトを使って欲しい人」に、このメールは多く配られた。
 つまり今更確認し合う必要などなく、無意識の内にもこのサイトを使う意志は多くの者の中では固まっていた。後はもう、誰かの「使う」という開始の合図を待っているかのような。

「まさか、使わないよな? みんな」

 本心が丸分かりの建前が、火蓋となって。
 ――朝の予鈴が鳴り、いつも通りの日常が始まると、その騒動は水面下へと移っていった。
 授業中は机の下で携帯電話を握りしめ、友人と情報交換をしたり、サイトの中身を徘徊してみたり。今、学年中の興味が“ブラインド・コール”へと集中していた。それは、言うまでもなく雄二も然り。
(昨日のチェーンメールを作ったのが誰なのか、まさか名乗り出る奴はいないだろうが……たとえ誰だとしても、サイトの存在が広まったのはありがたい)
 雄二が右を向いても、左を向いても、どちら側の生徒も携帯電話の画面に夢中になっている。
(誰がなんと言おうと、間違いなく八北の生徒は皆このサイトを使うようになる。そうなれば……もしかしたら俺も、あの綾見と)
 そう考えたところで思わず顔がにやけてしまい、雄二は慌てて顔を伏せた。
 とは言え……綾見へのブラインド・コールを送信済みの雄二は、後は返信を待つしかない。いつになるか分からない、来るかどうかも分からない返信を待ち続けるより、とにかく今はこのサイトの魅力を堪能してみたい。雄二はそう考えていた。
 かりかり。
 携帯を机の中にしまいこみ、今度は一枚の紙にシャープペンシルを走らせた。

 女子1番 相田 信子

 クラスの名簿。当然、そこには生徒の名前が全て乗っている。雄二の右手の動きには淀みもなく、ガリガリとシャープペンが上から下まで疾走する。

 相田 信子-
 赤羽 夏美○
 小山 千佳子
 金子 朱里○
 工藤 恵美×
 紺野 加奈子×
 滴草 このみ○
 渋川 美咲○
 田上 静香-
 千島 和代-
 津田 洋子×
 富田 藍-
 中村 花○
 能登 沙織×
 藤丸 唯○
 松原 沙耶-
 薬師寺 千尋○
 類家 ひかり○

 ○印が雄二の中での許容範囲程度。×印が論外、-がついているのは恋人がいない者。
 クラス女子生徒18名を、確認する意味で一度こうして吟味してゆく。そして、○印がついている者全員にブラインド・コールを送信するつもりだ。
(果たして何人ひっかかるか……? ……と、流石にコイツはやめとくか)
 雄二は“類家ひかり”にバツ印をつけた。最前列の窓際、風通しの良いその席に、やたら顔立ちの良い女生徒が一人。
(……アレは、ない)
 机の下で、再びサイトのトップページを開いた。
 異性許容範囲程度はかなり細かく、具体的なところまで絞り込むことが出来、例えば「八王子市立北高等学校」という条件を設定することもできる。それによって、雄二はわざわざ膨大なデータ量から目的の人間を探し出す手間を省けた。
(さあ、最初は誰に……)
 周りに人がいるからだろうか? 緊張で指が湿る。
「藤丸」
 雄二の席の右隣。綺麗な髪が特徴的な藤丸唯は、雄二の声にはっとしたように顔を上げた。雄二は小声のまま話を続ける。
「このサイト、使ってみてる??」
 携帯電話の画面を藤丸に見えるように向けた。
「えっ? いや、まさか……」
 藤丸は驚いたように首を左右に振った。本気で否定しているようである。
(……可愛い)
 それだけで、雄二は股間に力が入るのを感じた。
「……ふーん。ま、そうだよね」
 送信! 心の中でそう言い放って、親指で決定キーを押した。

『ブラインド・コールを送信中』

 少しして、『送信完了』の文字が出る。雄二は緊張しながら画面を見つめた。もし、藤丸も自分にコールを送信していたら……。期待に胸が膨らむ。
 すると、携帯にメール受信のアイコンが表示された。雄二は慌てて受信ボタンを押す。
(なんのメールだ? まさか……)

【藤丸 唯様との相思相愛が確認されました。おめでとうございます】

「!!」
 ファンシーな書体の上に、天使が飛ぶ。なにやら小馬鹿にされている気分すらするメールだが、そんなことはどうでもいい。雄二がはっと右を向いた時、藤丸もまた雄二の方を見ていて、二人は目が合った。
 一瞬の沈黙の後、先に藤丸が目を逸らした。
「…………。嘘つき」
 意地悪く、雄二が呟く。顔を上げた藤丸の頬は真っ赤で、申し訳なさそうにぺろっと舌を出した。
 その可愛らしさに、雄二は絶句する。

(……このサイト、ヤバイ!!!)




 つづく。
5, 4

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