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 あれ以来、私がスマイリーを訪れる回数は目に見えて減っていった。争い事を持ちこまないようにするには、私は傭兵として有名になり過ぎている。いつまた仇打ちや名声を欲している者たちに襲われるとも限らないこの状況では、ラナの平穏な生活を脅かしてしまうだろう。
 しかし、私がそんな風に考えている間も世の中は動く。
 クレスト南部で民達が武装蜂起、つまりは反乱を起こしたのだ。
 情報屋から仕入れている噂などで、クレスト南部で不穏な動きがあったことは知っていたものの、私の行動範囲の外だったため手を出していなかったのが仇となった。
 今となっては起きたものは仕方が無い。クレストが他国に足を掬われる前に鎮圧するしかないだろう。もうすでにクレストも大きな動きを見せている。なら、私がやるべきことは一つだ。

 人間の移動速度の限界に注意しながら私はクレスト南部、パルパス地方にたどり着く。 そこには既にクレストの騎士、傭兵が多く集まっており、一触即発といった様子だった。
 私が早速クレスト軍の占領地であるベイシティの騎士隊庁舎で、傭兵として雇われる手続きを行っていると、予想外の人物から声をかけられる。
「よお、アレス。やっぱお前も来てたか」
「モルド!?どうしてここに…」
 てっきりモルドは自警団として、あの町に留まっているとばかり考えていたので、私は呆気に取られていた。
「ワシもあんまり来たくなかったんだがなぁ。なんか急に徴兵だって言われてよォ。ほんと、厄介な話だ」
 徴兵、という言葉を聞いて私は周囲を眺める。なるほど、確かに簡易な武具は支給されているものの、正規の騎士以外にも、明らかに寄せ集めと言った風な男達が居た。
 反乱軍、と言えば聞こえはいいが、所詮は寄せ集めの烏合の衆だ。他国との戦に備えるために、正規の戦力を温存したのだろう。
 数はこちらがやや少なく、質はかろうじてこちらが上だ。しかし、反乱軍の士気は高い。抑圧からの解放を望み、命がけで戦う反乱軍と無理矢理徴兵され嫌々戦うクレスト皇国軍。
 正直言って戦力でいえばこちらが劣るだろう。だからこそ、私が動かねばならない。
「そういや、アレス。なんで反乱が起きたか聞いてるか?」
「ああ、たしかこの地方を治めていた有名なコトダマ使いが引退したからだと聞いたが」
「炎狼ヴォルフだっけか?コトダマ使いとしての力はあっても、徳はなかったみたいだな」
 炎狼ヴォルフ、元クレスト最強のコトダマ使いだ。その名の通り、コトダマで対象を燃やす特性を持つ。その力はまさに圧倒的で、周辺国との戦争でも大いに活躍したそうだ。
 彼は間違いなく英雄だったのだろう。
 しかし、国が求めるのは一時の戦力ではない。その力を引き継ぎ、継続して国に貢献する力を持った一族が求められたのだ。
 故に禍紅石は炎狼の血を引く、適正年齢に達した子供に受け継がれた。
 だが、禍紅石の声帯融合には数年の時間を要する。融合させてすぐにコトダマが使えるわけではないのだ。恐らく反乱はそれを見越してのことなのだろう。
 モルドの愚痴や皮肉を聞きながら、私は指定された配置場所へ移動した。
 両軍が相対するであろう平野に先行し、私達は林の中に身を隠し奇襲を行う部隊に配属される。

 そこで半日ほど待機していただろうか、ようやくクレストの本隊と反乱軍が見えた。
「おーおー、反乱軍の連中、随分と気合入ってんな」
 モルドがこっそり草陰から反乱軍を覗き見る。確かに随分と士気が高い。
 しかし、それも仕方ないことなのだろう。
 聞いた話では、炎狼はお世辞にも優秀な領主ではなかった。むしろ、力任せに民を押さえつけるような人物だったと聞く。その横暴ぶりで民から随分嫌われていたようだ。その領主への報復を果たし、恐怖の対象を打ち破った反乱軍はまさに破竹の勢いを持ってして、クレスト皇国軍に襲いかかるだろう。

 両軍の突撃の銅鑼が鳴り響く。掛け声とともに砂埃が舞い、両軍接触まであとわずかという所でクレスト軍が急に足を止めた。士気の高い反乱軍はクレスト軍がひるんだと判断したのか、さらにスピードを上げる。
「地面!やわっこくなっちまいなぁ!!」
 クレスト軍のコトダマ使いが声を荒げた。その次の瞬間には、ただの地面がまるでそこに沼でもあるかのように、反乱軍の兵士を飲み込んだ。
 その事態に反乱軍は、急にスピードを落とすこともできず、次々と地面に飲まれ、躓き、陣形が崩れていく。
「行くぞぉ!!」
 そして、それを見ていた私の部隊の指揮官が突撃の指示を出す。
 もはや反乱軍にさっきまでの勢いはなく、ただ混乱の中、悲鳴と断末魔が戦場に響いた。

 正直、結果は呆気ないの一言に尽きる。元々この地に住む人間は、炎狼ヴォルフのせいでコトダマ使いに対する恐怖心が強いとはいえ、ここまで簡単に勝敗が決まるとは思っていなかった。
 あとは生き残った残党を片付ければ、この地方の反乱は完全に鎮圧される。戦う前に考えていた時とは違い、私が何をするでもなく片付いてしまった。
 両軍衝突より1か月ほどが経ち、肩透かしをくらった形となった私は、モルドと共に帰ることとなる。
 私は一度スマイリーに顔を出すことを断ったのだが、あれ以来私が疎遠になったことをモルドなりに気にしていたようで、押し切られる形で帰途を共にすることとなった。
「まあ、ワシも強く言い過ぎたかもしれんが、お前は気にし過ぎだぞ」
「そうか?」
「そーなんだよ」
 モルドの話に適当に相槌を打ちながら、私は街道を歩く。今頃反乱軍が占領していた街では、徴兵された者達や傭兵達によって略奪が起こっている最中だろう。そのせいか、街道には反乱に参加しなかった人間達が、別の街へ避難しようとしている様が見てとれた。
「ん?」
 不意にモルドが道端に視線を向ける。私もそれに倣って意識をそちらに向けると、10歳くらいの子供が倒れていた。
「反乱のせいであんなガキまでなぁ…。ほんと、やな世の中だ」
 モルドはそのまま倒れている子供の横を通り過ぎようとしたが、私は妙な違和感を感じ、子供の傍で足を止めた。
「この子供…、まだ息があるぞ」
 私が子供を覗き込むのを見て、モルドも同じように覗き込む。
「おー、そうみたいだな…、って助けるつもりか?」
 モルドは目を見開いて驚いた。
 まあ、無理もないだろう。ついこの前に、私は子供を何の躊躇も無く殺してしまったばかりだ。
「いや、この子供、妙じゃないか?」
「あん?」
 倒れている子供の服は擦り切れ、泥まみれで小汚いが、よくよく見ると一般人が来ている服とは布の質が全く違う。そして、子供が両手に隠すように抱えている短剣は、明らかに一点物だ。少し泥が付いているものの、柄の部分にまで装飾がなされている。
「こいつ…、もしかして貴族、なのか?」
 動揺するモルドを後目に私は上着で子供の体を包むと、人目の付かない場所へ移動した。


 これが出会い。
 最終的に私の運命を、結末を、全てを変えるきっかけとなる出会いだった。

 無論この時の私にはそんなこと知る由もなかったのだが…。
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