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正しい心の育て方(後編)

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 クレスト西部の街、コローナシティの近くまでたどり着いた私とラドルフ。
 取り合えずは、当面の生活のために資金調達をしなくてはならない。私の手持ちの金銭は決して少なくない額を持ってはいるものの、一刻も早くラドルフに経験を積ませ、必要以上に手間がかかることを少なくしておきたかった。
 街に着く直前、私はふと思い出し、ラドルフに話しかける。
「ラドルフ、お前の短剣は誰にも見られないようにしまっておけ」
「なんで?」
「お前の正体が露見しないようにするためだ。すぐこの街で護身用に別の短剣を買ってやる」
 念のためラドルフにはここまでの道のりで、護身用のために例の短剣を持たせていたものの、仕事で使う分には別のものを使わせねばならない。
 最初は出会ってすぐに捨てさせようとも考えたのだが、もし騎士にでも拾われたら付近に禍紅石の宿った死体が無いのは不自然と考えるだろう。下手にラドールが生きていると思われれば、国中に手配されかねない。死体も発見されない様な死に方をした、と思われる方がよっぽど都合がいいと考えたのだ。
 私は街に到着すると、ラドルフにも扱えそうな短剣を買い与えてから早速仕事を探すことにした。
 私一人で受ける仕事ならば治安に最も影響を与えていそうな盗賊、山賊退治がメインとなるのだが、今回はラドルフが居る。経験の無いただの子供とたいして変わらないラドルフを連れて、集団相手の盗賊、山賊退治は難しいだろう。
 なら自ずと選べる仕事は限られる。懸賞金をかけられた賞金首を狙うのが最も無難だ。
 標的の選択が難しくはあるものの、仕事を始める前に面倒な手続きは一切必要ない上に、こちらの都合が悪くなった場合ほとんど何のペナルティも無く仕事を下りることができる。
 私とラドルフは保安騎士駐在所前にある掲示板で、一通りの賞金首をチェックした。
「おお、凄い!こいつ200万だって!」
 金額だけ眺めてはしゃぐラドルフ。しかし、重要なのは金額ではない。誰が懸賞金をかけているかどうかだ。
「そんなどこにいるかどうかも分からない奴は除外だ。それと、あまりはしゃぐな。お前の正体が露見したら、ここにお前の名前と似顔絵が、仲良く並ぶことになるぞ」
「――!…りょ、了解」
 私の忠告で怖気づいたラドルフを後目に、私は標的を選ぶ。賞金首を選ぶ上で最も重要なのは、懸賞金をかけられた時期と懸賞金を懸けたのが誰であるかということにある。
 結局の所、賞金首というのは懸賞金をかける人間が、自力で処理できなかった厄介事を片付けるために考えられた仕組みだ。だからこそ大なり小なり面倒な事情が関わっていたりするわけだが、それらの質を見分ける必要もあるのである。
「アレスさん、なんでそんなに慎重に選んでるんだ?顔と名前だけ覚えておけばいいんじゃないの?」
「本来ならそれで問題はないが、標的を絞って本格的に仕留めに行く場合は、獲物選びは重要だからな」
「ふーん」
 分かっているのかいないのか、ラドルフが相槌を打つ。
 実際賞金首が何らかの重要な情報を持っている場合、捕まえた人間がその情報を手に入れ、その人間から情報漏洩の可能性を排除するために始末するなんて事例は結構あるものだ。
 普段ならそういった連中は返り討ちにするが、ラドルフと一緒にいる今、そういったことは避けたい。
「よし」
 私は標的を決めると、今夜の宿を決めるため、宿屋の多い通りに向かった。

 標的の名前はミダス・ラチス。懸賞金は30万で生け捕り限定。とある商会の経理をしていた男で一時は次期跡取りとも言われていたが、横領が発覚し、身内から私刑を受けその指全てを切り落とされた男だ。
 本来ならそのまま放逐されて終わっていたものの、放逐される際に店の金を盗み、結構な額を持ち逃げしたらしく、商会の人間達が面子のために懸賞金を懸けているようだ。
 懸賞金を懸けた時期は割と最近で、手の指が全くないという身体的特徴もあり、おいそれと外をで歩くことはできないだろう。
 しかし、そこまで目立つ身体的特徴があるにも関わらず見つかっていないのは、何か理由がある筈だ。考えられるのは、前々から事が露見した時のために隠れ家を用意してあったか、商会の連中に知られていない協力者が匿っているかのどちらかだろう。
 だが、どちらにせよこの街の近辺に潜んでいるのなら、私に探せないわけが無い。

 その夜、ラドルフが完全に眠りについたことを確認すると、私は外に出て周囲の詳細な知覚を開始した。夜ならば人通りも少なく、不審な動きをしている者がいればすぐ発見できる上、眠っているならばその隠れ家を特定できるはずだ。
 意識を集中させ、ゆっくりと私の体が霧散する。意識だけの存在となった私は、周囲の人間の外見的特徴を観察した。

 …手の指が無い者は居ない。街周辺にも知覚領域を移動させつつ、再び知覚開始。

 一人ずつ、確実に逃さないように慎重に調べる。

 …。
 ……。
 ………。
 居た。ガントレットをつけて指が無いことを隠してはいるものの、流石にそのまま寝ているのは不自然だと感じたので詳しく知覚してみたが案の定だ。コロ―ナシティ北東にある炭焼き小屋に、指の無い男を見つけた。

 私は意識を宿屋に戻し、周囲に人の気配が無い所で体を再構築していく。
 ゆっくり、ゆっくりと形成していき、私の体が発生した時に生じる空気の破裂音を最小限に留める。
 私はラドルフが寝ている部屋に戻ると、ラドルフを起こす。
「起きろラドルフ、仕事だ」
「…んぁ?仕事?」
「ミダス・ラチスの居場所が分かった。すぐ支度しろ」
 ラドルフは眠気でまだはっきりしないようで、眼をこすりながら私に訊ねてきた。
「一体どうやって見つけたんだ?」
「馴染みの情報屋が連絡をくれた。街外れの炭焼き小屋に潜伏しているそうだ」
 無論それは嘘だ。下手に勘ぐられてはたまらないので、適当な嘘をついておく。
「この時間だ。暗闇に乗じて取り押さえるぞ」
「ああ!」
 私はようやくしっかりと目を覚ましたラドルフを連れて、街外れの炭焼き小屋へと向かった。
 私とラドルフが街の外に出て、ラドルフが明りの無い夜の山道でこけること数回、ようやく目的地一歩手前までたどり着いた。
「っつぅ~。なんでアレスさんはこんな月もでてない夜に、山道をスイスイと歩けるんだ?」
 さっき転んだせいですりむいた膝を撫でつつ、ラドルフが小さな声で話す。
「慣れだ。お前もそのうち慣れる」
 私はラドルフと話しながら周囲を警戒する。仲間が居るわけではなさそうだが、色々と用意周到そうな相手だ。油断はできない。
 ふと、木と木の間に糸のような者が張られていることに気付く。指が無いというのに、よくこんなわなを仕掛けたものだ。
「ラドルフ、足元にトラップが――」
 私がラドルフに注意しようとしたその時、ラドルフはトラップの直前で木の根に躓き、盛大にこけた。そのせいでラドルフの上半身が糸に触れ、やかましく鈴の音が鳴る。
「まずい!!」
 私は倒れたラドルフをそのままに、炭焼き小屋へと走った。ラドルフのおかげでこちらの存在に気付いたであろうミダス・ラチスを追う。
 私が炭焼き小屋側面から回り込み、正面の入口から突入したと同時に、ミダスは裏口から飛び出ていった。
 しかし、この距離ならばまだ追いつける。
 私がそう思った時、ラドルフが私の後ろからついて来たようで、入り口に向かって走っていることに気付く。しかもそれにミダスは気付いたようだ。ラドルフを人質にでもしてここから逃げようと考えたのか、ミダスはラドルフめがけて突進する。
 今から出口から出ていてはラドルフを守りきれないと判断した私は、咄嗟に壁ごしにミダスに向けてバスタードソードブレイカ―を振るう。
 ズドーン!!
 壁を突き抜け、地面にめり込んだバスタードソードブレイカ―は、ちょうど突進していたミダスの足元に埋まり、ミダスは盛大に躓いて転ぶ。
「な!うォおおおお!!」
 受け身も取れずに転がるミダスの声を聞いてビックっと身を震わせたラドルフは、自分が今さっきまでどんな状況にあったのかをやっと理解したらしく、私の方へ急いで駆けてきた。
「つぅ~、クソがぁ!」
 ミダスは何とか立ち上がると、この距離では逃げられないと判断したのか、両手を構える。その手には指が力なく垂れ下がったガントレットの手首に短剣を縛り付け、指が無くても使えるようにしてあった。
 大方商会を出る際に、商品の武具をくすねていたのだろう。
「諦めろ、そんなもので私は倒せん」
「五月蝿い!!」
 私の制止も聞かずに突進してくるミダス。武術等の心得が無いのか、ミダスは突進しながら、ただがむしゃらに腕を振り回すだけだった。
 私はバスタードソードブレイカ―の溝の部分をミダスに向けると、そのままミダスの剣撃を受け止めるようにしながら刃を絡め取り、ミダスをバスタードソードブレイカ―ごと地面に叩きつける。
 そしてそのまま地面に組み伏せて、ミダスのガントレットをはぎ取ると、痛々しい指を切断された傷が露わになった。
「チクショウ、チクショウ!!俺が何したってんだ!!」
 その言葉に眉をひそめたラドルフは、その疑問をミダスにぶつけた。
「何って、横領したんじゃないのか?」
「何もしらねーガキが、分かったようなこと言ってんじゃねー!!」
 急に憤慨するミダスにラドルフは戸惑う。
「横領、したんだろ?」
「俺は何もしてねぇ!!商会の上の奴らの脱税ごまかすために嵌められたんだ!!」
 口でならば何とでも言える。だが、簡単に嘘だと断言してしまえるほどの情報がこちらに無いのも事実だ。
「アレスさん、どうすんの?こいつの言ってることが本当だったら…」
「本当だとして、お前はどうするつもりだ?」
「どうって、商会の連中のことを保安騎士に話すとか…」
 私はミダスを縛り上げ、地面に転がしてからラドルフと正面から向き合う。
「証拠は?」
「へ?」
「商会の連中が脱税をした証拠はどうするつもりだ?」
「あ、え、そ、そりゃあ…」
「仮にそんなものがあったとしても、商会の連中から賄賂を受け取っているであろう騎士への対処は?」
「う…」
「そして、これ以上時間をかけてこいつの懸賞金以上の利益を上げられる保証は?」
「……」
 何も返す言葉が無いのか、押し黙ってしまうラドルフ。
「お前には、まだ自分のやりたいことができるだけの力が備わっていない」
「実力不足は分かってるよ!でも…!!」
「実力だけじゃない。知識も、経験も、危機感すら足りてない」
 ラドルフが歯を食いしばる。
「行くぞ」
「…ああ」
 そこからラドルフはミダスを引き渡し、宿に着くまでの間一切口を利かなかった。
 この憤りが少しでも能力向上に影響すれば、私としてはありがたいのだが…。
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