リーズナ―のコトダマ使いが放ったワーストワードによって、戦場はもはやこれ以上戦闘を継続できないほどに双方被害を受け、混乱した。
ジノーヴィはコトダマを全力で使った反動のせいか意識を失い、私の目の前で地面に突っ伏していた。
私は元々このままジノーヴィを連れ去り、ジノーヴィのコトダマを用いて自らを消滅させるつもりではあったが、そのジノーヴィが意識を失っていたことで予定を変更せざる負えなくなった。
コトダマの出力にはコトダマ使いの精神に大きく影響する。つまりはジノーヴィには”わたし”を心の底から消すように仕向けねばならない。なら意識を失った状態のジノーヴィを連れていくよりは、ジノーヴィが自らの意思で”私”の言葉を受け入れさせ、コトダマを全力で使用させなければならないからだ。
私はここにこのまま自分の姿を晒していることは、問題があると考えその姿を消した。無論誰かがジノーヴィに危害を加えないように周囲に気を配りながら意識だけはそこに留めた。
ジノーヴィはその後ミラージュに保護、いや、拘束された。元々ジノーヴィに宿っている禍紅石はミラージュのモノだったからだ。
私は予定ではジノーヴィが回復してから接触を図るつもりだったのだが、どうやらそう時間は無いらしい。オラクルを信仰する者以外には極めて排他的なミラージュの首脳陣がこのままジノーヴィの禍紅石をそのままにしておくとは考えにくい。
私はジノーヴィが裁かれるその時に、行動を起こすことにした。
ジノーヴィはコトダマを使えないように、猿ぐつわと肺活量を極端に制限する拘束具を付けられたまま謁見の間の中央で跪かされていた。その目には精気がほとんど見られない。
私はそんなジノーヴィの目の前で姿を現した。
ざわつく周囲に気を配りつつ私は告げる。
「悪いがこの男を殺すことも、禍紅石を取りださせることも、させるわけにはいかない」
私はそう言うとジノーヴィに向き合い、その目をじっと見つめた。これだけのことが起こったにも拘らず、ジノーヴィは何の反応も見せない。
そんな中、ジーノを拘束するために控えていた兵士の一人が私に飛びかかった。
「何者だ、きさまぁあああ!!」
大きく振りかぶられたその剣は、そのままの勢いで私の首元を直撃する。
――ガンッ
「のけ」
私はその兵士に視線を向けることすらせず、力場を発生させ兵士を吹き飛ばす。もはや私が人間の振りをする理由は何一つない。
「聞け、ジーノヴィ。お前の復讐はまだ終わっていない」
コストの過剰な支払いによってほとんどの感情を奪われてしまったジノーヴィは、ゆっくりとその言葉に反応する。
「元を断たねば意味はない。お前の復讐心は、実行者だけを殺しただけで満足できるようなものなのか?」
ジノーヴィは手枷を軋ませながら拳を握る。弱々しかった目も、次第に憎悪の灯がともってゆく。
「そうだ。そして殺せ。あの組織”リーズナー”を創ったこの私を――」
「――っ!!」
目を大きく見開き、猿ぐつわと手枷をしたままでジノーヴィは私に掴みかかってきた。
「そうだ。感情を、憎しみをその心の中で猛らせろ」
――ザッ
私達の周りを取り囲むミラージュの兵士達、その奥から唱響の聖唱女が私に話しかけた。
「あなたを殺してしまう前に聞きたいのだけれど、あなたは誰なの?」
その言葉に私は振り向かずに答える。
「お前達にそれを話すつもりはない」
そう言うと私は目線を入り口をふさいでいた兵士たちに向けた。私は自分の胸に手を当てると、そこから何かを引きずりだすような動作をする。すると、そこからジノーヴィの武器であるバスタードソードブレイカ―を取りだした。
手になじむその感覚に私は懐かしさを感じずにはいられない。
周りが一気にざわつく。ジノーヴィもその妙な光景を微動だにせず見ていた。
私は人間離れした動きで、いや、人間の目には捕えられ荷ほどのスピードで移動し、入り口を固めていた兵士達を一瞬で薙ぎ払う。その中心で私はバスタードソードブレイカ―を片手で振り回す。それは周りから見れば、小さな嵐がそこに突然発生したかのように見えただろう。
その嵐の暴風が駆け抜けた後には、胴体が真っ二つになる者、手足を吹き飛ばされて床に這いつくばっている者、それががまき散らした血肉で赤い道ができていた。
「来い、沈黙のジノーヴィ。お前は成し遂げるためにここまで来たはずだ」
その言葉にジノーヴィはゆっくりと立ち上がる。
自らの意思で、信念でその足を動かすジノーヴィを見て私は笑みを浮かべずには居られなかった。
「ジーノ!!」
ジノーヴィが謁見の間を出た時、横から女の声が聞こえる。ジノーヴィはそちらを鋭い視線で一瞥すると、そのまま私の後ろを歩く。
思いもよらないジノーヴィの拒絶の視線に、女は崩れるように床に尻もちをついた。
「ジーノ、なんで…。なんでよぉ」
血肉でできた赤い道を歩いたジノーヴィの赤い足跡を女は呆然と見詰める。
もはや誰の声もジノーヴィの耳に届くことはない。憎悪で魂を震わせ、前に進むことしか考えなくなった彼の心は、もはや”わたし”のモノなのだから――。
挿話の果てにアイを囁く
私はジノーヴィを連れてダンテリオと約束した場所へ向かう。
その途中でジノーヴィを連れ戻そうと3人の追手がわたし達の前に現れたものの、ジノーヴィは自らそれを追い払った。
正直その時の私は少なからず不安を抱いていたように思う。私の目的が達成される直前でジノーヴィが心変わりをする可能性があったからだ。
しかしそれも杞憂に終わった。私が何をするでもなく、ジノーヴィ自ら追手を追い払うことを申し出たからだ。その行動はよりジノーヴィの決意を固めさせ、この後のコトダマ行使にもいい影響を与えることだろう。
ジノーヴィを連れ戻そうとしていた者達にとって彼は恐らく大切な人間であったはずだ。そしてそれはジノーヴィにとっても同様だろう。そんな人間と決別する覚悟、意思の強さは恐らく私が今まで見てきた人間の中でも最も強い部類なのだろう。
ジノーヴィにとって大切な友と言える人間達を追いかえした後、私はふとダンテリオのことを思い出した。
ジノーヴィをミラージュから連れ出す直前、私はダンテリオについに終わりの時が来たことを告げた。
その私の言葉でいつものようにダンテリオは無邪気な笑顔を浮かべ、一頻り喜んだ後、柄にもなく真剣な表情で話した言葉がやけに印象的だったのを覚えている。
「まあ、僕には祈るべき神様なんて居ないけど、ただ得難い友人である君の望みがかなうことを、心の底から願っているよ」
私はその友人の言葉に返す言葉を紡ぐことができなかった。
この言葉を受け取ったのが普通の人間だったのであれば、私でなかったのであれば、ちゃんとした言葉を返せたのかもしれないと思うと、少しばかり悲しくなった。
ダンテリオと約束した場所にたどり着くと、そこにはダンテリオが既に佇んでいた。
「やぁ、遅かったじゃないか」
ダンテリオの普段通りの態度に私も無難に返す。
「少し邪魔が入ってな」
私はダンテリオに軽く挨拶を済ませると、その足を止めてジーノに向き合う。
「ここでいいだろう。始めようかジノーヴィ」
「…その男は?」
そう言いながら、ジノーヴィはダンテリオに視線を向ける。それに対してダンテリオはおどけたような話し方で返した。
「ああ、僕のことは気にしないでいいよ。ただの野次馬だから」
ジノーヴィは少し訝しげな表情をしたが、視線を私に戻すと口を開く。
「で、結局俺に何をさせる気だ?」
「言ったはずだ。お前にはお前の復讐を果たしてもらう」
その言葉にジノーヴィはあからさまに不審な表情を見せた。
ジノーヴィの復讐、それは組織リーズナ―の壊滅だ。少なくともこんな只の平原でそれが果たせるとは露ほどにも思えないのだろう。
「私をお前のコトダマで消せ。それですべてが終わる」
「?」
その意味が分からず、ジノーヴィが困惑してどうしていか分からなくなっていると、ダンテリオが説明した。
「彼を殺せばリーズナ―は無くなるよ。それは間違いない」
「どういうことだ?」
「リーズナ―が今までいろんな国に対して優位性を保っていられたのは、情報伝達の早さとその正確さのおかげだからね」
それを聞いて、ジノーヴィは私の人外の力を思い出したのだろう。突然ミラージュの宮殿に現れたりできる私の力があれば、情報の伝達も情報収集も、ありえないほど早く正確にできる。
「それにリーズナ―の拠点は各国に散らばっているからね。彼が居ないとろくに連絡をつけることもできなくなって霧散消滅すると思うよ」
ジノーヴィは一瞬私達の言葉を疑ったのか、考えるような仕草を見せる。しかし、そもそもこんなウソが必要ではないという考えに至ったのだろう。
「…わかった」
そう言うとジノーヴィは私に向き合って構えた。それを見たダンテリオは距離を取る。その表情はやや興奮気味だ。
覚悟を決めたジノーヴィの中で感情が暴れ狂うのが見て取れる。
ようやく目的が達成されることへの喜び、自分の家族を殺した組織を作った者への怒り、残してきた者に対する哀しみ、これにより全てが終わるという未来への楽観、その全てが混ざって猛る。
同様に”私”と”わたし”の中でも様々なモノが渦巻いているのが分かる。
それら全てが混ざってできたモノは喜びか、悲しみか、恐怖か、安堵なのか、”私”にも”わたし”にも分からない。
だが、唯一確かなのは”わたし”がジノーヴィを求めているという事実。この混沌とした何かはまちがいなくジノーヴィに向けられたモノだ。
あえてそれに名をつけるとするならば人々が囁き合う”アイ”というモノが最も近いかもしれない。
「喜べ、ジノーヴィ・フェルトロッド。お前は唯一この世界で”命を持たぬ物”に愛された”命を持つ者”だ」
ジノーヴィは眼をゆっくりと開き、息を吐き出すように答えた。
「知ったことか」
ジノーヴィは右拳を握る。ガントレットが軋むような音を立て、振りかぶられた。
「掻き消えろぉ!闘神アレェエエエエエス!!」
ジノーヴィの拳とコトダマは”私”を貫き”わたし”に届く。
ジノーヴィの中にある全ての感情を以て、私が私たりえる全てを掻き消していく。
その時になって私はやっと気付いた。ジノーヴィは極大の波長で全ての波を掻き消す。その極大の波長はジノーヴィの魂の波長を極大にしたものに他ならなかったのだ。
その極大の波長にかき消されようとしている中、私はその魂の中に僅かではあるが、ラドルフの面影を感じながら意識を手放した。
――そして私の全てが霞み、揺らぎ、そして消えた。――
ただ響き続けるこの世界で
第3章 蒼き星の挿話
完
その途中でジノーヴィを連れ戻そうと3人の追手がわたし達の前に現れたものの、ジノーヴィは自らそれを追い払った。
正直その時の私は少なからず不安を抱いていたように思う。私の目的が達成される直前でジノーヴィが心変わりをする可能性があったからだ。
しかしそれも杞憂に終わった。私が何をするでもなく、ジノーヴィ自ら追手を追い払うことを申し出たからだ。その行動はよりジノーヴィの決意を固めさせ、この後のコトダマ行使にもいい影響を与えることだろう。
ジノーヴィを連れ戻そうとしていた者達にとって彼は恐らく大切な人間であったはずだ。そしてそれはジノーヴィにとっても同様だろう。そんな人間と決別する覚悟、意思の強さは恐らく私が今まで見てきた人間の中でも最も強い部類なのだろう。
ジノーヴィにとって大切な友と言える人間達を追いかえした後、私はふとダンテリオのことを思い出した。
ジノーヴィをミラージュから連れ出す直前、私はダンテリオについに終わりの時が来たことを告げた。
その私の言葉でいつものようにダンテリオは無邪気な笑顔を浮かべ、一頻り喜んだ後、柄にもなく真剣な表情で話した言葉がやけに印象的だったのを覚えている。
「まあ、僕には祈るべき神様なんて居ないけど、ただ得難い友人である君の望みがかなうことを、心の底から願っているよ」
私はその友人の言葉に返す言葉を紡ぐことができなかった。
この言葉を受け取ったのが普通の人間だったのであれば、私でなかったのであれば、ちゃんとした言葉を返せたのかもしれないと思うと、少しばかり悲しくなった。
ダンテリオと約束した場所にたどり着くと、そこにはダンテリオが既に佇んでいた。
「やぁ、遅かったじゃないか」
ダンテリオの普段通りの態度に私も無難に返す。
「少し邪魔が入ってな」
私はダンテリオに軽く挨拶を済ませると、その足を止めてジーノに向き合う。
「ここでいいだろう。始めようかジノーヴィ」
「…その男は?」
そう言いながら、ジノーヴィはダンテリオに視線を向ける。それに対してダンテリオはおどけたような話し方で返した。
「ああ、僕のことは気にしないでいいよ。ただの野次馬だから」
ジノーヴィは少し訝しげな表情をしたが、視線を私に戻すと口を開く。
「で、結局俺に何をさせる気だ?」
「言ったはずだ。お前にはお前の復讐を果たしてもらう」
その言葉にジノーヴィはあからさまに不審な表情を見せた。
ジノーヴィの復讐、それは組織リーズナ―の壊滅だ。少なくともこんな只の平原でそれが果たせるとは露ほどにも思えないのだろう。
「私をお前のコトダマで消せ。それですべてが終わる」
「?」
その意味が分からず、ジノーヴィが困惑してどうしていか分からなくなっていると、ダンテリオが説明した。
「彼を殺せばリーズナ―は無くなるよ。それは間違いない」
「どういうことだ?」
「リーズナ―が今までいろんな国に対して優位性を保っていられたのは、情報伝達の早さとその正確さのおかげだからね」
それを聞いて、ジノーヴィは私の人外の力を思い出したのだろう。突然ミラージュの宮殿に現れたりできる私の力があれば、情報の伝達も情報収集も、ありえないほど早く正確にできる。
「それにリーズナ―の拠点は各国に散らばっているからね。彼が居ないとろくに連絡をつけることもできなくなって霧散消滅すると思うよ」
ジノーヴィは一瞬私達の言葉を疑ったのか、考えるような仕草を見せる。しかし、そもそもこんなウソが必要ではないという考えに至ったのだろう。
「…わかった」
そう言うとジノーヴィは私に向き合って構えた。それを見たダンテリオは距離を取る。その表情はやや興奮気味だ。
覚悟を決めたジノーヴィの中で感情が暴れ狂うのが見て取れる。
ようやく目的が達成されることへの喜び、自分の家族を殺した組織を作った者への怒り、残してきた者に対する哀しみ、これにより全てが終わるという未来への楽観、その全てが混ざって猛る。
同様に”私”と”わたし”の中でも様々なモノが渦巻いているのが分かる。
それら全てが混ざってできたモノは喜びか、悲しみか、恐怖か、安堵なのか、”私”にも”わたし”にも分からない。
だが、唯一確かなのは”わたし”がジノーヴィを求めているという事実。この混沌とした何かはまちがいなくジノーヴィに向けられたモノだ。
あえてそれに名をつけるとするならば人々が囁き合う”アイ”というモノが最も近いかもしれない。
「喜べ、ジノーヴィ・フェルトロッド。お前は唯一この世界で”命を持たぬ物”に愛された”命を持つ者”だ」
ジノーヴィは眼をゆっくりと開き、息を吐き出すように答えた。
「知ったことか」
ジノーヴィは右拳を握る。ガントレットが軋むような音を立て、振りかぶられた。
「掻き消えろぉ!闘神アレェエエエエエス!!」
ジノーヴィの拳とコトダマは”私”を貫き”わたし”に届く。
ジノーヴィの中にある全ての感情を以て、私が私たりえる全てを掻き消していく。
その時になって私はやっと気付いた。ジノーヴィは極大の波長で全ての波を掻き消す。その極大の波長はジノーヴィの魂の波長を極大にしたものに他ならなかったのだ。
その極大の波長にかき消されようとしている中、私はその魂の中に僅かではあるが、ラドルフの面影を感じながら意識を手放した。
――そして私の全てが霞み、揺らぎ、そして消えた。――
ただ響き続けるこの世界で
第3章 蒼き星の挿話
完