淀む
揺らぐ
混ざる
それを繰り返しながら”彼”が形作られていく。
ゆっくりと大きなモノの中で浮き彫りになっていくのが分かる。
――なんなんだ?――
どれだけ考えようとも、どれだけ思い出そうとも、答えは浮かんでは来ない。
だが彼のどこかが彼はこれを知っていると囁く。
小さな小さな囁き。
そこに意識を向けているうちに彼の意識の枠が定められ、”彼”という主観が初めて感じたのは”光”だった。
その光はゆっくりと”彼”の下へ集い、彼をより明確に形作っていく。
そして急に広がる視界。
それは広く、蒼く、美しい世界。
彼はただただその景色に見とれ、魂を震わせた。
まるで夢を見ているかのように、普通では見ることのできないほど広い景色を彼は見ている。
山、谷、川、森。それら全ての細部に至るまで彼は知ることができた。無論そこに住む生き物たちも、彼は知ることができる。
喰らい、奪い、そして死んでいく命達。それらを知覚する度に彼はとてつもなく懐かしい感情を抱き、同時に愛おしく感じた。
様々な生き物達を観察する中で、彼の関心を特別に引くものが居る。
それは2足歩行し、道具を使い、言葉でコミュニケーションを取り、群れて行動する生物。”人間”だ。
彼は人間を食い入るように観察した。
肉体的に弱いが故に知恵を身につけ、道具を使い、他の優れた肉体を持つ生き物と同等、もしくはそれ以上の強さを持つ生き物。単体ではそれほどの力はなく、命を失う個体も多いがその分繁殖力が強く、その数は次第に増え続けている。
人間を観察して行くうちに彼は自分の形を思い出す。
そうだ。彼も昔はあのような姿をしていた。2本の足で走り回り、両の手で様々なものに触れ、二つの目で世界を見ていたのだ。
そう思うにつれて彼の視点に何かが集まっていく。それはゆっくり、ゆっくりと集まっていき、彼を形作っていった。
空気が爆ぜる。そして、形作られた体が地面を踏み締めた。
彼は歩いた。
この世界を、美しく愛おしいこの世界を。
無数にある命を持つ者達、それらは懸命に生き、闘い、そして死んでいった。
そんな風に懸命に生きる可能性を持つ者達の居る世界は彼にとって素晴らしいモノだった。
しかし、ある時ふと思ったのだ。
こんなに多くの可能性が存在する中で、自分はたった一人なのか、と。
彼は歩いた。
自分により近しい可能性を探し続けた。
その先に見つけたのはたった一本の木。
命を持つ者である木が命を持たない物である禍紅石と共存していたのだ。
所々結晶化したその木は、風に吹かれ、葉を揺らし、命を持たない物でありながら命を持つ者の魂を持つ彼を祝福した。
――ハッピーバースデイ――
彼は知らない、彼そのものであるこの星がかつて全ての命を妬んでいたことを
彼は知らない、彼を孤独から救ったその木はかつてラドルフが隠した禍紅石を吸収して生まれたことを
彼は知らない、孤独を嫌った彼の魂の大元であったジノーヴィは自ら仲間を追い払い孤独の中に沈んだことを
世界には孤独が満ちている。
だからこそ、命を持たぬ物も命を持つ者も必死で魂を響かせる。
その波紋は強弱大小に関わらず他に影響を与え、新たな可能性を生み出すだろう。
それは彼の様に、奇跡としか言いようのない存在を生み出すことにもなり得るのだ。
そして、そんな彼もまたその魂を響かせて新たな可能性を産むことだろう。
もはや孤独ではない、その魂を、ただただ響かせて――。