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11.狂人たちの塔

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*   ここは『狂人たちの塔』                          *
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*   さっさと死ね                               *
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*   初期装備として『首無天使の首輪』を装備しています             *
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*   一定以上の『絶望』を感じるとひどいことが起きて死亡します         *
*                                        *
*   発動まで多少焦らしたり言葉責めをしたりする、気のいい装備品です      *
*                                        *
*   お楽しみのリョナシーンでは発動しない、空気の読める装備品です       *
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*   だから安心して死ね                            *
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48, 47

  

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*   狂人たちの塔(肩慣らしの屋上)                      *
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「ん、んんっ」
 立川はるかの意識が戻った。
 まどろんだ意識で目を開けると、そこには紫色の空が一面。針金のように細く鋭い黄色の雲が横に伸びていて、茶色の太陽がいくつも浮かんでいる。大気は肺を蝕むような腐乱臭がしていて、思わず口を塞いでしまった。
 どうやら石畳の上で眠っていたようで、すっかり身体が堅くなっていた。しかも苔やら謎の粘液やらで背中からはひどい感触が伝わってくる。

 彼女は自分が一国の姫であること、それと、何かの戦いに敗戦したことも覚えていた。しかし、それ以外は覚えていなかった。
 少し考えれば、敗戦したことで塔に幽閉された、ぐらいは考えつくだろうが、彼女はそんなことは考えようとしない。さっさとお風呂に入って、甘いものを食べて柔らかなベッドに横になって眠りたい。召使いにひどいことを言って苛めたり、好きな男の子の気を引く方法をあれこれ考えたい。まるでマリー・アントワネットや悪ノ娘のような自己中心的なことしか頭になかった。
 ともあれまずは屋内に入ること。このまま外にいたら脳が溶けてしまいそうだ。もたもたと身体を起こし、立ち上がる。

「うっ……痛っ」

 身体中が痛かった。たしかに硬い寝床だった、しかしそれだけとは思えないような痛さ。
 まるで、外部から不自然に力を加えられたような、鈍い痛みだった。

 特に痛みがひどいところに向かい、ゆっくりと視線を落としていく。

「うそ、ウソ……!」

 お気に入りのオレンジ色のドレスだった。露出度を抑えた、特に胸と脚をしっかりと守っていたようなドレスだった。
 けれど、今は散々な様子だった。ボロ布のように破れていて、特に胸元がだらしなく開き、露出していた。そこは強く掴まれたような、赤く手の形が浮かんでいた。それと、なにか不明な粘液でべとべとだった。
 他にも歯型や赤いアザがたくさんついていた。

 それ以上に下半身が悲惨だった。長い丈は縦に裂かれ――

【立川はるかは非処女になっていました】

 腹部にべっとりへばりつく精液。股間から流れる鮮血、そして同じく精液が惨劇を物語ってた。
 彼女も無知ではないし、子供でもない。どんな過程があって、、どんな結果なのかぐらい、わかってしまった。

「やだ……そんな……!」

 形容しがたい気分だった。視界はぐらぐら、喉奥からは吐き気。手足は震えている。歯と歯がぶつかりカチカチと音を鳴らしている。
 だがそれ以上に、禁忌とも言える感情があった。

 それが、絶望。


『もうすぐお迎えの時間です』


 首輪が立川はるかに話しかける。しかし立川はるかの耳には入らなかった。
 さらに感情が膨れ上がる。


『記念すべき一回目ですね。聞こえていますか?』


 首輪の言葉は届かない。ずっと頭を押さえ、ぶつぶつと何かを言っていた。


『しかたありませんね。では、そろそろお迎えのお時間です』


 立川はるかは、首輪から高熱を感じた。ようやく異変に気づく。だがそれも遅すぎた。

 次の瞬間。



 ボンッ



 立川はるかの首から上が吹き飛んだ。残った上半身は崩れ落ちた。



【ハッピーエンド:ステキなロストヴァージンでしたね】
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*   狂人たちの塔(肩慣らしの屋上)(2回目)                 *
*                                        *
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「……あっ」

 目が覚めた。あいかわらず空は汚く、雲や太陽は不気味で、大気はひどく澱んでいる。
 彼女はなんとなく、この繰り返しは塔のルールなのだろうと理解した。死んでも死なない、けれどその瞬間までの記憶は残っている。これが良いのか悪いのかは、わからなかった。

 そしてやはり、身体中が痛かった。特に胸と下半身。やはり先ほど(死ぬ前)と同じで、穢れてしまっていた。

【立川はるかは非処女になっていました】

「う、ううっ……」

 静かに、ぽろぽろと涙をこぼす。異性の体液は冷え切って、かぴかぴに固まっていた。もうずいぶん前に犯されてしまったのだろう。
 たしかに自分は処女だった。きっと初めては、気になっているあの人に捧げるものなのだろうと思っていた。けれど実際は、知らぬ間に散らされていた。しかも見ず知らずの、おそらく複数人に。
 絶望。この言葉しかなかった。
 
 すると、声が聞こえた。


『そろそろお迎えのお時間です』


「!!!」

 息を飲んだ。先ほどは、この次の声で爆ぜたのだ。
 気を張る。落ち着ける。息を吐いて、吸って、吐いて。目を閉じ、現実を見ないようにする。

 ドキドキバクバク

 どきどき、とくんとくん

 とくん、とくん

 落ち着いてきた。
 もう大丈夫だろう、目を閉じたまま、下腹部を押さえる。どろっ、どろり。自分でもよく知らないところから精液が流れ出て行く。それは大量で、石畳のくぼみに溜まっていった。
 感情を揺らさないように。ゆっくりと、出していく。白と赤の液体。考えるまでもない悲劇に、吐きそうだった。

 しばらくすると流れ出る感覚がなくなった。あまりに必死だったのか、気づけば指先に付着していた。
 初めて触れた精液。すごく、嫌な感覚だった。

 ドレスを少し破り、身体を拭く。まずは胸元。おそらく唾液と思われる粘液を拭い、それを下げていく。腹部の精液、そして股間をごしと拭う。
 布を浸透して、指にまで伝わる。果たして、何人に犯されてしまったのだろう。


『そろそろお迎えのお時間です』


 目を閉じ、落ち着く。拭いて、声がしたら落ち着く。これを繰り返した。
 すべて拭き終わり、破れたドレスを縛って、可能な限り肌の露出を抑える。それでも官能的な姿だったが、胸や下半身を全開にするよりはマシだろう、と考えた。
 ようやく立ち上がった。股がひどく痛く歩きづらかった。

 トロリ

 まだ膣内に残っていた精液がこぼれ出た。気が狂いそうになりながらも拭きとった。

 すぐ近くには宝箱が3つあった。なにか助けになるアイテムがほしかった。

 一番右の宝箱を開けた。



 カチカチカチ



 その宝箱の仕掛けは単純なものだった。
 蓋が開くほどに矢が引かれ、完全に開かれたときに。

 ドシュッ

 矢が放たれる。

「ぐっ……」

 胸に刺さった、息が詰まる。痛みはない。
 そして、肺に溜まった息を一気に吐き出す。

 痛みがやってきた。

「あああああああっ! うあああああああっ!」

 激痛に転げ回った。胸元に刺さった矢尻は彼女の体内で花のように咲き、小さな刃となって彼女の中で舞った。

「いぎっ、いだ、ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」

 ぶちぶちと筋肉の繊維が断裂していく。
 刃が心臓に届くよりも早く、立川はるかは激痛に事切れた。



【ハッピーエンド:身体の中で舞い踊る蝶】
50, 49

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(肩慣らしの屋上)(3回目)                 *
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 目が覚めた。これで3度目。
 状況を整理することにした。

 自分はある国の姫で、争いに破れた。
 自分は今、塔に幽閉されている。
 原理はわからないが、死ぬと記憶がそのままで時間が巻き戻る。
 3つある宝箱のうち、1番右はトラップである。

 自分は知らない間に強姦され、処女を失ってしまった。

 いざ認めてしまうと人間は強いもので、彼女はそれ以降、大きく取り乱すことはなかった。首輪が何度も警告をしたが、それもぐっと我慢し、堪えた。

 とりあえず、この塔を脱出しよう。そうすれば事態は多少良くなるかもしれない。そんな目的が立川はるかを奮い立たせる。

 まずは身体を綺麗にすること。破いた布で拭く程度だったが何もしないよりはマシ。
 次は勝手に吐き出された精液を押し出す。この身体にどれだけ入っているのだろう、なんて思うぐらい、ドロドロと流れ出て行く。
「…………」

 いったい何人に強姦されてしまったのだろう。最悪の場合、これで孕んでしまっているかもしれない。いやむしろ、そう考えておくほうがいいかもしれない。
 それほどの量の精液が詰まっていた。


『もうすぐお迎えの』


 首輪から声が聞こえたところで、思考を止める。


『さっそくコツがわかりましたか。せいぜいがんばってくださいね』


 いちいち癇に障るような口調にイラっとしつつも、立川はるかはひとまず満足できるほど、身体を拭いた。
 もっと言うなら入浴して冷やした白ワインを呑みつつ、ふかふかのベッドにダイブしたい……なんて贅沢を考えていたりした。

 それはともかく、次は宝箱。3つの宝箱。右は見事にトラップだった。となると、真ん中か、左。どちらもトラップの可能性もあるが、今のままでは生存率はゼロ。多少冒険をしても、アイテムを得るために宝箱を開ける必要が、ある。

 特に考えもせず、真ん中。他の2つと比べ、少し、いやかなり大きかった。

 これが幸なのか不幸なのか。異国の話では大きなつづらには化物が詰まっているらしい。そんなことを思い出した。
 蓋に手を置き、開ける。



 大きな目玉が2つ、あった。



 化物だった。



「きゃっ、いやあああっ!」
 大量の触手が彼女に巻きつき、そのまま宝箱の中に引きずり込む。そのまま宝箱は閉じ、立川はるかの視界はまっくらになった。

『ちょ、ちょっと、なんなのよ!』

 狭い箱の中で声が響く。身体には大量の触手が巻きついてくる。

『なにこのぬるぬる、気持ち悪い……!』

 布が破れる音が響く。

『やだっ、服、破れ……や、やだぁっ!』

 宝箱が少しだけ、開いた。そこから何かが吐き出され、べちゃりと音を立てて転がった。
 布切れ、ドレスだったものが、唾液(と思われる粘液)まみれで吐き捨てられた。

『あっ、いや、きゃあ! そんなとこ、あは、くすぐった、あは、あはははははっ』

 触手が身体を這い回っているのか、場違いに彼女は笑う。

『も、もう、やめて、そん、ふひ、あひひひひっ!』

 しかしそれも、すぐに終わる。

『……え、そこ、そこは、ダメ、だめだめダメっ!』

 ズッ

『ああ、いた、いたい! そんなとこ……だめ、はいっちゃ、ダメええええ!』

『あ、あああ、入って、入ってくる……! こん、こんなバケ、モノにぃ……』

『いたいいたいいたい! そんなにはい、ったら、コワレ……!』

『あ、アッ』

 訪れる静寂。

『出された、また……出された……!』

『んぐっ』

(首に、巻きついて……苦しい……!)

(手も脚も……!)

 みし

(力、強くなってる……! ぐっ、ぐぐっ)

 みしみしみしっ

『ぎ、いダ、いだい、いだいぃ』

(いたい、やだ、いたいいたいいたいいたい!)



 ばキンっ



『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』



 ばきっ
 べきぼきばき、ばきん、ごぎん、ばきん

 じゅる
 じゅるじゅるじゅるじゅるじゅる、ごきゅん

 ごくんっ



【ハッピーエンド:私を食べて】
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*                                        *
*   狂人たちの塔(肩慣らしの屋上)(4回目)                 *
*                                        *
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 残念なことに、宝箱は2つもトラップだった。
 もはや残り1つは開けるまでもない。おそらくトラップに違いない。

 いや、実は裏をついて、役立つアイテムがあるかもしれない。

「…………」

 さすがの彼女も期待しない。
 
 さっさと通りすぎて、下を目指そう。
 
 そう思っているのに。

 身体が、最後の宝箱に向かっていた。

 逆らえない。まるで神の意思のように。

 勝手に、宝箱へと手が伸びる。

 開けてしまった。



 そこから飛び出したスケルトンが、大剣を振り上げた。



 逃げられない。
 恐怖と絶望でいっぱいになった。

『本当ならお迎えの時間ですが、お楽しみのリョナタイムなのでお迎えにあがりません。
 どうぞ無残に死んでください』

「やだ、助け、助けて」



【プレイヤーがリセットボタンを押しました】



『リセットは許可しません。せっかくのリョナイベント、楽しんでください」



 切れ味がまったくない大剣は、立川はるかの身体を縦に裂いた。



【ハッピーエンド:神の意思すなわちプレーヤーの意思。それすら拒否】
52, 51

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(理不尽なトラップと謎かけのフロア)             *
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 結局、すべての宝箱がトラップだったりモンスターだった。あれから立川はるかはいずれも無視し、さっさと階段を降りていた。
 もちろん丸腰、加えて満身創痍(精神的、性的な意味で)。身を守るものはボロボロのドレス一枚。幸い先ほどの屋上にはモンスターは徘徊していなかったけれど、この先どうなるかはわからない。
 手に入るかどうかもわからないアイテムに祈るか、それとも気を張り続けて逃げる体勢でいるか。そうこう悩んでいるうちに次のフロアに着いた。

 階段を降りてすぐ、それは聞こえた。


『このフロアではトラップと謎かけで死んでください』


「びっくりした……」
 首輪の声に思わず身体が震えてしまった。気丈に振舞うものの相手は首輪。なんだかバカらしかった。

『気をつけてさえいれば無傷ですよ。気をつけていれば、ね』

 たしかに首輪の言う通り、トラップは自ら襲ってくるようなものではない。何かしらの条件が満たされて、初めて害が発生する。つまり慎重になりさえすれば、問題はない。
 しかしそこは無知な彼女。首輪の寛大なヒントにも「うるさいバカにしやがって」ぐらいの暴言を吐くぐらいしかできなかった。

 ともあれ、本能的なもので彼女も慎重に、何度も、何度も何度も、周囲を確認した。


 床を見る。問題なさそうだ。
 壁を見る。問題なさそうだ。
 天井を見る。問題なさそうだ。


 ひとまずこの部屋は大丈夫そうだった。
 1歩、進んだ。



 ふわっ



「えっ……?」

 床が抜けた。

 いわゆる、落とし穴。

 突然の浮遊感にどうすることもできず、彼女は落ちた。



「あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」






 ぐしゃっ






「ぐ、あしが……あしがぁ……」

 かなり高いところから落ちたのか、両脚どころか身体中の骨が粉砕していた。かろうじて意識はあったが、全身のひどく打ちつけられ動くこともままならなかった。
 まるで芋虫のようにずるずると這い、出口を探す。がくがくと震える腕を伸ばし、指先、手のひらで床を引っ掻いて、ゆっくり、ゆっくりと這う。
 床は整備されていない。ごつごつとした床に触れる肌はずたずたに裂け、動いた軌道を赤く染めていた。
 そんな彼女の頑張りの甲斐もなく、落ちた部屋には出口がなかった。

「どうしよう……ううっ……」
『…………』

 感じていた『絶望』はとっくに致死量に達していた。もちろん首輪もそれを知っている。
 しかし首輪は何もしない。
 首輪は、この部屋を知っていた。

『音、聞こえますか?』
「音……?」

 言われて、初めて気がついた。
 音がする。

 水、とても大量の水が流れる、音。

「まさか……!」

 気づいたときには、床に触れていた肌に冷たい感覚。それがゆっくりと身体を昇ってきている。
 考えるまでもない。

 水位が上がっている。

「うそっ、私泳げない……! どうしよう、どうしよう!」
『たとえ泳げても、その身体じゃあ無理ですよ』

 水は口元まで上昇していた。もはや口を開ければ水が流れこんでくる。
 鼻で呼吸をするものの、それもすぐにできなくなった。

(ぐっ、苦しい……! 息、もたな……! んぐ!)

 ごぽり。
 唯一残っていた空気を吐き出してしまった。小さな泡が浮き上がる。

(……! たすけっ……! んぐ……アサ……)

 必死に、わずかに身体を動かしてもがいていた立川はるかは、ぷつりと糸が切れたように、静かに、浮かんでいった。
 
 
 
【ハッピーエンド:安らかに眠れ】
 
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*   狂人たちの塔(理不尽なトラップと謎かけのフロア)(2回目)        *
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『先に言っておきますが、無理に外そうとすると半端に爆発して苦痛を味わうことになりますよ?』

 巻き戻り後、ヤケになって首輪を引きちぎろうと掴んだ立川はるかに、首輪は言った。

「ううっ……もう、無理だよ……」
『……では1つヒントを差し上げましょう』

 見るに見かねたのか、首輪は優しい声で言った。本来なら疑うようなところでも、彼女は『ヒント』という言葉にあっさりと耳を傾けた。

『まず、落とし穴の一辺3メートルの正方形。死ぬ気で走って飛べば、まあ助かります。問題は次です』
「次?」
『ちょうど着地した辺りを狙って、強酸が降りかかります。なので、慣性のままに転がらないといけません』
「よくわからない」
『……とりあえず飛んで着地に失敗して転がればいいんです』



 立川はるかは手足をぷらぷらと揺らし、身体をほぐした。この、全力で走る直前の仕草や胸の鼓動。遠い昔、体験していたような気がした。
 深呼吸をした。澱んだ空気を吸い込み、二酸化炭素だらけの空気を吐き出す。

『カウントします。3、2、1、GO!』

 クラッチングスタートを切り、走る、走る、走る。そして部屋の入口で踏み切り、飛び出した。

 ガコッ

 床が開いた。真下は奈落。しかし勢い良く飛び出した彼女は、それを軽々と飛び越えていた。
 そして着地。慣性に従って前へ進もうとする身体にまかせ(単に着地を失敗した)、ゴロゴロと転がった。

 バシュバシュバシュッ

 着地したところに強酸が吐き出された。石畳の床がどろどろに溶けた。
 首輪が言った通りだった。

「……はあ、はあ、はあ!」

 肩で大きく息をする。あまりに過酷な運動だった。まさかここまで動けるとは、自分でも思ってもいなかった。

『どうですか? 多少は信じる気になりましたか?』
「ありがとう……助かった……」

 これは心からの感謝だった。この塔内で、初めて優しさに触れた瞬間な気がしていた。

『ふふふ、ではこの調子でどんどん行きましょう!』
「おう!」

 まだまだ苦難はあることだろう、しかしこの首輪となら何でも乗り越えられるかもしれない。
 そんな前向きな気分で、彼女は一歩、踏み出した。



 カチリ



 そこにはモンスター討伐用地雷。



 立川はるかは跡形もなく消し飛んだ。



【ハッピーエンド:かかったなアホが】
54, 53

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(理不尽なトラップと謎かけのフロア)(7回目)        *
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「はぁー……はぁー……」

 あれから5回、地雷を踏んで木っ端微塵に吹き飛んでいた。。
 落とし穴、そして強酸の罠。これらはまだまだ可愛いものだった。その先の地雷群は踏めば即死なのに床の見た目はほとんど変化はなく、目がカラカラに乾くほど凝視し、ようやく「ちょっと違う?」とわかる程度。
 しかも毎回配置が違うため、もはや運任せだった。

『そろそろリョナよりもエロい展開がほしいところですね』

 要所要所で発せられる首輪の言葉に集中が途切れ、爆死。このパターンが多かった。
 
 長い長い通路、地雷原。そこを、ようやく抜けた。
 大きなフロア。そして、錆びた扉。次のフロアへ続くと思われる扉が、あった。

「抜けた、抜けたぁ……」

 気が緩んだのか、立川はるかは床に大の字で寝転がった。胸を大きく上下に動かし、荒々しく呼吸をする。
 こんな状態で何らかのトラップが作動していたら間違いなく即死だったが、彼女にそこまでの注意力はなかった。つくづく生き難き危機管理能力だった。

 身体も休まったところで、さて降りようと扉を開け――ようとした。

『ちょっといいですか?』
「黙れよ」

『いえいえ、ここはお話しさせてください。大事なところですから』
「……何よ?」




『問題です。正解すれば扉が開かれます』
「え?」



『「2」は「10」、「4」は「100」、「8」は「1000」。では「101」は?
 制限時間は5秒です』

「えええっ?」

 動揺で頭が回らない。回っていたところで解けるような問題でもなかったが。
 もちろん何も言うことができず、制限時間を超えた。

『タイムオーバーです。残念でしたねー』
「無理に決まってるだろ!」

『まあまあともかく、お約束の罰ゲーム! 蟲による快楽の世界に招待します』



 ぷつり



「い、たっ……!」

 左の二の腕。そこに蚊のような蟲がいた。サーモンピンクで、蜘蛛に大きな羽が生えたような、明らかな害虫。そんな不気味な蟲が、目視できるほどの針を彼女の柔肌に突き刺していた。
 すかさず叩き潰した。どうやらかなりの量を吸われていたようで、手のひらは血で真っ赤になってしまった。それとは別に、黄色のねばねばとした蟲の体液と思われる粘液が肌と手の間に伸びる。
 
 そして訪れる、虫刺され特有の痒み。

「うー、もうっ」

 刺されたところはぷっくりと膨れ上がっていた。かりかりと掻き、紛らわせる。
 あのジワジワとやってくる痒みを、爪でなぞることで治める。止めると再発する。それの繰り返し。彼女は黙ったまま、ぽりぽりと掻き続ける。

「痒いなぁ、もう……」

 かりかり、ポリポリ

 少し掻いた程度で治まるわけもない。それぐらいは彼女も知っている。

 かりかり、ポリポリ

「んっ、やだなぁ……」

 かりかり、ポリポリ



 無意識下で、変化が訪れる。



「あれぇ……なんでぇ……」

 普通なら、掻くことで痒いか痒くない、その間を行ったり来たりする、だけ。
 しかし、これは違った。

 掻けば掻くほど、気持ちがいい。それは肌の麻痺などではない。性的な、快感をそこにあった。

「あぅん、なによぉこれぇ」

 舌が回らない。頬は赤く染まり、さらに快感を追い求めるように指が加速していく。

 がりがり、ボリボリ

 すでに指の範囲は刺された箇所だけでなく、腕全体にまで広がっていた。
 じわりと血がにじみ始めている。削れた肌が爪先に詰まり、指先までもが赤色に変わっていく。

『キモチイイでしょう? やみつきになるでしょう?』
「うう、あう、ああっ……」

 がりがり、ボリボリ

 痛い。とても痛い。
 でもそれ以上に、気持ちいい。

「ああ、あああああ!」

 びくんと、震えた。それは絶頂ではなく、苛立ち、癇癪に似た感情。
 血がにじみ出るほど掻いているのに、まるで足りていなかった。
 一本の糸が切れたように、ぷつりと、理性が身体から離れた。



 ぶしゅっ



 力の限り爪を肌に食い込ませ、二の腕から肘まで、下ろした。そこからは、まるで火山のように血が噴き出した。

「あぁああぁぁあ、血、血ぃ出たぁ、でも、もっとぉ、もっとぉ……!」

 バリバリバリバリバリ、ガリガリガリガリガリッ

 掻くだけでは止まらない。



 ぐりっ、ぐいっ

 べりっ



 ぼとっ



 柔らかな筋肉をつかみ、ねじり、引き裂いた。えぐれ取れた肉塊が床に落ちた。そしておびただしい量の血が滝となって流れる。

「あひ、ひぃ、きもひ、いぃぃぃいいぃぃいっ」



 がりっ



 露出した骨に当たり、爪は弾け飛ぶ。
 蟲の毒が届いていないところの負傷。駆け抜ける激痛。
 その痛みを感じた立川はるかは。

「あ゛ー、イ゛く、イ゛ぐ、イ゛ぐぅぅぅぅぅうぅうぅうぅううううぅ!」

 ついにオーガズムを起こした。



 バリバリバリバリバリッ



 ガリガリガリガリガリッ



 ぼきんっ



 ざり、ざり



 ざり……



 【ハッピーエンド:新しいフェチズム】

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*                                        *
*   狂人たちの塔(理不尽なトラップと謎かけのフロア)(19回目)       *
*                                        *
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 立川はるかは、うっすらと残る記憶を思い出していた。

『「2」は「10」、「4」は「100」、「8」は「1000」。では「101」は?
 制限時間は(ここから先は覚えていない)』

 おそらくこの問題が解けない限りは進めない、に違いない。


 まず、この手の問題は法則性を考えるところからだろう。特に数字となると、それは顕著に現れる。
 それぞれの数字間を比べたり、四則演算を組み合わせたりすれば、いずれは答えに辿りつける。
 これはやや数学寄りで、それを知っていないと解けない問題ではある。が、割りとポピュラーな問題ではあるので、『神』が少し考えるなり調べるなりすれば容易いだろう。


 ……なんてことは立川はるかには関係ない。ただうんうんと悩んでいた。

『やっぱりわかりませんか?』
「やっぱり、て言うな」
『少し見方を変えたりするといいですよ。数え方とか』

 さりげない首輪のヒントにも耳を貸さず、悩み続けた。

 もちろん彼女には学はなく、答えを出せるはずもない。
 このままでは永久に立ち往生。それしかなかった。



 そんなとき、『神』の声が届いた。

【1100101】



 もちろん彼女はその答えの導き方なんてわからない。しかし、これが正しい答えに違いない、そんな確信があった。

 この答えを持って、途中何度も木っ端微塵になりながらも、再び扉の前に着いた。

『問題です。正解すれば扉が開かれます』
「おうっ」



『「2」は「10」、「4」は「100」、「8」は「1000」。では「101」は?
 制限時間は5秒です』

「1100101!」



 沈黙。立川はるかはドヤ顔で、首輪の言葉を待った。

 しかし。

『違います』
「え?」

『ひっかかりましたね。二進数、二進数と続けば、そりゃあそう答えますよね』
「え、え?」

『今回は素敵なプレゼントを用意しました。どうぞ、受け取ってください』





「うっ」

 息を詰まらせ、彼女はひざまずいた。

「いったい、何を……!」
『うふふ、プレゼントですよ』
「ねえ、これなに……ねえ、ねえ!」



「お腹に、何を入れたの!?」



 彼女の腹部は、大きく膨らんでいた。
 まるで、妊婦のように。

「まさか爆弾……!」

 想像してしまった。下半身が吹き飛び、残った上半身だけでかろうじて一命は取り留めるものの、激痛の中で少しずつ意識が閉じていく、そんな最悪な最期。
 しかし首輪のプレゼントとは、それよりも最悪なことだった。

『爆弾だなんて、そんな一芸には頼りません。贈ったものは、もっと素敵で、かけがえのないもの』



『生命です』



 その言葉に反応したのか、お腹の中で、動いた。



「うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
『本当ですよ、お母さん』

 もはや前向きに考えることは不可能だった。
 授かった命は、見ず知らずの異性の子、なんて生やさしいものではない。今までの首輪の悪趣味を考えるに……

『あら、ご名答。もちろんモンスターのお子さんですよ』
「ひ、ひいいいいいいっ!」

 ほとんど気まぐれで、宿らされてしまった、異形の命。気が狂いそうだった。知らないうちに処女を失い、孕んだ孕んでないと堂々巡りに思い悩んだのはまだマシなほうだった。

「動いてる、動いてる……!」
『もうすぐ産気づきますよ。楽しみですね』

 もぞもぞと、お腹の中でそれは動いていた。
 その動きは徐々に激しくなっていく。

「ぐ、う……!」

 じっとりとした脂汗を拭うこともせず、お腹を抱えた。身体が引き裂かれそうな激痛が全身を駆け巡っていた。
 はっきりと見てわかるに、ぼこぼことお腹の形が変形する。

『母乳も出るんですよ。産まれたら飲ませてあげてくださいね』
「だれ、が……はぅ!」

 思わず言葉が詰まる。
 下ってきている。上から下へ、もぞりもじりとそれが進み、下腹部が膨らんだ。

 彼女は直感した。
 もう、間もない。

「やだ、やだああっ」

 両手で自分の大事なところを抑え、出産を食い止めようとする。が、多少の抵抗にはなるだろうが、根本的な解決にはならない。
 圧迫されている。それは腹部から、ついには膣、せまい通路を押し広げていた。

「いたい、やだ、やだぁ……出ないで、産みたくない……!」

 抑える手にも力が入る。尿意を我慢するように耐えようともする。
 しかし、生まれ落ちようとする子は、ぐるぐると回転運動をして突き進んでいく。

「や、ああああああああっ!」

 手に、当たった。妙につるんとして、生温かな感触。破水なのか、それとも別の液体なのか、手がべとべとに濡れてしまう。
 その感触を伝えるそれは、少しずつ、出てくる。

「むり、無理ぃ! 産みたくない、産みたくないいいいいいいいいいいいいいい!」

 彼女は叫んだ。だが、それは力むことにへ繋がり、それは最後の一押しとなった。



 ぬるっ

『ぴきいいいいいいっ!』

 ぼとっ



「うああ、ああああああああああ!」

 大きな産声と共に生まれ落ちたそれを見て、立川はるかは叫んだ、喚いた。
 両手を広げたぐらいの、真っ白な肌に青い斑点のある芋虫。落ちてまもなく、もぞもぞと、動いていた。

『おめでとうございます。それは肉食の蛾の芋虫、いえ、蛆虫ですね。
 成体になれば毒の鱗粉を撒き散らして死肉を食らう害虫です。
 可愛いですね、お母さん』
「うっ……うげ、おえぇぇぇぇぇっ!」

 あまりに非現実な現実に、嘔吐してしまった。
 けれどそんなことは子には関係がない。

 もぞり。

 まだ、身体の中にいた。

「ひ、ひいっ、まだ、いる!」

 先ほどと違い、大きな塊ではなく小さな管のようなものがうごめく感触。



 ぶしゅっ



 出た。それは静かに、体外へ出た。しかし何も落ちない。
 下半身に、へばりついている。

「なに、なんなのぉ……」

 十数本の触手を持つ生物。まるで、蛸。それが、身体をまとわりつくように上半身へと進んでいる。

『まあめずらしい。それは対魔法用の生き物ですね。成体になればフロア丸々行き届くほどの大きさになるんですよ』
「離れろ、離れろよぉぉぉ!」

 ついに上半身まで着いてしまった。それは立川はるかの胸部を覆うように巻きつく。


 じゅる、じゅうううううううっ


 吸いついた。

「あああ、そんな、うあああああ!」
『母乳を吸っているんですね。なんて感動的な光景でしょう』

 たしかに、気が狂いそうな状態だった。しかしそれ以上に、危機感があった。
 2匹産んだにもかかわらず、お腹が先ほどよりも膨らんでいた。しかも、まだ膨らんでいる。

「裂け、る……!」
『あらあら、最後の子は、もう成長しているようですね。これはお腹を破って出るしかないですね』
「う、そ……」

 みしっ

 お腹が軋んだ。

「うそ、やだよう、いやだぁ……!」

 足元では、最初に産んだ芋虫がガジガジと脚を咀嚼している。
 触手は変わらず母乳を吸い続けている。

 そして最後の子は。



 べりっ!



「あっ! あ、あっ」

 破られた身体、流れる血。産まれた我が子を見ることなく、彼女は力尽きた。



【ハッピーエンド:三児の母】

56, 55

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)                    *
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『いやはや、答えは5。まさかの2進数から10進数変換とは』
「ひどすぎるだろ……いくらなんでも」

 あれから死ぬこと47回目にして、突破できた。あまりに意地悪な問題にイライラしながらも、ようやく次のフロアに降りた。

 そこは、何もない部屋。丸く、等間隔に5つ扉がある、だけ。

『その先には、並行世界のあなたがいます』
「並行世界?」
『ご存知ないですか? 選ばれなかった世界のことですよ』

 あまりに抽象的すぎて、彼女はまるで理解できなかった(たぶん具体的に言っても理解できなさそう)。

『想像してください。あなたは今までに、枝分かれした道を歩いてきました。
 あなたは自分の意思があるにしてもないにしても、その道を経て、ここにいるんです。
 ですがもし、選ばなかった道を行っていればどうなっていたか。
 戦士だったかもしれません。
 学者だったかもしれません。
 そんな選ばなかった道の先にいるのが、平行世界のあなたです』
「なるほど、自分がいるのか」
『……そですね』

 わかった気になっている彼女に、首輪はもう黙ることにした。
 ぐるりと扉を見渡した。それぞれにネームプレートのように一枚ずつ紙が貼られている。
 その部屋の住人の説明と思われる言葉が書かれていた。



【新しい武器を手に入れたばかりの戦士(レベル99)の部屋】

【空腹の魔法使い(レベル99)の部屋】

【金がない盗賊(レベル99)の部屋】

【研究に行き詰まっている学者(レベル99)の部屋】

【伝説のバニーガール(レベル99)の部屋】



『どれかの部屋を通過しなければいけません。静かに通るもよし、仲間にするもよし。ご自由にどうぞ』
「え、仲間にしてもいいの?」
『どうぞどうぞ。仲間にできれば、のお話ですが』

 となると、この部屋しかありえない。彼女は迷うことなく、ある扉を開いた。
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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)                    *
*                                        *
*   新しい武器を手に入れたばかりの戦士(レベル99)の部屋          *
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「どうもー!」
『ん、誰?』

 元気良く入ったその部屋には、間違いなく『自分』がいた。

 非常に最低限すぎる装備。胸当てと腰を守る程度で、あとは肌を露出。見える腕と脚、腹などは極限まで鍛えられていて引き締まりすぎている。
 そんな身体を装飾するように、生傷、傷跡。とても生々しく、『彼女』の生き様を表していた。

 どう見ても普通じゃない人生を送ってきただろう、『自分』。そんな『自分』を前にして、立川はるかは脳天気すぎる笑みを浮かべていた。

 彼女の思考はとても単純だった。姫と言えば騎士≒戦士。だったら仲間になってくれるに違いない。そんなことしか考えることができなかった。

「やあやあ戦士さん。お会いできて光栄だよっ」
『なにそのテンション……』
「私はとある国の姫。この塔を脱出したい、ぜひ仲間になってほしい!」

 彼女は気づいていない。部屋に入った瞬間から戦士の『自分』が殺気を放っていること、そして、部屋の壁一面を覆う剣、槍、斧、弓などなどの武器の存在を。
 残念すぎる危機管理能力は、どこまでも自分の死期を感じることができなかった。

『…………』
「(どやっ)」
『……んー』

『彼女』は腰に添えていた、一振りの剣を引き抜いた。
 それは妖しい光を発していた。

『これ、どう思う?』
「どうって……すごく綺麗には見える」
『そう、とても綺麗』

『彼女』は続ける。

『私は、ずっとモンスターの討伐をしていた。ゴブリンから始まり、スケルトン、オーク、巨大な触手、魔王。どいつもこいつもぶっ殺してきた』
「はぁ」
『あるとき、私は途方に暮れた。もう、私を満足させてくれるモンスターはいないかもしれない。そう思った瞬間から、私の性欲が解消されないと、気づいてしまった』

 ようやく、彼女は気づく。
 この『自分』、ちょっとおかしい。

『そして私はこの剣と出会った。この、呪われた剣に』

 掲げた剣に、うっとりしながら語る。

『この剣は、結果を残さない。こんなふうに』

 一足飛び。立川はるかの目前まで迫り、一閃。



 スパッ



「え、えっ?」

 左肩から右腰へ、斜めに斬り裂いた。しかし、立川はるかは驚いたまま。肌どころか、服すら斬れていない。

『ご覧のとおり、この剣で斬ることは不可能。それが呪い。でも』

 やってきた。

「うが、が、ぎ、ぎゃああああああああああああああ!」

 何もなかった、いや、先ほど斬られた箇所に、あたかも斬られてかのような激痛が走った。
 倒れ、転がり、のたうち回り、身体を汚して、苦しみを表現する。

『あは、あはは、すごぉく可愛い、そう、その苦しむ様が見たかったの』

 性的な興奮。身体を震わせ、息を荒くし、体温を上げながら『彼女』は続ける。

『この剣は殺せない。血も出なければ肌も斬れない。ただ、痛みを与えるだけ。
 でも、それでも。それが!
 それが、イイ!
 どいつもこいつもすぐに死んでしまう! それが! すべてつまらない!
 もっと苦痛に歪み顔を見たい、恐怖に染まる声、命乞いを聞きたい!
 どうせ死ぬなら愉しませてから死ねっての! なあ、そう思うだろう!?』

 ざくっ!

 倒れる立川はるかの腹に、剣を突き刺した。
 刺さったまま、何も起きない。シュールな光景だった。
 それでも彼女は、わかっている。もうすぐ、地獄がやってくる。

『そう、その顔。ああ、興奮しちゃう。ほら、クる? もうすぐ、クる?』
「いっ」

「がああああああああああああああっ、し、死ぬ、ぎいいいいいっ!」
『あああ、そう、それよぉ、いい、イイよお、興奮しちゃう……!』

『彼女』は空いた手で股ぐらを弄っていた。隠すつもりもなく、自慰にふけっていた。

『ねえ、ほらっ』

 右腕。

『もっと!』

 左腕。

『苦しんでよ!』

 左脚。

『命乞いしてよ!』

 右脚。

『泣いて、叫んで、狂って!』

 腹、胸、喉。

『私を、イかせてちょうだい』

 脳天。

 すべての部位に剣を打ち込んだ。
 沈黙。それが一瞬のことだとは、二人は知っている。

『さあ、唄って』



「うぎ、ぎっ、がっ、いだ、やっ、がっ、がぁがっがっがっがっがっががががががっ!」



 白目、口からは泡を吐き、失禁までして、彼女は死んだ。

『あぁあ……なんか呆気なかった。でも、ちょっと良かったよ?』

 ざくっ

 ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくっ

『血が見れないところが欠点か……どうしよう、この死体。
 まだ生きがいいし、魔法使いにでもあげようかな』



【ハッピーエンド:綺麗な身体のままで】
58, 57

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(2回目)               *
*                                        *
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「…………」
『ショックでしたか?』

 並行世界の自分。つまり、その可能性もあった『自分』を目の当たりにし、惨殺され、立川はるかはすっかり消沈してしまっていた。
 まさか、あんな殺人狂になっているなんて。

『たぶんハズレだったんですよ。そういうこともありますよ』

 いくら自分ではない『自分』とはいえ、ハズレ扱いされるのは複雑だった。事実ハズレではあったが。

『さあさあ、次の部屋、行きましょう。なあに、一人ぐらい当たりはいますって』
「ちょっとは黙れや」

 立川はるかは迷うこともなく、次に決めていた部屋の扉を開いた。
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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(2回目)               *
*                                        *
*   空腹の魔法使い(レベル99)の部屋                    *
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「ど、どうもー」
『あら、こんにちは』

 そこは床や壁、天井、どこも真っ赤な部屋だった。そこに同じく真っ赤なローブを着た『自分』がいた。先ほどの戦士と違い、印象はとても華奢。悪く言えば不健康そうにも見えたが、取り巻く雰囲気が違った。魔力というものが目視できるなら、きっとこんな感じ。彼女はそう思った。

「魔法使いさん、ですよね?」
『はい、しがない魔法使いです』

 探り探り、何度か質問する。少なくとも、悪い感じはしなかった。
 なんて笑顔の可愛い人だろうと自画自賛(自分ではないが)。

『なるほどぉ、気がついたら塔の最上階にいた、と』
「なので、塔脱出のため、いっしょに来てほしいなぁと」
『いろいろ苦労があったんですね……わかりました! ご一緒させていただきます!』


【空腹の魔法使い(レベル99)が仲間になった!】


「おお、おおおおっ」

 まさかうまくいくとは思ってもいなかった。頭の中でファンファーレがなったような気分だった。

「ありがとう、ありがとう……」
『そんな大げさな』

 思わず抱きついて涙する立川はるかを、『彼女』はあやすように背中を撫でる。

(あれ? このローブ……)


 くーきゅるきゅる


 一瞬抱いた疑問は、『彼女』から鳴った小さな音で掻き消えた。

『あっ』

『彼女』は彼女から離れ、お腹を押さえた。恥ずかしそうに俯いている。

『すみません……もうしばらく何も喰べていなくって……』
「そうなんですか……なにか手持ちがあればよかったんですが……」
『いえ、お気遣いなく』


 ぱきんっ


 突然、バランスを失った。立川はるかは、何の抵抗もできず、床に倒れた。
 倒れた衝撃でぶつけた頭がじんじんと痛かった。

「……え?」

 何が起きたかわからなかった。

 わかったことと言えば、『自分』が持っているそれ。
 どばどばと血を垂らす、人の腕。

 それでも事態を理解できなかった。

『痛くないでしょう? 傷口をあっという間に凍らせる高度な医療技術なんですよ』

 あむり

 魔法使いは、それを口に含み、咀嚼した。

『ふぁぁぁ、柔らかい。良い生活してきたんですね。人肉の臭みはしょうがないとしても、この柔らかさに脂のノリ具合。血もこれまたおいしいし……ふぅう、興奮しちゃうっ』

 肌を上気させ、ばくばくと腕を食べ続ける。

 彼女はようやく気がついた。
 右肩が凍っている。
 右腕が、ない。

「くっ……食ってる、食って、うああ、あああああっ!」

 まだ右腕の感覚はあった。必死に動かし、立ち上がって、逃げよう。そう思うものの、身体が動かない。
 やっぱり、右腕が、ない。

『二の腕おいしいれふぅ~。でもぉ、残りの部分は硬いからマズいんです、だからポイっ』

 べちゃっ

 二の腕だけが骨になった腕が、捨てられた。
 ゴミのように転がった腕を、立川はるかは涙でにじむ視界で見送った。

「狂ってる……お前、狂ってる!」

『自分』が信じられず、『自分』を罵った。しかし『自分』は自分をそこらの昆虫を見るような目で眺めていた。

『だってアナタ、丸腰で、しかも魔力の欠片も感じない。何にもできないんでしょう? だったら腕、いらないでしょう?』
「…………!」

 あまりに理解できなさすぎる言葉だった。

『大丈夫ですよ。氷が溶けても切断面はちゃんと止血できてますし。
 まあ、それはそれとして』


 ぱきんっ


『脚もください』
「ぎゃ、ぎゃああああっ!」

 痛みはない。しかし、脚を手に持たれている光景はあまりにショッキングだった。

『この引き締まった脚は、そうですねぇ。ミディアムレアで焼いちゃいましょうか』

 手から火を出し、ぱちぱちと焼き始める。
 香ばしいとは程遠い悪臭が部屋を立ち込める。

『ふふ、いーい色に焼けてきましたね。うふふふ、じゃあそろそろ』

 ばくりっ

『ぐっちゃぐっちゃ……ああああ、おいしい、おいしいよお』

 ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ

 獣のように、食べ散らかす。

 あのとき。抱きついたときの違和感が、わかった。
 真っ赤なローブ。血の臭いがしていた。

『さってと』

 文字通り骨の髄までしゃぶりつくした『彼女』は、彼女のそばに立つ。

『ごめんなさい。食欲的な意味でおいしそうな脚だったので食べてしまいました』
「…………」


『だから、あなたはもう役立たずですね。もう死んじゃったほうがいいですよね?』


 バシュッ


 立川はるかの胸に穴が開いた。
 即死、だった。

『それじゃ、お楽しみのモツですぅ~』

『もーたまんないぐらい臭いんですが、クセになるんですねぇ~』

 べりっ

 ぎち、ぎちっ

 ブシュッ

『あーん、んぐんぐっ。あーん、苦い、すごく苦い。でもでもぉ、イイぃいいいいいっ』

『あとはデザート……最後のとっておき!』

 ばきっ

『脳みそで~す、お下品ですが手ですくって……じゅるっ、うう~ん、シメはこれに限りますねー』

『……うっぷ、ごちそうさま』

『けっこー食べ残ってるけど、もー無理。
 残りは学者さんにでも提供しよっかな。研究にでも使ってくれるでしょう』



【ハッピーエンド:私を喰べて】

60, 59

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(3回目)               *
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『お迎えの』
「わかったわかった落ち着くから静かにしてお願い」

 カウントダウンが始まったところで冷静になる。
 戦士。魔法使い。それらの『自分』は最低すぎた。甲乙つけがたいぐらい、最低すぎた。

『そろそろエロい展開がほしいところですよね?』
「ん?」
『いえ、何でもありません』

 立川はるかは、首輪の『神』へのアプローチを理解できなかった。
 それはともかく、首輪がそんな展開を行うべく動き出した。

『あの、ここは提案なんですけど、もう仲間にする、というのは諦めてみてはいかがでしょうか?』
「はっ?」
『極端に言えば、部屋を抜ければこのフロアはクリア。たしかに仲間が増えるチャンスを逃すというのは惜しいです。しかし先に進んでなんぼです』
「たしかに」

 あいもかわらず、疑うことを知らない立川はるか。

『そこで、次は伝説のバニーガールはいかがでしょうか?』
「バニー?」
『盗賊は確実に危険、学者も何を考えているのかわからない生物です。となると、遊んでばかりのバニーガールなら安心だろう、という発想です』
「ふぅむ、一理あるかも」

 立川はるかは考える。そして、結論。

「よし、ならバニーガールだ」
『ニヤニヤ』
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*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(3回目)               *
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*   伝説のバニーガール(レベル99)の部屋                  *
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(わっ、いい香り)

 部屋は不思議な香りに包まれていた。甘ったるい、しかしツンと酸っぱい、くすぐったいような、やきもきしてしまうような、なんだか不思議な気持ちになってしまう、香り。
 雰囲気もどこか薄暗く、ところどころのピンク色の照明が怪しく、そして角にある大きなベッドが妙に存在感があった。

『あら、いらっしゃい』

 やはりというかなんというか、『自分』はバニーガールだった。妖しげな笑み、アンニュイな様子。胸元をだらしなく開け、きわどい衣装を着て、うさ耳うさ尻尾にハイヒール。絵に描いたようなバニーガール。

 なぜだろう、見慣れた顔、身体のはずなのに、ドキドキとしてしまう。

 本当は、部屋に入るなりダッシュで通過してやろうと思っていた。けれどなぜだか、脚を止めてしまっている。

『んー、どうしたの、お嬢さん』
「実は……」

 話す気もなかったのに、話してしまっている。強姦されたこと、罠で死んだこと、モンスターに陵辱されたこと。黙っていたいことが、すらすらと口から滑り落ちていく。

『へえええ、そうなんだぁ。
 レイプされたんだぁ。
 丸呑みにされちゃったんだぁ。
 ばりぼり掻いたんだぁ。
 出産したんだぁ
 ふぅん、ふーーーーん』

 気づけばすぐ目の前にいた。意識がおぼつかないのか、歩み寄ってきただろう経過を覚えていない。
『自分』が、品定めをするように見つめている。

『ほー』
「…………?」
『ほほー』

 うさ耳がピコピコと揺れている。『自分』の感情を表しているのか、楽しそうに動いている。

『うふふ』
「え……えへへ……」

 微笑みに対し、つい微笑みを返す。

『彼女』は唇に人差し指をあて、上目遣いで、ぱちりとウィンクをした。
 そして、唱えた。



『魅了(チャーム)』



 ドキンッ

 胸が高鳴った。どきん、どきん。今にも爆発しそうなほど鼓動は早く、そして、体温がぐんぐんと上昇する。
 切ない気持ちが溢れそうになり、胸を押さえた。びりりと、甘い痺れが身体を走る。なぜか下半身がむず痒い。

 そして、ありえない感情に気づく。

 私は『私』が大好き、だ。

 愛しい、想い続けている男の子の姿が掻き消え、その恋愛感情がすべて『自分』に向いていた。

『うふふふふ、いらっしゃい』

『自分』が両手を広げて招いている。彼女は飛び込んだ。
 そして、つぶやく。

「好き」
『うんうん』
「好き、好き、大好き。愛してます。抱いて、抱きしめて……!」
『うふふふふ』

 満足そうに、抱き返す。頭を撫で、首、背中、お尻。耳元に生温かな吐息を浴びせ、身体に、心に快感を与え続ける。
 そんな大胆で、しかし精密な責めに、彼女は虜になっていく。

『んー、すんすん。わぁ、1人、2人……3人の精液の香り。3人に強姦されたんだぁ。いいなぁ、うらやましい』

 頬に手が当たる。ただそれだけなのに、『自分』の存在が血のように巡り、満たされていく。
 混ざり合いたい、交わりたい。一緒になりたい。そんな願望が強くなっていく。

『あーあ、妬けちゃうなぁ。こーんなに可愛い子とセックスだなんて、うらやましい。
 ……ねえ、嫌いになりそう。離れてくれない?』
「え、やだ、やだぁ……お願い、離れないで、ずっと、いっしょに、いて……!」
『うふふふふふ、特製アロマもキいてるねぇ』

 部屋を覆う香りは『彼女』の言うとおり、原液を摂取したら初潮前の童女でも絶頂を迎えるほどの媚薬効果のあるアロマ。もちろん立川はるかは知るはずもなく、『これは自分が自然に感じていること』と錯覚をしてしまう。

『じゃ、まずはあ・じ・み』

 ぷちゅ

『自分』の柔らかな唇が押しつけられた。肉厚で、ぷにぷにとした、唇。抱き締める腕に力が入る。離れたくない、いっしょにいたい、それを行動で示していた。

『ぅん、もー熱烈なんだから。興奮しちゃうじゃない。
 あ、そうそう。舌、入れていいよね?』
「は、い」

 ぬちゅっ

 この展開に何の疑問も持たず、彼女は受け入れる。優しく侵入する舌を、そっと舌で出迎える。

「あっ、んにゅ……んん、あん」
『ん、うふぅ』

 ぬちゅ、くちゅ

「ふぁ、はあぁ、ああ」
『くっ、あっ』

 ねとっ

 二人が離れると、その間に混ざり合った唾液が落ちていく。『彼女』はすかさず受け止め、べっとりと濡れた手のひらを彼女の頬に塗った。
 動物のマーキングのような行為。『彼女』は満足そうに所有物に囁く。

『ねえ、どーお? 気持ちいーい?』
「…………」

 魔法の効果、アロマの効果。それらが十分に浸透してしまったのか、彼女はうつろな目で、ふらん、ふらぁんと身体が左右に揺れている。
 そこに意識はほとんどない。まるで、人形。

『あはっ、立ったままというのも何だし、ベッド、行こっか?
 ベッド行ったら何する? 肌を重ねる? セックスする? それとも私に食べられちゃう?』



 立ち尽くす彼女を引っ張り、ベッドに座らせた。ここまで来たらホームなので、さっさと押し倒して貪り尽くしたい、ノーマルのプレイもいいけれど器具を使ったプレイも捨てがたい、アロマの原液を直腸摂取させてイき殺してもいいかもしれない……なんて『彼女』は考える。
 しかし、ひさびさの『人間』、しかも上玉。これはじっくりねっとり食したい。

『じゃあ、まずは服、脱ごうね』
「ふぁい……」

 ボロ布のドレスはあっという間に剥がれ、彼女は裸になった。ところどころにアザや薄い傷はあるものの、形の良い胸や締まった腰、程良い膨らみのあるお尻に、『彼女』はごくりと生唾を飲んだ。

『綺麗……とても3人にレイプされたとは思えない。
 ……これは、モンスターや魔法使いの気持ちがよくわかる。食べちゃいたい』
「わっ……」

 焦る気持ちを抑え、押し倒した。

 ぺとっ

 溜まった生唾を上から垂らす。彼女に唇に、細い滝のように降り注ぐ。

『ほら、飲んで』
「はぃ」

 ちゅる、ちゅるるり

「おぃしい」
『よくできました』

 ご褒美と言わんばかりに、彼女の肌に舌を這わした。鎖骨から、まずは胸に降り着く。
 柔らかな乳房、そして硬い乳首を、れろり、れろりと舐め回す。

「ぁあ、くすぐっ、たい」
『おいしぃ、精液の味、汗の味。ああ、病みつきになりそお』

 舌が疲れなんて気にせず、唾液でコーティングしていく。それをローション代わりに、手でやわやわと揉みしだく。

「はぁ、はぁ……だめ、変に、なる」
『なっていいんだよ。私が、ぜぇんぶ受け入れる』

 また下降が始まった。お腹を通過し、ついに、最も敏感なところに到達する。

『あぁん、濃密な貴女の香り。そして、3人の精液の香り。まだ残ってたりしないかな? あむっ』
「ひゃあ!」

 じゅる、じゅる、じゅるるるるるっ

『ぷは、あー、まだ残ってたー……ひさしぶりの人間の精液、興奮しちゃう……!』

 もぞもぞと下半身を弄り始める。もうとっくに際どい衣装は乱れ、胸がぼろりと溢れている。

『じゅる、ごく、ごくり……お汁、たくさん出てきたね。気持ちいいなだね』
「あつっ、そこ、あつい……!」
『ぺろ、べろりっ……おいしい、たくさん出てる、とろっとろ』

 じゅうううううっ

「あっ、やあぁぁっ!」

 びくんっ

 弓なりに身体を張り、痙攣。

『あれ? イっちゃった?』
「はぁー……はぁー……」

 息が荒い。動く気力もないのか、ベッドに身を沈ませていた。

『私もぉ、けっこー濡れてきちゃったし……どしよっかな。
 ねえ、どっちがいい?』
「……どっち?」
『男の子か女の子、どっちがいい?』

 よくわからなかった。答えることができなかった。
 しかし質問した当人が、さっさと話しを進めていく。

『貴女見てると、ついつい苛めたくなっちゃう。
 なら、私が男の子、ね?』



『擬態 (トランスフォーム)』



「え、うわっ……」

 思わず言葉を失った。
『彼女』の股間から男根が生えていた。太く長く、そしてはち切れんばかりにそそり立っている。。

『素敵でしょう、男の子になれちゃう魔法。
 女の悦びも、男の快楽も味わえる。これ以上の幸せは、ない』

 ぬるっ

 ぐっしょりと濡れた彼女の秘部をすりすりと擦る。
 それはまるで焦らされてるようで、気が狂いそうだった。目の前はちかちかと光り、喉はカラカラ。
 ほしい。それが、ほしい。どこまでも飢えていた。

「ちょうだい」
『ん?』
「ほしい、ほしいのっ、それが、その太いのを、入れて、入れてほしいの!」
『く、くくく、はは、あははははははっ』

 おかしくて、笑ってしまった。いくら魔法と媚薬の効果とはいえ、あっさりと堕ちた相手が、無様で、みじめで、笑ってしまった。どこまでも思い通りで、おかしすぎた。

『じゃー入れてあげるよ。ほら、これ、ほしかったんだろ?

 ぶすりっ

「ア、アあーっ、キったぁ……! あああああっ!」
『ハッ、あ、すごぉい、なんて、締めつけ……!
 あ、イったんだ、今イったんだ?
 入れられただけでぇ、イっちゃったんだ!?』

 ぐっちゃぐっちゃ。快楽を得るためだけに、動く。『彼女』は彼女のことをそんな道具としか見れなかった。
 愛し愛されの純愛モードはとっくに終わり、あとは自分の快楽優先にシフトする。

『あー、イきそ、ねえ、イっていいよね? 中に出してもいいよね?』
「ください、精液、くだ、さい!」
『ぜったい孕んじゃうぐらい、濃いザーメンでちゃうよ? いいんだよね?』
「はい、孕みます、貴女の赤ちゃん、つくりますぅううっぅうぅ!」

 その言葉が口火となり、ラストスパート。全力で動き、高め、昇り詰め。そして、身体を倒し、ぎゅうっと抱き締め。

 どくん!

 どぐ、どく、どくっ!

 どぷりっ

 大きく震え、熱い塊を放出する。それは言われていた通りに濃厚で、ゼリーのように膣内にへばりついていた。

『あ、あー。気持ちヨかったぁ。膣の中も最高。ほんっと、相性いいね』

『て、アレ? 放心してる?』

『この子淫乱っぽいし、しばらくは遊べるかなー。飽きたらまた盗賊に流して売ってもらって……
 ん、勃起してきた。目が覚める前に一発ヤっとこうかな』



【ハッピーエンド:快楽の果て】
62, 61

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(4回目)               *
*                                        *
*   研究に行き詰まっている学者(レベル99)の部屋              *
*                                        *
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 むしゃむしゃむしゃ



 盗賊と学者。どちらかを選ぶことになり、立川はるかは迷うことなく学者を選択した。
 犯罪者を選ぶよりは……という消去法だった。



 むしゃむしゃむしゃ



 部屋に入ると、そこは本棚の壁。部屋中が本棚で埋め尽くされ、そこかしらに本が散らばっていた。
 足の踏み場がないとは、このことだった。



 むしゃむしゃむしゃ



 部屋の端っこ。そこに『自分』がいた。
 まるでおやつのように、本を破っては食べ、食べるために破っていた。

「ああダメだ、狂ってやがる……」

 仲間にする、ということはとっくに諦めていた。バニーガールあたりから並行世界の『自分』とやらを期待する気がなくなっていた。
 しかしそれにしたって、これはひどすぎる。あまりにひどすぎる。

「本、食べてやがる……イかれすぎてる……」

 どれだけ空腹でも、本を食べるという発想は今までになかった。しかし『彼女』はさも普通に食べている。
 仮に、万が一、もしかしたら仲間に成り得る人物かもしれない。が、理解できそうにない。

 こっそり、こっそり。忍び足で歩き、部屋の通過を試みる。
 
 がさり。足元の本を蹴っ飛ばし、大きな音が鳴ってしまった。 

『ちょっと、勝手に触らないでよね。大事な本なんだから』

 気づかれた。ギロリ。普通じゃない眼で睨まれる。
 目付きを良くし、血行を巡らせ黙っていれば知的なメガネ美人……に見えないこともない『自分』。今は単なる狂人にしか見えなかった。

「あ、すみません。ただ通るだけなんで、すみません」
『あっそー、じゃあさっさと行って。研究に行き詰まってて忙しーの』

 と言って、再び『食事』に戻った。
 これはラッキー。慌てず騒がず、通ることにした。

『あ、ところでさー』

 やはりうまくいくはずもなく。


 ぐいっ


 見えない力に引っ張られた。まるで重力が横に働いているように、ぐんぐんと『自分』の元に引きずれてしまう。

『ねえ、暇なんでしょ?』
「え、あ、あのぉ」
『ねえねえ、私のすばらしい研究に協力してみる気、ない?』
「やだ、イヤです……!」

『実験、付き合ってよ。なぁに、力抜いてるだけでいいから、さ』




 意識が途絶えた。




「ん、んん」
『おや、お目覚め? うん、経過は良好』
「うわ、大きな声……て、え?」

 すぐ隣に『自分』の顔があった。
 どアップ。まるで壁のように大きな顔。

 そして、窮屈な部屋。

『どんな状態がわかる?』
「どうって……これは……」
『ふむ、異常事態ということは理解できる、と』

 透明な壁。密閉された空間、密室。
 なぜか透けている、自分の身体。
 そして巨大な『自分』の顔。

「なに、これ?」
『状況把握できないのは元々の知性が低い、と。どれ、説明しようじゃないか。』

 ぐるり。部屋が動かされ、あるものを見せつけられる。


 自分が、床に転がっている。


『あれは貴女。そして今、瓶詰めになっているのも貴女。
 あそこにいるのは肉体、ここに閉じ込めているのは、魂。
 わかる?』

 彼女(瓶詰めされている立川はるか)は、自分(床に転がってる肉体)を見た。言われた通り、いかにも魂が抜けているように、死んだ目をしている。

「理解はできた」
『うん、よろしい』
「納得はできない」
『実験に付き合って、そう言ったはずだけど?』

 がすりっ

『彼女』は、立川はるか(肉体)を蹴飛ばした。
 足の当たったところに赤いアザができた。

「ちょっ、何するの!?」
『痛くない?』
「痛くはないけど……!」
『ふーむ、痛みは連動しない、と』

 今度は手を胸につける。

『鼓動はしている。息も……している。まだ生きてる』
「そりゃそうだよ!」
『でも意識はないっぽい。なるほど、意識は魂が担当しているのかな?』

 ここで何か思いついたのか、立川はるか(肉体)に対して魔法を唱える。

「ね、ねえ、何してるの?」
『…………よし、終わり。さて次の実験』


「……わんっ」


 彼女は目を疑った。

「わん、わんわんワンッ」

 肉体だけの自分が、四つん這いで、楽しそうに駆け回っている。
 その姿は、犬。

「そんな、これって……」
『抜け殻に犬の魂を入れてみた。これって犬? それともまだ人間?』
「あ、うわ」

 駆け回って、『自分』に寄り添い、べろべろと手を舐めている。すりすりと身体を擦り合わせ、マーキングまでしている。

「くぅん、くぅ~ん」
『行動は犬。ここまでは想定通り』
「あああ、ああ」

 顔をグリグリと靴底で踏みにじる。しかし嫌な顔一つせず、ぺろり、べろりと靴底を舐めている。
 そこに人間にあるべき理性や姿はない。犬、人間の形をした犬だった。

「ねえ、ねえ! アレ、元に戻るんだよね! 私が入ったら、元に戻るよね!?」
『アレ呼ばわり。もはや自分とは認めたくない様子』
「違う、そうじゃなくて!」
『たしかに、アレが自分なのか犬なのか難しいところ。なら、餅は餅屋ということで、この子に判断してもらいましょう』

『自分』は指をスナップした。
 すると、どこからともなく現れた。

 犬。息が荒く、ひどく獰猛な、犬。

『さて、雌の貴女に雄の犬。どんなアクションがもらえるかな?』

 それを言い終わるまえに、犬は立川はるかに飛びつき、そして。

「きゃん、きゃうんぅんんんっ」

 あっという間に押し倒され、交尾が始まった。

「ああああ! うわあああああああああ!」
『わーわー盛ってる。雄が反応したから、間違いなく雌の犬っと』
「そんな、イヤだあああぁぁぁぁぁ!」

 どれだけ嫌悪しようとも、2匹の犬は止まらない。せわしなく交尾をし続ける。
 獣に突かれ、後背位で犯される自分。しかしその表情は、笑み。とても幸せそうに、情事に浸っている。

『あ、射精が始まったみたいです。産まれる子は犬か人か、どっちでしょうねぇ』

 彼女は、折れた。

「死にたい……殺して、殺して……」

 耐え切れなくなったのか、もはや直視できないでいた。

 しかし『自分』はやめない。

『さ、次々っ。魂は痛みを感じるのかな?』


 試験管が二本、出された。
 片方にはムカデ、片方にはヒル。

「まさか……!」
『どっちがいーい? あー、しまった。さすがに魂に血は巡ってないか。なら決まり』

 瓶の蓋が開き、そこから投下される。
 まるで化物のようなムカデがじりじりと寄ってくる。

「く、来るなぁ、来る……ひぎゃあああああああ!」
『あ、噛まれた。やっぱり痛いんだ』
「ぐが、はぁ、はぁ……ぐぇ、げええええええええええっ!」

 ぐるぐるに身体に巻きつけられ、ゆっくりと絞めつけられていく。

『あー、なんか生身と一緒だなぁ。つまんない。魂独特の反応とか期待したのになー。
 ……ちぎれた。生身よりは脆いのか。ふーん』

『あっちはあっちで楽しそうにやってるし。あーあ、実験終わったし、処分しないとなぁ。
 まあ、バニーガールにでもあげようかな、コレ。あの子ならそれなりに遊んでくれるだろうし』



【ハッピーエンド:異種姦ではない断じて違う】

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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(5回目)               *
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『残りは盗賊の部屋だけですね』
「もうだめだ、詰んだ……」



『お迎えの時間です』



 ボンッ



【ハッピーエンド:諦めてもそこでゲーム終了にはならないよ?】
64, 63

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(並行世界の貴女たち)(6回目)               *
*                                        *
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『はい、リスタートです。さあさあ盗賊の部屋ですよ』
「やだよ……ぜったい無理だもん」
『ほう、なぜそう思いますか?』
「だって……今まで、ずっとあんなイカれたヤツらばっかりだったもん。
 盗賊だって、食パンみたいに本を齧りながら嬉々として剣を振り回して惨殺して、死姦しながら身体を食べるに決まってる……そうに決まってる……」
『(その発想こそ狂っているような気がしますが……)いえいえ、わかりませんよ? あれだけ大丈夫だろうと踏んでいたバニーガールや学者もハズレでした。ここは逆に、盗賊が当たりって可能性もありますって』

 何の根拠もない発言。しかし、望みはなくても可能性はある。結局どこか通過しなければならない。なら、すべてを試すのは悪くない。いや、常套である、はず。

「まあ、じゃあ……行こっか?」
『そうそう、そう来なくっちゃ』



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*                                        *
*   金がない盗賊(レベル99)の部屋                     *
*                                        *
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『何だお前?』

 扉を開けた。部屋に一歩入った、だけなのに。
 それだけなのに、背後に立たれていた。

 姿は見えない。しかし、はっきり向けられた殺意。

 死ぬ。そう直感した。

『何しにきた? 迷子か? 違うよな、こんな塔だからな』

 首元が冷たい。金属が当たっている。ナイフか何かを突きつけられているのだろう、すぐにわかった。
 幸い刃は立てられていない(もちろん彼女は気づいていない)。

『言うんだ。なぜ、この部屋に入ってきたのかを』
「この部屋を、通りたいだけ、です」
『ふむ。だったら、運が良かったな。他の部屋はいずれもハズレ。もれなく死ぬしかないからね』

 その言葉は重かった。たしかに今まではハズレだった。

「じゃ、じゃあ、通してくれる、んですか?」
『ああ、通すさ。少しばかり通行料を払ってくれればいい。三途の川を渡るよりはマシだろう』
「つうこうりょう?」
『金に決まってんだろ! 金、金、金! さっさと金出せよボケ!』

 立川はるかは諦めていた。お金なんてなかった。どの辺で死ぬのかなー、ぐらいに達観していた。
 例によって、首輪は空気を読んで静観している。

『ん、んん?』

 突然、目の前に『自分』が現れた。あまりの速さに彼女は目視できていなかった。
 どうやら刃物も離れているようだった。首はやけに開放感に溢れていた。

『ほほう、ほう』
「な、なんですか?」

『いや、可愛いなと思ってね』

 よみがえるバニーガールの悪夢。

『顔は上々、胸は大きさ、形、申し分ない。腰もお尻も良いスタイルだ。脚はなんてすばらしいんだろう! まるでカモシカのように引き締まった脚! すばらしい、スバラシイ!』
「ど、どうも」
『ひさしぶりの当たりだ、これはいい金になる』

 物としか見られていないようだった。

『あとはテキトーに服着せて売り飛ばしたら……うくくくくっ』
「……ん?」

 売り飛ばす。この言葉にピンと来た。
 ひょっとして、塔から出られるんじゃないだろうか。

『おっと、大事なことを確認し忘れた』

 また背後に回られた。

「え、ちょ、やめっ」
『なあに、感度を調べようと思ってね』

 ちうっ

「ひゃんっ」

 うなじに走る甘い痺れ。優しいキスが、神経を撫でた。

『悪くない感度だ。ん、んー』
「ああ、だめ、やめてよぉ……」

 ぺろ、ぺろり

 キスしたところを舌が往復する。それは愛撫だとか遊びなのではなく、単純に品物の状態を調べるだけの行為。

「うー、はぁ、はぁ……」
『感じているのか? いやらしいヤツめ』

 むにっ

「いたっ……」

 手が胸に触れる。やや強めの力で弄ばれる。

『ああ、良い張りだ。いいぞ、これはポイントが高い』
「そこは、やだぁ……ひゃっ!」
『ここの感度もいいな。ハハッ、いいぞいいぞ』

 べろり。『自分』は指の数本舐め、そして、ついに手が大事なところに伸びる。

「ちょ、ちょっと!」
『濡れ具合の確認だよ。まあメインは、膜の有無を確認だけどね』
「だめ、ダメ、そこは!」

 ぐちゅっ

「ふぁあっ」



 沈黙。



 そして。

 ダガーが一閃。

 立川はるかの首が跳ね飛んだ。

『クソっ、可愛い顔して非処女かよ! このポンコツめ!』

『上玉かと思ったら男のイイコトやってんのか! くそっ、くそ!』

『非処女なんて仲介料で利益なんてねーんだよ! ああくそ、胸糞悪い!』

『……しまったな、バニーガールにでも売っておけば良かったな』



【ハッピーエン……わかってねぇな盗賊は! 非処女の魅力ってヤツをわかってねえな! 盗賊の価値観は理解できねーぜ!】

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*                                        *
*   狂人たちの塔(長い長い通路と休憩部屋)                  *
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 結局、バニーガールの部屋を息を止めて走り去った。首輪が片隅にあったダンボールをやたらと推していたが、それも無視。すべて無視して、突っ走った。
 わずかにアロマを吸ってしまい、ややイケナイ気分になりつつも突破できた。ひとまず突破できた。

『いやはや、全員ハズレでしたね』
「…………」

 否定できなかった。たしかに全員ハズレだった。
 並行世界、つまり別の選択肢の自分がああも狂人ばかりというのは、さすがにいい気分ではない。

「今の私は、当たりだもん」
『どうでしょうね。案外ハズレかもしれませんよ?』

 なんて軽口は受け流す。

 さて、ようやくたどり着いたフロアは、ただただ通路が続いていた。
 彼女は最低限の照明が施されたそこを、ゆっくりと歩いて行く。

『少しいいですか?』
「イヤって言ってもいいの?」
『いえ、気にしません』

 首輪は勝手に進めていく。どーせまたトラップにハメたりするんだろう? なんて思っていると、首輪は予想だにしないことを言ってきた。

『しばらく行って右手側に部屋があります。そこでは入浴と、軽い食事ができます』
「…………」
『たいしたお持て成しはできませんが、ぜひ休憩していってください』

 あまりに甘美なお誘い。さすがに疑ってしまう。

『今さら変な嘘はつきませんよ』

 たしかに部屋があった。恐る恐る入ってみると、そこはこじんまりとした部屋。小さなテーブルにはシチューとパンがあり、隅には『バスルーム』と書かれたプレートが貼りついたトビラ。

 テーブルの上の食事に、生唾を飲んでしまった。

「…………」
『まだ疑ってますか?』
「もーいいや。もういい。いただきまーす!」

 椅子に座り、パンを齧ってシチューをすする。

「…………」
『いかがですか?』
「おいしい、おいしいよぉ……」
『ふふ、どうぞ、ご堪能くださいませ』
「うくー、うううっ……」

 よほど心に染みたのか、涙ながらに食していく。

『さて、お腹が膨れたらお風呂とかどうでしょう』
「…………」
『どうしました?』
「今さらなんだけど、あなたの性別は……?」
『女ですよ』
「…………」
『出産してるところも見てるんですよ? もう今さらじゃあないですか。それに女性には興味ありませんし』
「あ、そうですか」



「さっぱりしたー」
『それは良かったです』

 立川はるかは新しい服を着ていた。黄色のセーターに緑のスカート。初めて着たはずなのに、妙にしっくりくる服装だった。

「なんか、すごく着心地がいい」
『ちょうど貴女ぐらいの女の子が着ている制服ですよ』

 意味がわからなかったので、首輪の言葉を軽く受け流す。

『さて、そこに宝箱があります。開けてみてください』
「ん、うん」

【即死の短剣を手に入れた!】

 やはり何の警戒もせず、開けた。するとそこには、真っ黒なダガーが一振り。

『それは即死の短剣。一度きりですが、どんな相手でも一撃で殺せます』

 とりあえず手に持ってみる。何だか禍々しい感じだった。

「これ、もっと早く欲しかったなぁ」
『それが、最後の部屋の鍵なんです』
「え、最後!?」
『そうです。次が最後の関門です。どうぞ、自分の目で確かめてください』
66, 65

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔 1F                            *
*                                        *
*  『最後の狂人』                               *
*                                        *
******************************************



 最後、と言われたわりに、その部屋はあまりに殺風景だった。いや、物が何もない、というだけで、部屋自体は誰かが住んでいたかのように、どこか温かみのある雰囲気だった。

「う、そっ」

 そこにはモンスターはいなかった。
 彼女はまだ知らないが、トラップもない。

 しかし、そこには1人、ただ1人、人間がいた。

「た、立川さん……!?」

 彼は驚いた様子で彼女の名前を呼ぶ。

 彼女は彼の姿を見て、言葉を詰まらせた。
 しっかりと握っていた即死の短剣を、床に落とした。
 驚きのあまり、手がぶるぶると震えてしまっている。

「ア、ア」

 あまりの嬉しさに声が出ない。脚がすくんで動かない。

 そこにいた彼。彼こそが、彼女が好きで好きで好きで好きで好きで大好きで、世界中で誰よりも愛している、片想いの相手。

 ついに、彼女は彼の名前を言った。



「アサダ、くん……!」

「アサダ、くん、アサダくん、アサダくん!」

 立川はるかは彼に駆け寄る……もとい、跳びかかった。
 床を蹴り、身体は宙に浮き、慣性のままに彼に突進する。

「たち、立川さんっ? うわっ」

 彼女の渾身のタックルを抱きとめる。その肌の温かさやら柔らかさやら、それらを堪能できるような冷静さはなく、ただただ動揺するばかり。
 なぜここに? よりにもよって、なぜキミが? グルグルと思考が渦巻く。

「よかった、会いたかった……嬉しい、嬉しいよぉ……!」

 アサダはいくつかの疑問、多くの不安を感じつつも、ひとまず、腕の中で泣きじゃくる彼女を黙って抱き返した。



「……あー、ごめんなぁ、急に抱きついたりして」
「ん、大丈夫」

 小一時間ほど経ったころだろうか、立川はるかはようやく落ち着き、彼から離れた。鼻をすすり、目をごしごしを擦ってはいるが、その表情は明るい。

「えへへ、えへへへへ」
「ははは……」

 やたらと笑いかけてくる彼女に、アサダは苦笑いを返す。こうなるといつものパターンで、主導権は立川はるかが握ることになる。

「ところでアサダくん、なんでこんなとこにおんの?」
「気がついたらここに……て、それはこちらも訊きたいよ」
「ウチだって、急に最上階にいてん」

 2人はこれまでの経過を話した。アサダはずっとこの部屋に閉じ込められていたらしい。彼女は「屋上からここまで降りてきた」と言葉を濁した。

「ところで立川さん。この部屋に、何か持って来なかった?」
「あー、うん。ナイフ、やったっけ……? その辺に落ちてるよ」
「へえ、ナイフか」

 少し雰囲気が変わったことに、彼女は「あれ?」と疑問に感じた。だがそれも一瞬のことで、出口と思われるトビラを見つけたことで忘れてしまった。
 
「ここが最後って聞いてんけど、アサダくん、外に出えへんかったん?」
「あ、あー……条件が、あってね」
「条件?」
「『自分以外の人間が入ってくる』が条件らしくってね」
「なら満たされたやん」

 立川はるかは出口と思われるトビラを開こうとする。しかし開かず、ガシャガシャとドアノブが悲鳴をあげるだけ。
 その間、アサダはずっと床に落ちている即死の短剣を見つめていた。もちろん、彼女は気づかない。

「開かへん」
「多少時間がかかるらしいし、ちょっと待ってようか」

 この部屋は本当に何もなく、とはいえ立ちっぱなしも体力を消耗する。部屋の隅、壁に持たれて座ることにした。

「部屋の隅って、落ち着かへん?」
「わかる気がする」

 隣り合って座る。彼女はさりげなく彼にもたれかかる。

「…………」

 体育座りをする彼女の脚に、アサダの目が釘付けになっていた。

「……気づいてんで?」
「ごめん」
「謝る前に目そらしぃや」
「はい……」

 それでも心配だったのか、立川はるかは崩し気味に正座をする。



「外に出たら、何するー?」
「柔らかい寝床で寝たい」
「つまらん答えやなぁ」
「なら、立川さんとどこかに行きたい。どこか、遠くに」
「…………」
「……何?」
「おかしい。アサダくんはそんなこと言うキャラクターじゃなかったはず。誰や!? ホンマのアサダくんはどこにやってん!?」
「………………」
「あー、その冷たい目。間違いなくアサダくんやわー……」



「そういやアサダくんって、妹さんがいるんやっけ?」
「うん。バカだけどね」
「バカって言ったらあかんよ! へーいいなー、会いたいなー」
「なら会ったらいいよ。生意気だけど、立川さんには懐きそう」
「そっかなー、へへへ」



「んーんんー」
「その歌……」
「あ、鼻歌聞かれちゃった……この歌な、すごく好きやんね。お別れの歌やねんけど、なんか、すごく好き」
「『その手を離してよ』と言われたとき、どんな気分だったのかな、その相手の人」
「悲しいとかじゃなくて、悔しかったのかなぁと思う。ウチは、最後に『好き』って言えたかどうかが、気になる」
「言えたんじゃないかな」
「言えへんよ。きっと、言えてへん」



「……、…………」
「立川さん、眠いの?」
「んーん、だいじょうぶ……起きてる」
「ちょっと寝たら? まだ開くまで時間かかりそうだし」
「そう? なら……もたれて寝てても、いい?」
「いいよ」
「や、ったぁ……」

 彼の肩を枕にして、彼女は眠りに着いた。



 彼女が深い眠りに落ちたころ、アサダはゆっくりと、起こさないように立ち上がった。
 壁に預け、寝顔を見る。彼はこの寝顔が好きだった。隣り合って座っていたころ、たまに見せてくれたその寝顔。

「…………」

 アサダは入り口のトビラ近くに落ちていた即死の短剣を拾い上げる。

『それは即死の短剣。一度きりですが、対象を静かに葬ります』
「へぇ」

 首輪が彼に話しかける。そんな不思議な事象にも驚かず、相槌をうつ。
 彼は驚くほど、冷静だった。

「即死、一度きり……」
『はい。あの子はすっかり忘れているようですが、それは鍵です。出口が開く条件を知っているあなたなら、何を意味するかがわかるはずです』
「…………」



「即死、か。なるほど」





「……楽でいいな」
68, 67

  


「立川さん、立川さん」
「ん、あぁ? なんやねん?」
「寝起き悪いな……トビラ、開いたよ」

 彼女はハっとなった。慌てて涎を拭い、適当に髪の毛を整える。服もしわくちゃになっていて、ぐいぐいと伸ばしても元に戻りそうになかった。
 寝起きが悪いのは自分でも知っていた。しかしどうすることもできない。好きな人に見せた醜態、頭をぶん殴りたくなるぐらい恥ずかしかった。
 
『お迎えの』
「いい、言わなくていい。大丈夫」

 絶望を振り払ったところで、2人はトビラの前に立った。
 望みに望んだ塔の外。それがすぐそこにあった。

「さ、開けて。外に出よう」
「うん!」

 彼女はドアノブを掴み、引く。

 がしゃり。開かない。

 今度は押してみる。

 がしゃり。開かない。

 引く、押す、引く、押す。

 がしゃりがしゃり、がしゃりがしゃり。

 開かなかった。

「アサダくん、開かへんで?」

 立川はるかは振り向いた。
 彼は、とても悲しそうな顔をしていた。

「ごめん」
「んん? まだ開いてへんかったん?」
「違うよ……ごめん、立川さん。僕、嘘ついてた」
「ウソ?」
「うん。トビラが開く条件がね、もう1つあるんだ」



「この塔からは、1人しか脱出できないんだ」



「え?」
「僕か立川さん、どちらかしか出れない」
「え、え?」

 わけがわからなかった。が、彼女はまだ折れていない。まだ良い方向に物事を考えることができた。

「じゃ、じゃあさ、どちらか一旦、入り口から出て、別々で」
「入り口は開かない。それに、それじゃあ『自分以外の人間が入ってくる』が満たされない」
「な、なら、また誰かがここに来るまで、どっちかは残っておかないとあかんの?」
「それも違う、違うよ」

 彼は、本当のことを言った。

「本当はね、どちらかが死なないと、開かないんだ」





「……………………」





「ウチといっしょに、どっか遠くへ行きたいって言ったのは?」
「……ごめん」
「妹さんに会わせてくれるって約束は!?」
「…………ごめん」

 彼女はついに折れ、崩れ落ちてしまった。
 どちらかが死ぬ。彼との約束を果たすことができない。あまりにひどい、ひどすぎる条件だった。

「立川さん。僕はね」



「僕はね、この条件を知ったとき、どうしようかと思ったんだ。
 いや正確には、立川さんが部屋に入ってきたのを見て、かな。
 悩んだよ、考えたよ。どうしよう、どうすればいいんだろうって」

 彼女はうつむいたまま、彼の言葉を聞いた。
 ほんの少し、視線を上げた。
 彼の手には、即死の短剣が握られていた。

 鍵。首輪の言葉を思い出し、ようやくその意味がわかった。

「はは、アハハ」

 彼女は笑うしかできなかった。カラカラに乾いた笑い。どこにも、どんな希望も抱くことができなかった。

「立川さん。僕はキミと出会って、本当に良かったと思っている。
 最初はさ、なんだこの女、なんて思ったこともあったよ」
「なんで、昔話なんか……」
「でもね、気づいたら、キミは僕の中でとっても、大きくなっていた。
 もう、キミがいない生活とか、考えられなくなっていた」
「……やめてや。過去形なんて、やめてや……」
「僕の話を、真剣に聞いてくれたね。それで僕は救われた。ようやく、1人の人間になれた。感謝し切れないよ。ありがとう、ありがとう」
「やめろや!」

 身体を震わし、叫ぶ。叫び終わってもなお震えていた。
 怖くはなかった。ならこの震え、感情はなんなのか。

 悲しい? いや違う。

 怒り? いや違う。

「アサダくん……」

 目を閉じた。これから振りかかる現実から目を逸らすために目を閉じた。

「アサダくん……大好き、だよ」

 身体の震えは、純粋に『好き』という感情が溢れ出したからだった。
 立川はるかは、どこまでも、彼のことが好きだった。この瞬間でさえ、ただひたすらに、彼が好きだった。

「ありがとう、嬉しいよ」

 アサダは即死の短剣を振り上げる。

「立川さん」



「僕も立川さんのこと、好きだよ」



 即死の短剣が、胸に刺さる。





【アサダは即死の短剣の効果により、死亡しました】





「……あ」
『出口のロックが外れました。脱出可能です』
「あ、あ、あっ、あっ、あっ、あ! あ! あ! あ!」



「ああああああああああああ―――――――――――――!!!!!!!!!!!」



 目の前で倒れる彼。まるで夢から覚めようと、ガリガリと頭をかきむしる彼女。
 しかし、晴れない。これは、現実。彼女は認めることができなかった。

「アサダくん、アサダくん、アサダくん!!! なんで、どうして!!!!!!」
『出口、開いてますよ?』
「――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」

 言葉にならない声が部屋中に轟く。
 首輪は、それを静かに聞き、言う。

『最後は、貴女自身が障害です。どうか、絶望を振り払ってください。
 それはそれとして、では、始めますね』



『お迎えの時間です』



 ボンッ



【ハッピーエンド:貴女は人間のまま、彼と共に眠る】
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*                                        *
*   狂人たちの塔(長い長い通路と休憩部屋)(2回目)             *
*                                        *
******************************************



『リスタートしましたが……無理、ですか……』

『お迎えの時間です』



 ボンッ



【ハッピーエンド:ここならまだ出会っていない】

70, 69

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(長い長い通路と休憩部屋)(101回目)           *
*                                        *
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『あれから約100回ほど爆発しましたが、どうでしょう、そろそろ落ち着いてみれば』
「うるさい、ウルサイうるさい五月蝿い!」

 首輪を引きちぎろうと掴んで左右に引っ張る。もちろんびくともしない。特に痛覚のない首輪だったが、付き合い程度に『痛い痛い』と言っておいた。

『今回は特別に爆発しません。冷静になれる時間を与えましょう』
「うっさい……黙れや」

 腹いせに机を蹴りひっくり返す。椅子だけになったそこに座るもののイライラが収まらないのか、それすら蹴り飛ばした。
 結局立ったまま、落ち着くまで待つことになった。もちろんすぐには落ち着けない。頭から冷水を浴びたり部屋の中をグルグル回ったり、かなり長い時間が要された。

「質問に答えぇや」
『落ち着きましたか』
「トビラが開く条件は2つ。あの部屋に2人いること、そしてどちらかが死ぬこと」
『はい』
「そしてこの即死の短剣。これが言わば、鍵」
『究極的には使わなくてもいいんですが、あれば楽ですからね』
「わかった。うん、わかった」

 その声は、何かを決意したように感じられた。首輪はきっとああするんだろうな、なんて考えた。どうせ意味ないからやめとけばいいのに、なんてことは言わなかった。
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*                                        *
*   狂人たちの塔 1F(101回目)                     *
*                                        *
*  『最後の狂人』                               *
*                                        *
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 トビラを開くと、そこにはちゃんと彼の姿。
 彼女が愛する、彼の姿。

「立川さ」
「アサダくん!」

 言葉を遮る。
 彼女は極力、感情を平坦にしようと心がけた。

「えへへ……アサダくんっ。
 ……アサダ、くん」

 今にも飛びつき、抱きかかるような気持ちだった。
 けれど少しでも触れてしまうと、決心が鈍りそうだった。

「良かった。会えて良かった。最後に顔見れて、良かった」
「最後って……もしかして……!」

 驚く彼に、彼女はにこりと笑って見せた。

「わた……ウチは、アサダくんのことが大好きです!
 誰よりも、世界中の誰よりも、好きで好きで、大好きです!
 初めて会ったときから!
 隣り合って手紙のやりとりをしたことも! いっしょに帰ったことも!
 全部! 全部全部全部!
 ……好きだよ」

 ここまで言って、ようやく呼吸をする。

「立川さん……」
「やった、言えた……ちゃんと言えた。えへへ、良かったぁ、ほんま、良かった。
 もう。
 後悔あらへんわ」



「ありがとう、サヨウナラ」



 即死の短剣が刺さる。



【立川はるかは即死の短剣の効果により、死亡しました】



【ハッピーエンド:貴女の想い、届いたでしょうか?】
72, 71

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(長い長い通路と休憩部屋)(102回目)           *
*                                        *
******************************************



『じゃあ102回目、始めましょうか』
「なんでやねん! 私は、アサダくんをここから出そうと思ったのに!」
『それは無理です。貴女が死ねば、こうして巻き戻るんですから』

 ふぅ。首輪がため息をつく。



「じゃあそんなん、もう選択肢は」
『ありません。強いて言えば、彼の自殺を見届けるか、殺すか、どちらかですね』
「ふざけんなや!」
『いい加減にしてください!』

 首輪の激高。立川はるかは気圧され、黙ってしまう。

『もう気づいてください! この物語は誰のもので、誰が主人公なのか!
 貴女です、立川はるか、貴女の物語です!
 貴女がどう想おうと、彼は単なる脇役なんですよ!
 気持ちは痛いほどわかります、愛する人が死ぬなんて、耐えれないことぐらい、わかります!
 ですが……彼の気持ちを、汲んであげてください。
 どんな想いであなたと一晩過ごし、気持ちを伝え、自ら命を絶ったのか。1人思い悩んだことでしょう。
 貴女は大変つらい状態です。ですがそれは、彼も同じことなんです……』

 その後、首輪がしゃべることはなかった。

 静かな部屋で、ずっと、彼女は悩んだ、悩み続けた。



 そして、答えを出した。
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*                                        *
*   狂人たちの塔 1F(102回目)                     *
*                                        *
*  『最後の狂人』                               *
*                                        *
******************************************



 トビラを開く。するとそこには彼の姿。

 彼を見つけた。ただそれだけで、彼女の顔は緩み、心が温かくなった。
 ぐらり。決心が揺らいでしまいそうになる。

「……アサダくん」

 名前を呼ぶ。口にするだけでドキドキと鼓動が荒くなってしまう。

「立川さ」
「アサダくんっ」

 ぎゅっ。

 駆け寄って、優しく抱き締めた。彼の体温を全身で感じようと、ぎゅうぎゅうと廻した腕に力を入れる。

 ギリギリギリッ

「た、立川さん?」
「えへへ、あったかい」
「い、痛い、イタいよ!」
「アハっ……ずっと、こうしてたいなー……」



 ざクっ



「……ごめんな」



 即死の短剣が、アサダの背中に刺さった。
 彼女は即死の短剣を持ったまま、彼を抱き締めていたのだ。



【アサダは即死の短剣の効果により、死亡しました】



 だらりと力が抜ける彼の身体。彼女は支えきれなくなり、床に落とした。
 動かない。もう動くことのない、彼。

 立川はるかは、彼から目を離すことができなかった。

 5秒、10秒。時間が流れる。

「ごめん……」

 限界だった。

「ごめん、ごめんごめんごめんっ!
 うわあああああああああああん!
 いやだ、やだああ! なんで、どうして、うえぇぇぇぇぇんっ!」

 自分がしたこと、彼の結末、この条件、状況、現実。すべてに耐え切れなく、わんわんと泣いた。

『見送るのではなく、送り出す……という結論になりましたか。
 たしかに接する時間も短くて済みますし、ベターではあるんでしょうね』

『じゃ、102回目、いきましょうか』



『お迎えの時間です』



 ボンッ



【ハッピーエンド:貴女はまだ、人間のまま】
74, 73

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔 1F(905回目)                     *
*                                        *
*  『最後の狂人』                               *
*                                        *
******************************************



 トビラを開く。するとそこには彼の姿。

 彼を見つけた。かつては、ただそれだけで彼女の顔は緩み、心が温かくなった。
 彼女はもう何も感じない。無機質に彼を眺めていた。

「……アサダくん」

 名前を呼ぶ。呼ぶ意味はない。気づかれるだけでマイナスの効果しかない。
 それでも、呼びたかった。

「立川さ」

 ザクリッ

【アサダは即死の短剣の効果により、死亡しました】

 一瞬だけ目が合った。何も、感じることができなかった。
 ただ刺して、終わらせる。ようやく、905回目にしてようやく、できた。

『出口の鍵が外れました。脱出可能です』
「うん」

 床に転がる彼の姿。一瞬だけ、目が奪われた。しかしすぐに振り払って、見ないように、大きく迂回してトビラに向かった。

『ああ、ところで』
「……何?」
『愛する人をその手で殺して、どう思いましたか?』
「……………」

 彼女は歩みを止める。

「はは、あっ、アアッ」

 ぴくりとも動かなかった彼女の表情は壊れ、狂気に満ちた顔となり、床に膝をついた。

『アラアラ、もうちょっとだったのに』
「私は、まだ……」
『ええ、人間ですよ。でも、ダメなものは、ダメ』



『お迎えの時間です』



 ボンッ



【ハッピーエンド:貴女はまだ、人間のまま】
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*                                        *
*   狂人たちの塔 1F(1103回目)                    *
*                                        *
*  『最後の狂人』                               *
*                                        *
******************************************



 トビラを開く。するとそこには彼の姿。

 サくッ

【アサダは即死の短剣の効果により、死亡しました】

 もう名前を呼ばない、声をかけない。気づかれる前に即死の短剣を投げた。たとえ小指の先、薄皮が切れる程度の傷でも効果が発動し、簡単に条件を満たすことができた。

 床に転がる彼の姿。彼女はそれを跨ぎ、トビラへ向かった。

『出口の鍵が外れました。脱出可能です』
「…………」

 立川はるかは何も答えない。

『愛する人をその手で殺して、どう思いましたか?』
「……………」

『彼の体温、声。覚えていますか?』
「…………」

『まだ、好きですか?』
「………」

『彼、ひょっとしたら貴女に会いたかったかもしれませんよ?』
「……」



『貴女は人間ですか? 狂人ですか?』



「…………」
『…………』
「……」
『……』

『……もう、大丈夫みたいですね』

 この言葉にも、彼女は何も答えない。
 首輪は、これ以上何を言っても揺さぶることはできないことに気づいた。
 どこにも『絶望』が見当たらなかった。首輪の価値観で言えば、彼女はもはや狂人の域だった。

『あのっ』

 ドアノブに手をかかる。少し捻られたところで、首輪は彼女に声をかけた。
 首輪の意図はわからない。しかし彼女は妨害にしか思えなかった。

『少し、お話しよろしいでしょうか?』
「…………」

 カチリ。ドアノブは限界まで捻られた。

『お願いですっ、聞いてください!』
「……」

 少しトビラを開いた。そこからは煌々とした太陽の光、緑の香りがする風が、差し込んできた。
 念願だった、塔からの脱出。それが、トビラ一枚隔てた向こう側にあった。

『あの、私はっ』
「…………」


『私も、貴女と同じだったんです!』


 ガチャリ。トビラが、閉まった。さらにドアノブから手を離す。
 外には出ない。話しを聞く。そんな意思が見て取れた。

『……ありがとうございます』



『ちょっとした昔話です』
「…………」
『私も貴女と同じで、気がついたときには屋上でした。記憶はほとんど残っていない。わかることと言えば、塔に閉じ込められたことと、誰かに強姦されていた、ということ』
「…………」
『そこからも一緒です。罠やモンスター、平行世界の自分。私も何度も死んで、やり直して、塔から降りてきました』
「…………」
『そして、この最後の部屋です。私も、愛する人を殺しました。』
「…………」
『貴女の苦しさ。私は、痛いほど、わかります』

「あなたは」

「あなたは、どうだったの?」
『この部屋のことですか? 私は2回、2回目で愛する人を殺しました。
 1回目は、部屋に入った瞬間、あの人に即死の短剣を奪い取られ、刺されました。
 2回目……私は、すぐに刺しました』
「…………」
『私は、あの人を人間と思うことができませんでした。
 ですが、それでも、痛かった。心がすごく痛かった。つらかった。
 ……なのに、首輪は爆発しなかった。私の中で、それは絶望ではなかったようです』
「…………」
『正直、貴女のことが羨ましかった。愛する人が、貴女を助けるために自らの命を条件にするなんて』
「…………」

 ぐらり。

 感情が揺らぎ始める。

『貴女の彼も、本望だったんではないでしょうか?』

 ぐら、ぐら。

 頭がふらふらと、目頭が熱くなっていく。
 息が荒くなって、吐き気すらしてきている。

『ああ……!』



『お迎えの時間です』



「え、あ、アッ」
『いえ、貴女のことではありません。私のことです』
「……え?」
『私の役目は、貴女を妨害すること。ですが、もうトビラは開いてしまいました。
 もう、役目は終わりました。私の失敗です。私は、終わりです』
 役目は終わりました。ここで、私は終わりです』
「そんなっ」
『不思議ですよね……今まで爆発と邪魔しかしなかった首輪なのに、この瞬間は、すごく悲しくって、すごくつらいですよね』

 形や立場はどうあれ、ずっといっしょに探索を続けていた。憎しみしかなかった相手なのに、いつの間にか情が湧いていたようだった。
 しかも先ほどの話しを聞き、他人のように思えなかった。同じ境遇を経験した首輪が、単なる首輪とは思えなかった。

「ねえ、出ようよ……」
『無理、ですよ。もうすぐ、私は……』
「私、このまま出たって、何もない……帰る場所もない、彼もいない。私は、どうすればいいの!?
 そ、そーだ。外に出てさ、どっか遠くへ行こうよぅ。爆発さえしなかったら、きっと仲良くできるはずだよぅ」
『馬鹿言わないでください……貴女は最初と比べると見違えるほどに』

 声が小さくなっていく。本当に、終わりのときが近いようだった。

『ああそうだ、これが、あった』

『私にプログラムされた、最後の妨害です。貴女なら、きっと乗り越えてくれるはず……』

『貴女には2つ、選択肢が与えられます。
 1つは、このまま脱出する。
 もう1つが、私と同じように、首輪になる。
 この、2つ』
「首輪に、なる?」
『私は弱かった。最愛の人を殺した時点で、もう外に未練がなかった。
 ドアノブを握ることなく、力尽きた首輪を拾いました』
「…………」
『貴女は私とは違う。貴女は、強い。
 どうか。
 どうか、外へ』

 ぷつんっ

 首輪が切れた。
 彼女は無機物のそれに、命の終わりを感じてしまった。



「…………」

 再びドアノブを握り、捻る。

 しかし目は、床の首輪を見つめている。

「……」



「…………」



******************************************
*                                        *
*  ◆どうしますか?                              *
*                                        *
*    トビラを開ける                             *
*                                        *
*    首輪を拾う                               *
*                                        *
******************************************
76, 75

  

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*                                        *
*   狂人たちの塔(肩慣らしの屋上)                      *
*                                        *
******************************************



「ん、んんっ」
 立川はるかの意識が戻った。
 まどろんだ意識が晴れていき、周囲の様子をはっきりと感じられるようになってきた。
 ただ真っ暗闇の世界。温度はなく、地面や空、風もない、そんな世界。

「ああ、これが……」

 身体の感覚はない、まるで意識だけが宙に漂っている気分。
 自分の選択を思い出した。そして、立場と役目がわかった。

『ん、んんっ』

 誰かの声が聞こえる。
 デジャブ。これを、知っている。

『うっ……痛っ』

 何かが膨らみ始めていた。

『うそ、ウソ……!』

 理解できた。

 これは、『自分』を着けている相手の、感情。

 絶望。

『やだ……そんな……!』

 どんどんと膨れ上がっていく。
 ああ、満たした。彼女は自分の役目のときだと、気づいた。



「はじめまして。さっそくやけど、お仕事させてもらうし」



「あー、聞こえてへんか……じゃあ、勝手にしとくしな」





「お迎えの時間です」





【ゲームオーバー:脱出失敗】
77

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