プロローグ
今から考えれば、始まりは高校二年生頃のことだったと思う。
「ヒデはさ、後一日しか生きれないとしたら何する?」
「へ?」
いきなりのその言葉に俺、日向野 英正(ひなたの ひでまさ)は戸惑った。戸惑うのも無理はない。何故なら脈絡もなく、しかも何かしら不幸なことを示唆するような話題を急に振られたのだから。
「なんでそんなこと聞くんだよ?」
そう英正が聞くと、英正と同じクラスで数少ない友人である栄花 朋也(えいが ともや)は少し顔をしかめた。どうでもいいからさっさと答えを言えと訴えているように見えた。
「いや、まあ。俺は何も思いつかないんだよね。だからヒデに聞こうと思って」
「んー……。僕も思いつかないな。まあいつも通りだろうなあ」
「いつも通り? なんでさ? 最後の一日なんだよ?」
いつもはおとなしい朋也が今日はえらくがっついてくる。しかし英正は最後の日とか後一日とかそういった特別感ただようものにあまり執着しないので、今の答えが自分の中ではベストだった。だからそれを伝えようとしたが、それでは堂々巡りになってしまいそうなので違う言葉を探った。
「あれだ。俺、後一日って言われても何もできないし。強いて言えば見忘れたアニメとか漫画を見るかな、多分」
「……そっか。そうだよね」
そういって落ち込んだ表情を見せた。
いきなり最後の一日とか、こいつなんか間違いでも起こす気なんじゃないだろうかと英正は思った。だとしたらこの対応は少しまずかったかもしれない。朋也の欲しい回答は分からないけれど、ちょっとフォローを入れた方がいいだろうか。
「朋也は何か無いの? やり残したこととか」
朋也は「そうだな……」と少し考えるそぶりを見せた。まあ答えは大体分かっている。だってそれが分かっていればわざわざ英正に質問する意味がないから。
「特にないね。やっぱり」
案の定だ。だから英正はさらに言葉を付け加えた。
「じゃあ、朋也が後一日で出来ることは?」
「えっ?」
朋也はいかにも驚いたという表情をして見せた。
「後一日で、できること……」
そう言って急に立ち止まった朋也に続いて、少し越したあたりで英正は立ち止まった。
「ある。俺にできること……」
ぼそっと、でも力のこもった声でそう言った。どうやらフォローは成功したようだ。
「そりゃよかった」
そう微笑みかける。
「早速やることができた! すぐやりたいから、先に行くわ!」
さっきとは打って変っていい笑顔で朋也は言った。そして、英正に別れの挨拶代わりに軽く手をあげると、そのまま勢いよく走りだした。
「おーう」
駆け出した朋也の背中を、英正は手を振りながら見送った。途中で朋也は立ち止まり「ありがとう!」とまた言って駆け出した。なんであんなに感謝されるのかは分からないけど悪い気分はしなかった。「おう、また明日」と返事をしたが、聞こえなかったのかそのまま朋也の背中は見えなくなった。