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第十話:抗う者たち。後編

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 まさに圧倒的だった。地面に軽くのめり込んだ怪物を見る限り、その衝撃がいかに激しいものだったかが伺える。
「凄い……」
 上座は心からそう呟く。
 砂埃が舞う中で、お面のヒーローはゆっくりと歩みを上座の方へ進める。威風堂々。はだけた制服が夜風になびく。

「もう、大丈夫」

 英正は上座に右手を伸ばす。上座もそれに応じ、右手を伸ばす。更に砂埃が舞う。上座の笑みがこぼれた。










―― その時一瞬、風が吹いた。


「……っえ?」


 それは瞬きする間もなく、お互い何が起こったか分からなかった。簡潔に言えば上座の前から英正は消え、英正の前からも上座は消えた。

 ただ違う点は、英正の場合は目の前の景色がまるで高速で走る電車から外を見ているかのように変化し、上座の場合は目の前に居た英正が、怪物に置き換わったことだけだった。


『おいっ! 大丈夫かっ!?』


 頭の中から微かに声が聞こえる。自分を心配する声。何が起きた? 状況が読み込めない。


 が、体を起こそうとした時、全てを悟った。

 上がらない体、動かない手足。徐々にに現れる、体中を襲う鈍痛。視界が霞み、意識が消えていく。


 浅はかだった。力があるといっても、使い方が悪ければそれも無意味。所詮真似事。喧嘩の経験すらない英正があそこまで出来たことがまず奇跡。
 悔しい。情けない。あんなに格好つけておいてこの様か。

 消えていく意識の中で、微かに悲鳴が聞こえて、罪悪感を感じる間もなく、景色は闇に溶けていった



「終わりましたか……」
 英正達が襲われた公園から数十メートル行った場所にある小高いビル。その屋上に、白衣の女が一人。目に当てた双眼鏡で公園の状況を見ながら呟いた。
「案外あっけなかったですね。まあ、せいぜいあの程度とは思っていましたが」
 そう言って彼女はおもむろに懐から携帯電話を取り出した。あらかじめ打ち合わせをしていたのだろうか、わずかワンコールで相手が電話にでる。
「はい、私です。では、回収をよろしくお願いします」
 そう短く内容を伝えると、相手の返事を待たずに電話を切った。



「おっと、そこまで。動いたら撃つ」


 白衣の女の後ろ、つまり屋上への入り口付近から声がした。そして、その人はゆっくりと白衣の女に近づいてくる。ハイヒールがコンクリートを叩く音だけが暗い屋上に響き渡る。

「随分なめたことしてくれたわね?」
 銃口を突き付けるのはリクルートスーツの女。
「口調が何時もと違いますよ?」
「私が敬語を使うのは敬愛する『あの方』だけ」
 更に銃口を近づける。
「単刀直入に言うわ。アレは何? それと058号の落とし前をどうつける気?」
「部下思いなんです――」

――パスッ

 サイレンサー付きの銃の発火音。
「減らず口はそこまで」
 次は当てる、そう圧力を浴びせる。白衣の女は溜め息をつくと、渋々口を開いた。
「私は『あの方』に言いましたよ? 『実験も兼ねて私も部下にやらせたいのですが、よろしいですか?』と。だからアレを放ちました。あなたの部下がいたのは微々たる誤算でしだが……。まあ彼にも、あなたにも非があるでしょう。あのダメージで外を出歩かせて、あなたもそれを気づかなかったのですから」
 白衣の女は銃の圧力を毛ほども感じていないようにずけずけと語る。
「……ふん。まあいいわ。あなたのアレも……失敗のようだし。……身の振り方を考えておきなさい」
「……」


――~~♪

 一騒動すぎ、静かすぎるほど無音の屋上にで、そこに不釣合いな一昔前のアニソンのようなメロディが流れる。携帯電話の着信音。白衣の女はゆっくりとした動作でそれに応じる。

「……はい。ご苦労様でした」

 そして、電話を切った彼女の頬はわずかに緩む。

「失敗? アレがやられたから? いいえ。大成功ですよ。私の大事な『おもちゃ』の部品の完成を証明できたのですから」


 言葉と、表情と裏腹に、彼女の目は笑ってはいなかった。そして、視線はとても遠くを見つめていた。何かに思いを馳せるような。そんな目をしていた。




45, 44

  


 暗闇の中で、何かが蠢いている。英正はそれをじっと見ていた。見ていた、というよりは、気づいたら視線をそこに置いている自分がいた、と言うべきか。まあ何はともあれそれが気になるので目を凝らす。闇に慣れてきた瞳がその全体図を映し出す。


「っ!?」


 その光景に英正はただ驚愕した。

 死体を、喰っている。その外見は、およそ記憶に該当するものが無い生物。
 そして、遅れて目に付く死体の細部。その頭部を見て、血の気が一気に引いた。
 赤く濡れ、肉が抉れている。だが微かに残る面影。長年の付き合いだ。それだけでも今は亡き親友だと確信を得る十分な情報だった。


 嗚咽。息が出来ない。声も出ない。体が焼けるように熱くなる。


 その場でうずくまる英正に、鋭い視線が降り注ぐ。そして、正体不明の生物はゆっくりと英正に近づいてくる。冷たく光る爪が、血を滴らせる牙が、近づいてくる。


「あああ……ああああああああ」


 言葉にならない恐怖がこみ上げる。腕に触れた爪が肌をえぐる。牙が、肩に食い込む。


――ぐしゃり


 気持ち悪い音が聞こえて、何か滴り落ち――



「――ああああああああああああああああ!?」


 突然、目の前の景色が変わる。薄暗いの変わらないが、あの正体不明の生物は消えていた。ハッとしたように腕を確認する。

 ……ある。痛みは……無い。腕を試しまわしてみようと肩を挙げた時、背中に激痛が走った。


「んあっ!?」


 痛みを堪えるように体を抱いてうずくまる。
 その直後、パッと周りが明るくなった。

「大丈夫か!? 何か叫び声がしたが……」


 誰かが、来た。というよりも入ってきた? ならばここは室内? そして自分は柔らかい物に包まれている。これは……布団? そしてこの声……聞き覚えがある。

「大丈夫か? 日向野君?」
「おい、平気か?」
 交互に男と女の声。そして自分の名前を呼ぶ。痛みを堪えつつ、ゆっくりと顔だけ上げる。

「……生徒会長さん?」

 背中の痛みは、若干収まってきていた。


 







 不可解なことばかりだった。自分の置かれている状況と、周りと自分の不可思議な温度差。何がどうなっている?

「ここは……?」
「学校の保健室。時間は夜の二時過ぎ」
 生徒会長さんは淡々と話す。いや待て。そもそも何故学校の保健室で寝てるんだ。自分は街外れの公園で上座と話をしていたはず――


「――ああっ!? あの怪物は!? 上座さんはどうなったんですかっ!?」
「私が倒したよ。このXM2010でね。クウは無事。今は生徒会室にいる」

 副会長、もとい姐さんはそう言うと背中に背負っていたスナイパーライフルを撫でながら言った。
 一気に力が抜ける。良かった。彼女に何かあったら、自分は罪悪感に押し潰されてだろう。
 というか……何故スナイパーライフルなんて物を一高校生が持っている。


「あの……先輩達は一体……」
「レジスタンス」


 生徒会長さんは即答した。


「レジスタンス……? 何に対抗してるんですか?」
「世界さ。俺達を排除しようとする、この世界全てが敵だ。世界に銃口を、抗う者達に手を! 俺達はこの腐った世界を変える!!」


『中二病乙』
 間髪入れずにチュウ太が突っこむ。むしろ英正の言いたかった思いを代弁してくれた形だ。……というか無事だったんだな、お前。
『俺と英正は一心同体! お前が無事なら俺も無事!』
(思考を読むなし)

 茶番は置いといて、この人は本気で言っているのだろうか。だとしたら相当いっちゃってる人だ。こんな人が生徒会長だなんて、この学校も先が見える。けれど……


「佐々木、日向野君ひいてる」
「いや、本当のことだし……」
「誇張し過ぎなのよ」
「誇張? いいや、これは末端に過ぎない。奴らの真の目的は俺らの抹殺ではなく、世界の秩序を奪うことだ!」


 ……正直、昼のあの誠実そうな性格と今のアニメ見過ぎの成れの果てのような彼に戸惑うばかりだった。だが、今自分が生きていること、一般高校生がおよそ関わらないだろうこと、それらが妙な説得力を帯びていて、外面とは裏腹に内面ではそれなりに受け入れている自分がいた。

「正直……訳が分かりません」
「でしょうね」
 ククッっと姐さんは苦笑する。
「ただ……」
 英正は続ける。
「ありがとうございました。僕と、上座さんを助けてくれて」
「ん。素直な奴は好きだぞ!」
 姐さんは右拳を英正に突き出してニカッと笑った。英正もそれに応答して軽く微笑む。
「ぅぉぃ。俺も一応頑張ったんだぜ?」
 若干不満そうな表情でボソっと生徒会長さんは言った。
「生徒会長さんも、ありがとうございました」
「そう? そう? いや別に構わないさ!!」


 安心感。日常が戻ってきたような気がした。


「日向野!! 大丈夫!?」
「お、上座。この通り元気さ」
「それは佐々木のセリフじゃないでしょうに……」


 一瞬だけだけど、本来あるべき自分の立場に戻れたような。


「そういやそうだ! あははははは!!」
「まったく……」
「あははは……はぁ……。さあて、役者も揃ったことだし……」
 空気がすっと冷えたような錯覚。


 ただそれはすべて感じたままに。思った通りに――


「本題に入ろうか」
 先程とは打って変わった、鋭い眼光が場を支配する。


 ――刹那的な物だった。


47, 46

  

「日向野君。君をレジスタンスに迎え入れたい」


 その言葉に、英正は耳を疑った。自分がレジスタンスの一員に? 
「え?」
 それは思ったままに口から出た。


「ほら、また言い方が悪い」


 姐さんは溜息混じりに生徒会長さんに言う。また誇張表現か。ならば何を誇張した? 迎え入れたいのではなく、準レギュラーのような立ち位置になってくれということか? それとも、友達になってくださいを中二病的な言い回しにしたということか?
 

「そうだな。君はレジスタンスに入らなければならない」


 そもそも誇張表現では無かった。言葉が要求から、義務になった。

「えっ? えーと、えっ?」

 何故義務になった。そもそも自分にそこまでさせる権力を彼らが持っていると言うのか? まあ多少は生徒会という組織柄所有しているだろうが、彼らが言う組織に強制加入させるほどの力を持っている訳がない。では何故? その疑問を口に出す間も無く、生徒会長さんは口を開く。

「思い出せ。今日君を助けたのは誰か。今のままで君は上座を守れたのか。……君は弱い」

 違う。これは義務なんかじゃない。脅しだ。上座を守れたのは英正より強い自分達が居たからだ。貴様は自分達に借りがある。命を助けた借り。返すためにこの組織に命を預けろ。そう言ってる。そんなもの……まかり通るか!!! 

「私達は強く出来る。栄花君のように」
「っ!? 朋、也……みたいに……?」

 反論が出かかった喉を鷲掴みにされた感覚。そしてそれを食道へ押し戻された錯覚。それほどの衝撃。どうしてここで彼の、親友の名前が出てきた。

「彼もレジスタンスの一員だった。彼を失ったのは戦力的に、もちろん精神的にも最大の損失だ。だが君が入ればそれを埋められる。いや、それ以上だろう」


 彼は憧れだった。特別優秀というわけではない。その観点で言えば大宅のほうが断然完璧に近い。ただ、上手くは言えないが彼は何かを持っていた。だから朋也は理想だった。彼のように成りたかった。自分に力が宿った時、正直興奮した。状況が恐怖を強調していたが、確かに気持ちは昂ぶっていた。強盗犯を捕まえたとき、金上を助けたとき、怪物と戦っていた時、自分は朋也になっていた。




 そう、朋也に。それは英正がヒーローになったのでは無く、ヒーローだった朋也になっていた。コピー、模造、猿真似。全ては水に映った虚構。自分が、自分では無かった。


「俺達は君をヒーローに出来る」


 この言葉にどれだけ英正を魅入る力があっただろう。以前チュウ太は言った。『ヒーロー、やってみないか?』それを渋ったのは、自分に責任があったから。すべてが自分の意志次第でどうにかなってしまう。不確定要素。しかし、今目の前にいる彼等は自分をヒーローに出来ると言う。つまり、自分がハイとだけ言えば英雄に慣れてしまう。そこにはどれだけ彼等を信用できるかとう要素も含まれるが、そんなのは関係無かった。


 新しい自分を手に入れる。


 それが、答えだった。
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