少年ディオ・ブランドー
小学校からの帰り道、少年ディオ・ブランドーはトンボを追いかけるのに夢中になって、脇に抱えていた石仮面を落として割ってしまった。それを被ると人を捨てて吸血鬼になれる禍々しい代物で、重量的にも意味的にも、子供の小さな体で抱えるには重すぎた。ランドセルは教科書と食べ残しのパンでいっぱいで、石仮面を入れるスペースなんてなかったのだ。
真っ二つになった石仮面を、ディオは試みに通りすがりの野良犬に被せてみたが、石仮面からビュンと針が伸びて頭に刺さることもなく、犬は犬のままで、凶暴な吸血鬼にはなってくれなかった。先日どっかのおっさんでやった人体実験の再現にはならなくて、ディオはとてもとてもがっかりしてしまった。
ディオが住まわせてもらっているジョースター家に着くと、汚してくれといわんばかりの純粋な瞳を持った、同い歳のジョナサン・ジョースターが飛び出してきた。彼は飼い犬のダニーのように舌を垂らして興奮しながらディオをチェスに誘った。負けてばかりなのに懲りずに挑んでくるジョナサンを、ディオは正直疎ましく思っていて、もうめんどくさいから負けてやろうかと思うこともあった。けれども勝負が始まればどうしても真剣になってしまい、ジョナサンを打ち負かすことに快感を見出してもいるのだった。
ジョナサンを人でなくしてしまったら、きっと彼の父親のジョースター郷は悲しむだろう、とディオは思う。だけどそれすらきっと「彼をこの家に受け入れた私の罪だ」とか言ってディオを責めたりはしないだろう。
だから人でなくなるのはこの僕でいい、とディオは思っていた。まだ先のことになるだろうけれど、手に入れてしまった以上、この石仮面にまつわるドラマを用意しなければいけない、とディオは考えていた。彼はまだ子供で、トンボを追いかけたりもするけれど、既に幾人かの人を殺めている、生まれついての悪人だった。いつか自分は心正しい人達に殺されるだろう、それまでになるべくたくさんの悪行を積み重ねないといけない、と思い込んでいた。
でもそのための大切な道具である石仮面を割ってしまった。
「どうして泣いてるの? その石は何?」
ジョナサンに言われて初めてディオは自分が涙を流していることに気が付いた。
「ちょっと放っておいてくれないか」と言い置いてディオは自室に籠もり、それから少しの間、声を殺して泣いた。
でも泣き疲れて朝まで眠ってしまうようなことはせずに、夕食を終えるとこっそり窓から飛び出して、外国人街へと足を向けるのだった。
新たな石仮面を探すために。
人間をやめるために。
(了)
参考:荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」第一部。うろ覚え。