僕らは時々恋人になって
十代の終わりに勢いで結婚して二十代半ばで別れ、互いに三十路になったのをきっかけにしたみたいにまた結婚して、今度は二年で別れた。僕の借金やら彼女の浮気やら子供が出来なかったことやら、そもそも僕らは恋人にはなれてもうまく夫婦にはなれなかったこととかが関係していたかもしれない。
僕らはもうすぐ四十歳になる。
薄化粧を貫く彼女の肌にはシミが浮かんでいて、痩身だけが取り柄だったみたいな僕の腹には余分な肉がついてきた。ころころ変遷してきた二人の立場も今では低空飛行ながら安定していて、年金だって納めている。
久し振りに会おうかってことになって。
一台の自転車に二人で乗って。
高校の頃の下校時みたいなことになっている。
「借金は?」
「返せたよ(大口のところだけ)」
「張ってるよ」と言いながら彼女は僕の肩を揉んだり腰を押したりしてくれる。十代の思い出の中にはない情景だった。手足も首もこってるけれど心配されそうで言い出せなかった。
酒を飲むと彼女は暴れるから、ホテルに行くと会話がなくなってしまうから、僕らは平凡な公園のベンチに座って他愛もない話をする。
グルコサミンはいいよね、とか。
日傘が手放せない、とか。
ゆらゆら帝国解散してたんだね、とか。
小説まだ書いてるの、とか。
ぼちぼちね、と嘘をついたりとか。
こうしているうちに僕らはまた恋人になるのかな、それで今度はもう別れる理由をうまく見つけられなくなって、死ぬまで二人でいたりするのかな、と何となく僕が思っていると、「結婚するの」と彼女が言った。
同じ職場で働く十歳年下の男で、若い頃の僕に少し似ているのだとか。でもそれは僕じゃなくて。彼女だけは彼女で。
一度目の離婚届と、二度目の婚姻届を提出した際、役場の職員は同じおばちゃんだった。唇が分厚くて無愛想で。すぐに昼休みの話題にされるのかななんてくだらない心配をした。あの頃住んでいた土地からはとっくに離れていて、もうあのおばちゃんに会うこともないだろう。
「おめでとう」僕は言えた。
「お酒は控え目にね」
「二年前にやめたんだから、本当に」二ヶ月前にこっそり一口飲んだ、みたいな様子で彼女は言う。
結婚式がどうとかの話になんかならず、念を押すように彼女は僕の体を心配してくれた。「もう若くはないんだから」なんて言って。同じ歳なのに。
帰り道も自転車に二人乗りだったけれど、もう会話はなくて、疲れてしまったらしい彼女は僕の背中に体を預けてくれていた。このままどこまでも走り続けようか、なんてことを一瞬思った。でも明日も朝は早い。
うまく泣くことも出来なくて、僕らは笑顔のままで静かに別れた。一人でこぐ自転車は軽いはずなのに、息が切れてしまった。
(了)