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穴埋め手のひら

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 二歳と四歳と六歳の子供がいるという彼女の背中には五つの歯形がついていた。
「三年前、SMクラブで働いてた時につけられたの」
 一つ一つ全部違う客だったという。人を傷付けることが苦手な僕は彼女の肌に歯を立てることは出来ず、舐めたり吸ったりするばかりだった。軽く揉みほぐそうとして、いやらしくない動きで肩に触れると何故だか一番敏感に反応された。

 僕らはみんな死んでいく。痩せて小さくなって消えていく。忘れられる前に覚えてさえもらえなくて、自分がいなくなった穴はすぐに誰かに埋められる。

 その店のある場所は繁華街ではない。売春窟ではない。大都会の中にありながら前世紀に取り残されているような、あと数年経てば解体されるであろう古ぼけたビルに、客など月に数人しか来ることのなさそうな法律事務所なんかと同居している。一番安い女は五千円で買える。訳ありの、病気持ちの、年寄りの、精神に異常をきたしているの、自暴自棄なの、といった女達と出会え、簡単にセックスが出来る。紹介所のすぐ横の空き部屋で、同フロア内にある男女兼用のトイレで、シートを被って屋上で。
 馴染みの客には吠えないミニチュアダックスフンドのガダに迎えられる。互いの顔を舐め合っているうちに受付に背の高い老人が現れ、今すぐ抱ける女のパネルを示す。好きな女に似た顔を探す。現在二十一名の女達に惚れているので選択肢がゼロという心配はない。
 化粧っけのない、死んだ目をした女を指名し、僕は隣の部屋でセックスを待つ。マットの破れ目が目立つ黒くて硬いベッドはスプリングが効いていなかった。

「B型、蟹座」
「O型、天秤座」
 腰を振ることに疲れたので一旦休息し、なるべくどうでもいい言葉を交わす。血液型にも星座にも興味はない。ペニスは長いのが好みと聞いて少しへこむ。まだ何を切るにも使ったことのないナイフが鞄の中で眠っている。
「この国では売春婦が殺されても警察はまともに捜査してくれないんだ。年間行方不明者の半数は彼女達なんだって」
「知ってるよ。この店の子だって何人か」

 本当に好きな人を抱けない憂さ晴らしに女を買い漁り、借金ばかりが増えていく。安い方へ安い方へと流れていき、惰性となったセックスに快楽はほとんど含まれていない。

「首絞めていい?」
「何でも質問調で話すのは会話が下手な人の癖だよね」
「絞めるよ」
「うん」

 三年どころか、半日で消えそうな絞首跡がついた彼女と部屋を出る。エレベーターまでの僅かな間、この日初めて手を握る。その日行ったどの行為よりもそれは拙くて何でもないことのはずなのに、何よりも心が騒いだ。
「ばいばい」
「またね」
 次の逢瀬を約束した女と再び会うことは少ない。いなくなってしまうから、顔や名前を忘れてしまうから、違う人を抱きたくなるから。
 さっきまで手のひらにあったはずの、人の首を絞めた感触は、数秒間握った女の手のぬくもりに上書きされてしまっていた。

(了)
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