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第一話 ひどい不運

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 首を括りたい。最近無性にそう感じる。別に莫大な借金があるわけでもないのに何故かそう感じる。
 これは何かの精神病なのだろうかと僕は電車の中で反芻した。
  そんなことを考えているうちに電車は僕の最寄り駅の一つ前の駅に着いて、今日も機械のように毎日の作業をこなした人々が入ってくる。
 ただでさえ、混んでいるので一人一人が確保できる場所はさらに狭くなる。全く、嘆かわしい事だ。大体隣には一杯飲んできたのだろう、酒臭い酔っぱらった親父がいて迷惑しているのにさらに狭くなるとは。僕の前にも制服を着た二人の男女が陣取った。
 
 今、僕の視界には世の中で五指に入る不愉快な事象が目に入っている。それは年頃の男女が仲睦まじくしている事である。いや、もちろん嫉妬しているわけではない。そんな単純な話ではないのだ。彼らは制服を着ており、明らかに中学生あるいは高校生である。それならば、学業に励む事が当然ではないのか。しかも、ここは電車内である。公共の場所である。
 何も、僕は恋愛全てを否定するわけではないのだ。ただしかし、節度を持ってほしい。それだけだ。ようするにこんな人前で、いちゃいちゃするなってことだ馬鹿やろう。
 彼らのような浅薄な若者が増えているから、やれゆとり世代だ。などと人生の折り返し地点を過ぎたような人々に僕のようなまじめな若者までもが侮蔑されるのだ。若者いじめはいつの時代も年寄りの趣味である事は確かだが、最近はますます顕著になっている気がするのだ。しかも彼らは金髪で制服を着崩している、おそらくは世間で言うところのヤンキーという奴なのだろう。全く、彼らのような人間と十把一絡げにされることは僕にとって甚だ迷惑千万だ。

 このような思案を脳内で繰り広げていると、突然目の前の男が声を出した。
「なあ、おまえ俺らみてたろ」
 俺はすぐに反応できなかったが、やがてその問いが俺に投げかられているのを理解したどたどしくこう言った。
「い、いえそんなことはないです」
 しかし、そんな誠意ある弁解も意を解さず男は少し怒気を強めて言った。
「ああ、嘘つくんじゃねえよ。見てたろ」
 そうはいっても見ていないものは見ていないのだからしょうがない。
「考え事をずっとしていたんですよ。目線はそちらに行ったかもしれませんが、わざとではありません」
 しばらく、そんな水掛け論の押し問答を続けていると乗客の注目が集まってきた。このようなことに僕は不慣れである。無用なストレスがたまってくる。
 
 やがて何を思ったのだろうか例の酔っぱらいサラリーマンが陽気に笑いながら口を挟んできた。
「兄ちゃんよう、許してやれよ。この人はアベックが羨ましいんだよ。そこの姉ちゃんが気に入ったんじゃないのか」
 僕の頭の中に大量の疑問符が並んだ。この男は一体どこからそのような結論を導きだしたのだろうか?酔っぱらいは脳が麻痺しているのだから口を出すな!

 この軽い発せられたであろう酔っぱらいの一言がヤンキーの逆鱗に触れたらしい。
「は、てめえおれのここに手を出す気か」
 僕はその時理解できなかったが、ここというのはどうやら名前だったようだ。漢字は分からない。とにもかくにも平身低頭で謝ったが、それでも怒りは収まらなかった。
 あげくの果てには僕にさっきとは別の意味で手を出しそうになったが、さすがに彼女が止めた。

 そんなこんなで僕は自分の不幸さ加減に舌打ちを思わずしかけた。ちょうどその時、都合の良い事に電車が駅に着いた。この不毛な泥沼の言い争いから抜け出す好機を得た僕はこう宣言した。
「あの、ここで僕は降ります。じゃあ、さようなら」
 そして群衆をかけ分けて脱出口へと邁進した。僕は逃げるように車内から出た。ドアが閉まる。振り返ると件の男がこちらを睨んできていた。さすがに追いかけては来ないようだ。
 小さくため息をついて勘違いほど、ばかばかしく迷惑なものはないだろうな。と僕は思った。そして家へと向かってとぼとぼと歩き出す。
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