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3 ポリスとこそ泥

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 朝、ラモンが起きると外でなにやら奇怪な音がする。見ると昨日テレビに出ていたテロリストの少女が発狂したようにタライを水袋で殴打し、それを機械で増幅して大音量にし、近所に垂れ流しているようだ。無関心だった住民もこれには激怒しているようで、彼女を囲んで罵声を発しているがほとんどかき消されている。まだいきなりぶん殴るところまでこの都市の住民もラジカルになってはいないのか、とラモンは思った。
 下に行くと少女は自主制作のレコードを売ろうとしているようだが、住民は当然ながらまったく買っていなかった。
 ディジーは先ほどの音楽でまた苦痛の許容ラインを超えてしまったらしく、金切り声を発したままだった。
「それはいくらで売ってるんだ」ラモンが聞いた。
「八千単位です」少女が答える。
「ただにしてくれ」
「それはできかねますね」
「俺は再生機を持ってないから、買ってもどうせ聞かないんだし、じゃあそうだな、五百単位くらいで良くはないか」
「だめです」
「そうか」
 ラモンは部屋に戻った。
 しばらくしてから下を見ると、少女が売れ残りのレコードを地面に叩きつけて破壊していた。

 魔女組合が壊滅し月も落ちたために都市は魔術的脅威に晒された。外部からの呪い、幻影獣の侵入、原因不明の病の蔓延、無気力、不眠、異様な不運など。怠惰の魔術は解除されたが非常に深刻な状態だった。
 そこで外部から専門の傭兵を雇い入れることとなった。
 彼らは礼儀正しかったし、豪快に金を使うので景気も良くなったが、スリや盗賊を容赦なく殺害するので、そういった小悪党が、自分たちにも人権はあるぞ、と声を上げ、魔女組合の生き残りと結託し新たな組合を結成した。これがこの後千年に渡って都市の裏側で暗躍した盗賊組合の興りである。

 ある日ラモンが公園に行くと、見知らぬ銀髪の少年がボーっと立っていたが、彼はラモンを認めると「ああ、先生じゃないですか」と声をかけてきた。
「誰だあんた」
「ぼくだよ、ヘル」
「ヘル? ヘルは角が生えてたぞ」
「あれは仮面だって。今日は暑いから外してるんですよ」
「そういう、暑いとか寒いとかいう理由で外していいもんなのか?」
「その辺はぼくの自由でしょう。それより、今日もなにか描くんですか」
「いや別に。ディジーがカビ臭くなってきたから天日干しするために来たのだ」
 ディジーは不快感が高まっているのか呻いている。
「あがが……や、やつらがやって来る。災厄が。あがが」
「ひでえもんだな」
 そのとき公園にやかましい集団がやって来た。
 真鍮の蒸気銃や、大剣で武装した傭兵団だった。一様に臙脂色の外套を纏っている。後からはガチャガチャと音を立てて、三メートル程の蒸気クグツ〈ストゥージー〉がやって来る。
 どうやらそこらの荒くれ者ではなく、どこぞの軍隊か、魔女狩り師上がりらしかった。
 彼らが追いかけているのは青く透き通った幻影獣である。そいつは巨大なネズミの形をしていた。普通の武器では幽霊のように手ごたえがなく、傷つけられないので、おそらく傭兵たちのそれは魔術儀礼をほどこした装備だろう。
 一人がネズミを撃った。青白い飛沫が飛んだ。
 そこにもう一人が剣で切りつけ、透明の獣は四散した。
 大掛かりな割にはたいしたことなかったなとラモンは思った。傭兵たちは来たときと同じく、どたどたと出て行った。

 傭兵たちと都市当局はテロリストの少女アンナを指名手配した。街中に彼女のポスターが貼られている。その賞金額は彼女が提示した都市の身代金と同じく、百万単位だった。
 ラモンはテレビのニュースを見ながら数日前の、拾った新聞を読んでいた。テレビは下にぶん投げた際壊れたらしく、ニュースキャスターの顔は緑一色の上ヒビが入っている。
「先生、今日は外出しないの」とディジーが言った。
「外が騒がしいから行かないよ。傭兵たちが多くてうっとうしいもんだ。幻影獣はそう悪さをするってわけじゃないんだけどな。触ると冷たいから夏は役立つし。近づくと頭は痛くなるし運も下がるが、俺には関係ない話だし……」
 ドアを乱暴に叩く音がした。ついに隣人がじかに殴りこんできたのか、とラモンはナイフを手にドアに向かって、「開いてるよ」と叫ぶ。
 ドアを蹴り開けて、黒服の女が入ってきた。魔女だとラモンは思った――腰に触媒の杖が差してあった。右目には大きな傷跡がある。残った左目には青黒いアイシャドウを施している。皮膚は異様に白かった。女はドアを閉めると居間に入ってきて、
「おたく医者か? ちょっと追われてんだ、かくまってくんねえ?」
「部屋がぶっ壊れないなら別に構わんが」
 と、ラモンが言ったとたんドアが吹き飛んだ。
「うああがが」ディジーが叫んだ。
 臙脂色の外套の傭兵たちが入ってきて女に向かって銃を撃ちまくった。
 彼女は吹き飛び、テレビに激突した。
 画面の色が一瞬正常に戻って、暗転した。
「おい、部屋を破壊するなら出て行ってもらうぞ」
「もうじき確保できますので」傭兵の一人が言った。
 次の瞬間彼は白い灰になっていた。
 致命傷を受けてはいなかった女が腰の杖を抜き、魔術を発動させ、傭兵の肉体に大量の燃素を生成し、一気に解放したのだった。
 一呼吸する間にすべての傭兵が燃え尽きた。床板には、ひとつの焦げ跡もなかった。
「どうだい先生、あたしの仕事は丁寧だろ? こいつらとは違」魔女は窓をぶち抜いて入ってきた拳に吹き飛ばされた。
 蒸気クグツが外から攻撃したのだった。
 魔女は壁を蹴って、外に飛び出していった。
 なにやら嫌な予感がしたのでラモンは呻くディジーを抱え、部屋を出た。
 その直後、部屋は吹き飛んだ。瓦礫とともに吹っ飛ばされながらラモンは、隣人が巻き込まれて死なないだろうかと期待した。
 その通りになった。
 
3

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