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第4章より
3:アマデウス・バルトロ
レーヴェ連合王国出身、オスマルク魔術大学卒業。
帝国学派との激しい争いに巻き込まれた有力な魔法学者の一人として有名である。
中でも帝国学派内最右派「モンスルイユ党」との戦いは熾烈であり、これは様々な形で芸術作品の中に残されている。
文豪ド・メルユの「吹けよ漆黒の風」などは読者諸賢も聞いたことがあろう。何度も舞台化、映画化されている名作である。
この「吹けよ漆黒の風」では甲暦1723年10月、モンスルイユ党員ヘクター・ラヴェルとの高楼上の決闘がラストシーンとなっている。
果たしてこれは実際にあったことらしく、バルトロ本人の手記にも詳細に記載されているのだ。
以下はその抜粋である。(以下段組みなどは原文に準拠する)
『枯れ草の覆う地で、ただ朽ちていく荒城があった。静寂がその場を包み、時の存在をぼやけさせる。
幾度となく過ぎ去った四季は、もはやこの城も自然の一部と認めたのだろうか、移り行く姿を色濃く投影させていた。
高い薄青の空は、うっすらとした雲のヴェールをまとい、すすきの群れをなびかせる風は、冷たく、また鋭い。
秋風に晒されたのは城の屋上もまた同様である。
吹き抜ける風のなか、その屋上で私はある壮年の魔術師と相対していた。
彼は、いくつもの布が代わる代わる織り込まれている法衣――「リアクティブ・アーマー」に身を包み、底の見えない不気味な笑みを浮かべている。
この男こそ、モンスルイユ党の構成員、「死神のラッパ」ことヘクター・ラヴェルその人だ。
正式な決闘の書状に基づき、この場所に私を呼び出した者でもある。
「アマデウス、分かっているのだろうな? 我々に歯向かう事の意味が、死ということを」
彼は唇をめくり上げるようにして、いよいよ笑みを深めながら私に問うてきた。
私は平静を装いて問い返す。
「ラヴェル、貴様こそ……分かっているのか?」
「何がだ?」
「死、の意味を」
「わけの分からんやつだ……最後までな」
言い放つや、ラヴェルの手が燐光を帯びた。
瞬時にその光は肥大化し、球体のように盛り上がったと思うと、私に向けて一気に開放される。
関を切ったようにあふれ出す数条の稲妻は、収束するとともに周りの空間もろとも私を押しつぶさんとした。
城楼に激突した雷光からは火花と煙が竜巻の如くに巻き起こり、劣化した石畳を瓦礫にして宙にばら撒いた。
その衝撃波は朽ち行く古城を土台から揺さぶるほどの破壊力で屋上から地下牢までを貫き、砂塵と音響を残して消滅する。
大鐘が打ち鳴らされた後のような心地よい余韻から、標的の消滅を確信したのだろうラヴェルは頬を歪めた。
――その表情は私の浮かべていたものと鏡写しであった。
突然後ろから押されたような感覚にラヴェルはよろめいた。自らの胸を見て、悦に入ったたわみを恐怖の緊迫に変貌させただろう。
なぜなら、リアクティブアーマーを貫いて、一本の長槍が突き出ていたのだ。
「なッ……!?」
赤くぬめった刃を伝い、血がぽたぽたと足元に落ちる。
「――これが、それだ」
何のことはない。ラヴェルは力押しで何とかなると思い込んだのだ。自らの恃むところである大規模雷撃魔法。それで私を押しつぶせると確信していたのである。
衝撃による魔力場の歪みを利用し、短距離転送をする可能性など彼の頭にはかけらも浮かんでいなかったに違いない。
また、彼の自信の一端を担っていたであろうその法衣であるが――確かに魔力攻撃への即時性は高い。
しかしながら、単なる物理的衝撃に対してはあのとおりただの布キレになってしまうものなのだ。
まさか、短距離転送を双方向利用し、落ちていた朽ち槍を投げて使うとはゆめ思うまい。
ラヴェルは、力なくひざを折った。流れ出す血は槍を伝い、既に大きな血溜りを作り出している。
だらりと下げた手は電流の残滓で弱々しく痙攣しているが、垂れた頭からは既に呼吸が消え去っていた。
もうここに残っている必要もなかろう。
私は静かにに背をむけると、着ていたマントを依代に大鴉を召喚する。
先ほどまで吹いていた風はひたと止み、静謐を荒れ野にもたらしていた』
王国学派の得意としていた転送魔法を実践利用した好例である。
このころには既にプリセット・スペルが可能な杖や指輪などが登場していたため、このようなスピーディな戦闘も可能となっていた。
杖の描写がないのは、おそらく二人とも当時流行の指輪か篭手での魔力操作を好んでいたからであろう。
また、この決闘におけるラヴェルの敗北が、魔術師の防護装備への関心を高めたのは言うまでもない。