「さようならー」
学校からの帰り道、おもむろに木にむかって挨拶をするのは神木慎吾(かみきしんご)高校一年生だ。
実はこれは木に挨拶をしているのではない。普通の人には見えない人に話しかけているのだ。簡単に言ってしまえば幽霊やお化けの類である。
昔から慎吾にはそういった類のものが見える。そのせいで、気持ち悪がられ、慎吾の周りには人が寄らなくなってしまった。もちろん友達などいない。
「あんた……だれにあいさつしてんのよ」
あきれた顔でそういうのは、慎吾のクラスメイト、遠沢 麗(とおさわれい)だ。
同じクラスメイトながら、慎吾は彼女の容姿をしっかりと見たのは今回が初めてだ。肩までかかったサラサラとした髪に、そこそこいいスタイルで。顔は小顔で、大きな瞳を細めてこちらを見つめている。
慎吾が見とれていると麗は眉間にしわを寄せ、続けた。
「ねぇ……聞いてんの?」
「え、あ、はい!?」
「いつも誰に挨拶してんの? あんた」
そう聞かれたが、今の高校に入ってから一度も学校の生徒と会話をしたことが無い慎吾は、コミュニケーション能力が低下しているため、言葉に詰まる。ましてや、誰に挨拶してんの、なんて話題なので余計にだ。
少し考えた後、慎吾は口を開く。
「えー……っとぉ、ですね。多分幽……霊?」
そう慎吾が言うと、麗の顔がだんだん険しくなる。
「あんたそれ真面目に言ってるわけ?」
「いや、真面目って言うか事実です」
「ふーん……。すごいわねー」
麗は棒読みでそう吐き捨てると帰っていってしまった。
慎吾は早足で帰って行く麗の姿をしばらく眺めていた。
「なんなんだよ……。痛い奴みたいな言い方しやがって」
慎吾はため息をひとつつくと、とぼとぼと歩き出した。
*** ↓更新したお
慎吾は誰もいない家に着くと、殺風景でどことなく寂しい自分の部屋に駆け込んだ。そして、パソコンのスイッチを入れた。すごく手馴れた手つきである。
慎吾、次はベッドに向かって話しかける。
「なぁー……」
これももちろんベッドに話しかけているわけではない。ベッドの上にいる幽霊に話しかけているのだ。
「んー? なに?」
普通の人には聞こえるはずも無い返事が部屋に響き渡る。
その声の主は、ベッドの上の幽霊である。
ベッドの上の幽霊は、慎吾と同じ高校生くらいの外見をしている。短く整った爽やかな髪と、高い身長。おまけに顔もそこそこのイケメンときたものだ。
最初に彼と慎吾が出会ったとき、それが慎吾が初めて自分の能力、すなわち幽霊を見ることができる力に気づいた瞬間であった。
彼と慎吾が出会ったのは五年前。慎吾が小学生のときである。慎吾が学校から帰ってくると、何事も無かったかのように慎吾の部屋のベッドに座っていたのだ。当時小学生だった慎吾から見ると、ものすごく大きく、まるで大人と子供。そんな大人のような人が自分のベッドの上にいるのにも関わらず、慎吾も何事もなかったかのように会話をし、いつのまにかそれが普通になっていたのだ。
慎吾はパソコンをいじりながら言う。
「実喜太は生前友達いたのか?」
実喜太(みきた)。ベッドの上の彼の名前だ。
慎吾は悩み事や相談したいことがあるとき、いつも実喜太に相談している。
「そりゃぁいたさ」
実喜太は空を見ながらサラッと答える。
「そうだよな……。普通は」
慎吾の動きが止まる。
「え?! どうしたんだ慎吾? おまえもしかして友達……いないのか?」
実喜太は、少しつりあがった目を見開く。
「中学校からずっといねーよ」
慎吾がぶっきらぼうに言う。
「なんでいままで相談しなかった?」
「だ、だって……なんか恥ずかしいだろ!」
慎吾の顔に少し朱が差す。
「はぁ……あのなぁー。そういう問題は早めに相談するべきだろうが。まぁいい。まずは挨拶からやってみろ」
「挨拶? それだけでいいのか!?」
「まぁ最初はな」
実喜太は得意げにそう言う。
「わ、わかった。明日から挨拶してみるわ」
「おう! がんばれよ」