2011/05/24
この国では高校生になると命懸けのゲームに参加しなければならず、もちろんそんな面白そうなものに僕も参加せねばならなかった。ゲームは一次と二次に分かれていて、一次では参加者が百人から十人に間引きされるらしいが僕は何かの特権を使って二次から参加する次第となった。海緑色のコンクリートで造られた暗く狭い通路から押し出されるように、黄色と黒で交互に塗られたシャッターで閉ざされた部屋に着いた。
部屋はフェンスによって二つに分けられており、フェンスの向こう側は別の通路からやって来た女子高生が百人すし詰めになっていた。制服の子もいれば、私服の子もいた。一方こちら側は一次を勝ち抜いてきた高校生たちがいて、全員男子で学ランを着ていた(おそらく一次は肉体的なゲームだったのだろう)。僕たちは明らかに十人ではなかったから、このゲームの主催者はけっこういい加減なところがあるなと思った。生き残りの中に友達を発見したので、二次が始まるまで話をして時間を潰した。二次は鬼ごっこで、向こう側の女子百人からシャッターの奥に設けられたステージの中で三十分間逃げ回ればクリアらしかった。
赤ランプがけたたましく鳴り、シャッターが開き、参加者たちが出荷された。できる限り遠くまで行こうと飛び出すと、薄もやの中に体育館のような建物が針葉樹林に囲まれているのが見えた。鬼たちが出荷された足音。体育館と針葉樹林の間隔はせいぜい十メートルといったところで、追跡をUターンでかわそうとするものなら、すぐ別の鬼に捕えられてしまうだろうという想像はついた。このステージはあまりにも狭すぎると気付いたのは隅っこに追いやられてしまってからだった。
結局参加者は全員捕まり、処分されることとなった。鬼役の女子たちがどうなったかは知らない。
気付くと見たことある風景の中に自分がいた。さっきと同じシャッター部屋の中、フェンスの向こうに顔は違えど女子百人、こちら側には僕と新しい参加者たちが収まっていた。今度は参加者の中に友達を見つけることはなかった。
そしてまたシャッターが開き、僕たちは再び出荷された。見渡せば真ん中には体育館、外部への逃走を拒むようにそびえ立つ樹木たち。ステージが使い回しであることを確認して、僕は諦めて体育館の犬走りに腰を下ろした。解き放たれた鬼たちは放射状に散らばり、当然のごとくこちらにも数人やってきた。先頭のジャージを着た女の子が、少し足を前に出して手を伸ばせば僕を捕まえられる位置まで来ていた。ただ、うろたえの目が僕の了解を欲する色を帯びて彼女を立ち止まらせていた。僕は目を逸らすように仰向けに倒れて、後頭部からの冷たい感触により冴えた目で空虚な空間を見つめていた。
参加者は捕まり、ゲームは終わりを迎えた。僕を捕えたのは別の女の子だった。処分される前に一つ疑問が浮かんだのだが、このゲームに参加賞はあるのだろうか。そんなことを思いながら夢の中の僕の意識は途絶え、現実に戻ってきた。
頭は鉛の詰まったように鈍いが、夢の内容を忘れてしまわないうちにパソコンのテキストに書く。まだ眠たいので二度寝を図り、もう一度夢の世界へ舵を向ける。
電気の付いていないコンビニの中にいた。窓の外を覗くと、大きな工場の放つ控えめな光が漂っていた。ここから脱出しようと目論むも、どうやら自動ドアに電気が通ってないらしい。二枚のガラスに行く手を阻まれ、仕方なく冷蔵棚にあった缶コーヒー(なぜかよく冷えていた)を飲みながら店内を歩きまわると、床に放置された自転車を発見した。なるほどと思い自転車を漕ぎまくると、店内の電源が復旧したので、そのまま自転車に乗って外に出ることができた。
そこは高層ビルが夜空を突き刺し、その傷口から紫色のもやが零れ落ちてくる死の街だった。街灯の赤を頼りに二車線道路を滑って行くと、左側に天空の城ラピュタに出てくるロボットがいっぱい立っているのが目に入った。襲いかかられたりはしないだろうかと不安に思ったが、どうやら停止しているらしく害はないようだった。
自転車を漕いでいると廃墟は背後に消失し、目の前に芝の生えた、果てのないほどに広々とした公園(愛媛県の松山城のふもとにある堀之内公園に雰囲気が酷似している。それを無限大に広くしたような公園)が横たわっていた。ひび割れた木の下に自転車を停めて土の道を歩き出すと、茂みの中から薄紫がかった体長三十センチほどの蟹が現れた。蟹はその体に張り付いた不釣り合いな分厚い唇をしきりに揺らし、僕に対する罵倒の言葉を吐き出し続けた。無視して先に進もうとするが、いくら歩いても僕から見た蟹の位置は固定されたままで、風景の上を流れるばかりだった。当然悪口の絶え間はなく、うんざりしてきたのでさっきのコンビニからついでに持ってきた缶コーヒー(これもなぜかよく冷えていた)を与えたところ、幾分か大人しくなった。
蟹のことに気を取られすぎていたので、いつのまにか人だかりの中に紛れ込んでいることに気付くのは難しかった。捻くれ者や感受性の強すぎる人を除き、人々は一様に同じ方向を向いて何かを待っていた。蟹のように人波を横に抜けて何があるのか確かめてみると、ステージこそ無いもののマイクを持った女性とバックバンドが草の中から飛び出ていて、これから演奏が始まるであろうことが想像できた。
やがて期待通り、歌声と打楽器と弦楽器の音が合わさって両耳に飛び込んできた。僕の気分はすぐさま高揚し、その音楽に身を委ねる前に重力を失った(夢の中で音楽が聞こえてくると、どんな音楽であれ自分の場合いつもこうなる)。捻くれ者と感受性の強すぎる人を置き去りに、空間の中で集団は個人へと解体され、個人は個人との共振を味わっていた。
無軌道に成長した髪の毛の持ち主、眼鏡をかけたシンガーが最後にこう言ったのが聞こえた。
「何か叫べ! 自分の苗字とかでも!」
僕は僅かに残った意識の中で、辛うじて言葉を組み立てて叫んだ。
「綿菓子!」(どうやらこれがこの夢の中での自分の苗字らしい。)
現実に戻り、パソコンに向かう。一つ理解したのは、一日に二回も夢について書くのは面倒臭いということで、二度寝はできる限りしない方針でいきたいと思った。