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2-6 The enemy of the enemy of the ally of justice

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「しかし、あれだな……疲れた。全員少休止。『ウォッチャー』、見張りしとけ」
『ファング』は気だるそうに言い、よっこいしょと言いながらその場に座り込んで、防護服の下のアンダーウェアを引っ張りだして血に塗れた顔を拭った。
 体から滲んでいた殺気もすっかり収まっている。おっさん臭いため息を吐く姿は、ついさっき怪人の目に銃剣を刺した男とはとても思えない。
「ぶはぁぁ……全く、もう少し早く来てくれても良かったんじゃねぇのか、『ファング』さんよぉ。こっちゃ散々クッソ重いもん振り回して疲れてたんだぜ?」
『バスター』が悪態をつきながら『ファング』に続いて沈み込むように座る。確殺の為に鉄扉を何度も打ち下ろした事もあってか、疲労はピークに達しているようだ。顔中から汗が吹き出ている。
「すまんすまん、様子見に一発突いたら予想以上に硬かったんでな。貫くイメージに時間がかかったんだ」
「ま、俺がサポートしてなかったら刺さって無かったけどねー、アレ」
 近くにあったオフィスチェアを引っ張り、『ブレット』は背もたれを前にして座った。言いながら外した眼鏡に息を吹きかけ、ウェストバッグから眼鏡ケースを取り出した。
 仕事が少なかったせいもあって全然疲れていない様子だ。少なくとも表面上は。
「いーや刺さってたな。ありゃ一人でも絶対ブッスリ刺さってた。俺のイメージではそうだった」
「いやー刺さって無かったでしょー。て言うか一人で刺さったら俺の出番無いじゃん?」
「あのー……指揮権は今俺にあるんじゃ……」
 言い争いする二人に、未だ倒れたままの『ウォッチャー』が口を出した。
「剥奪だそんなもん」
『ファング』はあっさりと指揮権を取り戻した。
 ……そんなにコロコロと変えていいのだろうか、指揮官と言うものは。
「えぇ……いや、動けないので見張りができないんすけど」
 そこでようやく、この場にいる全員が『ウォッチャー』が怪我をしていた事を思い出した。俺を含む。
「あ、そう言えばお前怪我してたんだったか。まあみんな疲れてるんだし。頑張れー」
 椅子を回転させながら言う『ブレット』。汗の一つも流していないが、『ウォッチャー』には見えていないだろう。
「アバラの一本や二本にヒビが入った程度でぴーぴー言ってんじゃねーよ全く。んなもん怪我の内にも入らねぇぞ」
『バスター』は平然と言うが、普通人間はアバラにヒビが入ったら痛みで呼吸すら難しいものだが。
 ……本当は改造されてるんじゃないのか、こいつは。

 大型怪人を人間四人で(実質三人だ)倒すのは、不可能だ。断言できる。
 と、言う俺の見解が、今日変えられた。正義の味方の手によって。
 俄然興味が沸いてきた。その強さに、その正体に。
 そして何より、前から聞きたい事があったのだ。正義の味方に。

 壁を背に考えていると、突然『ファング』に話しかけられた。
「そうだ、兄ちゃんここの職員か? 生き残りみたいだが……あの怪物は何だ? どうしてアンタらを襲っていた?」
 銃剣は構えていないし殺気も出ていない。だが、質問と言うよりは尋問に近い態度だ。
 ……どうやら、まだ色々と勘違いしているようだ。
「俺はここの職員じゃねーよ。まあ、ここにちょっと用があってな。コソ泥みたいなもんだ」
 コソ泥と言うよりは連続強盗殺人犯(それもかなりの猟奇的で質の悪いタイプの)だが、嫌いな奴相手にあまり警戒させる事もないだろう。
「ふーん、泥棒ね……て言うかどうすんの『ファング』、一応これ極秘任務だよね。一般人……かどうかは知らないけど、知られたからにはそのまま返すわけにはいかないんじゃないの?」
 椅子で高速回転しながら言う『ブレット』の声に、焦った色は全く見えなかった。
 逃げられるとは思っていないし、抵抗しても問題はない。そんな風に俺を見ている。
「つったって、『だから殺す、バーン!』 『HAHAHA、こりゃしばらくケチャップはいらねーな!』 ってわけにもいかねーだろ」
「っすね。終わるまで同行してもらうしか……」
『バスター』も『ウォッチャー』も大事とは捉えていない。
 丁度俺がこいつらを舐めていたように、こいつらも俺の事を舐めている。
 実際問題、こいつらの腕なら負傷していても戦闘員の一人くらいは問題にしないだろう。
「そう言うわけだ。悪いがしばらく一緒にいて貰いたい。おとなしくしていれば警察に突き出すこともしないし、口止め料も払おう。悪い話では無いと思うが」
 その提案に、俺はひとまず乗る事にした。
 ここで事を荒立てるつもりもないし、聞きたいことも色々あるからな。

 隊列を組む四人の間に俺が入り、奥へと進む。
「怪我は大丈夫か?」
『ファング』が俺に尋ねる。
「いやー、あまり大丈夫じゃないっすね」
『バスター』に背負われた『ウォッチャー』がそれに答えた。
「お前じゃない」
「お前じゃないよ」
「お前じゃねぇ」
「はい……」
 不憫だ。少しは心配してやれよ。
『ウォッチャー』はさっきの戦いではあまり活躍できなかった。
 年齢とコードネームと扱いを見るに、それほどでも無さそうだが……やはり人間離れした戦闘力を持っているのだろうか。
 こいつらを見かけで判断してはいけないのは承知だ。変な先入観は捨てておく。
 別に戦うつもりは無いが、敵対しないとも限らないからな。
「俺は大丈夫だ。気にしなくていい」
「と言っても随分血塗れだよ」
「大方、化け物に殺られた奴らの血だろ。ったく、驚いたぜ……潜入したら中は死体だらけだしよぉ」
「しかもその死体、顔が吹き飛んでたりぐちゃぐちゃに潰れてたり左右に引きちぎられたりしてたっすからね……どこのホラー映画かと」
 ……それをやったのはさっきの怪人ではないが、黙っておく。
「人間業じゃないとは思っていたが、まさか本当にあんな化け物がいるとはな。随分肝を冷やした」
「あ、やっぱ『ファング』もビビってたんだ。俺もいつ帰ろうかと思ってたんだよ」
「俺もだ。とっとと逃げちまおうぜと思ってたら、どっかのバカは怪我するし『ファング』は突撃しだすしよぉ……ま、ぶっ殺すのには成功したんだ、契約料上乗せしてもらうっきゃねーな」
「ノリノリだったじゃないっすか……」
「降ろすぞ」
「何でもないっす」
 ……緊張感のない奴らだ。

 一行の歩みはドアの前で止まった。
「『危険 一般職員立ち入り禁止』、だとさ」
 先頭の『ブレット』がドアの張り紙を読み上げる。
「さっきみてーな化け物がまた出てきたらどうするよ、『ファング』?」
「一応、倒せないことは無いが……怪我人と同行者がいる。戦闘はできるだけ避けたいな」
「もう勘弁っすよ、あんなのは……」
「この扉なら化け物は潜れないだろう。壊すにしても、こちらが逃げる時間はある。最悪、俺が囮になるさ」
 それを聞いた『ブレット』がドアノブに手を触れる。カギはかかっていなかった。
 悪の組織のアジト内にある立ち入り禁止のドア。それにカギがついている事は案外少ない。
 そこで働いている者ならその部屋がどれほど危険なのかは知っているし、入っても平気な奴にはカギなど無意味だからだ。
 この部屋は、つまりそういう事だ。
『ブレット』が、中を確認する。
「……人はいない。だけど……」
 ゆっくりと入っていく『ブレット』。
 それに続いて俺達も部屋に進入する。奥には橙色の円柱が二つ並んでいる。
 中央まで進んだところで、俺以外の全員が息を飲んだ。
 部屋には、いくつかの機械。それからコードが何本も伸びている。その先を辿ると、別の機械の大型カプセルに繋がっている。
 そしてそのカプセルはオレンジ色の培養液で満たされていて……

 と、ここまで言えばもう予想はつくだろう。
 中には、人ならざるものが眠っていたのだ。

「ここで、あの化け物を作っていたのか……」
 カプセルは2つ。中に入った怪人は先程の大型怪人よりは小型だが、それでも『バスター』より大きかった。
「こりゃ、よっぽど頭がおかしい奴がいるとしか考えられねぇな」
「どうする『ファング』? 動いていない今の内に殺しておいた方がいいんじゃない?」
「こういうのって絶対、帰ろうとするとカプセル割って飛び出てくるっすよ……」
「……下手に刺激するのも危ない。俺が見張っておくから先にこの部屋から出るんだ」
 妥当な判断だ。やはり普通に指揮もできるようだ。
「了解だ」
「りょーかい」
「了解っす」
 俺も頷いた。踵を返して、俺達は入り口に向かおうとする。
 その入り口に、人が立っていた。
 すぐさま『ブレット』が銃を構える。
 続けて『バスター』が『ウォッチャー』を降ろし、前に立ち塞がった。
「おお、怖い怖い。勘弁して下さいよ」
 聞き覚えのある声。そう、鼻につく嫌らしい声だ。
「……研究員?」
 入り口にいたのは、先ほど俺に命乞いをした研究員だった。
 小便を漏らしそうだった表情が一変、余裕に満ちたにやけ面をしている。
「いやいやまさか、うちの戦闘員を全滅させた上に大型怪人まで倒してしまうとは……恐ろしい限りです」
「……? なんか、微妙に勘違いしてないっすか、あの人?」
「暴走したんじゃなかったのかよ、さっきのが」
「……で、何? 戦うの? 化け物に変身でもするの?」
『ブレット』は銃を構えながら問いかけた。
 こいつの腕なら、この距離でも研究者の頭を一発でぶち抜くことなど造作も無いだろう。
 研究員は手を挙げて首を振る。
「いやいや、私は何もしませんよ……ただ」
 後ろで、パリンと不吉な音がした。
 振り向くと案の定、怪人が二体ガラスを突き破り、オレンジ色の液体を滴らせて地上へと降り立った。
 相対している『ファング』が叫ぶ。
「こっちは任せろ! 早く脱出を!」
 それを聞いた『ブレット』が、躊躇う事無く引き金を引いた。
 銃弾は真っ直ぐ研究員の眉間に伸び、見事――
「この子たちが、仲間を殺されて悔しいって言うんでね」
 ――扉から出てきた、もう一体の怪人。その掌に命中した。

「『ファング』、ちょっとやばいかも。囲まれた」
「糞ったれ、入り口にももう一体だ!」
「どうすんっすか! 絶対絶命っすよ!」
「そうか、それは……まずいな」
 研究員を守る怪人はその場を動かずに背後のニ体が歩み寄ってきて、俺達を中心とした三角形は徐々に小さくなる。
 さっきの怪人より小型とは言え、三体に囲まれると状況はかなり絶望的だ。
「『ファング』が入り口を突破するしかないんじゃない?」
「俺と『ファング』は一対一でそこそこやれるかもしれんが……お前と『ウォッチャー』は無理だ。死ぬぜ」
「そっか。もう『ウォッチャー』を後ろの二匹に食わせて正面突破でいいんじゃないかな」
「ちょ、止めて下さいよ! マジで勘弁して下さい!」
「冗談だよ」
 本当に冗談だろうか。
「……仕方がない。俺が後ろの二匹を倒す。お前等は前のをどうにか凌いでくれ」
「深追いすんな『ファング』! 俺達でどうにか前のを殺す! お前は引きつけるだけでいい!」
「この状況で二体を引きつけるのだって無理だよ。俺は大丈夫だ、一人一殺でいこう」
「指揮官は俺だ。……返事は?」
「……ああ、了解だ」
「わーったよ! 勝算はあるんだろうなぁ!?」
「……了解っす。俺も銃を撃つくらいなら……」
「よし。……全員、生きて帰るぞ」
「異議あり」
 声を上げた人物は俺だ。
 俺は、こいつらの傘下に加わったわけではない。
「いいから、後ろに隠れていろ。無理に脱出すると危な……」
『ファング』の命令など無視して、俺は入り口の研究員へと走った。
 誰かのように、無謀に。迷い無く。
 すぐさま怪人が間に立ち塞がった。俺のスピードは、緩まない。
 ぐんぐん縮まる、差。近づくと、中型とは言えやはりでかい。
 あと一歩で、相手の射程に入る。
「……」
 怪人の動きを、見る。
 予備動作を、見る。
 俺には、見える。
 踏み込む。
 ――右だ。
 速く、鋭く、そして何よりも重い、怪人の左拳。それが眼前に迫った。
 このスピードじゃ、避けられない――
 ――わけねぇだろッ!!
 砲弾のような勢いで迫る拳を、左ステップで外す。鋭い痛みが、頬をわずかに切り裂いた。
 そのまま俺は、研究員の白衣に手を伸ばす。
 もらった。
 そう思った瞬間。
「……!」 
 俺は、後ろから思いっきり後頭部を掴まれていた。
 そうしてそのまま床に顔面を叩きつけられる。体重の乗ったストンピングを何度も食らう。
「がっ……――」
 終いには、ボロ雑巾のように放り投げられ。
 紙くずのように宙を舞い。
 飛び降り死体のように地面にへばりついた。

「……!」
「お……」
「ひっ……!」
「糞っ……だから逃げるなといったのにッ……!!」
 遠くで、くぐもった声が聞こえる。
 何もかもが、ぐちゃぐちゃだった。俺と、俺から剥離した肉片がジグソーパズルを撒き散らしたように雑多に撒き散らしてあった。そんな感覚が、俺を支配する。
 俺の体は、全身の骨が砕け、内蔵が破裂し、筋肉が千切れ、血液が止めどなく流れ、目が潰れ、鼻がへし折れ、脳が半分飛び出て。
 そして――それが、物凄いスピードで再生している。
「そんな……戦闘員が使っても体が壊れる薬のはずなのに…!?」
 焦る研究員の呟きもはっきりと聞き取れるほどに、感覚は鋭敏になっている。
 やはり、研究員は白衣の下に持ち歩いていたのだ。
 万が一怪人が致命傷を負ってもいいように、自己治癒能力活性剤を。
『普通の人間なら』体が爆発するほどの強力な薬を。
 薬物専門の組織で、怪人が存在するなら。非常事態に研究員が持っていないはずがない。
 少しばかり、無茶をしたけどな。
 
 あっと言う間に俺の傷は塞った。あちこち飛び出て千切れて数割減った体重も、すっかり戻っている。 
 蒸気を出しながら、俺は立ち上がる。ふらつく体の平行感覚を、どうにか取り戻す。
 効きすぎて、気持ちが悪い。いや、気持ちいいのか。わからないが、絶好調だ。
 心臓の玉も全部元に戻ってるだろう。こりゃ無駄遣いできるな。
 大暴れだ。
「助けて貰った礼だ。『ファング』、全員連れて下がってな」
 俺は正義の味方達に笑いかける。
 正義の味方四人の驚いた顔と言ったら、面白くて仕方がなかった。
「お前は……いったい……」








「正義の味方の、敵の敵だ」

 傷一つ無い左胸に、手刀で穴を開ける。
 体が傷を塞がせろと煽ってくる。手が呑み込まれそうだ。
 俺は心臓に直結した球体を、『二つ』摘む。そして、同時に潰す。









 「変身」
10

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