「怪人か。あのタイプだと、元は人間だ。自分の意志で変身できる奴もいるし、薬で変身するやつもいる。一回なったらもう戻れないってタイプもいたな。今日の奴らは多分それだ」
「やはり、あれは人間なのか……」
俺の存在で薄々は気づいていたようだが、やはり信じたくは無かったのだろう、聞き入る表情は苦々しい。
「さっき言ってた、消された警察官なんかはちょうどいいサンプルだろうな。もしかしたら、あれはそいつらの成れの果てかもしれねぇな」
それを聞いた『ウォッチャー』の顔が急に青ざめる。
「そ、そんな事が……」
程良く冷めたコーヒーに手をかける。コーヒーは今にもこぼれそうなくらいに、水面に波を打っていた。
俺は別に脅したり罪悪感を煽っているわけではない。
ただ、そう言う可能性が十分にあると言うことは知っておくべきだ、と思っただけだ。
「……それで?」
表情こそ曇っているものの、『ブレット』の態度に後悔の念は無かった。『ファング』も、『バスター』も。
殺さなければ、殺されていた。そういう世界にこいつらは生きてきたのだろう。
生きるために殺すと言う点では、俺もこいつらもそう大差はないのかもしれない。
「言うまでもねぇが、その目的はほとんど戦闘用だ。殺戮用と言った方が正しいかもな。
目立つんであまり表に出されることは多くなく、自分の意志でオンオフができない奴は主に施設の防衛、侵入者の排除に駆り出される。
種類も色々だ。人間の姿と大差ない奴から、さっきの俺みたいに巨大化する奴もいる。
特撮に出てきそうな動物ベースの怪人もいるし、組織によっては半分機械で出来てるような奴もいる。
無差別に暴れて用が済んだら眠らされるようなアホ怪人もいれば、むしろ脳の働きが活発になって知能が急上昇するような奴、更にはほとんど超能力に近い事象を引き起こす奴も存在する。
だいたい共通してる事と言えば、対人レベルの武器しか持っていない人間に勝ち目は無いって事くらいだ」
『ファング』がフッと笑う。
「そりゃ、運が良かったな」
「お前達はまともに戦ってねぇと思うが、怪人以外の戦闘員……改造された奴なんかも中々に人間を止めたレベルだ。武器無しでも人間くらい軽く殺せる」
大きく溜息を吐いたのは『バスター』だった。
「……どっかのエリート部隊じゃねぇが、継続すんなら武器は充実させてぇなぁ……」
「しまやんはねー……全然役割生かせなかったよね」
「あのドアは結構気に入ったんだけどな。盾にも使えそうだったしよぉ」
なかなか良い目の付けどころをしているな。
確かにあれはいいものだった。
「怪人の範疇だと、さっきのは強い方なのか?」
「強いか弱いかで言やぁ、強い方かな。大型が中の上で、中型が中の下から中ってところだ。弱小組織では主戦力だが、大手だとゴロゴロ転がってる」
「……あんなのが、ゴロゴロ、っすか……」
「問題は強さより、数だね」
「だな。今のまんまじゃ囲まれたら手詰まりにしかなんねぇや」
「……お前は?」
『ファング』の表情には、多少の懇願が混じっている。
恐らく、俺の答え次第で『ファング』はすっぱりとこの仕事から手を引くだろう。
俺は正確に、事実を伝える。俺の主観で、だが。
「上の上の上だ。怪人は何百体もぶっ殺してきたが、ご覧の通り殺された事は一度もねぇ」
「そうか……」
『ファング』は安堵の表情を浮かべる。
しばし考えた後に、俺にではなく三人に向けて呟いた。
「俺はこの依頼を続けようと思う…準備は必要だがな。降りたい奴は言ってくれ」
『バスター』は白い歯を剥き出しにして笑った。
「おいおい、化け物退治たぁ正に俺達向けの仕事じゃあねぇか! こんなところで降りれるかよ!」
『ブレット』はやれやれ、と頬杖をつく。
「『ファング』と『バスター』が死んだら勝手に逃げるよ。それまでは大丈夫でしょ、多分」
『ウォッチャー』は周りを見回して、一言。
「あ、じゃすいません俺降りるっす」
空気を読まない発言だが、自分の命の方がよほど大事だろう。当然と言えば当然、むしろ残りの三人の方が異常だ。
だが残念なことに『ウォッチャー』に拒否権など無いのだ。
「いや、お前警察のお目付け役だから降りようがないよね」
「ですよねー…………ッッッッッ!」
『ブレット』の示した無慈悲な現実に、『ウォッチャー』は机に沈み込み、肋骨を打って悶絶する。
「お前馬鹿だろ」
『バスター』の素直な感想が、その悲壮感漂う姿に追い打ちをかけた。
「いくらメンバーを補充しても骨のない奴ばっかりで、結局残るのはいつも俺達三人だけだったからな。まあ、素直に助かると言っておこう」
どうも、普段から同じくらい危険な依頼を受けているらしい。戦争屋が逃げ出すほどの、無茶な依頼を。
『ウォッチャー』は無言で肩を震わせ泣いていた。
不幸な奴ならいくらでも見てきたが、ここまで不憫な奴を見るのは初めてだ。
「……で、柏木くんの話なんだけど」
他の三人はすっかり忘れていたようだが、一人だけ目ざとく覚えていた。
『ブレット』はどうあっても、俺の事を知りたいようだ。
「君も怪人なんだよね。なのに薬物精製組織に忍び込み、職員と怪人を皆殺し。しかし、はち合わせた俺達は殺さずに助ける。そしてほぼ単身で組織を一つ潰した。……過程はどうあれ、結果だけ見たら君は悪人とは言い切れない」
悪人とは言い切れない、だとさ。
俺はその台詞があまりに滑稽で、笑ってしまった。
「どう見ても悪人だろ。人殺しだぞ」
「俺達だって、人殺しだよ」
『ファング』が呟く。
「さっきは冗談でああ言ったがな。俺達は所詮、人を殺して飯を食ってる『屍肉喰らい』だ。
悪かったな、正義の味方じゃ無くて」
屍肉喰らい、か。
似たようなものだな、俺達は。
俺達も、か。
『ブレット』が続ける。
「俺達は金のために人を殺す。だが、君の殺人は金の為ではなく、ただ殺したいから殺しているように見えたんだ。別にそれが悪いって言ってるんじゃないけど、ね。まあ、そこはいいとしようか」
見えるも何も、それで正解だ。
「教えて欲しいんだ、君は何者なのか。君は恐らく、怪人としてもイレギュラーな存在だ。
俺にはまるで、悪の組織から脱走し正義の心に目覚めたヒーローか何かに見えるね」
「そりゃ、ひどい誤解だ。悪かったな、ヒーローじゃ無くて」
「じゃあ何なのさ? こっちだって秘密を色々喋ったんだ、教えてくれよ。できれば怪人になった経緯からさ」
気がつけば『ブレット』は随分とフレンドリーな態度になっていた。
……いや、どちらかと言えば新しい玩具を見つけた子供のそれに近い。さっきまでのテンションの低さとは別人だ。
確かに、なかなか興味深い話を聞かせて貰った。自分語りはあまり好きでもないが…別に隠すつもりもない。俺の事は、な。
怪人になった経緯、か。
俺は瞼を閉じ、記憶を辿り始めた。
そうだ、全ては七年前の……五月十七日。あの日に始まったんだったな。