「怪人……? ネオヒューマンズにはあんなタイプはいなかったはず……」
呟く彼女の声に、驚きこそあれ恐怖は窺えない。
痺れる身体に鞭を打ち、俺は這うように半回転した。
視界に入ったのは案の定と言うべきか、例の黒い怪人だった。体中から煙が漏れ、黒こげになっているようにも見える。
その表情は読み取れないが、あまり上機嫌じゃないであろう事は間違いない。
「ニナカワ式……あの爆発に巻き込まれても無事だなんて、随分頑丈ね」
「お褒めに預かり光栄だ。好きになっちまいそうだぜ」
とは言っているが、その声には明らかに怒気が含まれている。
まずい。殺されるぞ、彼女……!
俺の心配とは裏腹に、彼女の余裕は崩れなかった。
「あら、両思いね。私も好きよ、お金になりそうな人は。あっちじゃニナカワは扱ってないって言ってたけど、ついでに貴方も頂いておきましょう」
言うと同時に、背後……真っ暗な森の中に数人の人影が浮かび上がってくる。
現れたのは四人。それも、全員が怪人だ。
紺を基調とし、忍者をモチーフにしたであろうスーツを纏った連中は、それぞれ手に脇差を構える。
と、同時に脇差が黄色に発光、聞き覚えのあるバチバチと言った電流の音を発し始めた。
「そこの(と言って俺を顎でしゃくる……屈辱的だ)白金くんには及ばないけど。痛い死に方したくなければ降参も受け付けるわ……どうする?」
ふふん、と彼女は鼻を鳴らす。
怪人達は一言も喋らずに次の句を待っていた。既に彼女と組織のコネクションは確実なものになっているようだ。
状況は、漆黒の怪人にとってかなり厳しいものだった。
爆発に巻き込まれ疲弊している状態で、怪人四人と相対している。
敵の武器――スタンブレード、とでも言おうか――は、見る限り、掠るだけで相手の身体に電流を流し込むのだろう。
そして、恐らくその電圧は彼女の持ってるスタンガンと同じかそれ以上。ほぼ間違いなく、身動きが取れなくなるはずだ。
普通に考えたら勝ち目は無い。
だが。
この漆黒の怪人の暴虐を見た者に、『普通に考える』事などできるのだろうか。
「OKOK、大体事情は察した。そこまで言われちゃ仕方ねぇ――
――少し、本気を出してやるよ」
心拍数が上がるのがわかった。
一つの未来が今、確定された。
数分後か数十秒後か、早ければ数秒後。
この四人の怪人は、見るも無残な……死体のような何かとなっているだろう。
漆黒の怪人は右手を自らの左胸に突き刺し、痛む素振りなど微塵も見せずに唱える。
「システム起動」
と。
「……? 既に変身してるのに、これ以上何かあるって言うの……?
……敵対意思は確認できたわ。やっちゃっていいわよ」
指示を出すされると同時に、四人は散開する。
目にも止まらぬ動きで、二人が側面から背後に回ろうとし――
「『サイコ・プレッシャー』」
・・・・・ ・・・・・・
――次元を一つ、落っことした。
「……?」
残る二人の怪人が急停止して、固まる。
余裕の表情で遠くから見物していた彼女の表情が、固まる。
一部始終を見ていた俺の思考が、固まる。
確かにこの瞬間、時間は停止していた。
「何……消え……」
彼女が、視界から消失した二人の怪人の行方を、捜す。
そしてすぐに、見つけた。
彼等が立っていた場所の、地面に。赤い水溜りのようなものができていた。
「え? あれ……潰れ……」
彼女の顔が、見る見る青くなっていく。
完全にとはいかないものの、状況を理解してしまったらしい。
漆黒の怪人が一言呟き、前に突き出した掌を倒した瞬間。
何か、凄まじい力によって『平面にまで押し潰された』のだ。
残ったのは、地面にできた赤い染み、だけだった。
「か、確保を」
彼女がどもりながらそこまで言うと、怪人二人は我に帰り漆黒の怪人目掛けて突進する。
当てれば勝ち、と言う事実に変わりは無い。最短距離を最高速度で一気に駆け抜けようとする。
だが、それらは全て、漆黒の怪人が再び胸に右手を突き立てた後の行動だった。
親指を下にして右手を左肩まで運び、空間を引き裂くように。
ゆっくりと腕を開いて、一言。
「『サイコ・スラッシャー』」
音速にも迫る速度で接近する、二体の忍者型怪人。
あと五歩で、その刃の切っ先が届く。と、言った所で――
足首から下が、切り離される。
続いて、膝が。
足の付け根が。
腹が。
胸が。
首が。
だるま落としが崩されたかのように……輪切りになって、一列に地面に並ぶ。
手に持っていたスタンブレードが、あと10cmの距離で、虚しく地面に放電した。
言葉が出なかった。
もはや恐怖もほとんど感じない。
何の感情なのかもわからないが、俺の顔には確かに、笑みが浮かんでいた。
「クサナギ、式……? 嘘……そんな、だってどう見ても……ニナカワじゃ……!?」
最初の余裕の欠片も、今の彼女には存在しなかった。
俺の予想すら遥かに上回る結果。彼女からしたら、100%起こりえない事象であったに違いない。
「軽い念動力(サイコキネシス)が使えるだけだ。大した事でもねぇよ。
……で、お前はどうやって死にたい?」
紅茶とコーヒーどちらが好みか聞くかのように、気軽に。
死神は、死と言う確定事項を首元に突きつけてきた。