時刻は二時を回り、強い日差しがカーテン越しに店内へと降り注いでいる。
それなりに広い『Hide out』の中は、人がいないせいで更に広く感じられた。
別に収入があるからさして問題は無いものの、やはり一時期と比べて客の入りはよろしくない。
彼女がいた頃は客足が途絶えることはなく、俺が雑誌を読んでいる暇など無い程に忙しかった。それでもコーヒーは淹れさせて貰えなかったが。
それで店員を増やそうと思った矢先に例の事件で彼女は昏睡状態に陥り、看板娘のいなくなったここは開店休業状態に陥ったと言うわけだ。
鈴ちゃんが来て随分マシになったが、彼女は学生のため夕方まで入れない。ので、午前中からこの時間帯にかけてはまともに客が来ないのだ。
「俺ってやっぱりそんなかっこよくないんじゃあないかな……」
ため息混じりにそうぼやいてみる。
本当に店主が若いイケメンだったなら、こんなうらぶれたところでも女性が通うのではないだろうか。
よく顔の造り(だけ)を褒められる俺だが、当の俺自身はそこまで良い面構えだとは思っていない。
整ってはいるかもしれないが、何というか人間味が薄いのだ。
鏡で見る自分の顔を、俺はあまり、好きではない。
「いきなり何言ってんだお前」
空いているのをいいことにソファ席に寝転がっている男が、俺の独り言に反応を見せた。
この『悪事なら何でもしてきた』と言うような凶悪な人相をしている男は柏木壊人。無職だ。
こんなチンピラの教本みたいのが居座っているから客が店内に入れないのではないだろうか。
「いや、店主がイケメンなら女の子の客が来るんじゃあないかなって思ってさ」
「イケメンだろうがアイドルだろうが出される飲みもんが産業排水だったら誰も来ねぇよ」
返ってきた答えは予想から外れたものだった。てっきり「まあお前別にイケメンじゃないしな」って言われるものかと。
ふむ、やはりコーヒーか。彼女の淹れる、深みのある極上の風味、そして味に近づけるために日夜努力を続けているのに……。
今日もカイトが涼みに来たから早速コーヒーを作ってやろうとしたのに、カイトはいつの間にか店の冷蔵庫に持ち込んていた缶コーヒーを開けて飲み始めた。何て奴だ。
「最近は悪の組織の情報も減って来てるな。どうする? 世界が平和になったら」
「ハッ、悪人が消えたら悪人じゃねぇ奴を殺すさ。元々俺は『殺しやすいから』組織の人間を殺ってるだけだ。必要になりゃあ、お前も殺す」
寝転がったまま、こちらを見もせずに笑うカイト。
「ふぅん。じゃ鈴ちゃんは?」
「あ? …………さあ、どうだかな」
やや不機嫌そうに寝返りを打ち、黙りこくってしまう。
俺はわかりやすいその仕草を見て、くくっと笑いが漏れてしまった。
カイトに鈴ちゃんが殺せるわけないのは、わかりきっている事さ。
だって、彼女こそがあいつの――
来客を告げるベルが、カランカランと店内に小気味良く響いた。
こんな時間に珍しい。とっととそこのチンピラをどっか奥の方にやらないと。
「いらっしゃいま……」
入ってきたのは、見た目中学生程の少女だった。
傘立てに日傘を置き、兎のように真っ赤な瞳がキョロキョロと店内を見回している。
差し込む陽光に銀の長髪が煌めく。真っ白な素肌とは対照的に服装は黒一色で統一してあり、ゴシック調のドレスは彼女にむしろ自然なほど似合っていた。
「あ」
何かを発見したのか、客席の方へつかつかと詰め寄る少女。
その足取り、目線の先には、チンピラが横たわっていた。
入口からは死角となり見えないはずの位置にいる、チンピラへと。
「カイト!」
「んあ?」
半分寝ていたらしい、だるそうな声を出しながらカイトが少女へと目を向ける。
顔を見たその瞬間に、カイトは驚いたように飛び跳ね起きた。
「って、ヒナ子!? お前、どうしてここに? いや、何でここがわかった?」
「全く……うちの能力忘れたん? あんた達を探し当てるくらい、少ーし本気を出せばお茶の子さいさいやで」
顔と格好と雰囲気に全くもって似合わない関西弁で彼女は得意気に言い放った。
「それより、ベル姉おらんのベル姉?」
「今は学校だ」
「学校? ベル姉学校行ってるん? そっかー。いないかー……」
がっくりとうなだれる少女。
どうやら、カイトだけではなく鈴ちゃんとも知り合いのようだ。
「で? 何しに来たんだお前?」
「それがなー。色々あってまず何から話したらいいか……まずベル姉といっぱい喋るつもりやったんけど……」
カイトの対面に座り、テーブルに突っ伏す少女。
やけに鈴ちゃんにこだわる子だ。百合っ娘なのだろうか。
俺は想像を膨らまし、彼女らのいけない関係を頭に浮かべる。
無愛想眼鏡少女とゴスロリ関西弁少女のいちゃいちゃねちゃいちゃ……。
うむ。正義だな。俺の股間がエヴォリューション。
と、そんな事を考えていると。
頭を、何か鋭いもので、一気に貫かれた。
「――――ッ!?」
刹那の、激痛。
ほんの少し。欠片の欠片だけ、『死』を今体験した。
思考をリセットする漆黒の槍が、確かに今。俺の脳天を突き抜けていった。
この感覚に似たそれを、俺は昔食らった事がある。
あいつのそれは全く洗練されてない大雑把なものだったが、種類は同じだ。
『殺気』。
今食らったそれは、一般人の俺にもはっきりと姿を持って見える程に、凝縮された黒の『気』だった。
「ちょっと、何やのこいつ!? 今うちとベル姉でえっちな事考えとったで!? 変態なん!?」
「ばっ、おま、何やってんだ! 殺す気か!?」
カイトが珍しくうろたえている。お前の口からそんな言葉も出てくるんだな。
「私とベル姉はそんな関係あらへんもん。プラトニックやもん! キスだってまだやもん!」
する気はあるのか。
やっぱりレズじゃあないか! 俺は歓喜した。
「だ、誰がレズやて!? うちはベル姉が好きなだけや!」
「はいはいわかったわかった落ち着け落ち着けうるせぇ」
カイトがレ……ゴシック少女を窘める。
と、言うか。この女の子、俺が何も言ってないのに反応してなかったか?
「カイト、彼女はいったい……?」
本人に聞いても答えてくれそうにないので、俺はカイトに彼女の素性を尋ねる。
答えは、予想の遥か外側だった。
「あー、言って無かったか。こいつは飛鳥山 雛(あすかやま ひな)。
灰塵衆第三連隊隊長にして最高幹部『四枚刃』の一人だ」
「あんたとはよろしくしとうないわ」
ぷい、と可愛く。
最強の怪人の一角は、頬を膨らませてそっぽを向いた。