「んっ……あっ、あっ、あっ……」
荒い呼吸に混じる喘ぎ声、それとベッドが軋む音。
俺の上に跨り腰を振る女の短い髪が揺れ、目元を隠す。
「あんっ、らめ、そ、そこは……」
言いつつも彼女は、動くことを止めない。
何かに取り憑かれたかのように、一心不乱に上下運動を繰り返す。
俺の意思など、お構いなく。
そして――
「あああああああ! い、いく、いっちゃうのぉぉぉぉぉ!!!」
「おい」
「何?」
「いい加減にしろ!」
「ふぎゃっ」
服を着たまま(重要)、うつぶせの体制で(超重要)、ネットのニュースを見ていた俺は馬乗りになっていた糞ビッチ女を払い落とした。
「何するのよ!」
衝撃で落ちた部屋用の黒縁眼鏡をかけ直し、女……灰空 霰(はいそら あられ)は怒りの声を上げる。
「こっちの台詞だ! まだ怪我が完治していないって言ってるだろ! 痛いんだよ乗られると!!」
そう、俺はつい半日程前、超高圧スタンガンを浴びてまともに動けない状態で黒ずくめ怪人と戦い、なんとか撃退……されてもらった。
その怪我と疲労は怪人の治癒力を持ってしても一朝一夕で治るものではなかった。
まともな身体では無いので病院に行くわけにもいかない。ので、彼女の隠れ家で療養しているわけだ。
「私に構いなさいよ! 構わないんだったら私のパソコン早く返しなさいよ! 暇なの!」
子供のように駄々をこねる霰。
クールキャラの研究員を気取っていたのも束の間、今ではすっかり自己中心ワガママ女だ。一応これでも成人しているらしい。
俺に電流を流して売り払おうとした上、黒ずくめ怪人から助けられた恩などすっかり忘れた様子である。
「ネオヒューマンズのアジトが爆発した件について調べてるんだ。何か情報はないかと思ってな」
「表にあるわけないじゃないそんなの……工場の爆発事故、で済まされて終わりよ」
言いつつ霰は再度俺の上に馬乗りになろうとする。のを、阻止。
「だからやめろって!」
明らかに不満そうな顔をする霰。
「貴方、こんな状況に置いても私に手を出さないってホモなの? それともED?」
「誰がお前みたいな超大型地雷物件に手を出すか……っ!」
確かに、顔だけ見れば魅力的であることは認める。こっちだって意識していないわけではない。
が、こいつは自分のためなら平気で人を踏みにじるクズだ。人身売買や間接的殺人など何とも思っていないような悪党だ。……あれ、何で俺こいつ助けたんだっけ。
とにかく、こいつと肉体関係を持つ気などさらさらない。一時的に同居しているだけだ。
「つまんないの。もういいでしょ、パソコン返しなさい」
と言いつつ霰はパソコンを奪い取り、USBを差し込んで何やら作業を始めた。
あまり不機嫌にさせると何をしでかすかわからない。一応の調べ物を終了させた俺パソコンを譲ることにする。軋む身体を起こし、彼女の作業を後ろから眺めた。
「何をしてるんだ?」
「ん、ちょっと生存報告。研究者仲間でやってるSNS的なものよ」
言われてみると、確かにツイッターのように発言が流れている。時間帯はまだ昼間なのに、随分発言が飛び交っているようだ。
「これで私達は組織の内情をリークし合ってるの。普通のソーシャルで話す内容じゃないからね」
彼女はキーボードを片手で打ち込みながら、紙パックのカフェオレを啜る。
Arare-Chan:おいすー
Kumikumi:あ、あられ生きてた
Habakiri:無事だったか。やれやれ。
MU-MA:糞ビッチさんチィースwwwwwww
isen:なんだ、くたばってなかったか。死ねばよかったのに
Arare-Chan:今イケメン怪人くんに後ろから突かれながらインしてまーっす ヾ(* ̄ω ̄)ノパコパコアンアン
「おい何アホな事書いてるんだお前」
「別にいいじゃない、小粋なジョークよ」
素晴らしく品のないジョークだ。それにしても、ネットだと随分喋りが違うんだなこいつ……
isen:死ね
MU-MA:うーんこの阿婆擦れ
Habakiri:相変わらず品の無い女だ。どうせ嘘なんだろうが。
Kumikumi:まあ元気そうで何よりだよ! 彼氏持ちは死ねばいと思うけど! 何があったの?
Arare-Chan:それがねー、ちょっと配送ミスと言うか何と言うか……
isen:お前はどうでもいいがうちの怪人はどうした、四人向かわせたはずだが
Arare-Chan:うん、えーと、死んじゃった。 てへぺろ(・ω<)
isen:おい
MU-MA:やってしまいましたなぁ
Habakiri:四人ともか? 『ストーム』の性能の高さは聞いたが……切原コーポの怪人も雑魚では無いぞ。
Kumikumi:『ちょっと色仕掛けしてスタンガンでバチバチのバチーっとやれば余裕余裕。あいつ童貞臭いし』って言ってたよね、自信満々に
isen:切原には裏切ったとしっかり報告しておく
Arare-Chan:おいやめろ 私の研究チーフの椅子が無くなる
Kumikumi:いやーどっちにしろ四人潰したら無理だと思うけど……
MU-MA:超ウケるwwwwwwww
「ぐぬぬ」
「自業自得だ」
「五月蝿いわね!」
完全に不意を突かれた状態で鳩尾に突き刺さる肘。
改造されても、痛いものは痛い。
「がはッ」
「私はその言葉が死ぬほど嫌いなの。次口にしたらその使えないちんこを本格的に使えないようにしてやるから」
例のスタンガンをバチバチのバチーっと鳴らす霰。
俺は漫画とかでよくいる『戦闘では役に立たず守られっぱなしの癖にギャグパートだと守ってくれた男に暴力振るう女』のウザさを身に持って思い知る。
しかもこいつはツンデレですらない。ただのクズである。
本当に何で助けたんだったか……。
Arare-Chan:それもこれもあいつが悪い! あの真っ黒二ナカワ!! 次会ったら絶対ぶっ殺す!!! 白金くんが!!!! ヽ(`⌒´♯)ノ←激おこプンプン白金くん
「俺かよ!!」
MU-MA:自www分wwwwでwwwやwwwwれwwwwww
Habakiri:真っ黒二ナカワだと?
Kumikumi:知っているのかはばきん!
Habakiri:心当たりが無い事もない。どんな奴だ?
Arare-Chan:んーとね、全身真っ黒で、強くて、速い
MU-MA:仮にも研究者がこの感想である
isen:小学生か
Arare-Chan:あとなんか超能力使ってた。クサナギかもしんない
Habakiri:……奴だな。
Kumikumi:奴?
俺も身を乗り出し、彼(か彼女か)の発言を待つ。
奴の正体を、知っているのか。
Habakiri:うちの『元』ナンバー2だ。
その文字が表示された途端、彼女の手からコーヒー牛乳が零れ落ちた。
「灰塵衆の……柏木壊人!?」
目を見開いて驚く霰。画面のメンバーも、その言葉に驚きを隠せない様子だ。
Kumikumi:灰塵衆の元ナンバー2って……ひょっとして『殺戮病』!?
MU-MA:超大物wwwwマジで?wwwwwwwwww
isen:四枚刃の一人だと……あんな化物と遭遇して生きてたのか。憎まれっ子何とやらだな
Arare-Chan:…………………そなの?(´・ω・`)
Habakiri:恐らくはな。もしかしたら、最近噂になっている方かも知れんが。
「うそー……ちょっとした天災じゃない……」
「おい何だその灰塵衆だか殺戮病だか四枚刃ってのは。専門用語が多すぎてわからないぞ」
霰は零したコーヒー牛乳の残量を確認し、まだ残っている事を確認して再び飲み始めた。
「灰塵衆ってのは、組織の名前。超が付くほどの大手よ。て言うか最大手。四枚刃ってのはその最高幹部で、ロクに準備もしないで一人で他の組織を簡単に壊滅できるわ。で、殺戮病ってのは柏木の異名。何でも、人を殺し続けないと死んでしまうらしいわよ」
「……バケモンじゃないか」
「バケモンだったじゃない」
……そう言えばバケモンだったな。
「しかもその殺した肉を調理して妹に食べさせてるって噂よ」
「何だそりゃ!? 最悪な野郎だな……!!」
「妹はそれを知りながら兄の帰りを楽しみに待ってるらしいわ」
「怖ッ!! 何それ!? ホラーすぎるだろ!!?」
「まあ、あくまで噂の話だけど」
どうかそうであって欲しいものだ。
万が一にも事実であったら……
……兄も妹も、放ってはおけない。
isen:噂になってる方?
MU-MA:何かあったね。『ナンバーズ』だっけ?
Habakiri:ああ。ここの所、研究員や怪人を拉致されたと言う話を聞いただろう。奴等だ。うちの飛鳥山が遭遇したらしい。真っ黒なニナカワ数人に襲われたとの事だ。
isen:まーた四枚刃か……お前の所は安泰でいいよな。俺も移籍させて欲しいくらいだ
Kumikumi:でも四枚刃相手に怪人数人じゃ敵わないんじゃない?
Habakiri:いや、助けがあって何とか撃退こそできたが、相当危なかったらしい。何でも、柏木に似たタイプだったそうだ。
Arare-Chan:『殺戮病』は確か、蜷川博士のオリジナルって聞いたよーな。違ったっけ
Habakiri:ああ。奴は蜷川直々に作った怪人の一人、『ジェノサイド・ゼロ』だ。最初に『番号を与えられた』最高傑作と言うわけだな。
Kumikumi:でも蜷川博士って確か……
Habakiri:そう、柏木によって殺されたはずだ。番号を持った怪人は、柏木が最初にして最後のはず……。
isen:そこで『殺戮病』に酷似した黒のニナカワ式が『ナンバーズ』か……何とも不穏だな
よくはわからないが、確かに不穏な感じだ。
あいつみたいのが徒党を組んで暴れまわっていると言うのか。
……勘弁願いたいところだ。
Habakiri:もしかしたら動き出しているのかもしれん。『アフターペイン』の残党が、な。