「白金様は始めてお越しになられたので、灰塵衆の事について詳しくないと思われます。ので、まずは階級について軽くお教え致しましょう。灰塵衆は首領、総統、社長……様々な呼ばれ方をされておりますが、トップとなる人物が一人存在致します。そしてその下に、大幹部となる四枚刃が……とは言っても、今の首領は四枚刃と兼任していらっしゃるんですけど。……ここまでよろしいでしょうか?」
今の由佳の台詞の間に、俺は一方的に二十発以上の攻撃を受けた。それも、かなりのクリーンヒットである。
俺の返事を待たずに……と言うか返事する余裕が無い俺に対し、構わずに続ける。
「四枚刃は、灰塵衆の最高戦力です。一騎当千、|蓋世不抜《がいせいふばつ》、百戦万殺の|災害《カラミティ》。括りとしては同じ怪人でも、私達を基準にするなら彼らは怪人を超越しており、彼らを基準にするなら私達は怪人未満となります。……一人を除いて。はっきり言ってしまえば、彼らさえ灰塵衆にいれば単純戦力において十分も十分、敗北などありえません。比喩でも誇張でもなく『負けようがない』のです。事実、彼らは数十もの怪人を相手に、数百回戦ってきました。敗北はもちろんゼロ。敵の生存者も同様です。私達『それ以下』の有象無象は、彼らが楽に働くための便利な道具に過ぎないのです。『いなければ面倒くさいのであった方がいい』程度の存在に他なりません。おわかりになりますか?」
今の由佳の台詞の間に、俺は反撃もままならず三十発以上嬲られた。当然、防御などできていない。
俺がわかったかどうかを応えるよりも早く、由佳は説明を再開する。蹂躙は、再開するまでもなくずっと続いていた。
「私は三番隊の副隊長……四枚刃である飛鳥山隊長とは階級で言うと一つだけしか違いませんが、その差は歴然です。彼女は瞬きする間に、指一本動かさずに、明後日の方向を見ながら、夕食の事を考えつつ貴方を肉塊にすることが可能です。そして、殺した相手に対して何の感想も抱きません。四枚刃とはそういう存在です。貴女が柏木元隊長と刃を交えて生き残れた理由はただ一つ……彼が貴方で遊んでいたからに過ぎない。彼が最初から本気なら、そもそも勝負にすらなっていない。虐殺とすら呼べません。さしずめ貴方はトラックの内輪差に巻き込まれた、タンポポか何か……」
今の由佳の台詞の間に、俺はされるがままに四十発以上衝撃に見舞われた。気が付けば、地に足すら着いていなかった。
意識が朦朧とし始め発言が頭に残らない俺に、由佳は言い放つ。
「要するに、私にボコボコにされて空中で強制トリックプレイを強いられているズタ袋ごときが柏木元隊長に勝とうなど――
――面白い持ちネタですね、としか言いようがありません」
一昔前の漫画ようにグシャァと頭から落ちたところで、ようやく攻撃が止まった。
俺は……何を、された……?
頭蓋骨が寺の釣り鐘になったかのように脳に音が反響する。ぐわんぐわん、と。
身体のダメージも相当だった。右腕を動かそうとして左足が曲がったのは生まれて初めてである。
言い忘れていたが、俺は既に『ストーム』へと変身を終了している。怪人の姿であるにも関わらず、攻撃動作すらまともに行わせてもらえなかった。
「あ……あ……??」
待て、そもそも俺は何でここに来たんだ? 何で受付嬢にボコボコにされているんだ?
あれ? あれ??
思考が纏まらない。記憶がはっきりしない。ただでさえ高い天井が、遠くぼやけていた。
「まだ担当の者が来るまで七分ありますので、少し休憩と致しましょう。久しぶりの本気で、私も少々疲れました」
誰かに抱え上げられる感覚。平衡感覚を失った俺はされるがままにソファへと運ばれていく。
ぼふんと座らされた向かい側には、息一つ切らしていない……由佳。由佳だ。が、あまり面白くなさそうな顔で俺を見ている。
「クサナギ式との戦闘経験は皆無のようですね。私が初戦だったのは、白金様にとって幸運です。殺意を持った敵相手だったら、一方的に殺されていたことでしょう」
一方的に弄ばれて殺されかけるのが幸運なのかは別として、確かにその通りではあった。
「クサナギ式の厄介なところは、思考速度が即ち攻撃速度になるところです。ESPもPKも、予備動作がありません。拳を握る必要も敵に駆け寄る必要もありません。ただ、念じるだけで敵を穿ちます……ESPは穿ちませんけど。普通は。しかもESP持ちとなると、他人の思考を読み取ることも可能です。心を盗み見る事のできる相手に、駆け引きなど通用しません。……さて、白金様。クサナギ式を相手取るのに、一番適した方法はなんだと思いますか?」
長話のせいか、少しだけ頭が回るようになってきた。
ここに来た理由と戦っている理由が曖昧だが、問いに応える程度の余裕はできた。
「……物陰に隠れて、視界に入らないように不意打ち……とか……」
「不正解です。ESPを保有するクサナギに、死角は存在しません。よって不意打ちも通用しないわけです」
「じゃあ……どうしようもないじゃないか」
「本当に?」
由佳の瞳が、バイザー越しに俺の目を捉える。
「ヒントを差し上げましょう。クサナギ式は、基本的に肉体能力においてニナカワ、シュターゼンに劣っています。
四枚刃のような圧倒的な格上ならともかく、私相手なら勝機は十二分にあるはずです」
「……どうにか近接戦に持ち込む」
「それは大前提です。では、白金様は奇跡的に私相手にどうにか近接戦に持ち込むことができました。さて、どうします?」
どうするって、そりゃ殴る蹴るの暴行を加えるしかないだろ。酷い言い方だが。
それ以外になにかあるのか?
俺が答えあぐねていると由佳が口を開いた。
「殺すんですよ」
「はえ?」
あっさりと。はっきりと。
由佳はそれが当然であるかのように、言った。
「踏み込んで、飛び込んで、ぶち込んで、殺す。意識を残すと反撃を喰らいかねないので、なるべく一撃で頭蓋を砕きます」
なに言ってんだろうかこいつは。
頭がおかしいのではないだろうか。
「この場において頭がおかしいのは私の方ではありません。
貴方……《ストーム》の能力なら可能です。白金様の身体能力も及第点には達しています」
そう言って由佳はソファから身を乗り出し、ガラステーブルの上のリモコンを取る。
俺からも見える位置にある、壁に設置されたモニターに向かって、ぴ、とボタンを一押しした。
『うわあああああああああああああ!!!! おい、おい、おい、おいおいおい!!!
こりゃ改造室じゃなくて解剖室じゃねーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
「!?」
大画面に映し出される、非常にわかりやすく絶体絶命の田中。
四肢は拘束され、目は器具によって大きく見開かれていて、おまけに明らかに眼球をくり抜く用途にしか使えなさそうな歪な形の鉗子を当てられている。
当然、麻酔など受けていないだろう。
そうだ。俺はあいつを助けるために戦っていたんだ……。
俺が負けたら、田中は……!
「経験も足りませんが……何よりも貴方に足りないのは、覚悟です。大それた事を為すに足る、強固な意志……
さて、休憩はそろそろ終わりにしましょう。あと五分。全力で貴方を伏せさせようとする私の攻撃を凌ぐには――
――どうすればいいか、おわかりですね?」
立てる。握れる。戦える。
二分の休憩時間は、怪人の身体能力を取り戻るのに十分だった。
身体は動く。戦って、田中を助けなくてはならない。
そんなことは、わかっている。
だが――
――どうすればいいかは、全くわからない。