「言ったはずですよ、一気に飛び込んで殺せ、と。力の限り頭を殴るのと殺さないように恐る恐る気管を圧迫するの、どちらが手っ取り早いかわからないほど馬鹿なのですか、貴方は?」
冷たい地面に這いつくばる俺。それを見下す由佳。勝敗は明らかだった。
立ち上がろうとする手を、踵で踏みつけられる。
「ぐっ……! なんで、そんなことしなければならない……! お前だって、死にたくはないだろう……?」
「相手が死にたくなかったら殺さないのですか? 貴方は今、何のために戦っているか覚えてます?」
「それは……」
視界の端では、未だ拘束された田中がモニターに映っている。
『たぁすけてくれぇぇぇぇぇぇぇ!! 白金ーーーーーっ!!!』
由佳は大して興味なさそうにそれを眺めてから、受付の上部にある時計をちらと見やった。
「あと三分……せいぜい生きてるうちにじっくりお眺め下さい、貴方が選択を誤ったせいでこれから死ぬ、友人の姿を」
その理不尽な言葉に、怒りが沸き起こる。
――ふざけるな。
軽い気持ちで面接に来ただけで、殺されてたまるか。
「……死なん……死なせんッ……!」
右足は、イッた。
少なくとも、今日一日はまともに歩けないだろう。
踏みつける由佳の足を、右で握りしめ。
「……っ」
彼女が足を離したところを、どうにか立ち上がる。
左足一本。バランスは取れないが、まだ俺は負けを認めない。
この戦いの勝敗は、由佳を殺すか否かではない……最後に俺が立っているか、いないかだ。
「私を殺さなくても、立っていられたらいい……。そうですね。立っていられたら、それでもいいでしょう」
自分のネームプレートを、人差し指で叩く。
トン、トン、トン。と、三回。
それが何の合図かは、すぐにわかることとなる。
モニターに映る状況が、変化したことによって。
『えっ……!? し、白金を売れば、俺だけは助けてくれる……!?
言います言います! あいつのことなら何だって教えますよ!!
シュターゼン式の怪人で、たしかネオヒューマンズで改造されたって言ってました!!
そんでそんで、実家は巣鴨の方にあって、今なんか女と同棲してるみたいな感じでしたよ!!!』
……。
……あの、馬鹿野郎が……。
力が抜けかける俺のどうにか立っていた左足を、先ほどよりかはいくらか手加減の入った黒槍が貫く。
今日一日で何度目になるかのダウンに、俺は打ちひしがれた。
「……貴方が守ろうとしたのが、あれです。ここで貴方が戦っている事を知りながら、自分が助かると聞いて即飛びついてくる、見下げ果てた男……。あれを見て尚、立ち上がろうと思えますか?」
哀れみの視線を、俺に向ける。
「あれはこちらで処分しておきますのでご心配なく。白金様、貴方にはこちらからも用があります……手荒な真似をお許しくだ…………」
彼女は、俺の心を読むことができる。それ故に、驚いていた。
――目の前の男が、何か考えるより速く逆立ちを始めたからだ。
「……あと、何分だ? 足でバランスが取れないから、結構キツいんだが……」
呆然とする由佳に、みっともない格好で俺は言った。
「え……? は……? なんですか、貴方……??」
俺の行動が理解できないようだ。
気持ちの悪い動物を見るような表情で、尋ねる由佳。
「…………今の状況、わかってらっしゃいますか? 貴方が立ち上がる必要は、もう無いのですよ?」
「……田中がクズで小物でアホでどーしよーもない奴だって事くらい、十年以上前から知ってるんだ、こっちは……!」
裏切りで奴を見捨てられるのなら、もうとっくの昔に縁など切れている。
そもそも友人でも何でもない。好きか嫌いかで言えば嫌いだし、今回の件で大嫌いになった。もう顔を見ただけで殴りそうだ。
だが。
「それとあいつが死んでもいい理由と、何の関係があるッ……!!」
死んでしまったら、殴ることもできない。
「あっきれた……」
ぼそっと呟く声は、しっかりと耳に届いた。
かなりのダメージで腕をプルプルと震わせながらどうにか体制を保つ俺に、大きくため息を吐いて俯く。
「お前の負けだ、天崎」
男の声だった。だが、若い。
俺が首だけでどうにかそちらを見ようとすると、足が大きく揺れてぶっ倒れてしまった。
「っ……! そ……」
由佳が何か言いかけたが、止まった。何やら、制止があったような切れ方だった。
「へぇ、こいつが柏木隊長をねぇ。まあ根性だけならある感じだけど」
「性能も高い。『魔剣』さえあればお前より強いかもしれんぞ」
「じょーだん。いくら末席の俺でも昨日今日怪人になった奴にゃ負けねーですよ」
もう一人、男。会話の内容からすると立場は下のようだが、こちらは成人男性の声だった。
足音に目をやると、確かに二人の男が近づいてきている。
「まさか、直々にいらっしゃるとは……」
驚く由佳に、男……若い方の男が答えた。
「俺もひと目見ておきたくてな。お前も疲れただろう天崎、休んでおけ」
「……はっ。失礼致します」
「代わりは俺が呼んどいたからさ」
もう一人の男がそう言ったが、由佳は特に何も答えずに俺に言った。
「……白金様。先ほども申しましたが、手荒な真似を失礼致しました。お連れ様は解放致しましたのでご安心下さい。それでは」
「あ、ああ……」
馬鹿を見る目をしていたが、先ほどよりは柔らかい視線であった。
餞別とばかりにPKで俺をソファまで運ぶ。降ろし方も先程より丁寧だ。
……こう言うと何かフラグが立ったような感じがするが、これ以上厄介な女と関わるのは勘弁だ。
「あれ、俺ナチュラルにスルーされませんでした……?」
「されたな。どうでもいいが」
対面に座る、軽薄そうな眼鏡の男。Youtubeとかで配信してそうな顔をしている。
そしてその隣に座るのは、目つきこそ鋭いものの、まだ子供と呼べる年齢の少年だった。
「俺、桝田双道(ますだ ふたみち)。まぁ、よろしく」
上着をあさり、やや掠れた名刺を片手で渡す桝田。
そこには『灰塵衆 第二連隊隊長』と記してあった。
「四枚刃、か……?」
「おう、そうそう。Youtubeで配信してるからそっちもよろしくな」
本当にやってるのか。
どうツッコミを入れたものか迷っていると、子供……中学生、ではなさそうだな。高校生だ。彼が口を開いた。
「……すまんな。俺は名刺は持たん」
「あ、いや別に……俺も持ってないし」
「俺は羽々斬(はばきり)。霰の知り合いだ、と言えばわかるだろう」
「!」
この少年が、あいつだと……?
研究者の、それもかなり上の立場のはずだぞ……。
「あられ?」
両手を広げてきーんと言い首を傾げる桝田を、羽々斬は一瞥もしなかった。
「こっちの話だ。白金、お前は柏木を倒したいと言っていたな」
「あ、ああ……」
と、言うかこの少年、由佳や四枚刃の桝田に敬語を使われているが……。
……いや、今重要なのはそこじゃない。萎縮する必要も、ない。
「……手は、あるのか?」
俺の問に、桝田が頷いた。
「『手』なら、それはもう沢山ね」
「本当か!」
身を乗り出そうとして足が動かない俺に、羽々斬が答える。
「ああ。だが……あれは、お前には向いていない。相反するシステムとさえ言える」
向き不向きがあるのか? なぜ、俺に向いていない……?
「『魔剣』は……真っ当な生き方をしようとする者が持つべき物ではない。桝田」
「はいはい」
そこで桝田が腕まくりをして、両腕の肘から下を晒した。
「? …………あれ?」
両腕の色が違う。太さも、長さも微妙に異なっているように見える。
間違い探しをする俺に、桝田がニヤリと笑った。
「|右《これ》、誰の腕だと思う?」
「え? 誰の、って……」
「柏木の腕だ」
は? え?
何、どういう意味だ? なんでそんなものを?
混乱する俺。
羽々斬は、説明してやるから落ち着けと言った目を向けていた。
「……柏木の、切断された四肢。そこから抽出したエネルギーを凝縮し、腕に詰め込む。
これを使えば奴と同等の力を得ることができる……が。その代わり、ある『衝動』を背負うこととなる。
――『魔剣』を扱えるのは、殺戮者だけだ」