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7-2 蝿姫の休日

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「おおーっはよーぅ!」
 ピンクのインナーの上から白のジャージを羽織ったラフな格好で、彼女はやってきました。
 ミニスカートの裾からは長めのスパッツが覗き、トレードマークのポニーテールと相まってスポーティーな印象を受けます。
「遅刻だぞ」
「十五分だけじゃん。こんなの遅刻に入らないよー」
 急ぐ素振りも無しにたい焼きを咥えながら悠々と歩いてくる春海さん。
 ほいこれ、と私と服部くんに一つずつ配ります。いただきます、と齧りつくと、中身はカスタードでした。
「も゛っ」
 同じく齧りついた服部くんの白目と黒目が逆転しました。
「あ、それ濃縮梅。大当たり引いたね、うつろー」
 全く悪びれる様子もなく春海さんは目を白黒させてる服部くんを見て笑います。
「……どこで売ってるんですか、そんなの」
「作った」
 さらっと言ってのけます。
 家にたい焼き器が存在するとは……春海さん、恐るべしです。
「……もうお前から食べ物は貰わん……」
「まぁまぁ軽いじょーだんだって。ほれ、これはつぶあんだから。口直し」
 と言って春海さんは自分の食べていたたい焼きを躊躇なく差し出しました。
 服部くんの顔が、瞬時に朱に染まります。
「い、いやいいって別に! て言うかこれかんせ」
「えーんりょしなさんな。あたしの手作り、とくと味わえー」
 間接キス、と言うのもあまり気にする性格とは思えませんが、気付いているのかいないのか。春海さんは躊躇する服部くんの口に躊躇なくたい焼きをねじ込みました。
「む、むぐっ……」
「おいしいでしょ?」
 頷く他ありませんでした。
 彼女の弾けるような笑顔は、日陰組にはあまりに眩しすぎます。
「さ、行きますか遊園地!」
 ハイテンションの彼女が、我先にとバスへ駆け出すのを私達二人は慌てて追いました。

 華沢寺公園遊園地。
 広い森林公園の片隅にある、小さな遊園地です。
 遊園地と言うとかなり広く、歩き回るだけでそれなりの時間がかかりそうなイメージがありますが。
「凄い! 狭い!」
 実際は、入り口から一周するのに五分とかからない、小規模な有料公園と言ったところです。
 入場料は無料。各アトラクションに乗るのにチケットが必要ですが、大人一枚百円そこらとお手頃価格で購入できます。
 千円あれば全てのアトラクションに加えて紙コップのジュースも買える、懐に優しい遊園地ですね。
 私は昔……小学校時代に一度、両親に連れて来てもらった記憶があります。
 遊園地に連れて行ってくれると言うからもっと世界的に有名な所を期待しましたが、こんな寂れた場所でがっかりしたものです。
 それでも幼い私は回っていくうちに夢中になり、結局帰る頃には遊び疲れて眠ってしまいました。すやすやと眠る顔は汚れなど知らないように安らかで……私達は顔を見合わせて、笑ったものです。
 お父さんもお母さんも、まだ生きていた頃の話。
 私が、まだ人間だった頃の話です。
「……」
「……倉谷さん?」
 服部くんの問いかけで、私は我に返りました。
 いつもに増して、相当浮かない顔をしていたのでしょう、心配そうに私を見ています。
「だ、大丈夫で……」


 え?
 あれ?
 今、何か……おかしくありませんでしたか?
 



「ん? 鈴奈ちゃんも遊園地ってもっと大きいもんだってがっかりしたクチ?」
 顔を青くしているであろう私に、言うほどがっかりしてなさそうに春海ちゃんは尋ねます。
「い、いえ……前に来たこと、ありますから」
「あ、そうなんだ。へー、やっぱり地元の人は馴染みのあるとこなのかな」
「僕は来たことないけど……ここのジェットコースターとか、古そうだけど大丈夫かな……?」
 私に生じた違和感は、会話の中に埋もれてしまいました。
「……」
 私は『それ』を追うのを諦めて、遊園地の全景を眺めます。 
 機体にサビが浮いている……などと言うことはありませんが、色あせているのは否定できません。遊園地全体が、です。
 それにしても、『バーチャルスペースガンマン』と古めかしいフォントの文字の下で劇画のような男性が女性を片手で抱きながら光線銃を発射している絵が描かれた、とても21世紀のものとは思えない建造物が残っているのに驚きです。
 あの中では、小型宇宙船(の設定のアトラクション)に乗り込んで宇宙人やらドラゴンやら大魔王やらを撃ち落とすとってもスリリングな(皮肉です)体験が可能です。
 当然と言うべきか、園内を見回した春海さんは……
「あれ乗ろうあれ!! あれ乗りたいあれ!!!」
 ……真っ先に、目を輝かせてバーチャルスペースガンマンを指差しました。
「うわぁ……ノリが70年代だぁ……」
 渋い顔をする服部くんも、春海さんに引き摺られてバーチャルスペースガンマンの仲間入りをする事になります。
 勿論、私も。


「いやあ、中々趣があるアトラクションだったね! また乗ろう!」
「……僕はもう二度と乗らない」
 二人の感想は真逆でした。
 最初に渋い男性の声で『スペースガンマン新入りの諸君! 今日はよく来てくれた!』とスピーカーから流れてきた時点で、春海さんはノリノリでしたし、服部くんは「なんだこれ……」と引き気味でした。
 上下に動く宇宙船に乗ってスクリーンに映る敵を撃退するときも、癖のある挙動と強めのフラッシュで服部くんは開始十秒ほどで酔い、春海さんは彼の光線銃をもぎ取って高得点を叩きだしていました。景品の勲章まで貰って、ホクホク顔です。
「少し休みましょうか」
「じゃあたし飲み物買ってくるよ」
「……ごめん、ありがとう」
 服部くんをベンチに座らせ、春海さんを見送ります。
「……次は軽いのにしましょうか。観覧車とかどうでしょう」
 これで高所恐怖症だったら目も当てられないな、と考えながら私は提案しました。
「うん……それなら大丈夫だと、思う」
 二人して観覧車を見上げます。
 看板によれば、全高は55m。流石に大規模な遊園地には劣りますが、一周するのに十分かかる、目玉アトラクションと言っても過言ではないでしょう。
 定員は四名。私達全員、同時に乗ることができます。
「じゃあ、三人で乗りましょう」
「いーや、二人だ」
 え、と私と服部くんが声の方を向くと、春海さんが飲み物を抱えてにんまりと笑っていました。
「男子一人に美少女二人。ハーレムも捨てがたいけど、うつろーは女の子と二人っきりでゴンドラに乗ってみたかったりみたくなかったりしない……?」
「ど、どういう意味だよ」
「お前もリア充の仲間に入れてやろうって言ってんだよ! あたしと鈴奈ちゃん、好きな方……なーんて選ばせん! 二回乗ってもらおう!!」
「はぁっ!?」
(例によって例の如く)春海さんの唐突な台詞に焦る服部くん。
 そうなると、私も服部くんと二人きりで乗ることになります。
 ……十分は、あまりに長すぎるような……。
「もちろん後であたしと鈴奈ちゃんも二人っきりで乗るからね!」
「それは、別に構いませんけど……」
「決定!」
「僕は構うよ!?」
「じゃー順番決めじゃんけんしよう。グッパーで二人になった組からスタートね」
 哀れ、服部くんの異議は(例によって例の如く)見事にスルーされます。
 結果、最初に乗るのは私以外の二人になりました。
「じゃ、鈴奈ちゃん悪いけどちょっと待っててね。ほら行くようつろー。……密室で男女二人、何も起こらないわけがなく……」
「起こらないよ! 引っ張るなって!!」
 私に手を振る春海さんと、明らかに動揺している服部くん。二人を見送って、ベンチに座ります。
 ……待つ側としても、十分は少し長いですね。
 さてどうしましょうか、と思ったところで――
「……雛ちゃん?」
 彼女からの着信が、ポケットを揺らしました。
「……もしもし?」
『ベル姉!? 今どこおる!?』
 相当焦った声で、雛ちゃんは叫ぶように聞いてきました。
「今は、華沢寺の遊園地にいますよ。何かありましたか?」
『華沢寺? ……東京にはいないんやね?』
「はい」
 安堵の溜息が、電話越しに聞こえます。
『今日は東京には絶対、絶対に、近づいたらあかんよ。ええね? ……ごめんなベル姉、急いでるからまた今度』
「雛ちゃん……?」
 切れてしまいました。
 東京で、何かあったのでしょうか。
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