あー人殺してぇ。
そんな事を考えながら街中を闊歩する様は明らかに危険人物だが、よく考えなくても俺はそうとうの危険人物だった。
駅前の大通り。都心ではないとはいえ休日の昼間だけあって人通りは多く、排気ガスの臭いもいつもより強い。
レイジの情報網が使えなくなって数日。俺の中の殺人衝動は活性化し、道行く人々が右腕の餌に思えてくるようになってくる。
流石に、特に好きでもない一般人を殺して回るのは少々気が引ける。ので、俺はヒナ子に頼んでおいた適当な組織の場所へと向かっていた。
『バレたら羽々斬に怒られるからあんまり期待せんでね』
と言う通り、質も量もレイジの情報に比べると数段落ちる。まあ文句は言ってられねぇがな。
直に灰塵衆に足を運べばもうちょいまともな情報が見られる、とも言われたが……あの糞ガキと鉢合わせて殺し合いにでもなったら最悪センが出てきかねない。そうなると話は面倒くさくなる一方だ。
死体運搬用のボストンバッグ(灰塵衆時代から使っていた特別製だ)を担ぎ、人波に混じって道を歩く。
パトロール中の警官とすれ違う。まさか、こんなところを大量殺人犯が堂々と歩いているとは思わないだろう。
当然といえば当然だ。一般人を殺していない俺は特に指名手配もされていないし、職質も数回しか受けていない。向こうからすれば、特に悪さをするわけでもないチンピラ紛いだ。
「よお。世界は平和だなぁ、先輩?」
と、何者かが声をかけてきた。
俺の横に並び、歩調を合わせる男。
背は俺と同じくらい。寒くなってきたと言うのにアロハシャツに短パンサンダルと言う頭の悪そうな服装に金髪を逆立てて鼻にピアスを付けた姿は、定職に就いている人間とはとても思えない。俺も人の事を言えた格好ではないが。
一人でも街の景観を乱すようなチンピラ野郎だが、俺と並ぶと相乗効果で糞チンピラ野郎共へと早変わりだ。あっという間に周囲五mに人が寄り付かなくなった。
「なんだお前」
不機嫌そうに尋ねると、チンピラBはガムを取り出してクチャクチャ食い始めた。殺していいのかこいつ?
「平和ってのはいいもんだ。何かに脅かされることもなく、ありふれた日常を過ごす事ができる。テロだの戦争だの、危険は全部テレビん中。生は常に死と隣り合わせ……そんな当たり前の事を、平和は忘れさせてくれる」
なんか語りだしたぞ。
何がしたいんだこいつは。そんな格好で宗教の勧誘か?
「だが、これは偽物の平和だ。なんてったって、俺がいる。あんたがいる。俺もあんたもいつかは滅ぶが、俺たちが生きてる限りは、真の平和など遠い夢の話だ」
「…………」
「……こんな街中に、何の葛藤も躊躇もなく、人間を虫ケラのように殺す事ができる奴がいるって事を、知ってた方がさぁ……真の平和のありがたみがわかるってもんだよな?
そうは思わないかい、『ジェノサイド・ゼロ』さんよ」
俺は、再び尋ねる。不機嫌を、隠そうともせずに。
「なんだ、お前」
話は支離滅裂だった。平和だのなんだの、心底どうでもいいに違いない。完全に適当こいてやがる。
一つだけ確かな事は、こいつが俺と同類だと言うことだ。
「後輩だよ。裏切り者のあんたの代わりとして大将に改造されたカワイソーな奴さ」
「……糞ガキの刺客ってわけじゃなさそうだ。灰塵衆のもんじゃねぇな。俺はあそこ以外を裏切った記憶はねぇが、何の話だ?」
「おいおいおいおい、忘れちまったのかよ。てめぇが『ジェノサイド・ゼロ』だったのはいつの話だよ。最初に改造されたのはどこだった?」
何を言ってるんだこいつは。本当に頭がおかしいのか?
「……蜷川なら俺が殺った。『アフターペイン』は、もう存在しねぇ」
「ほう。じゃあ何で、俺がいる?」
意味深な発言だった。それでいて、とんでもなく不穏な発言だ。
「……どういう意味だ」
「こういう意味だ」
そう言って、チンピラBは腕を躊躇なく自らの胸に手を突き刺す。
ニナカワか。それも、俺と同じ変身方法。ニナカワ式の中でも、相当|古めかしい《クラシック》……
「……!?」
その姿には、見覚えがあった。
全身真っ黒で、岩石の鎧を纏ったような荒々しい姿。
目は見えない。徒手。二足歩行。体躯は元と大差がない。
「……『アフターペイン・ナンバーズ』が一人。『カーネイジ・ツー』の桜間塵(さくらま じん)だ。ま、よろしく頼むぜ先輩」
……奴の怪人態は。
『|俺《ジェノサイド・ゼロ》』と、酷似していた。
「ひゅう」
パァン、と数m先に突っ立ってた男の頭が弾けた。
鮮血が、付近に立っていた奴等の身体に軽く付着する。俺と桜間以外に、何が起こったのかをすぐに理解できる奴はいなかっただろう。
突然現れた漆黒の怪人。消失した、通行人の首から上。
俺が変身を終える頃には、死人は二人増えていた。身体を横一閃に一薙ぎされて、男と女が一人ずつ凶行の犠牲となり。
ようやく、地を揺るがすような悲鳴が折り重なって響いた。
振り向いた桜間は、俺の変身した姿を上から下まで眺める。
「おっ、随分俺とそっくりじゃねーか。やっぱりプロトタイプらしくところどころ洗練されてないってのはあるが……、さて。実力の方はどんなもんかね」
怪人だとは思っていた。俺の命が目的だとは思っていた。
だが、まさかこんな街中でいきなり殺戮をおっ始めるとは思わなかった。クレイジーな野郎だ。
構える俺に、桜間は嬉しそうにうんうんと頷く。
「殺人衝動を持つ怪人。ナンバーを持つニナカワ式。試作品と完成品……二人揃えば、やることは一つだよな?」
「……ああ。一つだけだ」
殺すのに、なんの躊躇もいらない奴がのこのことやってきやがった。
色々と聞き出すことはあるが、やることは決まっている。
俺の殺意を受けた桜間は、黒く赤い右腕を掲げて大声で叫ぶ。
「『どっちが多く人間ぶっ殺せるかなゲぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぇぇムっ』!!!!!!!」
「あ?」
「ルールは簡単! 変身が解けるまでにより多くの人間を殺した方が勝者だ! 反則なし! 妨害あり! さっき殺した奴はウォームアップだからノーカウント! OK?」
呆気に取られる俺に、桜間は当然のように話を進めてくる。
「あんたが勝ったら組織の情報をプレゼント。俺が勝ったら、『ゼロ』のナンバーを貰い受ける。どうだ? 面白いだろ?
俺さ、『カーネイジ』はいいとして『ツー』ってのがイマイチ気に入らなくてよ。二番だぜ? 『ゼロ』か『ワン』の方がかっこいいし俺に合ってると思うんだよな。
大将も勝てたらいいって言ってたし、それでいいだろ。そんじゃま、よーいスタート!」
「あ??」
そう言うや否や、俺には目もくれずに逃げ惑う一般人の群れへと全速力で突っ込む。
やや低い姿勢を保ち。両腕を伸ばしたまま、一切減速することなく。
そして、最後尾の人間と接触した瞬間――
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
――赤い飛沫が、俄雨と化す。
「ヒュウっ、気ン持ち良いぃ~~~~~~!!」
枯れた土地の住民のように、雨の中ではしゃぐ桜間。
そして俺を振り返って、首を傾げる。
「あれ、先輩どうしたんだ? やんねーのかよ?」
俺は踏み込んで、一足に桜間の前へと跳躍した。
距離が近くなったところで尋ねる。
「……お前、俺を殺しに来たんじゃないのか?」
「今日はただの挨拶だよ、アイサツ。堅苦しいことは抜きにして、一狩りいこうぜ。はい9ポイント目っと」
そう言って、腰を抜かす年寄りの頚椎を鼻歌交じりに踏み潰した。
同時に、俺の右足が桜間の心臓を撃ち抜かんと打ち出される。
が、本気で放った蹴りは、左手で軽く止められた。
「……てめぇをぶっ殺したら、何ポイントだ?」
「そりゃ、勝利確定だろ。ぶっ殺せたらの話だけどな」
お返しとばかりに桜間のミドルキックが放たれた。
「っ!」
空気と、尺骨が同時に弾ける音がした。
そんじょそこらのニナカワとは一線を画す威力。俺のガードをぶち破り、数m吹き飛ばす。
受け身こそ取れたものの、明らかに力負けしている。俺も長いこと怪人を相手にしてきたが、こんな馬鹿力を相手にするのはそうそうなかった。
「ハッ。一発逆転も結構だけどな、地道に得点稼いだ方が楽だぜ?」
軽く笑って、桜間は再び人間狩りを始める。
「チッ……」
ムカつく野郎だ。