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8-7 イグニッション

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「どうした? 降参か?」
 魔剣を抜かずとも、俺の指穿は瞬きより速く眼球を抉ることができる。
 いくら相手が強かろうが、この距離で変身の有無はダイレクトに勝機を分ける……ようするに俺の勝ちってことだ。
 ことだが。
「ああ、降参だ。お前を殺すのは骨が折れそうだ。やめておく」
 平然と返されるとそれはそれで困るわけで。
 こいつ絶対捕まる気も付いてくる気も、当然死ぬ気もないやつだし。
 おまけにどんな手を隠し持ってるかわかったもんじゃないやつだし迂闊に攻撃したくない。絶対やだ。
 今考えられる最悪のパターンは、ここで俺が迂闊に攻撃し、隠し球で見事返り討ちに遭う事だ。
 そうすれば当然2対1となって白金は100パー死ぬ。二人とも死ぬからナンバーズの情報も何も得られない。最悪。
 あまりに無駄死にすぎて現世から地獄にボスから刺客が送られそうな程に超最悪。
 んで、俺が垂れ流すとマズそうなのはボスとセン隊長の情報。それ以外はまぁ許容範囲内なはず。
 俺の情報なんてツイッターとWikipediaに書いてあるし(自分で編集した)、白金も現時点での重要度は低い。
 ナンバーズを連れてくればお釣りが来るし、それはこいつじゃなくてもいい。
 だから俺は無理をしない。
 いのちだいじに。
 |みんな《白金》がんばれ。
 おれはかえるぞ。
「あいつは……白金と言ったな」
 どうせお前もこれ以上戦うつもりはないだろうとばかりに平然と煙草を咥えるバイク王。引火しろ。
 って言うかピアニッシモとか吸ってんのかよ。女子か!
「女子か!」
 バイク王は俺のツッコミにちらと目線をやるだけで大したリアクションを見せずに続ける。
 俺も目線の先を見る。白金生きてた。けどまぁ案の定と言うべきか、結構ボロボロになってた。
「『四枚刃』でもないのにお前に対し敬意を払っておらず、同格のように振る舞う……新人の態度ではない。奴は灰塵衆ではないな。何物だ?」
 なんでこいつ俺が答える前提なんだろう。バイク女王め。
「そいつはハズレだ。俺はきさくな人気者なため灰塵衆でもみんなフレンドリーに接してくる……白金もまた然り、ってわけだ」
 もーうちょっと羨望の眼差しで見てくれてもいいと思うんだけどね。ま、話しかけやすい上司ナンバーワンである俺の人徳ってヤツ……かな?
 敵意もないのに変身しっぱなしなのもなんなので俺も変身を解いた。
 これで殺されたら完全にギャグだけど俺はギャグキャラじゃなくて屈指のシリアス担当だし超重要キャラだから大丈夫だと思う。
 って言うかむしろもう主人公みたいなもんだしな。そうなるとヒロインは雛ちゃん隊長か。ロリだし暴力系ツンデレだし能力持ちだし美少女だし文句ないわ。
 帰ったら早速雛ちゃん隊長にラッキースケベ試みよっと。主人公だからビンタで許して貰えるだろ。
「あの灰塵衆の一員が、たかだか敵の同士討ち程度で憤るものか」
「いやー、誰一人憤らないわ」
 あれ完全バレてんじゃん。ダメじゃん白金~。
 ま、いいやもう嘘つくのも面倒だし。バラそ。
「うんちがう。まぁアレだよあいつはアレ、派遣社員的なやつ。バイトバイト」
「|我々《ナンバーズ》対策か、あるいは|プロトタイプ《ジェノサイド・ゼロ》用の駒と言ったところだろう」
「うんそんな感じそんな感じ」
「自分に一切関係無い他人……それどころか敵の死に、猛る男……か」
 何やら興味深そうに見ている。やらんぞ。白金はうちの大事な使い捨て特攻兵器兼魔剣実験体だからな!
 煙を吐き出すのを見て俺も煙草吸うかとポケットをまさぐるも、そう言えばライターはボスにへし折られたんだった。
「悪いライター貸して。白金の情報代ってことで」
 と言って手を出すと、バイク王はわずかにバカにしたようにふっと息を吐いた。
「世界を灼き尽くす男が火に困るのか」
「俺が加減を間違えたら煙草工場が蒸発しちゃうからな」
 聞きました、最高にクールな俺のジョーク?
 聞きました?




 ◎




 巨大なコンテナは凄まじい勢いで地面に叩き付けられた後で、バウンドして壁を突き破っていった。大きな水音が聞こえたので、恐らく海へと飛んでいったのだろう。
 コンクリートの地面は数十センチ単位で陥没している。一方で俺の身体は……一応、直撃は免れた。
 完全に避け損ねた左手がスーツの中でひん曲がり、肉を突き破っているのがわかる。
 脳内麻薬が出ていなければ立つこともままならず悶絶しているであろう痛み。ほとんど『感覚がない』で済んでいるのが救いだった。
「おや、外しちまったかッ……。てめぇ、グッドラックだぜッ!」
 噴煙が晴れると、和田が俺へと歩み寄ってくる。
 息を切らし、左腕をだらしなくぶら下げ、視界が定まっていない俺へと。
 マズい、一旦逃げて体力回復を――
 俺が後退しようと振り返ると、そこには拳があった。
「逃がすかッ!!」
 顎をアッパーが捉え、衝撃が脳天へと突き抜けていった。
「……っ……?」
 そして大きく頭を反らされた俺が見たのは、浮き上がった俺よりも上空から踵を落としに来る和田の姿。
「ぶっ|死《ち》になァッ!!!」
 それをもろに受けた鼻が陥没し、俺は急上昇もそこそこに急降下させられて後頭部を固い地面に叩き付けられた。
 ほとんど突き刺さる勢いだった。
「…………!」
 視界が激しく点滅しながら揺れている。身体は痙攣して脳の命令を受け付けず、肺から酸素が出たっきり戻ってこない。
 まずい。これは。
 死ぬ。
【死ぬ】
 死。
 目の前には、赤と青があった。男だ。何か言っている。わからない。
 笑っている。笑顔。なぜ?
 俺は、こんなにも苦しいのに。
 どうしてお前は笑っている?
 何が面白い?
 何故俺がお前に笑われないといけない?
【不快だ】
 
「――い! しろが――!」

 遠くで声が聞こえる。
 知ってる声だが、誰だかわからない。内容も、聞き取れない。
 目の前の男が、足をゆっくりと振り上げて俺へと落とした。
 脳が揺れる。
【不快だ】
 何度も、何度も、踏みつけられて吐き気を催す。
 胃液は出てこなかった。
【殺す】
 代わりに出てきたのは、怨嗟だった。
【殺してやる】

「――かやろ――! ――を、つか――」

 何か、言われている。
 何か、あった気がする。

【ぶち殺す】
【ぶち殺し尽くす】
【目の前のこいつを】

 この欲を満たしてくれる、何かが。
 こいつの笑みを止められる、何かが。

「おま――みぎてに――!」

 右手。
 右腕。
 そうだ、俺の右腕は俺のものじゃない。
 この状況において、抜かれるのを待っている。

【呼べ】
【叫べ】
【お前の力を】

 お前の、名前は――


「ま……け、ん……ばっ……と、う……――」
「あ?」

 右腕に心臓が移動したかのように、大きく跳ねた。
 本物の心臓へと。そして血液を伝わって、全身へと。
 殺意が巡り巡る。その速度は一周毎にどんどんと速くなる。
 俺の体内が……身体そのものが、廻っている。渦を成している。
 巨大な|嵐《ストーム》を、その身に押し込んだかのように。








「――《ストーム・ブリンガー》ァァァァァァ!!!!!!!!!」

 




 視界は澄んだ。
 痙攣は止まった。
 呼吸は整った。
 思考は正常だ。




 これで、殺せる。
 お前を、殺す事ができる。  
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