第一波を撃退し、静かになったかと思えば今度は耳障りな警報が部屋に……恐らく基地内に鳴り響いた。
部屋を観察すれば、右の角にひっそりと監視カメラが配置してある。俺は先ほど殺した四人目の拳銃を拝借し、一発撃ち込む。
外れた……銃はあまり得意じゃないんだ。
よく狙って二発目。レンズの端を貫いた。
当然、そのくらいでは警報は止まらない。未だ侵入者を殺せと高らかに叫び続けている。
扉を破った直後ではなく、刺客が全滅した所で警報は始動した。
どうやら、この程度の戦闘員も倒せないようでは警戒するに値しない……と言うことらしい。
上等だ。
ちっとは悪の組織らしいところ見せてくれよ。
片手で二回転させた拳銃をポケットに突っ込みながら、開かれたままの扉を潜る。
廊下は真っ白だった。天井にはランプが一つと申し訳程度の照明とが並んでいて、横の壁には扉も窓も張り紙の一枚もない。
奥には壁、右に曲れば扉が見える。迷いようのない一本道だ。
人が二人半通れる程の幅の道を歩く。 一歩進むごとに視界が赤に白にと切り替わる。
指揮系統に支障が出るのか、扉の前に到着した頃には音だけは聞こえなくなった。
扉が開く様子はない。物音もしない。どうやら待ち伏せされてるようだ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。 俺はドアを勢い良く開いた。
出てきたのは雨だった。
数十発の鉛弾が、横殴りに俺に降り注ぐ。
「ぐあッ!」
体を削る痛み。目に激痛。視界の左側が断線し暗転する。その中で俺はどうにか扉を閉めた。
開かないようにしっかりと押さえつけると、手から痺れるほどの超振動を受ける。
扉は無数の銃弾を浴び、耳をつんざくような悲鳴を上げながらもそれを凌いでいた。頑丈な扉だ。
「痛ってぇ……あぶねぇじゃねぇか、畜生」
左目をやられた。躊躇なく指を突っ込んで、銃弾を抉り出す。
ぐちゅりと言う音と感触がいささか気持ち悪いが、撃たれた瞬間に比べれば大したことはない。
大事ではない、ちゃんと回復する。が、すぐに元通りと言うわけにもいかない。五分で形が修復、十分で完治だ。
……さて、どうするか。
見たところ、|軽機関銃《サブマシンガン》が七、八人程。
突撃銃や散弾銃ならまだしも、たかが拳銃弾の十発や二十発なら小石同然。
……なのだが、さすがに数百発数千発も受けたら体の再生が追いつかないだろう。その上、左目が使えない状態だ。
『あっち』になれば一秒だが、俺は切り札は取っておく方なんだ。何があるかわからないしな。
まあ……問題ないだろう。
手で押さえていたドアを見る。鋼鉄のドアは破れこそしないものの、銃弾の嵐に曝されて歪んだ凹みをどんどん膨らませている。
……よし。
俺は武器を取りに、来た道を走り抜ける。
三歩と歩かない内に扉は開かれ、銃弾が背中を穿った。
曲がり角、壁を蹴って跳ぶ。後ろからいくつもの足音。奴らが追ってきている。全力で走る。先頭の放った銃弾が肩に食い込む。壁に反射した弾が頬を殴る。
最初の部屋の入り口に武器はあった。俺はそれを拾い上げ、奴らに面を向けて、立てた。
弾丸と鉄板がぶつかり合う、脳を揺さぶるような騒音。まさに目と鼻の先から、それは発生している。
最初に蹴飛ばした、15cmはある分厚い鉄の扉。
俺の蹴りを受けても大して凹まず、蝶番と鍵の方が壊れていたほどの立派な武器。同時に、防具でもある。
予想通り、銃弾の掃射を受けてもビクともしない。頑丈で重厚な、俺の盾だ。
俺はそれを構えたまま、部屋から奴らに向かって走った。前は見えない。ただ、銃弾の音がどんどん激しくなっていく。
「うわっ」
何かにぶつかった。恐らく先頭にいた奴だ。
俺は扉から身を乗り出し、前方を確認する。真ん前で一人が尻餅をついており、奥で二人が倒れた仲間を撃たないように俺の顔を狙っていた。
残りはここからは見えない。狭い廊下では大人数は逆に動きにくいと判断してか、後方で防衛線を敷いているようだ。
弾幕は、限りなく薄い。
俺は扉の両脇、下の方を両手で挟むように持ち。
「糞がッ! くたばりやがれ!」
足に銃弾を受けながらも、頭上に大きく振り上げて一呼吸。
「えっ……おい」
力の限り、振り――
「ちょ……待っ」
――下ろす。
稲妻が落ちたような轟音が一帯を支配した。
さっきまでうるさかった銃声も、同時にピッタリと止んだ。
ほとんど床と密着した、扉。俺がゆっくりとそれを持ち上げると、下にあったものは最早、原型を留めていなかった。液体か固体なのかも曖昧な、赤い肉と汁。ねちゃりと粘り気のあるそれが裏にこびり付き、扉に糸を引いていた。
「うわぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
奥の二人、曲がり角にいた奴らが狂ったように乱射し始めた。
俺は再び扉を持ち変える。今度は素早く真ん中ほどを挟み持ち、地面と平行に頭上に構える。掲げる、と言った方が正しいかもしれない。
一歩、二歩。歩く。
距離が離れているため、集弾率に優れないサブマシンガンの命中率は落ちる。焦っていれば尚更だ。
「しーーー……」
三四五、と走って――
「……ねぇッ!!」
力の限り、ぶん投げた。
放たれた扉は一直線に伸び、爆音と地響きを伴って深々と奥の壁に突き刺さる。
「お……」
「う……ばぁ」
その軌道上にいた二人の男は、仲良く壁に磔にされる。
腹から切断された下半身がずるりと壁を引きずり、力なく床に崩れる。断面から千切れた腸がぼろりとこぼれ落ちた。
呻き声と荒く絶え絶えな呼吸音。それだけが響く廊下、をゆっくりと歩く。
奥まで来たところで、右の男がサブマシンガンを弱々しく俺に向けた。
「ば……けも……」
俺はポケットから拳銃を取り出し、右の頭に二発、左の頭に一発引き金を引く。血と脳漿を噴出し、動かなくなった事を確認して扉を思いっきり引っ張る。
抜けた。角が少し曲がり、両面とも真っ赤に染まっているが、まだ充分使える。
支えを失った二つの上半身は地面に落下し、片方は下半身の横に並び、もう片方は下半身と折り重なった。
熱を持ったサブマシンガンを拾い、表も裏も血塗れな扉を引きながら、俺は曲がり角を進む。
「さあ……次はどいつだ?」
攻防一体の武器にサブマシンガンを手にした俺と、恐怖に萎縮、または混乱した五人の男。勝負になるはずがなかった。
一人は横殴りの鉄板に頭の上半分をこそぎ取られ、
一人は鉄板に挟まれて壁の染みにされ、
一人はマシンガンを至近距離から受けて顔面を蜂の巣にされ、
一人は射線が重なった仲間の誤射に倒れ、
一人は半狂乱になり首を千切られても笑顔のままだった。
全員、死んだ。少し手こずった。が――
「まさかこれで、終わりじゃあないよな?」
先ほどと同じく部屋の右隅にあった監視カメラに笑いかけ、俺は銃弾を一発放った。
カメラは根元から折れ、落下して砕け散った。