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「嘘をつかねば仏になれぬ(前編)」

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 無益な僕にたった一つの取り柄がある。信じがたい話だと思うが、嘘が見分けられるのである。
 僕達が日常でやり取りする会話の中には大量の嘘と本当が紛れ込んでいる。嘘の中にも種類があり、意図的に紡いだ嘘と無意識の内に構築された嘘。どれも嘘には変わりがなく、言葉の罪がある。しかし、厄介なのは後者の方なのだ。心理学者フロイトの説である防衛機制とでも言うのかだろうか。人間は無意識の内に事を合理化しようと、何も屈託のない綺麗な嘘をついてしまうのだ。
 僕の取り柄は、今後大いに役立つだろう。でもきっと使い方を間違えている。心が清らかな善人は僕を見て笑い飛してもらって構わない。嘘を商売にする僕の醜い人生が一体いつまで続いていくのだろうか。



「何度言ったらわかるんだ!」
その怒鳴り声は、とあるファミレスにて響いた。髪の毛という概念が消滅してしまった頭皮を兼ね備えたファミレスの店長は、一人の男を叱り付けていた。その男と言うのは僕の事だ。僕は頭を下げて謝り続ける事しか出来なかった。
「すみません、調子が悪くてつい...」
「ついっ・・・じゃねぇだろう!しっかりしてくれよ。最近ファミレス強盗も多いってのに。」
「すみません・・・」
「もう帰ってくれ!」
店長は煮蛸のようにプリプリ怒りながらスタッフルームを後にした。僕も帰れと店長命令が出てしまった以上帰る他無く、そそくさと帰途に着いた。今思えば、ここが分岐点だったのかもしれない。もしここでファミレスに残っていたら、こんな非日常の世界に飛び込む事は無かっただろう。
 六畳余りの汚い家に帰れば、ゴロリと敷きっぱなしの布団にダイブした。放牧された家畜のような解放感に見まわられ、フワフワした気分になる。と、同時に強い眠気もやってくる。
 脳内では、走馬灯のように流れる昨日と今日とまだ分からぬ明日の出来事が巡りまわる。昨日間違い電話が掛ってきた事、今日皿を大量に割り店長に怒られた事、明日は久々の休日である事。そんな事を考えているうちに意識が遠のいてくる。その時。

―ドンドンドンッ

 誰かがドアを強く叩く音がした気がする。

―ドンドンドンッ

 (寝かしてくれよ・・・・)

「ケイサツの者ですが居ませんか?」

 (なんだ、ただの警察か。んっ警察!?)

 僕は慌てて飛び起き、玄関のドアをそっと開けた。そこに立っているのは気の弱そうな男と、それまた正反対な態度の女がいた。こんな凸凹コンビが訪ねてくる心当たりは無いが、一大事の様に見える。話だけは聞こうと思った。
「あの...何の用ですか?」
「中に入れさせてもらうぞ」
 とっさに動いたのは女の方だった。無理やり押しのけて中に入ろうとする。見知らぬ人を家に入れられる程、広い心と部屋を持っている訳ではない。必死に抵抗をした。
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!」
「うるさい!入れろ!」
「なに勝手な事言ってるんですか!」
 強引に入ろうとする女と揉め合う最中、生まれたての子羊のようにプルプル震えている気の弱い男が声を張り上げ言った。
「佐藤さん落ち着いて下さい!!」
 僕の顔を鷲掴みする女、佐藤と呼ばれた女は一旦僕から離れた。佐藤は、ポカンとしている僕に「すまない」と一言いい、スーツの胸ポケットから何か黒い手帳のような物を出した。と思いきや、一瞬の内に胸ポケットへしまって見せた。その不可解な行動にまたしてもポカンとなる。阿呆面でその女を見ていると、もう一度黒い手帳を胸ポケットから出しては、即座にしまう。僕は堪え切れず尋ねた。
「あの・・・なんでしょう?」
「だ、だから手帳だ!」
「・・・・はい?」
「ケイサツだと言っているんだっ!」

(この女なめてんのか?)

 多分、ドラマや映画で見る、刑事が身分証明として使う警察手帳を掲示するシーンを真似ているのだろう。この二人が警察でない事はハッキリと分かっていたが、此処まで阿呆な事をやるとは思わなかった。僕はこの二人に適当に合わせて帰ってもらう事を願った。
「その警察がどういった御用で?」
「いくつかの質問に答えて頂きたいのですが。」
「はいはい、どーぞ。」
 すかさず気弱そうな男が手帳を確認しながらボールペンを握った。随分手の込んだ遊びをしていらっしゃる。僕は何も言う気になれず、その男からの質問を待った。
「えっと、貴方が山田さん?」
「はい、まぁ。」
「じゃあ、ここから徒歩10分程度のファミレスでバイトをしていらっしゃる?」
「はい、まぁ。え?」
 この男は今、僕のバイト先を言った。縁もゆかりも無いこの男が自分のバイト先を知っているとは思えない。これは、なかなかの鳥肌ものである。もしかしたら、自分が思っている以上にヘンテコな奴らなのかもしれない。僕はあえて突っ込まずに男の質問を聞く事にした。
「山田さん、黄色いケースをみませんでしたか?」
「黄色い・・・ケース?」
 彼らはその黄色いケースを探しているが為にこんな事情聴取もどきをしているのだろうか。生憎そんな物を見た覚えはない。これ以上覚えもない事を聞かれても腹が立つだけだ。僕は話を切り上げる事にした。
「見覚えがないな、帰ってくれ」
 返事は聞かなかった。そのままドアを閉め、鍵をかける。彼らの反応は無い。どうやら諦めて帰ってくれたようだ。

 再び布団に潜ったは良いが、さっきまでの心地よい眠気は嘘のようになくなってしまった為、徐にテレビのスイッチを入れた。テレビ画面には今流行りの漫才師がニコニコと笑いながらトークをしていた。

<いやー、昨日便器の中に片足つっこんじゃって!>
<ほんっとアホやな!>

 予め練り上げられたトーク話、いつもだったらエンターテイメントとして笑ってみてたかもしれない。でも今はそんな和やかな気分にはなれなかった。仰向けになって天井を見つめると、そこには人の顔のように見える木目があり、目が合う。うすら笑いした木目の顔が僕を見下しているような気がする。僕はそいつに話しかけてみた。

「嘘つきは嫌いだよ」





 とある路地裏にて怪しい空気を纏った二人組の男女が居た。一人は細身で頼り甲斐がない男、もう一人は高身長で目つきが鋭い気の強そうな女である。女は電柱に寄り掛かり、腕を組んでいた。男は挙動不審にあたりを見回して言った。
「さ、佐藤さん、追いかけてきてませんよね」
「追いかけて来る訳ないだろう」
 佐藤は深く溜息をついた。見ての通り、相棒の城島(きじま)は極度の臆病者で心配性である。そうのえ女々しい。組まされた当初は苛立ってばかりいたが、今では慣れたというより呆れているのである。佐藤は車の鍵を出そうとズボンのポケットに手をやった。
「あれ?鍵がない・・・城島、車の鍵もってるか?」
「いや持ってませんけど、そういえば胸ポケットに入れてませんでしたか?」
 そういえば、さっき立ち寄ったコンビニで黒い手帳と一緒に鍵を入れたのを思い出した。しかし胸ポケット抉るように漁っても鍵らしきものはなかった。佐藤は蒼白な顔で城島を睨みつけた。
「落としたかも・・・」



 翌朝、不思議な物を拾った。さて、これは一体なんの鍵であろうか。
 六畳余りの部屋に、廊下を省いてダイレクトに出入り口のドアが建てつけられている部屋で、不可解な落とし物があったのである。黒くてゴテゴテした物、一般的に考察すれば、車の鍵であろう。察するに、昨日来た二人組の落とし物と考えていい訳なのだが、もしそうなら彼らは取りに帰ってくる可能性が高い。またヘンテコな茶番に付き合わされるのは断固お断りだ。僕は丁寧に茶封筒に鍵を入れ、ドアの外に貼り付けておく事にした。これで気付かなかったら相当の阿呆か馬鹿だろう。
 そうこうしている内に朝の10時を過ぎていた。家でゴロゴロするのも勿体なく、外でのんびり過ごす事にした。

 都会という訳ではないが、適度に開発されたこの街は好きだ。少々ガラの悪い連中が居るとは聞くが、普通に暮らしていたら絡まれることはない。ないのだが、どういうことだろうか。近くの駐車場で蹲っている怪しい二人組が居たのだ。しかもこちらを見ている。

(見なかった、いや見えなかった!)

 そそくさと方向転換をして脇道に入ろうとすると、二人が鬼の形相で走って来るではないか。僕は訳が分からず全力で逃げざるえなかった。クネクネと道を曲がり撒こうとするものの、特に女の方の足が速くてなかなか撒けずにいた。そろそろ体力の限界を感じた僕は、一旦振り返り、止まった。
 二人もそれに合わせて止まる。男の方は今にも死にそうな顔をしていた。女は死にそうな相方を無視して話をした。
「ケイサツだ。」
「いい加減にしろよ、お前ら何なんだよ。」
「私は佐藤、彼は城島という者だ。それ以上は言えない。黄色いケースの持ち主を探している。」
 佐藤と言う女は、まるで検索キーワードのように単語を言い並べる。
「だから黄色いケースってなんだよ!」
 この時の僕はそうとう頭に血が上っていたに違いない。この期に及んで『警察』と言い張る事に、また、覚えも無い事に追いまわされる理不尽さに。いっそのことぶん殴ってやろうかと拳を握ったその時だった。

「テメェらか、嗅ぎまわってるネズミってのは」

 僕と二人組の間に挟まるようにして登場する男、まるで世界中のありとあらゆる悪を体内に集約し、全ての黒幕の様な風格を纏った彼は、首の関節をポキポキと鳴らしていた。これぞ悪の権化とでも言うのか。僕は平和の極みとも言える日本で、命の危機をひっそり感じた。
 妙に緊迫した空気の中、一声を上げたのは女だった。
「あんたがファミレス強盗犯ね」
 ファミレス強盗。このワードを何処かで聞いた事がある。
 あのハゲの店長が怖い怖いと言っていたのを思い出した。もしや黄色いケースもファミレス強盗もこの魔王みたいな男も何か絡んでいるではないか。この二人組の茶番は、自分が思っていた以上にヤバイ事なのかもしれない。
 僕はこの場から逃げようと後ずさりをした。

―バチッ!

 ふと後ろの首筋に電撃が走る。背後にはガラの悪い男が数人、そして片手にはスタンガンを持っていた。僕は意識を失った。



「うぅ・・・」
 少し頭が痛い。痛みに目を覚ましてみると、そこは廃工場の跡地のような場所だった。サッと血の気が引くのを感じた。慌てて立ち上がろうとしたが、手足が縛られていた為、無駄な徒労に終わった。
「無駄な事だよ。」
 小声で話しかけて来たのはあの二人組の男、城島の方だった。彼も手足を縛られていたが妙に落ち着いているのが甚だ不気味である。しかし、相方が居ない事が不思議に思い尋ねてみた。
「アンタの相方はどうした。一緒じゃないのか?」
 城島は顔を歪ませるばかりである。この曇った表情、そうとう大変な状況下に置かれている事を把握した。 だが、ほぼ無職でニートもどきの僕に何が出来ると言えよう。某香港スターのように手足を縛られた状態でも敵をなぎ倒せるほどの猛者で無ければ、助けてもらえる手立ても無い。
 何度も城島に喋りかけたが、顔を青ざめる一方で全く打開策を模索してはくれなかった。痺れを切らした僕は必死に逃げる事を考えた。

「逃げようたって無駄さ。」

 廃工場の一角に積み上げられたコンテナの影から目つきの悪い男が現れ言った。僕と城島達の間に入って来たあの男ではないか。男の傍らには手を縛られた城島の相方、佐藤が居る。その光景に城島は動揺し泣き崩れていた。男はその姿を目の前にしてニヤニヤと笑うばかりである。
「俺は女には優しいんだ。男は要らねぇな、さばいて売り飛ばすか」 
 男の合図により、ぞろぞろと下っ端の連中が僕達を取り囲んでくる。僕はがむしゃらに男に向かって叫んだ。
「まて!お、お、お、俺と勝負しろ!」





*前編 「嘘をつかねば仏になれぬ」(前編) fin
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