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バイキルト

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 昔、ある街に『バイキルト』と言う力を倍にする呪文を使う男がいた。
 心優しい男はその呪文を使っては街の人々から頼りにされ、彼も人々から頼りにされることで喜びを得ていた。
 彼には年老いた病弱の母がいた。小さな頃に父をなくし、女手一つで男を育てた母を彼は何よりも大切にしていた。
 ある日、男は人々から廃鉱山で大きな落盤があり、街の子供達がその中に閉じ込められているらしい事を知らされた。街中の男の力を合わせて落石の撤去作業を進めているが、どうにも最後の大きな岩だけのける事が出来ないらしい。
 話を聞いた男はすぐさま現場へ駆けつけ、『バイキルト』を使用した。しかしいくら力が二倍になるとは言え、所詮一人の力が倍になったくらいでは程度がしれている。
 そこで男はバイキルトをその場にいる全員にかけることにした。腕力が強くなった街の男たちの力でどうにか落石は撤去され、閉じ込められた子供達は誰一人怪我をすることなく助けられた。
 街の人々には喜びが溢れ、男は満ち足りた気持ちで家に帰った。その日は非情にいい気持ちで酒を飲み、男は共に食事をしていた母に今日あった事を話した。母は優しく笑って男の活躍を喜んでくれた。
 いつもの様に風呂から出てくると母親がベッドの上で腰をさすっていた。どうもあまり体調が良くないらしい。
 男は大仕事を終えて疲れていたが、母親の腰をマッサージすることにした。しかしどういうわけか上手く力が入らない。昼間に行った作業の疲れがあり、まだ握力がちゃんと戻っていないのだった。
 仕方なく男は呪文を唱えると、母の腰に手を当てた。しかし酔いと疲れで男は自分のまぶたが重たくなるのを感じていた。
 それはまるで豆腐のように柔らかく、見る見るうちに指が沈み込んで行った。ぐにゃりとした肉の感触と、骨の砕ける音が指先から男の耳に伝わった。母の擦れた断末魔の声が残響としていつまでも男の耳に残り続けた。
 男が最後に見たのは、口から泡を吹き出し虚ろな目で息子を見上げる母の姿と、そこに映った自分の細長い首に手をかける不相応な程太い自分の腕だった。
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