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1 ハルナ(The Indian Summers)

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 大学進学を機に、高校のころからやったりやらなかったりしていたベースを、ぼちぼちバンドで弾こうと思って、サークルに入ることにした。
 大学にはふたつの音楽系サークルがあった。ひとつは軽音楽部だがここは部員が百人ほどおり、入ることになんだか抵抗があった。わざわざ音楽をやるのにそんな人数の中に入っていく必要はないし、あるとしたら学校の中庭にドラムセット百台を持ち込んで、全部員で同時に叩くケースだけじゃないか――みたいなことを当時のオレは思っていた。ともかくオレは、身軽さを喪失するという悪いイメージしか浮かばなかったので入部を断念したのだけど、今考えると明らかに偏見で、入っていればもっと豊かな生活を送れたかもしれない。
 続いてフォーク研究会だが、オレがやりたかったのはフォークソングではないので(嫌いというわけではなく、自分でしたくはないというだけで)、ここにも入らなかったが、あとから知ったところによると、普通にドラムやエレキ楽器を使ったロックミュージックもやっているらしい。それでは軽音とあまり変わらないのではあるまいか? てっきりボブ・ディランとか遠藤賢司とかをカバーしていると思ったのだけど。
 というわけで独自に音楽活動をすることにした。
 メンバーはとりあえず、高校から一緒だった椎名くんと、大学で出会った数少ない友人である千羽を入れることにした。椎名くんはギターをやっていて、曲も作っている。「俺はラモーンズのパクリみたいなのしか作れないんだよね」と言っていたが「パクリみたいなの」ではなく「パクリ」だった。具体的には「ロッカウェイ・ビーチ」のキーを変えてスローにし、「電撃バップ」の歌詞を日本語訳して乗せたやつとか、「ロックンロール・ハイスクール」をハネさせたやつとかを作っていた。
 彼はあるときこう言った。
「俺はパンクロッカーだ。ジョーイが言っている。椎名はパンクロッカーって。だから椎名林檎もパンクロッカーだ。椎名誠もパンクロッカーだ。渡辺って苗字の人を鬼が恐れるように、そういうことなわけ」
 よく分からなかった。
 千羽は変わったやつだった。いつも教室で「DOLL」のバックナンバーか「ゴルゴ13」の文庫を読んでいた。ある休日メシを一緒に食いに行こうと誘ったら、彼は詰襟の学生服で来た。いまどき学帽までかぶって。オレはその理由を聞こうとしたが、なんとなく教えてくれそうになかったのでやめた。千羽はそういうところがあって、出身とか、趣味とかを聞いてもなぜか「いやちょっと」と言って教えてくれないことが多々あったのだ。オレはラーメンと餃子を食った。千羽はチャーハンのミニサイズを頼んで、半分だけ食って満腹になってしまったのでオレが残りを食べた。
 バンド名を決めるにあたって、椎名くんがテキトーにMP3プレイヤーから曲名を選び、ドアーズの「インディアン・サマー」という名前を挙げた。他に思い浮かばなかったのでそれにした(小春日和って意味らしい)。なんか同名のバンドがあった気がするけど、と椎名くんが言ったので、じゃあ「ズ」をつければいいのでは、ってことでジ・インディアンサマーズに。
 曲は椎名くんの作ったラモーン・パンクと、有名どころということで「ディドリーム・ビリーバー」と、千羽の希望でビートルズの「キャント・バイ・ミー・ラブ」をやることにした。
 スタジオに入って何度か練習して、いろいろ問題点が見えてきた。千羽のドラムは非常に荒っぽかった。親の仇のように全力で叩いてる。そしてもたつくし、終盤疲れてテンポが遅くなる。オレはドラムが走るのはかまわないが、もたると腰砕けになってしまう。まあしょうがないということで、ドラムに合わせて適時柔軟に対応していくことにした。
 椎名くんは白いストラトを所持していたが、一弦のペグがなかった。それを指摘すると、「いや、一弦はあまり弾かないのでいいかなって。キース・リチャーズだって五弦だし」と言われたので、キースがそうならしょうがないな、と思った。彼はピックではなく、爪で弾くスタイルだったので「それはウィルコ・ジョンソンがそうしているから?」と聞くとそんな人は知らない、ということだった。
 彼の弱点は、やたらと動くがそのたびに演奏がおざなりになってしまうということだった。間奏で定位置から結構遠くまで行って、マイクまで戻って来れないこともよくあったので、べつにそんな無理して動かなくていいよ、と言ったら、
「でもハルくんがあんまり動かないから代わりにと思ってやってるんだよ、俺は」と言われた。オレは、ゲイ・アドバートがそうしているからオレも動かないんだ、と言おうとしたがやめた。
 荒削りではあるがまあまあ、形になったと言えるところまできて、ライブをやることにした。椎名くんのいとこのお姉さんが定期的にライブをやってるので、一緒に出させてもらおうという話になったのだが、このヨーコさんという女性もまた変人だった。本職が「錬金術師」だという。つまりあれですか、卑金属から金を作ろうと日夜尽力してるわけですか、と聞くとそうだという。具体的にどうやっているのですか、と尋ねると彼女は急に「バオー来訪者」の話をしはじめたのだった。
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