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3 La Befana

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 ラ・ベファーナはホラーパンクバンドで、オレと同じ大学の女の子三人で組んでいる。結成時にはもう一人、ギタリストがいたそうだが、大学受験にともないやめたとのこと。オマケに大学にも落ちて結局再加入していないらしい。かつてはメイクとかしていたし衣装もちゃんと用意していたのだけど、今は面倒だからやめたという。
 特記すべきこととして、ベースのミチコさんの奇行が挙げられる。この人はステージ上に肉を持ち込み、客にぶん投げようとして結局投げないとか、ベースを叩きつけようとして結局やらないとか、そういう肩透かしパフォーマンスが多い。
 大学の構内でミチコさんを見かけたことがあるが、食堂にコンビニで買ったらしい豆腐を持ち込んで割り箸で食べていたり、カップラーメンと持参したご飯を食べたり、袋からコーンフレークを食べて合間にバナナも食べるとか、そういう邪道な食生活を送っていた。
 あるときのライブでちょっとした事件が起こった。一般的に六・二九事変と呼ばれるのだが、この日ミチコさんはジャニス・ジョプリンの真似なのか知らないがサザン・コンフォートを一瓶楽屋で開けてしまい、ふらふらだった。そしてついにステージでベースをぶち壊し、帰り道ナツキさん(ドラムス)に吐しゃした。それは地面に吐くよりメンバーに吐く方がましだというとっさの判断だったらしい。新しくベースを買う金がないミチコさんはこれ以来マチさん(ギター・ボーカル)に代わってボーカルとなり、ラ・ベファーナはベースレスバンドとなった。
 その後ミチコさんは相当罪悪感に苦しんだらしく、なんとか新しいベーシストを加入させようとした。ある日また食堂にミチコさんがいて、知らない女の子を勧誘していた。パーカーのフードを深くかぶった、陰鬱そうな人だった。近くに行って話を聞いていると、どうやらその人にベースを始めさせて、加入させようとしているようだった。ミチコさんはもうあんまりベースをしたいとは思っていないようだ。
 フードの子はあんまり乗り気ではないようだったが、ミチコさんがしつこいので折れて、じゃあ教えてくれるならやりますよ、ベース、みたいに答えた。
 ミチコさんは面倒くさそうな顔になった。そしていきなりオレのほうを見て、「ハルくんが教えた方が、わたしが教えるより良いと思うから」と言い出した。
 オレはそんなことしたくないし、教えるほどの情報もあんまり持っていないので、断ろうとしたが、またしてもミチコさんがのらりくらりというか、静かな迫力というか、頑として折れないので(この人は一見無口で穏やかそうだが、絶対に決めたことを変更しない、異様にかたくななところがあるのが謎)、オレは口頭でその彼女にレクチャーすることになった。
 彼女は二子(ふたご)ミコトという名前で、それまでミチコさんが読んでいた「ニコ」というのはあだ名だったようだ。
 オレは、自分はダウンピックのみで弾くいびつなスタイルだから、あんまり参考にしないほうがいいのではないか、と言ったが、彼女はなんでもいいと言ったので、じゃあダウンピックのみで弾くスタイルで君もやったらいいんじゃない、と答えた。
 そのあとミチコさんがどっかに行ったのでニコと二人で話した。オレは彼女になんとなく非社会的なものを覚えたのだが、ヨーコさんとも、ミチコさんとも、深山さんとも違うタイプだった。オレが、軽音には入らないの? と聞いたとき彼女が浮かべた皮肉な笑みを見て、誰に似ているのかちょっと分かった。オレだ。そのあと、軽音には人がたくさんいて、その人たちに自分がどういう感情を持っているか、という話になって、あの人たちがいるホールに圧力鍋爆弾を、などというフレイズが飛び出して、オレはこいつやばいな、と思うと同時によく分からない共感を覚えた。ああ、とりあえずベースがんばって、と言ったら、いやミチコさんのバンドには入んないですよ、と口を尖らせる。なぜかと聞いたら、面倒だから、という答え。そういうわけでラ・ベファーナはベースレスのままだった。
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