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お題①/元黒し/山田真也

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「くそっ! くそったれ!!」
 俺はスターバックスの中心で咆哮した。
 何故、どうして、如何にしてこの世はこうも己の都合よく回らないのか。
 いや、それは当然のことで、無論、普遍の心理であることぐらい重々承知しているつもりだ。だからこそ人は努力に努力を重ね、必死に意固地に、時には疾苦を伴いながらも、小規模ながら回せるようになるのだから。そして、それもまた当たり前であることも。
 だがそんな努力が常日頃、常時報われるのかと言われれば、決してそんなことはない。何故ならそれを超える努力をされては、それを優に上回る才を持ち合わされていては、そんな苦労もあっさりと、虚無と共に徒労に終わるからである。
 故に、不甲斐ないと言うべきなのか、己の浅瀬を泳ぐが如き無力さに。
「何だようっせなーな、公共の場で感情丸裸にしてんじゃねーよ」
 トクナガが気だるそうに俺の感情に対し不平を言う。
「また被せられたんだよ、んで、また負けた」
「何が――ああ、また例の奴か、全く随分と変な奴に引っ掛かったもんだな」
 ――そして、最近俺は奇妙な輩にまとわりつかれている。
 俺は現在《新都社》という、自作の漫画や小説を公開することが出来るフリーの投稿サイトで作家(というほど大それたものではないが)として小説を書いている。
 このサイトは至極単純なシステムであり、投稿した作品を読者に好きに読んでもらい、指摘や感想をコメントとして貰ったり、気に入って貰えばマイリストに、といった具合に、そのままそれが人気の指標となっているのがこのサイトの特徴となっている。
 つまり面白ければあっさりと人気作家になれるが、面白くなければ何時迄経っても日の目を見ることはない、見事なまでの完全実力至上主義なのだ。
 しかし、実はこのシビアながらも寛容な、目に見えて人気が分かるシステムが人気の秘訣であり、事実、作品数は毎月山のように増えており、増殖は留まるところを知らない、その頂に立つ者の中には商業デビューに成功している者さえいるぐらいだ。
 それは裏を返せば、それだけ多くの、ある種自信家が集う場所だとも言えるだろう。
 かくいう俺も『我が天分を持ってすれば新都社の頂などチョロい』と調子こいて挑戦し、壮絶なコメント数に豆腐メンタルに罅が入った一人である。
 だが、そうは言っても最近は三作目がようやく軌道に乗り始め、十話目を更新した時点でコメント数が三十、マイリスト数も三と、徐々に軌道に乗り始めていたのである。
 ――その矢先に突如として現れた《サタンショーカー》が投稿した作品、『ファッキンビッチが豚とやってろ』これが実に奇妙で、しかし酷く不本意な影響を及ぼすこととなった。
 内容は美人局にいいようにされ、その挙句破産にまで追い込まれた主人公が、憎悪の塊となり世の中のビッチをありとあらゆる手を使って陵辱の限りを尽くし、最後は養豚場に捨てるという、何とも過激な内容ながらも、実に新都社らしい作品となっている。
 作品自体は特に何のも問題はないだろう、エロ系統の作品が人気なのは新都社の風潮と言えるし、寧ろ読者の圧倒的需要でさえある。俺も読むし。
 だから、問題はそこではないのだ。問題は《何故貴奴が俺に付きまとうのか》である。
「全く目的が見えてこないんだよな……。俺が自作品を更新した三十分以内に金魚の糞みたいに必ず更新してくるなんて――一体全体何の意味があるんだよ」
「だからお前が言ったようにコメント数で勝負を挑んできてるってことじゃないのか? 別に荒らしや誹謗中傷を受けてる訳でもないし、純粋なライバル心ってやつ?」
「一応そういう事にしてはいるがな……だとしても奇妙だと思わないか? コメント数なんて普通総数で勝負するものだ。だのにわざわざ更新毎のコメント数で競う必要など何処にある? それに、俺なんて過信しても中堅、しかもその中でも下位程度の実力だ。だが奴はどうだ? コメント数は僅か二ヶ月で既に五十も大台、マイリスト数に至っては六ときている。ライバルにするもあまりに勝ち戦――どう考えたって不可解な点が多過ぎるんだよ」
「ふうん、言われて見りゃ確かにそうだな。単に邪魔したいだけならただ荒らせばいいものを、更新を後追いするだけ、ライバルというのは同格か格上にするものであって、それこそ半端な格下相手にするもんじゃない……好意って訳でもなさそうだしな」
「だろ? それに大体この作者名も何だよ、サタンショーカーて、格好よくて、悪そうな厨二単語大好きっ子かよ、ただただ格好悪いっての、しかもショーカーって何だよ、ジョーカーなのかショッカーなのかはっきりしろよ、痛々しい」
「落ち着けよ、作品の質で負けてるからって作者名弄りだしたら最早惨めなだけだぞ」
「うるせえ皆まで言うな。……はあ、でも不服ながらファキ豚は面白いんだよな、単純なエロだけじゃなく、内容の質も、文章力だって高い、だがその所為で俺の貴重な人気は搾取され、意図的に人気の影に埋もれさせられている……糞が! 何だって楯突くんだ」
「だから落ち着けって。確かにその括りではお前の注目度は落ちたかもしれないが、一概に全て終わった訳でもないだろう? 考えてもみろ、 少し視点を変えればこれは新規読者を開拓するチャンスでもある筈だ。なんせ読者視点では毎回人気作品に連なってお前の作品があるんだからな、もしかしたらお前の作品が視界に入った読者が読んでくれるかもしれないぜ?」
「でもよ――」
「流石に変態と切磋琢磨しろとは言わねーよ、だが反発ばかりするんじゃなくもっと柔軟に、プラスに考えてもいいんじゃないのか? くだらん事で一々目くじら立ててたら作家の頂点なんて務まらないぜ、アカガワヒフミさんよ」
「……ふん、んなこと言われんでも分かってるっての、トクナガカズミさんよ」
 しかし、やはりそうなのであろう。エモい輩に理解不能な追走をされていることは相違なく遺憾ではあるが、だからといってそれが必ずしも全て俺の人気に支障が出ている、というのは流石に筋が通らない。面白ければどんなジャンル、作風であろうと自然と必然と人気は出て然るべきもの、他社の影響など問答無用で跳ね除ける。
 結局、何を言ったところで俺と奴の間にあるのはそれしかなく、それ以外は存在し得ないのだ。それが新都社の掟であり、常識である限り、一生。
「……奴も超えられないようでは大成するのも難しいってことか。しっかし、悲観的なことは言いたくないがこの勢いを抜ける気が全くしないんだよな。見てみろよ、『不倫の亡者の若妻を寝取る回』に入ってからは更新する度に平均六コメントだぜ。正に破竹の勢い、HotItems入も現実の域――こんなのどうやって追い抜けっていうんだ、ボルトと競歩しろって言ってるようなもんだぞ」
「『人の足を止めるのは絶望ではなく諦観、人の足を進めるのは希望ではなく意思』」
「は?」
「昔の偉人の言葉だよ。不平は言っても諦めずに書き続けているお前なら大丈夫さ、きっと報われる。いつになるかは分からないが、俺が保証してやる。それに、報われない間は俺が不満の捌け口ぐらいにはなってやるしさ」
「トクナガ――」
 名言だが、それ、歴史上の偉人じゃないからな。
 しかしその言葉に、俺は小刻みに揺れる吐息と声が同時に零れる。
「ただただ気持ち悪いな」
「ええ? 俺結構格好いい台詞言っただろ? そりゃないぜ」
「というかお前に恩を着させられると後で面倒だし」
「マジで泣くよ?」「冗談に決まってるだろ?」「知ってる」「嘘こけ」
 そんな下らない、なのに大切な、いつものやり取りを交わしている内に、いつの間にか俺の精神は静寂に満たされてしまっていた。まるであれが特効薬であったかのように、そして着火剤であったかのように、不可思議で、静かな闘志が沸き上がっていた。
 いいだろう、やってやろうじゃないか、この野蛮が、付きまとうのも恥ずかしくなるような話を作ってやる。その上、貴様を終着点へ向かうための踏み台にさえしてやる。
 高ければ高い壁の方が、登った時気持ちいいからな。
「さあて、俺はそろそろ帰ろうかな、彼女と待ち合わせに間に合わなくなるし」
「あん? トクナガてめえ、また出来たのか、少し前に年上の彼女に二股かけられて懲りたばっかりだった癖に。ていうか付き合うならもっと無垢な年下にしとけよ」
「阿呆か。マン毛も生えてない幼児と付き合って興奮する犯罪予備軍のお前と一緒にするな。女の魅力ってのはな、自分より年上であって初めて見出されるんだよ、分かってねえなあ。あとあれは二股掛けられたんじゃなくて、させたんだよ、だってそっちの方が燃えるだろう? まあ、あの時は本命がガチムチのヤンキーだったから洒落にならんかったけど」
「背徳心って奴か? 俺には分からん」
「全くお子ちゃまだな。ま、その内わかる時が来るさ――んじゃ、またな」
「おう、また」
 そうピシャリと話題を切ると、トクナガは席を立ち、きっちり自分の分のコーヒー代だけ払って帰っていった。相変わらず金にだけはシビアな奴である。
「ま、そこがいいんだけど」
 そんなことを呟き、改めて画面に浮かぶ、奴の作品に目を通す。
「それにしても、ホントコイツ何が目的なん――」
 あれ?
 刹那、奇妙な違和感を覚える。
 何か、何か変だ。
 別段おかしいところはない筈なのに。
 何故か、何故だか胸騒ぎが加速する。
 それは、これ以上の思考を禁止に対する警鐘。
 不均等な音が拡散し、飛び火し、反射し、曲折し、鼓膜に収束する。
「あ、あれ……、これって……」
 だが、止まらない、正常であろうとするほど、異常が顔を見せる。
 故に、自動的に眼球が動き、凝視し、無意識に軌跡を辿る。
 そして、取り憑かれたかのように欠けたピースを埋めてゆく。
 そうやって、誰もが報われない努力に精を出し続ける。
 だから。
「――は、はは、は……? まさか……な……?」
 世の中は、己の都合よく回せないのだ。

《了》
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