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お題①/雨の日/ポンズ

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お題:
「ファッキンビッチが豚とやってろ」
「ジョーカー」
「新都社」


タイトル:
「雨の日」



 六月。梅の雨と書いて嫌と言うほど雨が降る季節の頃だ。
 部活でひたすらバスケットボールと戯れた後、俺と小林と木下は傘を差して駅前のカラオケ屋に向かった。小林が女友達を連れてくるらしい。所謂合コンと言う奴だ。しかし正直なところ合コンなど自分の性に全く合わないので行きたくなかったが、付き合いという非常に面倒な代物のせいで断るわけには行かなかった。「お前を連れてくるって言っちゃったんだよー!ごめんなー!」と微塵も謝る気もない小林のツラにミジンコでもぶちまけてやりたいと思ったが、よく考えたらミジンコがどこで手に入るか全く分からなかったので止めた。
 カラオケの個室の中はまさに混沌という言葉が相応しい様であった。小林の友達らしい茶髪女とその友達らしい二人のピアス女が甘ったるい声で笑っていて、小林や木下はそれにイライラするほど綺麗な笑顔で応えている。作った顔に作った声、作った話に作った歌声。全身に蛆が湧いたかのような痒みに襲われたが、冷たいブラックコーヒーを口に含み、暴力的な苦みでそれを誤魔化した。ってかこのコーヒーすごく苦い。
「えー? じゃあ、瀬川君はエースなのー?」
「……まぁね。」
 ピアス女の顔が近づいてくる。煙草くせぇ。どうやらピアス女の標的が俺に変わったらしい。銀色に光る耳たぶが蛞蝓のように見える。
「まじぱないねぇ? まだ二年だよね?」
「……まぁね。」
 真面目にやってその結果先輩に認められただけだと思うんだけど。モテる為にバスケ部に入り遊びほうけてる小林や木下とは違う。この煙草臭い蛞蝓みたいなピアス女の脳髄を今すぐミキサーにかけてやりたい。
「よくみるとイケメンだしぃ。マジウケる。」
「……まぁね。」
 何がウケるのか小一時間ほど問い詰めたい。そしてこの煙草臭い蛞蝓みたいなファッキンビッチピアス女の脳髄を今すぐ吸い出してピアスとミキサーにかけて豚のエサにでもしてやりたい。
「瀬川くん同じことしか言ってなくねぇ?」
「びびっちゃってんの? マジウケるー!」
「ファッキンビッチが……」
 後付の言い訳をさせてもらうなら、条件反射だった。手に持っていたアイスコーヒーの残りをそいつの頭にぶっかけた。
「……豚とやってろ!」
 俺はそれだけ言い残してカラオケボックスを出た。カラオケ代金は迷惑料だと思って小林が払えば良いと思った。外に出た途端、雨で屈折した駅前の虹色のネオンが網膜をいたずらに刺激した。肺の中に新鮮な空気をたくさん入れ、体内に入った煙草の匂いを追い出すように一気に息を吐くと、妙な爽快感と達成感に心が震えた。コーヒーでずぶ濡れになったあの蛞蝓豚女の顔を思い出すだけで飯三杯は食えるな。



 この一件以降、小林や木下の取り巻きは俺を避け、陰口を叩くようになった。上手いから調子に乗っているとかなんとか言い始め、先輩にも少し避けられるようになった。面倒になったので俺はバスケ部を辞めた。そもそも一人で練習するのが好きなタイプだったし。真面目にやるならアマチュアチームとかの方が良いだろう。
 しかし面倒なのは小林や木下を恐れて、割と気の合う男友達も俺を少し避けるようになったということだ。そいつらに迷惑をかけるのも悪いので、俺は一人で行動することが多くなった。そんなわけで俺は休み時間駄弁ったり一緒に飯を食べたりする仲間もいなくなってしまった。
 こういう時に役に立つのが独りぼっちの味方、図書館だ。暇つぶしになるたくさんの本があり、快適な椅子まで用意されている。俺は昼休みや放課後の度に図書館に通い、小説を読み漁った。夏目漱石、井伏鱒二、中島敦……好きな作家が増えていった。真面目なスポーツ青年キャラとして通ってた俺だったが、一気に百八十度方向を変え無口な文系男子になった。そもそも勉強とか読書とか独りで自分を磨くようなことが好きなのだ。バスケの練習もそんな感じでこなしていた。こっちの方が合コンよりもずっと性にあっている。
 毎日図書館に通っていて気づいたことがあった。図書館には俺と同じようにほぼ毎日通っている人がいると言うこと。その人が座る席が映画の指定席のように決まっていると言うこと。そしてその席には、他の人はなんとなく座ってはいけないという暗黙の了解があるらしいこと。
 因みに俺が座っているのは窓側から三個目の席だ。窓際には色の白い小さな女の子がいつも座って本を読んでいる。人形のような黒髪が白い頬に影を落とす。正直タイプだなと思ったけどそういうゲスな目的で図書館に来てるわけではない。ほんとだってば。でも偶に読書の手を止めて窓の外を見るふりをしてその子を眺める。恥ずかしいことにそう言う陰湿でジメジメした瞬間が今の俺の楽しみなのだ。
 以前はこういう陰湿な連中をみると生きる目的のない気持ち悪いオタクだと思っていたが、彼らと同じ立場になった今は印象が変わった。彼らは列に並び色に染まることを勇敢にも拒否したのだ。俺は付き合いだとかなんとか言って、自分を殺してきた。そうやってトランプの一から十三やハートやスペードのように自分に属性や番号を塗りつけて、仲間を手にした気分になっていた。でも、そのトランプの中で最も強いのはジョーカーなのだ。どの記号にもどの番号にも属することを拒絶した圧倒的な強さを持っていたのだ。
 しかし、それ故にジョーカーは孤独だ。本を独りで読んでいると時々得体の知れないどす黒い感情に襲われることがある。このまま誰とも話さないまま卒業式を迎えるのではないか。このままでは大学に行っても無口に図書館と教室を往復することになるのではないか。そう言うとき俺は活字の中に溺れて忘れようとした。
 ふと、視線を感じて顔を見上げると、窓際の女の子がこちらをじっと見ていた。俺と目が合うと、その子は顔を赤くして自分の持っていた本に顔を埋めた。よく見るとその子は本を逆に持っている。少しニヤニヤしそうになりながらながら彼女を見ていると、より顔を赤く染め、窓側を向いて顔を隠した。彼女が持っていた本の背表紙には新都社という文字が印刷されていた。



 それから暫くすると男子の無視はマシになった。特に仲の良かった野球部やサッカー部の友達が俺の運動神経を買って部活に引き込もうとし始めたのだ。俺は既にアマチュアバスケチームの練習に参加させてもらっていたので丁重に断っていたが、おかげで小林や木下の影響力が薄れ、弁当仲間ぐらいは戻ってきた。そうして一週間ほど図書館通いが途絶えたが、やはり一度覚えた味は忘れられないもので、ある金曜日の放課後に図書館に行ってみた。
 その日は今にも雨が降りそうな曇り空であるせいか、殆ど人がいなかった。俺は小説コーナーで彼女が読んでいた新都社の本を人差し指でひきだした。ぱらぱらとめくると、あの女の子の体温を感じたような気になって少し興奮した。いや、そんな下世話な意味では……下世話かもしれない。あの子はどうして図書館に通っているのだろう。あの子は今何しているだろう。あの女の子の想像が脳内を逡巡した。
 モヤモヤと考えながらいつもの席に行くと、あの女の子が俺の指定席に座っていた。もう俺は来なくなったと思ったのだろうか。仕方が無いので回り込んで彼女の指定席に座ろうとすると、カッターシャツの袖を誰かが引っ張った。振り返るとその子が俺の左肘に右手を伸ばしていた。
「あの……」
「何?」
 赤みのかかった彼女の顔を俺の目が捉えた。
「……ここ、座りますか?」
「いいよ。そっち行くから。」
 そう言うと、彼女が黙ったままでとても寂しそうな顔をしたので、罪悪感で少し口ごもってしまった。彼女も俺も言葉に埋もれて生活しているというのに、言葉もなく感情を伝え合ってしまうというのは皮肉な話だ。俺はふっと笑って彼女に声をかけた。
「ねぇ。」
「……はい?」
 偶には軟派になったって良いだろ? そこにいる誰か。
「隣、座って良い?」
「……はい。」
 俺は黙って新都社の本を開いた。彼女も本を開いた。
 雨が、音を立てて降り始めた。






 この無口で可愛い女の子も読んでる新都社の文芸をみんなも読もう!
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