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PatoricZala=P.Z.62 核戦争によって汚染された地球…人類は宇宙コロニーへの完全移住を余儀なくされていた。
地球人の半数以上は核によって死に絶えたが、それでも宇宙に逃れようとする地球圏の生き残りによってコロニーの人口は飽和に達した。全てのコロニーの自給率は80パーセントに満たず、人類は着実に絶滅へとその歩を進めていた。
大気圏突入用シャトルのコクピットに備え付けられたポータブルテレビで、フォン=ダオダンは開戦の狼煙を見た。
それは「モバイルスーツ部隊の他コロニー侵攻」という、戦争と言うにはあまりにも小規模なニュースであった。しかし、これが紛れも無い戦争の引き鉄になるとフォンは確信していた。
コロニーに残された数少ない物資の奪い合いが始まったのだ。
「主義や思想、文化の齟齬ではなく、もっと原初の、奪うための戦争が再び起きる」
かつて彼の父は死の淵でそう言った。核戦争の悲惨さを一度反省した人類が、畢竟たどり着く未来を早くから予言していたのだ。フォンの父は科学者だった。
フォンはポータブルテレビの電源を切って黙想した。うみねこの声が聞こえる。
「うみねこのなくコロニー…か」
かつて観光資源として人工的に海岸を作った名残が、このコロニー『ウミネコ』にはある。しかしこのくだりをやりたかっただけなのでもういいやとフォンはかぶりをふり、眼前のコクピットウインドウに目を戻す。自身の登録コードが表示されている。
<フォン=ダオダン、17歳、男、東京出身、ニュークリアタイプ、オペレーションガンダム実行中>
「オペレーションガンダム…」
フォンは神妙にひとりごつ。
4年前、核爆弾が東京に投下された。
生存者はフォン=ダオダンただ一人。彼以外の都民は爆発そのものや、放射能によって死んでしまった。フォンだけが生き残った。
核戦争以降、ニュークリアタイプという放射能に抵抗力を持つ人種が地球出身の者から各地で発見された。フォンにもこの放射能に対する抵抗力があった。元々の素質なのか、細胞の進化によって抵抗力を生み出したのかは定かではない。
フォンの父は当時、東京の郊外でモバイルスーツの開発をしていた。しかし核爆弾の投下を契機に地球を脱出する頃、すでに放射能の影響で白血病を発症し、余命も幾ばくかとなっていた。
父はニュークリアタイプである息子に、物を渡して呻いた。
「フォン、お前にこのガンダムデバイスを託す…」
「ガンダムデバイス?なんだいこれ、父さん」
物を受け取った息子は困惑して尋ねる。
「いつか、モバイルスーツが必要になる時が必ずくる…。そのとき、お前が…ニュークリアタイプであるお前が汚染された地球に戻って…ガンダムを手に入れるんだ。これはそのための鍵…。」
その1週間後に彼の父はコロニー『ウミネコ』で息を引き取ることになる。
しかし、ガンダムデバイスは父から子に、確かに受け継がれていた。
「父さんの言うとおりだ。今は守るにしても奪うにしてもモバイルスーツが必要になる」
大量破壊兵器によって相手の物資を破壊してしまっては元も子も無い。そのためにこの戦争はモバイルスーツを駆使した白兵戦による制圧がメインになると予想される。
言ってフォンはガンダムデバイスと呼ばれた謎の物を握り締める。
シャトルの乗員はニュークリアタイプであるフォン=ダオダンただ一人。地球はもう、ニュークリアタイプでなければ立ち寄れないほど汚染されてしまっている。
ハッチが開きシャトルの帆先が顔を出す。行き先は、地球の日本の東京……東京湾に浮かぶ小さな台場。そこにガンダムが埋もれているハズである。
ガンダム、その名称があのモニュメントにつけられたのはP.Z.以前の歴にまで遡る。
かつてお台場と呼ばれた場所に建てられていたその偶像は、現在に至るまでに実に53回の改造を施され、ついには実用性に足る性能を身につけていた。
いや、実用性どころではない。国の象徴となるべくして魔改造を施されたお台場ガンダムは、世界一の性能を誇る究極のモバイルスーツとなっていた。そしてその改造にフォンの父が関わっていたのである。
「ガンダムを手に入れる。たとえその機体で奪う側になったとしても、葛藤するのは後のことだ!」
一人虚空に吠えるフォン=ダオダンの孤独な闘いが始まった…。
つづく