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今日、少女の遺体が届いた。随分ひどいと聞いていたのに思いのほか綺麗だった。誰かがうまく直してくれたのだろう。むしろ生きている人間よりも肌は白く、表情は静かで、平和そのものの様子だった。ぱりっとした白い麻で仕立てられた長袖のワンピースを着せられている。持ち上げると随分軽い。血が抜かれているらしい。中に発泡スチロールの粒を詰め込んだみたいな身体だった。ぐにゃりと柔らかくて無機質な手応え。
部屋のベッドに彼女の遺体を寝かせて、私はソファで眠ることにした。ウイスキーの水割りを少しだけ飲み、煙草を吸う。それからレコードをかけようとプレーヤーの蓋を持ち上げて、ふと、死んでいる相手に悪い気がした。眠っているのと似たようなものだ。死者には静寂がふさわしい。それを乱す権利は誰にもない。蓋を下ろしてからソファに座る。
「クラシックならいいよ」
突然小さな声がして、私は驚いて振り向いた。
「カントリーとか流されちゃうとうんざりするけど、クラシックが小さくかかってるのは大丈夫な気がしない?」
若い女の声だった。そしてその声は、確かにベッドの方から聞こえてくる。でも少女の遺体はぴくりとも動かない。当たり前だ。死んでいるのだ。
立ち上がり、少女の遺体の傍に立つ。白熱灯の光がさえぎられて少女の顔に影を落とす。オレンジ色に薄い青を溶かした色の影に、少女の造作がぼんやりと浮かび上がる。少し低い、けれど通った鼻筋。ぴったりと閉じられた目蓋に繊細でまばらなまつげ。それから薄い唇。白くて血の気の失せた肌。
「うちにはカントリーのレコードはないんだ。昔友達が持ってきたのがいくつか置いたままになっていたけど、むしゃくしゃしてある日全部割った。どうも気に入らなくて。八つ当たりだな」
試しに会話に答えてみる。煙草を吸う。煙を吐く。たっぷりの間。
「カントリーくらい、人が鬱々してるとこで更に気を滅入らせる音楽ってちょっとないものね。あの大根役者みたいな陽気さ。学年に一人くらいああいう人間って居た気がする。音楽なんて自由だし、悪いとは言わないけど、人は誰でも嫌いな音楽を徹底的に拒む権利くらいないと嘘だわ」
声は確かに少女の遺体から聞こえてきた。でも少女の口元は少しも動かなかった。のどが震えている様子もない。
疑うべきはまず幻聴だろう。でも別に幻聴でも構わないような気がした。たとえ何かオカルティックな現象であっても、幻聴であっても、それほどの差はない。少し低く、鼻にかかるような甘い声は悪くなかった。あどけない口調で幼い毒を吐かれるのは嫌いじゃない。
「気が合いそうだな」
私が答えると少女の声はふふんと笑った。それから私は小さな音でラフマニノフのピアノ協奏曲をかけた。「仰々しすぎない?」と少女が言った。「レクイエムとかよりはマシだけど」