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第一章 出会い

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 やはり、賊は二百近く居るようだった。三人の子分を偵察に行かせて、確認した事である。こちらの手勢は三十で、真正面からぶつかったら、あっという間に全滅させられてしまうだろう。これは、想定外の事だった。
 俺達は賊退治や村の用心棒などを請け負って、生計を立てていた。そろそろ食糧が尽きかけるという所に、周辺に賊がはびこっていて、村が襲われそうだという話を聞いた。これが、今回の話である。
 報酬が相場より少し高めだったのが気になったが、村長の話を聞く限りでは、そんなに難しい仕事ではない、と判断できた。
 元々は、五十ほどの賊を追い払う、という話だったのだ。
 ところが、情報を突き詰めていく内に、五十という情報は誤りだという事が分かった。正確には、五十ほどの賊の塊が、四つあったのだ。この四つはそれぞれ独立しており、連合して動く事は稀である。だが、何故か今回は、その四つの塊が一つになった。つまり、連合しようとしている。
 村長は、ここまでは掴み切れなかったのだろう。
「シオン兄(にぃ)、どうするんでさ」
「あの村長の野郎、知ってて依頼を吹っ掛けて来やがったに違いねぇですぜ」
 共に焚火を囲っている子分達が、不満を述べ始めた。焚火は全部で三つあるが、どこも雰囲気は重苦しい。たった三十で、二百の賊に立ち向かわなければならないのだ。
 俺達は、基本的には野宿だった。冬の時期に北の大地を通った時は、こんな寒さで野宿などできるか、と思ったものだが、この西の地は火があれば寒さは十分に凌げる。それに、季節はまだ秋だった。
 北の大地では仕事が無かった。賊などは、即座に正規軍が討伐してしまうのである。むしろ、その正規軍が俺達を賊と勘違いする程で、その時は事情を説明して、理解を得る事が出来た。
 北の大地は、今はメッサーナの領地である。噂では、メッサーナ領の治安はすこぶる良いという。ピドナ地方はそこそこに栄えており、その両脇を北の大地とメッサーナ地方が固めていた。
 メッサーナは一つの国。そう言っている人間が、何人も居た。そして、そのメッサーナが、アビス原野に攻め込んだ。三年前の話である。かなり大きな戦で、国からは大将軍が出陣したという。
 この大戦は、結果から言えば、メッサーナが敗れた。人の話を横耳で聞いた程度なので、詳細はよく知らないが、戦中でロアーヌという男が討たれたという。
 ロアーヌについては、俺も知っていた。人々からは剣のロアーヌと呼ばれており、天下に音を鳴らす豪傑だった。そして、天下最強と謳われる騎馬隊、スズメバチ隊の総隊長でもあった。
 このスズメバチ隊は、その姿を現しただけで、敵軍は小便をまき散らしながら逃げ回るだとか、目がぐるりと反転して気絶する者が出てしまうだとか、訳の分からない冗談半分の噂も流れている。
 要は、それだけ恐ろしい騎馬隊、という事なのだろう。
 スズメバチと呼ばれている理由は諸説あるが、兵の具足が虎縞模様だという事に加えて、騎馬隊の動きがスズメバチそっくりだから、というのが最も有力な説らしい。
 どちらにしろ、俺は見た事がなかった。当然、ロアーヌの事も知らない。思ったのは、どんな豪傑でもいつかは死ぬ、という事だけだ。それに、総隊長のロアーヌが討たれたのだから、もうスズメバチ隊そのものが無くなっていてもおかしくはない。
「シオン兄、俺、怖いよ」
 怖がりな子分が、ぼそりとそう言った。俺は、その言葉をあえて無視した。この子分は、最初に付いてきた者の一人である。流浪を始めて、もう二年が経とうとしていた。
 官軍に入るという選択肢もあった。だが、そうはしなかった。金とコネで入ろうとする者が多すぎたのだ。一時は、そういう者達が消えた、という話もあったが、俺が官軍に入れる年齢に達した頃には、もう以前の堕落した軍の姿に戻っていた。
 国は腐っているのだ。どうしようもない程に。一部の軍は強化され、現在もそれは続けられているようだが、それもいずれ腐りに浸食されるだろう。そんな軍の元に、俺は身を置きたくなかった。そして何より、俺を慕う子分が居た。この子分達は、金も無ければ、さして強くもない。だから、官軍に入る事など出来ないだろう。当然、まともな職にだって就けない。そうなれば、賊となるか野垂れ死ぬかの二択だ。
 流浪を始めたことについては、後悔はない。ただ、メッサーナという国には興味があった。しかし、興味があるというだけで、軍に入ろうとは思わなかった。軍に入ったら、隊長やら将軍やらの言う事を聞かなければならないのだ。上の言う事を聞くのは嫌ではないが、能無しの人間となると話は別である。
 ここまで考えて、俺には軍という組織が合わないのだろう、と改めて思った。
 それに、俺はまだ十七歳である。ただ、子分達には二十二歳、と言ってあった。俺より年上の子分も居るのだ。
 とりあえずは流浪を続けて、世界を見てみる事だった。この二年で分かった事は、都周辺は信じられない程に豊かで、人が多くて、平穏だという事である。そして、地方では、その豊かさは嘘のように消え、怨念と壮絶な貧困が蔓延している。
「シオン兄、何とか言ってくれよ」
 また、怖がりな子分が呟いた。
「怖いのは、いつもの事だろう」
「たった三十人で、二百人の賊に勝てるわけない」
 俺は、黙って焚火を見つめていた。
「逃げた方が良いんじゃねぇのかな」
 そいつは、そう言った。その言葉に、他の者が反応して、俺の顔をジッと見てきた。
「そうですぜ、シオン兄。こいつの言うとおりだ。こんな無茶苦茶な依頼、すっぽかしちまえば良いじゃねぇですか」
「元々は五十って話だった。五十ぐらいの賊なら、何度も討伐してきた。だから、行けると思ったんだ。そうだろう、シオン兄?」
「もう、金は受け取ったんだ。食糧も、食った」
 俺は静かにそう言った。
「金は返せばいいじゃねぇですか。食糧だって」
「男だろう、お前達。やると決めた事だろう。それを途中で投げ出すのか」
「そりゃ、今回はよぉ。シオン兄の言い分もわかりやすが」
「それに俺達が逃げたら、村は壊滅する。女子供も関係無しだ。いや、子供は売り物にされ、女は賊どもの道具にされるぞ。男は皆殺しだ」
「でも、俺達が来なければ、同じ結末だったじゃねぇですか」
「だから、今回の話は俺達と縁があったという事だ」
 子分達の言い分はよく分かっていた。だが、それに流されたら駄目なのだ。困難とは、乗り越える為にある。俺は、そう思っている。
 傍に置いてある方天画戟を手に取った。俺の得物である。普通の戟とは違い、槍の穂先の片側に三日月状の月牙(げつが)と呼ばれる刃が取りつけられていて、その反対側には戈(か)と呼ばれる鎌のような刃が付いている。
 方天画戟を取ったのは、人の気配があったからだ。
 人数は、二人か。俺は、闇の向こうに目を凝らした。
 目を凝らす先にある気配に、敵意はなかった。ただ、肌を刺すような鋭い気を放っている。向こうも、こちらの存在に気付いているはずだ。それで尚も、気を放ち続けている。
 今、面倒ごとは、避けたかった。危害を加えてこようとするなら、それなりの対応はするが、そうでないなら関わりたくない。これから、二百の賊と戦わなければならないのだ。
 野宿をしている時に、人と出会うのは珍しい事ではなかった。そのほとんどは旅人だが、大体は俺達を賊と勘違いして逃げる。あとは稀にではあるが、地元のならず者達とはち合わせて、その場でやり合った事もあった。
 この気配は、そのどちらでもない。一言で表現するなら鋭い気だが、虎のような獰猛さと明鏡止水の静けさが同居している。こんな気は、今までに感じた事がない。
「シオン兄、どうしたんでさ」
 傍に居た子分が俺の様子に気付いたのか、声をかけてきた。
「大した事じゃない。人が二人ばかり、こっちに向かっているだけだ」
 それを聞いた子分達が、俺の見ている方向に眼をやった。
「また、ならず者かなんかですかい? このクソ大変な時に」
「敵意はない。だが、只者でもない」
 この気は、武術をやる者の気だ。それも、かなりの腕前である。
 自分の武には自信があった。方天画戟を使わせたら、右に出る者は居ない。出会ってきた誰もが、そう言った。ただ、それを誇りにはしてこなかった。強いから、何だというのだ。そういう思いが、絶えず付きまとった。
 強いだけでは、駄目なのだ。何が駄目なのかまでは分からないが、今の俺は強さを持て余している、という所がある。少なくとも、それは自覚していた。流浪しながら賊退治を始めたのは、そういう理由も絡んでいた。
「どちらにしろ、シオン兄より強い奴なんて、この世にいねぇでしょう。あの剣のロアーヌだって、シオン兄には勝てませんぜ」
 何を馬鹿な事を。俺は単純にそう思った。俺より強い奴など、探せばいくらでも居るに違いないのだ。また、強さを競う事に大した意味はない。大事な事は、もっと他にある。いや、強さと共にあるべき何か。それが、大事なのだ。
 鋭い気が、一気に強くなった。やはり、敵意はない。
「シ、シオン兄」
 子分達から、落ち着きが消えていた。この鋭い気を、感じ取ったのだろう。だが、敵意がない事までは感じ取れていないようだ。
 その場を動かず、ジッと目を凝らしていた。一応、方天画戟は持ったままである。
 やがて、焚火の明かりで、二人の男の姿がぼんやりと浮かび上がってきた。それは、次第にはっきりとしてきた。
 一人は乱暴者の匂いを漂わせており、手には偃月刀を携えている。武芸の腕はそこそこだろう。少なくとも、弱くはない。
 俺が注視したのは、もう一人の方だった。
 隻眼。まず思ったのは、これだった。そして、思ったとおり、かなり出来る。持っている武器は槍で、俺よりも強いかもしれない。さっきから感じていた鋭い気は、この男のものだろう。一つしかない眼は、何とも言い表し難いものを宿していた。
 壮絶な眼だった。ただ、何か迷いのようなものがある。そして、哀しみを多く含んだ眼だった。
「何の用だ?」
 俺は、隻眼の男に向けて、そう言った。座ったままである。
 子分は全員、俺の背後に回って様子を窺っていた。腰抜けと思いたい所だが、この男が相手では仕方がないだろう。ただ、敵意は感じられないのだ。
「賊が居るって聞いたんだがな」
 乱暴者の方が言った。
「居るには居る。だが、俺達は賊じゃない。アテが外れたな」
「そんな事ぐらい、見りゃわかるぜ」
「なら、何の用だ? 食い物なら無いぞ」
「人数が足りねぇんだろうが?」
 俺は、乱暴者の眼を睨みつけた。
「何が言いたい?」
「村長から聞いたんだよ。俺達が手伝ってやる」
 乱暴者がそう言うと、背後の子分達が何か囁き始めた。
「ありがたい話だが、何故だ?」
「たった三十人で二百人の賊を倒せるか? 無理だろうが」
「やってみなければ、わからん」
 言ったが、勝算はほとんどなかった。今までの賊退治とは、規模が違うのだ。
「正規軍ならともかく、このど素人の集団じゃ無理だ」
「なんだとぉっ」
 背後に居た子分の一人が、声をあげた。
「お前らひとりひとりが、剣のロアーヌや槍のシグナスぐらい強ければ、話は別だろうがな」
「言わせておけば、この野郎っ」
 喚く子分を、俺は睨みつけた。それで、静かになった。
「だが、たった二人が加勢した所で、状況が変わるとは思えん」
「変わるさ。俺が、お前の子分の二十人分の働きをする。俺の隣に居る、このレンが、五十人分の働きをする」
 隻眼の男の名はレン。俺は、ただそう思った。五十人分の働き、というのは誇張でもなんでもないだろう。むしろ、それ以上かもしれない。だが、どこか馬鹿げている。
「そして、お前も五十人分の働きをする。単純計算で、これで百五十人だ。どうだ、これなら勝ち目はあるだろ」
 言われて、俺は笑みをこぼしていた。
 こいつはとんでもない馬鹿だ。馬鹿すぎて、どうでも良いような気分に襲われた。
「お前、名前は?」
「ニールだ」
 言って、男は白い歯を見せて笑った。
「とんでもない馬鹿だな、お前。鳥頭ってよく言われないか?」
「なんだと、てめぇっ」
 このニールという男、どうやら絵に描いたような直情型の男らしい。単純で分かりやすい。嫌いな部類の人間ではなかった。
「レンと言ったな、手は貸してもらえるのか?」
 俺がそう言うと、レンの右眼に力が入った。
「そのつもりで来た。ニールの計算はデタラメだが、勝ち目はあると俺は思う」
「ほう?」
「あんた、名前は?」
「シオン」
「そうか。もうニールが言ってしまったけど、俺はレン。よろしく頼む、シオン」
 そう言って、レンが柔らかい笑顔を作った。
 その笑顔に、俺は思わず引き込まれそうになった。今までに見た事がないほど、哀しい笑顔だった。
2, 1

  

 三人で焚火を囲っていた。子分達は、レンとニールを恐れて、離れた所から様子を伺っている。
「すまんな、人見知りって訳じゃないんだが」
「シオン、言っちゃ悪いが、あいつら役に立つのか?」
 ニールが眉をひそめながら言った。
 それを聞いて、俺は苦笑するしかなかった。上手く弁解しようにも、今の子分達の様子では説得力がない。
「ここまで生き残って来た。だから、少なくとも役立たずではない」
「だと良いがな」
 言って、ニールが小枝を焚火の中に放り込んだ。
「それでシオン、どうやって賊と戦うつもりだったんだ?」
 レンが言った。声に、凛とした活力が宿っていた。思わずレンの顔を見たが、無意識に目をそらしてしまった。そして、そういう自分に、束の間とまどった。
「真正面からやるしかない、と思っていた。勝ち目がないことも、薄々ではあるが、わかっていた」
「それでも、真正面からやるつもりだったのか」
「あぁ。何か策をやろうとも考えたが、あぁいう子分しか居ないのだ」
「俺が言いたいのはそうじゃないさ。逃げようとは思わなかったんだろう?」
 言われて、俺は再びレンの顔を見た。今度は、目をそらさなかった。
「俺の実の父も、そういう人だったと聞いてる。だからじゃないが、俺はお前と一緒に戦いたい」
 自分の身体が熱くなるのを感じた。この男に、認められた。いや、受け入れられた。それが、何故か嬉しかった。
 ただ、レンの言う実の父、というのが気になった。どういう人なのか、という事ではなく、面識が薄いような言い方だったのだ。もしかしたら、レンは父親とはあまり接する機会がなかったのかもしれない。
「とりあえず、真正面からやるのは馬鹿がやる事だ。何らかの作戦を練った方が良いだろうな」
「ニールの言うとおりだ。シオン、賊の情報はどれほど握っている?」
「数は二百という事が一つ。そして、この二百は四つの賊の集団で構成されている。一つの集団が五十人。つまり、この二百は賊の連合という事だ」
「頭目達はどうしている?」
「わからん。ただ、まとまって賊の根城に居るのは間違いない。それぞれの配下の面倒を見なければならないからな。配下は自分の頭目しか認めておらん」
 俺がそう言うと、レンが右眼を閉じた。顎に手をやり、何か考えている。
「レン、奇襲しかねぇだろう」
 ニールが言った。俺も、それを考えていた。ただ、成功する確率は低い。子分達も含めた全員で乗り込んだとして、袋叩きに合うのは目に見えている。子分達は、お世辞にも強いとは言えない。やれたとしても、子分一人で賊一人の相手。これがせいぜいだろう。ならば、あとは頭目狙いの奇襲しかない。しかし、本当にできるのか。
「奇襲は駄目だ」
 右目を開いたレンが言った。
「なんでだ。真正面からやるよりも、ずっとマシだろう」
「今夜は満月。奇襲するには不利がつきまとう。それに、成功確率が低すぎる。地の利があちらにある上、俺達は頭目の顔も知らない」
「じゃあ、どうすんだよ」
「夜が明けてから、村に行って大きな荷車と食糧、あれば酒も借りる」
 なるほど。レンの言葉を聞いて、俺はそう思った。
 レンは、賊に屈従するふりをして、頭目達を一挙に討ち取るつもりだ。
 まず、荷車に食糧などを載せる。そして、その中に俺達三人が潜んでおく。あとは、賊の根城まで行って、適当な方便を使い、荷車ごと根城の中に入るだけだ。これなら、奇襲よりも確実に頭目達に近付ける上に犠牲も出ない。
「お前、馬鹿か?」
 不意に、ニールがそう言った。それを聞いて、俺は鼻で笑った。
「食い物と酒を借りてどうすんだよ。戦の前の腹ごしらえか? 阿呆か。みろよ、シオンもお前の馬鹿さ加減を鼻で笑ってるぞ」
「違う、ニール」
 レンは、嫌な顔もせずに作戦の内容をニールに説明した。
「お前、すげぇ頭良いな。さすがにレンだ」
 言って、ニールが声をあげて笑った。この男、とんでもない馬鹿だが、性格はやはり悪くないらしい。
「荷車は、シオンの子分達に曳いてもらいたい。構わないか?」
 はい。そう言いそうになった。その言葉を何とか飲み込み、俺は頷いた。
「ありがとう。出来れば、荷車に乗ったまま、頭目達の所に行きたいが」
「その点は心配しなくても良い。まず、賊どもは頭目達に報告するだろう。そうなれば、頭目達も物を見たがるはずだ」
 俺は喋りながら、丁寧な言葉使いをしない自分に、違和感を覚えていた。それが何故なのかまでは、分からない。
「なぁ、レン。ついでに若い娘も借りれば良いんじゃねぇのか?」
「それは駄目だ。命の危険がある。もし賊にそれをなじられたら、まずは食糧から、と言って切り抜ける」
「なるほどな。よぉく考えてら」
 言って、ニールが白い歯をみせて笑った。こうして見ると、ニールはまだ幼い、という気がする。十五歳前後に見えてしまうのだ。
 一方のレンは、妙に大人びていた。 
「なぁ、レン。お前、歳はいくつだ?」
「十八だ。どうした、急に」
 俺と一つしか変わらない。それに対して俺は、微かな驚きを覚えた。
「おい、シオン。そういうお前はいくつだよ」
 二十二。そう言おうと思ったが、嘘を言うわけにはいかない、と理由もなく思った。
「十七だ。子分達には、二十二って言ってるがな」
「ふぅん。俺もレンと同い年だから、お前より俺の方が年長だな」
 そういったニールの顔を、俺は思わず見てしまった。レンとは別の意味で、驚きを覚えたのだ。
「シオン、子分達にも作戦の事を話してやってくれ。それと、荷車を曳く者を決めよう。出来れば、臆病な者が良い。その人選が終わったら、作戦の詳細を話す」
「あぁ、分かった」
 言ったが、相変わらず俺は違和感を覚えていた。
 レンに対して、丁寧な言葉使いをしていないのが、何故か不自然だと感じていた。
 暗闇の中で、ゴトゴトと荷車が押されている音を聞いていた。もう二十分は経過しただろうか。無理な姿勢で居るせいか、どことなく身体全体が窮屈である。
 すぐ隣にはレンが居た。ニールは荷車を後ろから押している。三人が入れるスペースが無かったのだ。
 村から借りた荷車は、二重底になっていた。上には大量の麦を載せ、それを布で覆っている。俺とレンは、その麦の下に潜んでいる、という恰好だった。
「シオン兄、賊の根城が見えてきました」
 臆病な子分、ダウドが言った。すでに声色には恐れが感じられる。だからこそ、こういう時におあつらえだった。
「いっぱい居る、どうしよう」
「うるせぇな、黙って曳けよ。よくそんなので今まで生き残ってこれたな、お前」
 ニールが悪態をついている。しかし、その気持ちもよく分かった。ダウドは始めるまでが大変なのだ。事が始まりさえすれば、ダウドはよく動く。失敗も極端に少ない。
「シオン兄、来た。来たよ」
 言われて、俺は床底に耳を当てた。複数の足音が聞こえる。こちらに向かっているようだ。
「おい、止まれっ」
 賊の声。すぐ傍に居るようだ。
「おめぇら、ここがどこだか分かって来たのか?」
「あ、その、あ、えと」
「はっきり喋らんかい、クソ坊主がっ」
「ひぃっ」
 辛抱しろ、ダウド。俺は、心の中でそう言った。
「み、貢物を持って参りました。だから、その、村を見逃してください」
「貢物だぁ?」
 布が取られる音がした。
「ほぉ、麦か。それなりの量だな」
「だが、麦だけで見逃してもらうってのも、ムシの良い話じゃねぇか」
「お、女も居ます。ですが、まずは食糧から」
「よく分かってるじゃねぇか。よし、御頭に報告だ。おい、荷車を押してこっちに来い」
「は、はい」
 再び、荷車が押され始めた。
 さっきの会話のやり取りを聞いて思ったが、やはり賊との話し役はダウドで良かった。声だけでも、何とか助けを乞う、というのが伝わって来たのだ。仮にこれをニールにやらせていたら、どうなったか知れたものではない。
 がやがやと、品の無い会話が聞こえてきた。賊の根城に入ったのだろう。
 やがて、荷車が止まった。頭目達の所まで来たのか。
「御頭、例の村から貢物が来やしたぜ」
「女は?」
「へぇ、それがまずは食糧から、という事らしくて」
「俺は食い物より女だ」
「俺もだ」
 それで、会話が途切れた。どうやら、この場には少なくとも頭目が二人居るらしい。
「おい、クソ坊主。女も持ってくるんだろうな?」
「も、もちろんです。ですから、その、村を」
「女を持って来てからだ」
「は、はい、わかりました」
「おい、あとの二人を呼んで来い。この麦を分配する」
「へぇ、わかりやした」
 あとの二人。残りの頭目の事だろう。わざわざ、この場に呼んでくれるというのは、運が良い。
 俺は、傍にある方天画戟を手に取った。隣に居るレンも、槍を取ったようだ。僅かな身動きの気配があった。
 それからすぐに、足音が聞こえてきた。残りの頭目が来たのだ。
「麦じゃねぇか」
「こいつを今から分配するぞ」
「いや、待て。これは本当に麦だけか?」
 頭目の一人がそう言った瞬間、僅かに緊張が走った。
「麦だけにしちゃ、やけにでかい荷車だ。おい、そこの。それを貸してみろ」
 次の瞬間、頭上でコツコツと音が鳴った。麦ごと、槍か何かで荷車の床を突いているようだ。もし、この荷車が二重底でなければ、串刺しである。
 襲撃の合図は、ニールが出す事になっていた。そろそろではないのか。バレるぞ。
「床の音が何かおかしい。麦を除ける。お前らも手伝え」
 限界だ。まだか、ニール。
「レン、シオンっ」
 その声が聞こえた瞬間、俺は天井を思い切り蹴飛ばした。麦が飛び散る。傍に居るはずの頭目はどこだ。思うと同時に、レンがその頭目を槍で串刺しにしていた。
「なんだぁっ?」
「ニールっ」
 レンが、ニールに偃月刀を投げ渡す。さらに槍を引き抜き、頭目達に向かって駆けた。俺も遅れずにその背を追う。
 さすがに、残りの三人の頭目は、すぐに武器を取って身構えた。
「クソガキどもが、やりやがったっ」
「出口を固めろ。なぶり殺しにしてくれるっ」
 レンが頭目の一人に取りつく。それを視界の端で捉え、俺も方天画戟を頭目に向けて振るった。一撃目で武器を弾き飛ばし、返す二撃目で首を飛ばす。さらに身体を回して、背後の殺気に向けて戟を突き出した。
 レンは、すでに頭目二人を討ち果たして、迫りくる賊達を薙ぎ払っている。
 俺とレン、ニールの三人で、敵を圧倒する形になった。残りの賊は、まさに烏合の衆だった。だたでさえ、頭目達を一瞬で討ち取られたのだ。もうすでに、賊達は戦意を失っている。
 やがて、こちらに向かってくる者が居なくなった。俺達を遠巻きにして囲んでいるだけである。
「やるだけ無駄、というのが分かっただろう。お前達の頭目はもう死んだ」
 レンが大声をあげた。息が一糸として乱れていない。俺も似たようなものだったが、レンとは動きの頻度が違う。
「道を空けろ」
 静かに、それでいて凛とした声で、レンが言った。
 賊が囲みを解いた。そこを、レンは堂々と歩いた。一人だけ、声をあげて突っ込んできた賊が居たが、レンが睨みつけると、その賊は委縮してそれっきりだった。
 レンの後に付いて、俺達は賊の根城を出た。
「大した事なかったな。もうちっと、暴れられるかと思ったが」
「賊を相手に暴れても、大した意味はないぞ、ニール」
「まぁ、そうだがなぁ」
「とりあえず、村に食糧を返しに行こうか」
 そう言ったレンに、俺は惹かれていた。いや、会った時から惹かれていたのだ。惹かれている事に、今、気付いたのだ。
 この男と共に生きたい。俺は、強くそう思っていた。
4, 3

  

 しばらく、村に滞在する事になった。賊は追い払ったが、殲滅した訳ではない。報復してくる可能性があったのだ。
 滞在してわかった事だが、この村は他と比べて幾らか豊かだった。若い男が多いので、開墾がしやすいのだろう。ただ、そこで実った作物の全てが、自分達の物になるという訳ではないらしい。税という名目で、町の役人が奪いに来るのだ。
 不正だった。だが、村長は仕方がない、と諦めている。豊かになるという事は、それ相応の覚悟も必要になってくるのだ、と村長は言った。
 俺はそれをおかしな話だ、と思ったが、レンは黙って頷いていた。そして、せめて自分達で賊を追い払えるよう、自警団を作るべきだ、と言った。
 この言葉は、村長にしてみれば目からウロコだったのだろう。是非とも、協力して欲しい、と村長は申し出てきた。
 だが、村の男達は、戦い方どころか、武器を握った事もないような者達ばかりだった。だから、今は基礎の基礎を教えている。武器などは、農具を少し加工したものを使っていた。
「シオン兄、いつまでこの村に居るんでさ」
 子分達は早くこの村を出たがっていた。賊の報復を恐れているのである。だが、俺はそれを良しとしなかった。今回は、賊を追い払って済む、という問題ではない。
 そして何より、レンが居た。俺は、レンに強く惹かれていた。何故そこまで、と自分で考えてみたが、答えは出なかった。出会った時から、惹かれていたのだ。あえて言うなら、直感のようなものなのだろう。
 出来れば、レンと共に旅をしたい。レンが、子分が邪魔だと言うのなら、ここに置いてでも、とまで考えていた。ここなら、子分も野垂れ死ぬ事はない。村人と共に開墾し、賊を追い払う自警団に属していればいいのだ。
 レンは何故、旅をしているのか。それが気になっていた。何か強い目的を持っているようではあるが、アテは無い、そういう雰囲気である。ニールは、一緒に付いてきた友人、という所だろう。
「お前達も調練だ。しばらくはこの村に居る」
「そんな。賊が来ちまうよ、シオン兄」
「その賊を追い払うためだ」
 俺がそういうと、子分達は渋々といった感じで武器を取った。何度か稽古はつけたので、人並程度には武器は扱える。ただ、そこからは伸びなかった。強くなる、という意志が弱いからだ。これだと、いずれ村人に追い越されるだろう。
「おい、シオン。何をダラダラとやってんだ」
 ニールが偃月刀を肩に担いでやって来た。子分達は、顔に緊張の色を浮かべている。ニールが怖いのだ。
「お前ら、やる気がないんなら畑でも耕してろよ」
「う、うるせぇよ。シオン兄より弱いくせしやがって」
「なんだ、てめぇっ」
「ひぃっ」
 このやり取りを聞いて、俺はため息をつくしかなかった。
「お前ら、いつまでシオンの金魚の糞をやってんだ。シオンもはっきり言ってやれよ。足手まといってよ」
 ニールがそう言うと、子分達が表情を変えた。
 足手まといではない。だが、この身を束縛されている、という感はある。子分達を守ってやらねば、という使命感が絶えず自分の中にあるのだ。だからせめて、これからは解放されたい、と思っていた。
「そこまでだ、ニール」
 レンの声が聞こえた。村人達の所から、こちらに向かってきている。
「止めんな、レン。こいつらを見てると、無性に腹が立ってくるんだよ」
「それとこれとは別だろ。シオンがどう思っているかは別として、お前達も守ってもらうばかりじゃ、駄目だ。シオンが居なくなったら、この村と同じように、やられるばかりになるぞ」
「シオン兄が居なくなるなんて事は」
「ある」
 思わず、俺はそう言っていた。レンと共に旅に出る。言うと同時に、これも決めていた。
「そんな。今までずっと」
「このまま共に流浪を続けるのは難しい。お前達はお前達で、生きる術を身につけるべきだ。流浪を続けるにしろ、この村に滞在するにしろ、だ」
 子分達は俯いていた。薄情だと思っている者も居るだろう。だが、レンと出会った。レンと出会った事で、俺の中にある何かが動き始めた。だから、ここで突き放す。
 子分達は、俯いた顔をあげなかった。俺の次の言葉を待っているのだ。
「レン、ちょっと良いか」
 そんな子分達から目をそらし、俺はそう言った。
「あぁ、構わないよ」
「ニール、悪いがここは頼む」
「泣かしちまうかもしれんが、良いのか?」
「冗談はよせ」
 ニールはあぁ言ったが、上手くまとめてくれるだろう。口は悪いが、人情深い一面をニールは持っている。
 レンと共に、村の外れの丘の上に行った。秋の風が、肌を撫でる。
「俺は二年、流浪を続けた。流浪を続けた理由は、官軍に入りたくなかったからだ。だが、今はそれは違う、という気がしている。おそらく、自分を知りたかった。というより、自分が認める人間に出会いたかった」
 レンは、俺の話を黙って聞いていた。右眼に強い光が宿っている。
「俺はお前に、いや、貴方に強烈な何かを感じた。それは、流浪を続けた理由に繋がると思う」
「シオン」
 レンが静かに言い、丘の下に目をやった。
「俺は、お前が思っている程、大した男じゃない。ちょっとばかり、槍が使える。ただ、それだけの男だよ」
 確かにレンの槍の腕前は相当なものだった。かつて、槍のシグナスという天下無双の槍使いが居た。そのシグナスとも、レンは渡り合える。俺は、そう思っていた。
 だが、レンの放っている何かは、それだけではないはずだ。
「貴方は、何者なんですか」
 言ってから、何故か丁寧語になっている自分に気付いた。そして、これが当然なのだ、とも思った。
「隻眼のレン。槍のシグナスの血を引き、剣のロアーヌに育てられた男。そして、武神の子、ハルトレインに左眼を奪われた男」
 そう言ったレンの表情は、ひどく哀しかった。それを俺は、ただ見ているしかなかった。
 槍のシグナス、剣のロアーヌ、ハルトレイン。レンの次の言葉を、俺は待っていた。
 いや、そうする事しか、俺には出来なかった。
 風が吹いていた。冷たい、秋の風だった。
 レンは黙ったまま、丘の下に目をやっている。相変わらず、表情は哀しい。
 槍のシグナスの血を引き、剣のロアーヌに育てられた男。レンは、自らをそう語った。それを聞いても、俺は特に驚きはしなかった。当然というような、そんな気がしただけだ。
 ロアーヌとシグナスの知識については、人づてに話を聞いた程度のものだった。剣のロアーヌと槍のシグナス。共に天下最強と謳われ、武の一時代を築いた。元々、二人は官軍に属していたが、メッサーナに亡命した。そして、志半ばで散った。
 ただ、二人とも、死の直前で信じられない力を発揮したと言われている。数千の敵兵をたった一人で圧倒しただの、槍で何度突いてもビクともしなかっただの、およそ考えられないような噂も流れていた。
 しかしそれでも、死んだのだ。ロアーヌはアビス原野で、シグナスはタフターン山で死んだ。戦いの中で、二人は死んだのだ。
 レンは、その二人に深く関わっている。二人の天下最強に、関わっている。特に槍の腕前については、シグナスの血を引いたという事なのだろう。それをロアーヌが磨き上げた。
 俺が驚いたのは、むしろハルトレインの方だった。左眼を奪われた。レンは、そう言ったのだ。
 ハルトレインと言えば、大将軍の後継者として有名な男である。現在の大将軍、レオンハルトの末子であり、今の官軍の中で最も注目されている男だ。
 ただ、大口を叩く事や言動が尊大なせいで、人となりはあまり評価されていない。どうしても、若僧の分際で、という目で見られてしまうのだ。実際、ハルトレインはまだ二十五にもなっていない。
 ただ、能力はあった。武芸も官軍一で、特に剣と槍に関しては、右に出る者は居ないという。上に立つ者として必要なものは、あとは年齢と経験だけだった。
 そのハルトレインと、レンは刃を交えたのか。だが、どこで。そして、どういう経緯で。
「シオン、先に言っておこう」
 丘の下に目をやったまま、レンが口を開いた。
「俺はメッサーナの人間だ。シグナスの息子なのだから、当然と言えば当然だが」
「その左眼は」
「ハルトレインと刃を交えた。アビス原野で」
 三年前の、国とメッサーナの大戦だった。
「俺は、スズメバチ隊の一人の兵として、出陣していた。父、ロアーヌと共に」
 天下最強の騎馬隊。レンは、そこに所属していたのか。レンは、自らの年齢を十八歳、と言っていた。つまり、十五歳で戦に出たという事だ。
「初陣だった。その初陣が、天下分け目の戦だった。はっきり言って、何がどうなっていたかは今でも分からない。ただ、激しい戦だった。父に付いていくのが精一杯で、周りの事など見えてなかったと言っていいだろう」
 それが当たり前なのだろう。俺は賊退治をやったぐらいで、本当の戦に出た事はないが、レンの言っている事はよく理解できた。
「気付いたら、スズメバチ隊は全滅の危機に陥っていた。ハルトレインの援軍が、後方から現れたのだ。俺は、そのハルトレインを止めるため、父から離れた」
「そこで、左眼を」
 レンが黙って頷いた。
「何をどうされたのかは今でも分からない。見えたのは、光だけだった。そして次には、視界の左半分が消えていた」
 レンが、右眼をこちらに向けてきた。何か圧倒するような、そんな気迫を放っている。
「俺には戦う理由がなかった。だから、左眼を奪われた。いや、ハルトレインに負けたのだ」
「戦う理由、ですか」
「あぁ。それを知る為、俺はメッサーナを出た。実父が、父が居た国の事を知る為に。そして、メッサーナと、国の違いを知る為に。旅をはじめて、もう一年になるが、未だに答えは掴めていない。いや、掴めているが、もっと深く知りたい、と思っている」
 それを聞いても、俺には返す言葉が見つからなかった。レンが旅をしている理由は、遠大で、悲壮だった。そして、大局的でもあった。
「実父と父は、天下取りの大志を抱いていた。まだ十八の俺には、天下の事などは分からないが、その大志を抱く理由は十分に分かった。それほど、この国は腐っている。一年の旅の中で、そう思わせる出来事に、俺は数え切れないほど遭遇した。今回の、この賊退治の事もそうだ」
 レンの右眼に、熱がこもった。
「本来、動くべきはずの官軍は動かず、何らかの手を講じなければならないはずの役人たちは、税を絞り取るのに夢中だ。こんな国の中で暮らす民が、幸福なはずがない。だから、俺は大志を受け継ぐ。かつて、父らが抱いた大志を、俺は受け継ぐ」
 レンの右眼の熱に、俺は惹き込まれていた。それをはっきりと自覚した。そして、レンの言った事は、何の淀みもなく、俺の心の中に染み渡った。
「だが、まだ知るべき事は多くあると思っている。だから、俺は旅を続ける」
「その旅に、俺も加えてください」
 言っていた。いや、言わなければならなかった。俺は、レンと共に生きる。今までの流浪は、この男と出会う為だったのではないのか。そう思えるだけのものを、レンは持っている。
「そう言ってくる者は、全て断ってきたんだ、シオン」
「何故ですか」
「旅の目的が明確でないからだ。そして、どうなるかも分からない。この先、野垂れ死ぬ可能性だってある」
「それでも」
「俺はメッサーナの人間なのだ。そして、槍のシグナスと、剣のロアーヌの息子なのだ。つまり、国から狙われている」
「レン殿、俺は何の意味もなく、これまで流浪してきました。しかし、貴方の話を聞いて、その意味がわかりました。ここで付いていけないなら、俺はこの先どうして良いか分かりません。俺の方天画戟は、向ける矛先を探しているのです」
 そう言って、俺はレンの右眼をジッと見つめた。レンは瞬きすらせずに、俺の眼を見ていた。
「子分達はどうする。これまで、一緒だったのだろう」
「この村に置いていきます。嫌だといっても、無理やりにでも承服させます」
「辛い旅になるぞ。下働きに似たような事もやらなければならない」
「承知の上です」
 レンが右眼を閉じた。その間も、俺はレンから視線を外さなかった。そして、レンは軽く息を吐いて、再び眼を開いた。
「わかった。付いてこい、シオン」
「はい」
 そう言ってから、俺は涙が出るのを必死に堪えていた。レンと共に旅に出られる。それが、たまらなく嬉しかった。
「だが、俺はお前の上官でもなんでもないんだ。丁寧語はやめにしよう」
「レン殿は、年上です」
 俺がそう言うと、レンは少し考える仕草をした。
「ニールも年上だが」
「ならば、兄上と呼ばせてください」
「兄上か」
 言ったレンが、顔を綻ばせた。
「俺も兄と慕っている人が居る。そうか、兄上か」
「はい」
「よし、それでいこう。これからよろしく頼む、シオン」
「はい、兄上」
 俺がそう言うと、レンが笑った。俺も、それにつられるように笑っていた。
 嬉し涙が、頬を伝っていた。
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