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「すくわれない話」

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 濁った瞳は何も映さず、ただじっとこちらを見つめている。
 私はこれがなんであるのか、はっきりと理解していた。
仰向けで死にゆくこと。それがここの常識であり、そしていずれは私自身もこうなるのだ。それを自覚しているからこそ、私たちは必死にここから逃れようともがき続けている。
「また息絶えたか」
 彼はそう言うと、じっと目の前の遺体を見つめ、それから私を見る。
「一体どれだけの数が息絶えれば、この国は落ちつくのだろうか」
「誰にも分からないことです」
 ただ、と私は一言付け加えた。彼はこちらをじっと見つめてから、視線を空へと上げた。
「望んだ者はすくわれる、俺達にもそれが来ると言いたいのかい?」
 私は頷き、それから上を向いた。まばゆい光が散る様にして降り注ぎ、まるで雨のように私達に降りかかる。
 逃げることもできず、ただ命を散らすだけのこの国で、唯一生き残る手段は祈ることだった。懸命に望み、自らの死から逃げたいと望んだものだけにすくいが現れるのだ。
 私も今までに何度か見たことがある。それはとても神々しくて、見上げる我々を覗きこむ気分は一体どのようなものなのだろうかと、羨望の眼差しを何度も向けたものだ。
「私は希望を持ち続けたい。死に包囲されたこの国から逃げ出し、広い世界を見て回りたい」
 ずっと望んでいたことだった。死からすくわれた者達が、この国を出て一体どうなったのかを知りたい。そしてできることならば、その広い世界を見つめ、旅をし、その全てを解明したかった。もしもこの世のしくみを理解することができたのならば、きっと国民全員ですくわれることができる。いや、すくい等に頼らずにこの国から出ることができると私は思っていた。
「裏切られることはけしてない。私は、きっとすくわれる」


 不意に、浮遊感が私の身体を襲った。
 同じ高さであった彼の目線が遠のいていく。彼は私と視線を合わせるために、体を揺らして頭を上げた。それから彼は、ふ、とほほ笑んだのだ。
「君はすくわれたんだ。望みを捨てなかったから」
 白い布のようなものに遮られ、彼の姿はとうとう見えなくなった。
私は胸を高鳴らせながらその浮遊感に身を任せる。解放感と、冷たい空気がそれまでのぬるく絡みつくような感覚から私を引き離す。感動からくるものなのか、それとも心のどこかで国に対する執着があったのか。息苦しさに身を悶えながらも、私はただひたすらに喜びに身を震わせていた。
 世界を見るのだ。とても広大なこの世界を。
 とぷん。



「由佳ちゃん、上手に捕れたね。赤くておっきいの」
すくわれた先の世界は、国よりも小さく、窮屈だった。
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