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4話【翌日の反応】

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4話【翌日の反応】
「夏川が行方不明になったんだが、お前ら知らないか?」
 とある教室にて、教師の重々しい声が響き渡る。もともと仏頂づらの教師が険しい顔をしており、それに加えて目が真剣であることが作用しているのか、私語は一切聞こえて来ない状態である。
「どこにいるか心当たりのある者は先生に教えてくれ。っていうかお前等のなかで匿(かくま)ってる奴がいたら指導部に直行だからな。じゃあ一時間目の用意しろ」
 という、ホームルーム終わりに述べられた情報。
 あまりにも素っ気なくもたらされたのだが、生徒たちに動揺を与えるには充分なニュースだった。
「行方不明?」
「そう、昨日からだ。この事だが、正直に言うと俺も信じられん。ただの家出なら構わないんだが、最近物騒な事件ばかりだからな」
 担任の憂鬱な表情につられるように、どんよりとした雰囲気が教室をおおいはじめた。ひたすらの沈黙。調子の良い生徒も雰囲気を察してか、ただただ沈黙を守っている。その重々しい空気の中で、担任は
「まあ、そのうちフラッと帰ってきて笑い話にできるさ」
 無理に作ったとしか思えない笑顔を浮かべながら軽口を叩く担任。不器用な担任の、ちょっとした配慮が効を奏したのであろうか、教室は喧騒に満ちはじめたのである。
 
「ああ、昨日の九時ぐらいにご両親が夏川に電話をしたらしいんだが、着信拒否されたそうだ。反抗期なのか? まあ、じゃあ時間もそろそろだから」
 そういって担任は教室から立ち去った。
 
 その後ろ姿を見届けた、とある三人。渦中の人物である三人は異なった反応を示していた。
 
 事の成り行きを静かに見守ろうとする戸宮凜子。どこまでも無表情な彼女は周りから見れば何も考えてないように思われそうだが、そんなことは無い。怜奈を破壊してしまった後味の悪さを感じながら、彼女と再び顔を合わせる未来に一抹の不安を感じている。
 彼女はふと大葉智樹の方に視線を向けてやる。-罪悪感。そんな人間らしい感情を隠しながら彼女はじっと見つめる。

 非日常に心を躍らせつつも、憂鬱な表情を取りつくろう村崎楽雄。その仮面の奥を見通せる生徒はおらず、周りから見た印象は【普段はお調子者の男が、本気で女の子の事を心配している】という、真実から百八十度ずれてしまった見解であった。
 楽雄は思う。
 -もっとおもしろくなれと。
 

 どこまでも純粋に夏川のことを心配する大葉智樹。
 -どこにいったのかな? あんな明るい人が家出なんてするかな?
 好きな女の子が消えてしまったのだから、その心配に嘘はない。
 そのうち、昨晩の見たシーンが智樹の脳内に浮かび上がる。
 -楽雄が怜奈ちゃんの髪留めを持っていた。なぜ? 彼女と接触したから? えっ? …………もしかして? いや、楽雄はそんことをする奴じゃ。いや、しかし状況的に考えても……。
 一度始まった思い込みはパンドラの箱とでも表現すべきだろうか、留まることをしらず、自身で否定することができない。疑念に疑念が重なってい楽雄に対する印象に変化を与えていく。
 -でも、学校に不法侵入するとか犯罪だし、中学のとき喧嘩ばかりしてたとか言ってたし、万が一でも可能性があるなら追求するべきかもしれない。
 智樹はふと疑うべき友人の方を見た。もし、楽雄が悪魔のような気味の悪い微笑みを浮かべていたならば、智樹の疑念は確信に変わっていただろう。だが、現実は違った。心から怜奈を心配する素振りを見せる友人がそこにはいたのだ。憂鬱な表情を浮かべる楽雄。その表情に嘘はないように感じる。
 -ダメだ、ダメだ。僕は何をふざけたことを考えているんだ。あんなに心配そうな顔しているじゃないか。ありえないありえない。髪留めの件については、またチャットで聞いてみよう。
 智樹は友人に対する疑心を無理矢理に心の奥底にしまいこみ、次にとある女子生徒に意識をむけた。寡黙で端正な顔立ちの少女。十中八九の人間が声も思い出せないほど喋らない女子生徒。
 智樹は、そんな戸宮凜子に視線を向けた。
 
 端正な顔、凛とはった涼しい眼。

 まず第一に彼の視界の中央にあったのは、そんな印象を与える女子生徒の顔であった。
 智樹は思わず視線を反らす。単純に恥ずかしいから。もともと奥手な彼にとって女子と見つめあう時間は苦痛にしか感じられない。
 一瞬だけ視界に映った凜子の顔を考える。
 -なんで僕を見ていたんだろうか?
 彼は、自分が怜奈に好意を寄せていることを隠し通せていると思っているのだが、実は周知の事実であった。
 じつは既に何人かの女子生徒は、大葉に同情し悲しげな視線を向けていたのだが、そんなこと知る由もない。
 -凜子ちゃんは素っ気ない態度だけど、どう思ってるんだろう。あの二人仲良しだったし、すごい心配してるのかな? 
 智樹は静かに立ち上がり、思い切って凜子に話し掛けることにした。
「ねえ、あの……凜子ちゃん」
「何?」
「そのさ、あんまり気にしちゃだめだよ」
「あらそう。あなたもね」
「えっ、あ、うん」
「…………」
「どこにいるのかな?」
「さあ」

「おい大葉くんよ。心配しすぎるなって。暗い顔しすぎだぞ」
 テンポの悪い会話が、無意味に続くのを見兼ねたように第三者の介入。哀愁漂う笑顔を浮かべた楽雄が話し掛けてきた。
「担任の野郎も言ってたがそのうちフラーっと帰ってくるんじゃね? そんな簡単にな非日常は訪れないものなんだよ」
「でも、居なくなるって時点で非日常だと思うけど」
「男も女も無意味に旅に出たくなるもんなんだよ。あいつ最近化学で赤点取ってたしな。それがきっかけだったりしてな」
「楽雄とは違うと思うけど」
「人間なんて同じ遺伝子で作り出されてんだ。行き着くところは同じなんだよ。なあ凜子?」
「そうかもしれないわね」
「だろ? そういうことだ大葉君よ。携帯で着信拒否したんだろ? まあ、生きてるだろ。生きてりゃ万事オッケーオッケー。そのうち寂しくなってお前にメール送ってくるさ。チャットルームにも来るかもしれないな。生きてればな。なあ凜子?」
 悪意のある質問。
「さあね」
 しばらくの間を開けて凜子は答えた。
「冷てえな」
 楽雄は緩みそうな顔面の筋肉をムリにひきつらせながら、さらなる悪意をもって見つめる。
「そういう性格だから」
 凜子は、すこし雰囲気の変わった同級生に警戒しながら答えた。訝しい眼で楽雄をみつめる。その眼は『何が言いたいの?』という感情がこもっている。
「忠告する。もう少し優しくなれよ」
「あらそう、どうも」
「楽雄?」
「ん? どうしたんだ智樹?」
 智樹に向けられた憂鬱な表情。すでに楽雄は感情を完全に制御していた。溢れ出しそうになったどす黒い感情はすでに気配がなく、智樹を欺くには十分であった。結果、智樹は違和感を勘違いだと決めてしまう。

「じゃあ、数学はじめるぞー」

 不意に聞こえてきた教師の掛け声で、その三人は所定の席に戻った。

 それぞれが疑心、同情そして軽蔑といった感情で見つめる。
 
 そんなトライアングルの関係である。

 ○
 
 数学の授業中において、生徒たちの態度は決して褒められたものではなく、居眠りをする者や落書きに没頭する者が目立っていた。だが、学級崩壊しているわけでもなく、形だけの授業は成立している。生徒たちの静かなる反抗とでも言うべきか、ただただ教師の声が生徒たちの脳内に刻まれることなく、教室内に響くだけである。
 大半の生徒がそんなありきたりな過ごし方をしているのだが、ただ一人、村崎楽雄は非日常を愛するがゆえに行動を起こしていた。
 その陰鬱な悪事は、保護色にまもられたカメレオンのごとく気付かれずに静かに進行する。
 楽雄の手に握られているのは最新型の携帯。いわゆる【スマートフォン】と呼ばれるものだ。
 彼は前を向きながら、ブラインドタッチで文字を打ち込んでいた。頬杖をつきながら、けだるそうに黒板を眺める彼が、まさか携帯を操作しているとは誰も思わない。

『とある高校の授業風景【喋りません】』
 これが彼が打ち込み終わった文章。
 そして同時に【チェイン】の生放送一覧に浮かび上がったタイトルである。
 携帯は自動的に放送用ページに切り替わる。
 
 コミュニティレベル23。参加人数233人。
 
 チェインの生放送のシステムは、絶対評価。参加人数とコミュニティレベルはほぼ比例し、面白くないものはそれ相応の評価で、馴れ合うのが常となっている。
 彼のコミュニティは弱小コミュニティだが、ただ授業風景を流しているだけにしてはレベルが高いほうだ。
 楽雄は周りに注意しながら、机の奥から画面を覗かせ、レンズに向かって視線を投げかける。
 一瞬だけ自分の下顎が映り込んだのを確認すると、携帯を横にして机にしまいこみ、後ろの女子生徒にカメラを向けた。その流れるような動作に誰もが気がつかない。
 
『おっ、また始まった』
『何がしたいんだこいつwwww』
『この人って普通の放送したことないよな』
『主は男なのか? 女なのか?』
 
 放送開始から数十秒たった頃、視聴者のコメントが流れはじめる。明らかなる異常に批判をくわえるものはいない。誰もが傍観者。直接的に罰せられることがない人間の性である。

『この女の子の脚ww』
『↑そんな事言う奴がいるから、主が調子に乗るんだよ!!』
『↑お前もな』
『↑お前もな』
『↑お前もな』
『お前ら』
 
 こんなネット特有の適度にレベルの低いコメントが流れるのであるが反応するべき生主は無言である。どんなコメントが流れているのかさえ把握していない。
 なぜ、村崎楽尾が教室内の風景を流すのかであるが、それはスリルを求めているからでしかなかった。ドキュメンタリー番組などでの万引きは『スリルがほしかった』とよく言うが、楽雄の行動原理も一緒。ドキドキ感を求めているからでしかない。
 そんな自己満足的な放送が繰り広げられているのである。

 その頃。

 教師の発せられる催眠音波に難なく抵抗し、意識を保っていた戸宮凛子のもとに一件のメールが届いた。机の中からグリーンのライトが漏れてくる。それを確認した凛子はすばやく携帯を手に収め、『メガネ』という表示をみて、ため息をついた。
 ―またきた。
 彼女は心の中で不満をつぶやきながらメールを展開させた。
『from:メガネ
 sub:緊急

 ねえ凛子ちゃん。とっても衝撃的なニュースがあるんだけど聞きたいかい?』

『from:凛子
 sub:

 しょうもないことだったらおこる』

 凛子はブラインドタッチで短文をつくり、送信。
 送信から三十秒も経たないうちに返信が来た。まるで用意されていたようであり、事実そうであった。

『from:メガネ
 sub:緊急
 
 君の高校のどこかのクラスが全国放送されてるんだけど、君が主じゃないよね? なら誰なんだい? 僕、その高校の出身だから、教師の声で分かった。
 とにかくその高校に変態、もしくわ変人がいるから気をつけたほうが良いよ。この僕が変人扱いするのだからよっぽどだよ』

『from:凛子
 sub:

 くわしくはなして』

 三十秒後の返信である。

『from:メガネ
 sub:緊急

 女の子の脚が映ってるんだけど、たぶん机の中からの隠し撮りじゃないかな? きれいな脚してるよ。リスナーもぺろぺろhshsみたいな事言ってるし。っていうかさ君、まさかカバンにクマのストラップとかつけてないよね?』

 彼女は、思考を停止した。なぜなら自分のカバンにティディベアのストラップをつけてたからだ。

『from:凛子
 sub:

 いや、つけてるけど? なにか?』

『from:メガネ
 sub:緊急
  
 残念なお知らせだ。君のクラスメイトが変人なのかもしれないな。右斜め前を見てごらん。そこには稀代の変人が座ってる可能性があるよ』
 
 三分ほど間を空けて返ってきた文章には、勇助の冷静な推測が記されていた。
 凛子は当然のごとく視線を前に向ける。視線の先にはクラスメイトの村崎楽雄がいた。第三者から見れば怠惰に授業を受けているようにしか見えない。
 凛子は、普段は使用を控えている透視モードを作動させた。コンクリート、木材、脂肪、皮膚、何でも透かして見ることができる機能。便利な機能ではあるが、凛子は人間らしく振舞う為に、多用することはない。
 徐々に焦点を机の中にあわせてゆく。はじめは透かしすぎて町の風景が映り、次に隣のクラスの授業風景、最後に机の中身が映った。
 
 ―ああ、なるほどね。

 紛れもなく、四角い形の電子機器が楽雄の机の中にはあった。
『from:凛子
 sub:

 かくにんした。たしかにあなたのいうとうりね』

『from:メガネ
 sub:緊急

 で、どうするの? 僕の権限で追放する?』

『from:凛子
 sub:
 
 いやべつにいいわ』

 『僕の権限』。これが意味することは、谷川が『チェイン』において絶大な影響力があるということである。それもそのはず。システム開発者の名前は匿名希望となっており、ユーザー間では最大の謎なのであるが、その正体は二十代前半の大学生―つまり『谷川勇助』であるのだ。
 凛子は放置すると決めた。どうせ実害はないのだから。できるだけ平穏に生きたい。適度に馬鹿らしく生きられればいいのだ。そう考えると、クラスに変人がいるという事実は人生にとって隠し味的スパイスみたいなものだ。

 彼女は、とくに考えもなしに、手を机の下から出し、そのカメラに向かって手を振った。小さく白い手がひらひらと揺れる。

『おい!? 手振ってきたぞ』
『ばれたのか!?』
『やらせかよorz』
『釣り放送ですか。まじないわ』
『運営、仕事しろや。っていうか俺が運営だったwww』
『↑うそおつ』

 リスナーのさまざまな推測が飛び交うのだが、放送自体に興味のない楽雄は気づくことがなない。放送後、変化のない放送に落胆した楽雄であったが、大きな変化が起きていたことに気がつくことはなかった。
4

ポケマリカ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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