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5『憎悪蠢く街の夕暮れにて』

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 気づくと屍の山にいて、僕はそれが夢だとすぐに理解した。朱に染まる空と、腐敗した大地、そして僕が今まで殺してきた者の死体、僕の地獄のイメージ。その中で可憐に佇む儚い少女の姿を探した。長い黒髪を燻らせる、蜃気楼の少女。
 一面に死体が転がる地獄の中で、僕は彼女を見つける。彼女は死体の山をただ見つめ続けるだけだ。長い前髪が表情を隠して、彼女がどういう感想を抱いているのか僕には読み取れない。
 僕がゆっくり彼女に近づくと、彼女も僕に気付き振り返る。
「イルー」
 それは、誰にも呼ばれることはなくなった僕の名前だった。
「殺して、早く、殺して」
 彼女はいつもと同じように、この世界に更に屍を増やすことがお望みのようだ。僕は許されるならば、もう殺しなんてしたくないのだけど。
 けれど僕は彼女に誓う。
「うん、殺すよ。必ず、アイツだけは僕の手で」


 目覚めると、体内無線にいくつものデータが転送されていた。送り主は全てラナ・イースだった。血なまぐさいモーニングコールだと、僕は一人苦笑する。内容は昨夜の蘭星会支部が四つも襲撃され、その全てが壊滅したことの詳細だった。
 僕はコーヒーを淹れながら情報に目を通していく。現場付近の監視魔法が捉えた情報によると、昨夜襲撃された四つの支部は18番支部以外驚くべきことに一人で壊滅させられているそうだ。武闘派で有名なマカベリ二大組織の一つ、蘭星会の支部が。
 四つのうち、黎明の調整者(イルギギス)の死薔薇のアーセスと、マカベリ最高の剣士ゼンセイは姿が正確に確認されている。唯一複数で襲撃されたとされる18番支部は、少年兵が確認された。9番支部については詳しい情報は得られていないままらしい。
 熱いコーヒーを啜りながら、ラナが集めたという現場の写真も確認しておく。昨日の今日だというのに、警察でもなく国家の後ろ盾のないラナがここまで素早く情報を集められるのはどういうことなのか、それは置いておく。
 現場の画像を体内無線機で再生していく。派手なのは死薔薇のアーセスが襲撃した21番支部だが、僕は一見地味な9番支部を襲撃した者が、この中で一番危険なのではないかと感じた。狭いビルの中で、殺された無数の死体は全て正確に急所だけを狙われている。こういう手口は、僕の同業者の可能性が高い。快楽殺人者と、訓練された人殺しでは危険度は段違いだ。

 一通り情報を読み取り、ラナの言うことももっともだなと納得した。明らかに蘭星会とトリアゼ会では戦力に差が出すぎている。たった一夜で四つも支部を潰されていては、蘭星会が壊滅するのも時間の問題だ。トリアゼ会にはさらに、昨夜は姿を現さなかった切望の翼ガウエンまで控えているというのに。
 僕はいったいどうすればいいのだろう。ラナの指示を待つべきか。おそらく、今夜もトリアゼ会は蘭星会を襲撃する。戦略的な意図とは無関係に、血に飢えた狂人たちは止まることができないからだ。おそらく、雇い主の命令にだって従わないだろう。彼らは犬以下なのだ、餌を前にして待つことは出来ない。
 僕はマカベリの地図を体内無線機で再生して、蘭星会の支部がある地区をチェックしていく、今夜確実に襲われるだろう場所に目星をつけていく。




 トリアゼ会の事務所のあるビルの12階、そこに昨夜殺戮を繰り広げた殺人者たちが一堂に募っていた。
「まずはよくやったと言っておこう」
 黒いスーツにフレームの無い眼鏡をかけた男、ヴィトスラが言葉をかける。
「前から思ってたけど、いい男。生きてるのに綺麗、死んだらもっと綺麗になれるのに、もったいないな」
「私を殺そうとはするなよ、アーセス」
「しっかし、手ごたえねぇなあ、武闘派で有名な蘭星会ともあろうもんが骨なしだらけだったぜ」
「まぁ昨夜はお前たちの力を見るためでもあったからな、厳しくなるのはここからだ」
「ちっ、試しただと、気にくわねぇな」
「ところで、昨日の報酬はちゃんともらえるんだろうな、俺たちはもう腹ペコだぜ」
 青髪の少年トランと、その仲間の9人の子供たちはヴィトスラを睨む。
「もちろんだ。すでに用意している」
「ガウエンがトリアゼ会に雇われているという話を聞いたのだが、昨夜は現れなかったようだな」
 一人壁にもたれかかる仮面の男が訪ねる。
「あいつは特別だ。下手に動かすと皇国の連中が動き出してマフィア間の抗争どころではなくなる。奴が気になるのか?」
「あのフィネラルド・ガルシアに並ぶとも噂された魔法士だ、興味はある」
「興味があるといやぁ、俺もお前さんに興味があるぜ」
 ゼンセイが身を乗り出し、仮面の男に近づいていく。
 「名前も顔も不明、いったいなんなんだお前さんは」
 「名前はゼファ、すまないが仮面は外せない」
 「ケッ、すかしやがって」
  ヴィトスラは二人の注意を引くように声のトーンをあげる。
 「蘭星会に体制を立て直す隙を与えるな。今夜で残りの支部も攻め込む」
 
 
 
 
 マカベリ16番街、夕暮れに染まる街中を、マカベリ皇立学校高等部三年生の少女エリンは通いなれた通学路を一人歩いていた。昨夜、二つ離れた18番支部でマフィア間の抗争があったとは知っていたが、マカベリでは特別珍しいことでもなく、この時間帯なら気にする必要はないと考えていた。だが、街中は蘭星会の人間が殺気を迸らせながら警戒していて、すぐに考えを改めることになる。
 少女にはなぜこうも人間が殺しあうのか、根本的に理解が出来ていなかった。裕福な家庭に育ったエリンは、他者に強い怒りを覚えたこともなければ、強烈な欲望や羨望をいだいたこともなかった。なぜ、もっと皆で仲良くできないのか、話せば通じるはずなのに。
 エリンの前には、幸せそうな父と子が手を繋いで歩いていた。子供の手にはアイスクリームが握られている。その前からは一人の少年が歩いてくる。家族とその少年がすれ違う瞬間、少年は右手に装着された魔爪でアイスクリームを持った少年を引き裂いた。父親と、後ろにいたエリンも何が起きたのかわからず硬直する。
 魔爪の少年は、殺した少年からアイスを奪い、平然と舐め始める。息をするように人を殺した少年は、さらに父親に魔爪を突き立てる。
 突如目の前で行われた殺人に、エリンは叫び声を上げる。
「うるさいなぁ」
「あ、マロウ、いいなぁそれ」
 魔爪の少年マロウが、エリンに目をつけると、横からさらに少女が現れる。
「お前も奪えばいいじゃん、サラ」
「うん、そうするね。昨日のお仕事の報酬はもう全部使っちゃって、お金もないし」
「な、なんなの君たち、なんで……」
 エリンはくじけそうになる足を必死に耐えさせ、少年たちに話しかける。
「あ、あの人からうばおっと」
 サラと呼ばれた少女も魔爪を装着し、エリンに迫る。
 エリンは本能的に確信した。この10歳ほどの少女に言葉は届かず、そして自分は殺されると。
 と、そこに先ほどのエリンの悲鳴を聞きつけたのか、警備にあたっていた蘭星会の人間が駆けつける。
「子供?」
「油断するな、おそらく18番支部を壊滅した例の子供たちだ」
 蘭星会の男二人は魔法剣を抜き構える、敵だとわかれば子供だからと言って手を抜くような者たちではなかった。
「今日はトランは別のとこに行ってていないんだ、自由に暴れようぜ!」
 子供二人と蘭星会の男たちが睨みあっている隙に、エリンは全速力でその場を逃げ出した。
 同時に、あちこちから悲鳴。蘭星会の人間も、そうでない一般の人も、無差別にいきなり現れた9人の子供たちに襲われる。
「な、なんなの一体」
 マカベリ16番街は、突如現れた小さな死神たちにより大きな混乱を招く。
「トランは仕事と関係のない人間は殺すなって言ってたけど、無理だよ。ここの奴ら、皆幸せそうで頭くるもん、だから殺す!」
 あちこちで悲鳴が聞こえる街を、エリンはひたすらに走った。目的地など定めている余裕はなかったが、とにかくあの子供たちから離れなければいけない、時間を稼げば、蘭星会の人間が始末をつけるか、警察が動くはずと期待していた。
 騒ぎが大きくなるとすぐに蘭星会の猛者たちが集ってくる。その数は子供たちの倍近い。
 蘭星会の猛者たちが子供たちを包囲するが、子供たちに動じる様子はない。
「作戦通りかな」
 マロウがそうつぶやくと、突如上空から強大な雷が降り注ぐ。雷撃の上級魔法、雷神爆熱墜(トルネ・トール・プシロン)の魔法が発動。一瞬にして蘭星会の男たちの半分以上を消し炭に変える。
 魔法を発動したのは、マロウ達の密集する場所が見渡せる二階建ての建物の屋上にいる男、トリアゼ会の魔法士デデトスだった。発動に時間のかかる上級魔法を、子供たちに時間稼ぎをさせて、安全地帯から放つというシンプルな作戦だった。魔法を放つと、デデトスはすぐに姿を隠し、また魔法陣を描く。
 半数の仲間を失った蘭星会の猛者たちに戸惑い、その隙を逃さず、少年たちの猛攻。雷の初級魔法、纏電鎧(ブリテンス)を発動し、魔爪に雷を宿す。素早い動きで大人を攪乱し、雷を宿した魔爪は鍛えられた魔法士にも致命的なダメージを与える。
 形成は一瞬にして逆転していた。
 子供たちの一人が逃げ惑うエリンに目をつける。なんとなくおかしかったので、殺してやることにした。少年は足元に雷の初級魔法、電瞬(ライツァ)を発動。魔力で作られた雷と磁力が反発して超加速。一瞬でエリンの真上まで移動すると、魔爪を振り下ろす。一瞬死を覚悟したエリンだったが、激しい金属音が響き渡り、自分の無事に気付いた。
「まさか、こんな時間から始めるとはね」
 エリンと少年の間に立ったのは、黒い外套を靡かせる黒髪の青年だった。青年の手にはナイフが握られていて、それで魔爪を受け止めている。
「なんだお前!蘭星会の人間か!」
「違うけど、まぁ君たちの敵ではあるよ」
 少年兵が再度魔爪を青年に振りかざすが、青年は難なくナイフで防ぐと、少年の鳩尾に強力な拳をめり込ませる。少年の肋骨の砕ける音がエリンにまで聞こえてきた。拳の威力で、少年は吹き飛び、地面を転がり建物にぶつかってようやく止まる。
「できれば、子供は殺したくないんだけどね」
 穏やかな顔立ちの、自分を救ってくれた青年、しかしエリンには、巨大組織蘭星会の猛者たちより、突如無差別殺人を行った少年たちより、この青年が恐ろしかった。
 殺したくはない、と言っても殺すことは全く厭わない、殺しがこの場の誰よりも染みついて、日常化している、そんな恐ろしさを、この青年から感じた。
 いくつか候補のあったトリアゼ会の襲撃するだろうポイントの一つを張っていると、予想通り、否予想よりもいくらか早く動きがあった。僕の半分にも満たない少年少女が夕暮れのマカベリ16番街で無差別な殺戮を開始。僕は騒ぎの中心に割り込み、今にも襲われそうな少女と、今まさに死を振り下ろす小さな死神の間に割り込んだ。子供にしては悪くない一撃だったが、粗削りすぎるし、なにより軽すぎた。これでは、僕は殺せない。
 少年の魔爪を受け止めたのとは反対のナイフで少年を貫くことは容易かったが、僕にだって多少の良心はある。なるべくこの手では殺したくなかったので、拳を見舞うことにした。殺す気はなくとも、戦闘力はしっかりと奪えるように、本気で拳をめり込ませた。肋骨を何本か折ると、少年は吹き飛ぶ。思ったよりもずっと軽かった。
「ロニ!」
 殺戮に励んでいた少年たちが僕の存在に気づき、すぐに虐殺をやめ僕を囲むような陣形をとる。相手の危険度をしっかりと図れるようで、ただの無謀な子供たちではないようだ。
「お前も蘭星会のやつか」
 さっきと同じ質問だ。そう思われても仕方ないのだけれど、マフィア呼ばわりされるのは心外だ。
「違うけど、君たちをこれ以上暴れさせないよ」
「よくもロニを!」
 残り9人となった少年たちが一斉に僕に襲いかかる。僕は両手にナイフを構えて迎撃。魔爪に纏電鎧(ブリテンス)の魔法を発動した少年たちの猛攻を、魔力コーティングされたナイフでさばいていく。当たれば致命傷を受ける攻撃だが、一撃一撃が軽すぎる。防いだ瞬間に体重差で簡単に押し返せる。
 両腕に魔爪を換装した少年が、左右の爪を連続して繰り出してくるが、全て弾き返してやる。
「くそっ、こいつ強いぞ!」
 言葉の訛りから、少年たちはソルマリアの出身であるとわかった。昔任務でしばらく身を置いたことがあるが、あの国でここまで大きく育つのは並みのことではない。アスファルトに咲いた花を摘み取るようで気は進まないけど、だからといって虐殺を放置するわけにはいかない。皇国独立暗殺部隊闇色の瞳が壊滅して、ラナの依頼をこなすようになって三年が過ぎるが、僕は自分の立ち位置がわからなくなることが多くなった。いったい、僕は何がしたいのか、自分の目標がわからないから、自分を保てない。だから、僕を僕足らしめるこの殺意に身を任すことでしか生きることが出来ない。
 幾度かの激突を繰り返すうちに、僕の身体から抑えていた殺意が溢れ出すのがわかった。長々とやっていたら、皆殺しにしてしまう。僕はこの戦いをすぐさま終わらせることにする。
 僕の左右から二人の少年が同時に僕に迫る。両腕のナイフでそれぞれ受け止めると、両腕の塞がった僕に、正面から雷の初級魔法、電瞬(ライツァ)で加速した少年が突っ込んでくる。これだけの速さがあれば確かに体重差は覆せるかもしれない。が、猛スピードで僕に突っ込んできた少年は顎をのけ反らせ宙を舞った。両腕が塞がり隙だらけだと思ったのだろうが、僕からすればそちらの方が無防備だとしか言えなかった。がら空きの胴部分を狙っているのが初動作でわかりきっていたので、タイミングを合わせて右足を上空へ蹴りだし、少年の顎を打ち抜いたのだ。あごの骨が砕けるのが感触でわかった。自らの加速で、蹴りの威力を何倍にもはねあげてしまったようだ。これで一人。
 左右のナイフを操り僕の両腕を塞いでいた少年たちを弾くと、一人に追撃。反撃に繰り出してきた魔爪をナイフで上に弾きあげると、がら空きの胴体にナイフを握った拳をめり込ませる。胃液を吐き出し少年が蹲ると、背後からは三人の少年が飛びかかってきていた。僕は光の初級魔法・拡光覆(オ・プス)を発動。少年たちの視界を奪い、怯んだ少年たちを殴りつけて意識を奪っていく。幼い子供の、女性のような柔らかい身体は僕の拳を容易に受け入れた。これで残り四人。
「こいつ、よくも」
「こいつやばいよ、トランがいなきゃ無理だ。いったん逃げようよマロウ」
「仲間を置いて逃げるつもりか、サラ」
「それは」
 残りの少年たちは力の差に気付いたようだが、撤退する気はまだないようだった。
「おい気をつけろアンタ!敵はこいつらだけじゃねえ」
 蘭星会の生き残りが、僕に叫ぶのと同時に、上空から強力な魔力を感じ、全力で後退。その直後、数刻前まで僕がいた場所を稲妻の槌が蹂躙する。すぐさま辺りを警戒するが敵はすぐに姿を暗ましたようだ。のんびりしているとまた攻撃されかねない、敵が退かないのなら、僕から攻め込むしかない。
 僕は残り四人となった少年たちに疾走。それぞれ迎撃態勢を取る少年たち。一番近くにいた少年に切りかかると、少年は魔爪で必死に防ぎ、仲間の援護を待つ。すぐに二人が左右から飛びかかってくるが、僕は正面の少年の魔爪を弾くと、即座にナイフを懐にしまい空いた手で少年の胸ぐらを掴み、軽い身体を右側から迫る少年に投げつける。勢いよく激突した少年はその場で停止。左から来た少年には回し蹴り、受け止められるが、体重差で強引に吹き飛ばす。さらにナイフを投げて、少年の太ももに突き刺す。当たり所が悪ければ血管を傷つけ殺していたかもしれない位置だった。危ない。
 そのままぶつかってよろめいていた少年たちに接近。ふらつく少年を拳で殴りつけ、もう一人は蹴り飛ばす。残り一人。最後はサラと呼ばれた少女だった。
「マロウ!」
 マロウと呼ばれたのは、ナイフを刺した少年だった。僕はその少年、マロウに近づいていく。足の痛みで、少年は動けない様だ。僕がマロウのそばに寄ると、サラが僕の背後に飛びかかっていた。振り返りもせず、僕は肘を後ろに突き出して迎撃。ほんの少し胸が膨らんだような少女を殴るのは、いい気分ではなかった。少女は胃液を吐き後ずさるが、まだ戦意を失ってはいなかった。僕は少女を無視してマロウの太ももに刺さったナイフを引き抜く。血が噴水のように噴出したけれど、子供とはいえ魔法を扱える人間なら致死量には至らないはずだ。
「さて、これで諦めて国に帰るなら、僕はこれ以上はしないけど、どうする?」
 これは殺害の依頼ではなく、蘭星会の支部を守ればいいだけなので、任務放棄にはならないはずだ。これくらいの自由は僕にも許されるだろうか。偽善者ごっこで、僕は他の誰でもなく自分の心を救いたかった。
「おいアンタ」
 先ほども僕に注意をかけてくれた蘭星会の男が僕の横に立った。
「誰だか知らないが感謝する。だが、このガキどもをこのまま返すわけにはいかないな」
 こういう展開になることは予想できていた。そして、僕にはこれ以上の判断は出来なかった。誰かが命令してくれるのならばどれだけ楽なことか。どうしてこうも僕は弱いのだろうか。人を殺すこと以外、何もできない。自分から首を突っ込んでおいて、出くわした不都合に対して被害者の心理を抱く。最低の人殺し野郎だ。
 僕が黙っていると、男は言葉ではなく血を吐き出した。胸からは電撃の槍。間髪おかず僕にも迫った無数の槍を前方に転がってかわしていく。雨のように降り注ぐ電撃の雨はさらに蘭星会の生き残り、そして僕の倒した少年たちを貫いていく。電撃の槍がやむと、すでに気配はなくなっていた。撤退する前に、情報の漏れを恐れて口封じをしたのだろう。
 気づくと、サラとマロウの姿だけはなくなっていた。
 支部の壊滅こそ免れたのかもしれないが、僕は何かを遂げれたのだろうか。
 いつもと同じだ。ただ、死体の山だけが僕の横にそびえていた。
11, 10

  

 少女、エリンは青年の助けが入りその場の全ての視線が青年に集まった隙に全速力でその場を逃げ出した。だが、青年から感じた闇が纏わりつき、自分でも理解できない衝動に駆られ、離れたところから青年を監視し、目を離すことが出来なかった。
 あれほどの惨劇を巻き起こした子供たちを、青年はまさに子供扱い。強さの格が違うことは、戦闘に関して素人のエリンにも一目でわかった。
 青年はその場が自分以外全て死体になってしまうと、自らも姿を消してしまう。闇に溶け込むように静かにその場を立ち去ると、太陽も沈みかけていることに気付いた。
 フリーの魔法士だろうか、いったい、彼は何者なのだろう。冷たく死を見つめる、闇色の瞳がエリンの胸に刻みついていた。




 マカベリ5番街、蘭星会支部。そこは火炎と稲妻が舞う苛烈な戦場と化していた。雇われた殺し屋ではなくトリアゼ会の幹部、デルノが部下を引き連れ襲撃していた。イカレタ殺人者どもだけに、この抗争で手柄を上げさせることは組のメンツが許さない。中心部に近づくにつれ、蘭星会の人員も多かったが、だからこそ重要なこの地区は、トリアゼ会の人間で落さなければならない。
 デルノは中級物理魔法、黒重鉄圧(ラッヅラセル)を発動。巨大な鉄球が蘭星会の組員を蹴散らしていく。数は蘭星会の方が多かったが、奇襲が功を制したのか、押しているのはトリアゼ会だった。だが、一気に三人、トリアゼ会の組員が斬り殺される。デルノが振り向くと、そこには蘭星会の二番手、ジャークが立っていた。
 ジャークは刃の反対に排気口のような穴が三つ空いた特殊な魔法大剣を携えた、いかにも屈強そうな男だった。
「まさか、ここにお前がいるとはな」
「これ以上は暴れさせん」
 ジャークが大剣を構えデルノに突進すると、それを阻むようにトリアゼ会の男たちが立ちふさがる。しかし、ジャークは突進を止めない。
「ぬうぅん!」
 ジャークの大剣の排気口から、火炎が噴射、急激な加速を得た切っ先は立ちふさがる障害を容易く両断していく。
「これが有名な蘭星会ボスの右腕、ジャークの炎龍刀か。初めて見たな」
 しかしデルノも動じず、再びの黒重鉄圧(ラッヅラセル)を放つ。巨大質量を、ジャークは正面から斬りつけ、両断してみせる。砕けた鉄球が、光の粒子となり消える。
「噂以上だな」
「これより、蘭星会はトリアゼ会にせめて出る!」
 デルノが魔法剣を構えジャークと切り結ぶ姿勢を見せる、だが、ジャークの炎龍刀から凄まじい炎が噴射し、超加速した大剣はデルノを魔法剣ごと切断。斬り結ぶことすら許さない。
 トップを失い、統率を乱した蘭星会の男たちが討伐されるのに、そう時間はかからなかった。



 トリアゼ会事務所のあるビルの12階、そこにすでに支部を潰したアーセス、ゼンセイ、トラン、ゼファ、トリアゼ会の二番手ヴィトスラ、そして傷を負ったマロウとサラが各々席についていた。
「ごめん、トラン。俺たち、失敗しちゃったよ」
 マロウが目に涙をためて掠れた声で謝る。その姿は、普通の子供となんら変わらないものだった。
「ほかの皆は……」
「それは……こいつら、俺たちの仲間を、まだ生きてたのに殺しやがったんだ!」
「敵にやられたんじゃないのか?」
「うん、確かに敵に一人、すごく強い奴がいたんだけど、そいつは俺たちを殺すつもりはなかったみたいなんだ。だけど、こいつらの仲間の雷を使う奴が、皆を」
「なんだと」
 トランは怒りの満ちた目でヴィトスラを睨む。
「確かに、子供たちにとどめを刺したとデデトスから報告された。だが、蘭星会側にいた男はその場の戦力では太刀打ちは難しく、どうせ捕虜にされて殺されていただろうから情報が漏れる前に殺した、と」
「たしかに、アイツだけはめちゃくちゃ強かった。俺たち全員を相手にしても、まったく本気じゃなかった。でも」
「恨むのなら、私たちではなくその男を恨むんだな。デデトスの判断は間違っていない」
「くっ」
「それで、そいつはどんな奴なんだ?」
 悔しさで瞳に涙をためるマロウに、トランは優しく近寄る。
「黒いコートを着た、光の魔法を使う奴だった」
 その言葉に、今まで興味を示さなかった仮面の男ゼファが反応する。
「ほかの特徴は?」
「? あとは、ナイフを使うのと、女みたいな顔をしてた。それに、凄く冷たい目だった」
「そうか」
 それを聞いたゼファの仮面の下の表情は、その場の誰にも読み取れなかった。
「蘭星会にそんな奴はいないはずだが、雇ったのか? いずれにせよ、その男には警戒しておけよ」
「仇は、必ず俺がとるから安心しろ」
 トランは力強い声でマロウとサラに聞かせる。
「ついでに、今連絡が入った。5番支部の襲撃は失敗した」
「ちっ、なんだよそっちの連中に任せてみたらいきなり躓きやがって、やっぱ俺たちだけでやった方がいいんじゃねぇか?」
「耳の痛い話だが、そうかもしれないな。流石に相手を舐めすぎてた。向こうにも強者はいる」
 なんの前触れもなく、その場の全員が臨戦態勢を取る。何かが、来る。一級の殺人者たちの本能が、危機の到来を予感させた。圧倒的な負の圧力が、部屋の前に佇んでいるのがわかった。そして、ゆっくりと扉が開く。
 各々、身構え、武器に手をかける者もいる。
「いい匂いがするな、ここは。血のにおいが満ちてる」
 現れたのは、獅子を彷彿させる逆立った金髪の青年だった。首からは等身大の頭蓋骨が輪になった首飾りを下げている。両手には瀕死の男がそれぞれ引きずられている。
「ガウエン……」
 ヴィトスラが突如現れた青年の名を口にする。
 戦場から戦場を渡り歩く、切望の翼の異名を持つ、最悪の魔法士フィネラルド・ガルシアに並ぶとも称される男。
「どいつこもいつも、五百人以上は殺してきてるな。戦場みたいな血の匂いがする」
 ガウエンは高級な料理のにおいを堪能するように、薄暗いビルの一室の香りを嗅ぎ満足そうに辺りを見渡す。
「特に、お前は一級品だな」
 ガウエンの灰色の瞳が、仮面の男を捉える。
「殺し愛たいなぁ」
 仮面の男ゼファは無言のまま、腰の刀に手をかける。
「答えてくれるのか、嬉しいなぁ」
 口角を釣り上げたガウエンから、圧倒的な魔力が放出される。両社の間にヴィトスラが割って入る。
「やめろ二人とも。お前らを争わせるために高い金を払っているわけじゃない」
 無言のまま、ゼファは柄にかけていた手をおろす。ガウエンもその気を失くしたのか、視線を今度は幼い二人に向ける。
「仕方ない、では別の退屈しのぎをしよう」
 ガウエンは両手に引きずる二人の男を床に投げ捨てる。
「そこの二人、今回の襲撃に失敗したそうだな」
 灰色の瞳がマロウとサラを射すくめる。現世の地獄と呼ばれるソルマリアで生き抜き、数多の命を奪ってきた小さな死神の顔には恐怖。ガウエンから発せられる圧力に、二人は言葉も発せない。
「何か罰を与えないとなぁ、そうだなぁ」
 ガウエンはサラとマロウと、そして瀕死の男二人を交互に見やりわざとらしく悩んで見せる。
「とりあえず、男の子は拷問して殺そうか」
 脅えきったマロウは、感情の見えない灰色の瞳に睨まれ、床にへたり込んでしまう。がたがたと震えるマロウの前に、トランが立ちふさがる。
「ふざけるな、こいつらの失敗は俺が取り戻す、それでいいだろ」
「じゃあお前が暇つぶしにつきあってくれるか?」
 激昂したトランが魔法を発動しようとすると、黒い波濤がそれよりもはやくトランに襲いかかり、壁まで吹き飛ばす。衝撃で、トランは意識を失う。
「トラン!」
 マロウが叫ぶが、その声はトランには届かない。
「すげぇな……」
 端で見ていたゼンセイが、ガウエンの力の一端を垣間見て感嘆の声を漏らす。
「これがフィネラルド様に並ぶと称される魔法士の力」
 その横のアーセスは恍惚の表情を浮かべている。
「フィネラルド? あんな奴と一緒にするなよ」
 ガウエンの顔に不快感が滲みでる。
「ひたすらに生命を嫌い、ただ死んでればそれでいい、あんな殺害数が多いだけの奴と並びたくはないね。俺は殺すのを楽しむ、なるべく残酷な仕打ちをして最高の表情で殺してやりたいと思ってる。殺せるのだから、生命に感謝している」
 国すらも脅かす力を持つ最悪の男の、誰にも理解できない思想は空虚なビルの一室を震わせ、消える。
「で、さっそくだけど」
 ガウエンの視線が再びマロウに移される。その瞬間、黒い波がマロウの四肢に襲いかかり、波が過ぎ去ると、マロウの四肢は全て失われていた。一間遅れて、マロウの絶叫。音楽を楽しむようぬ悲鳴を聞き入ると、次は瀕死の男二人を見てからセラの方に視線を移す。
「おい、お前らこの子を犯せよ」
 瀕死の男たち、闇社会で生きるトリアゼ会の人間には、女を犯すことなど日常的なことでもあるが、幼い少女に手を出したことは未だなかった。
「なるべく残酷に、最悪の方法で犯せよ。俺が満足しなかったら、お前らも殺す」
「ガウエン、やめろといっただろう」
「こんな戦力になりもしない奴らならいくら殺してもいいだろう」
 ガウエンの圧力に、ヴィトスラも反論できない。
「不愉快だ、私は帰らせてもらう」
 ゼファはガウエンの横を通り部屋を出ていく。
 標的にされた少女、セラはがたがたと震えながら目に涙をためて床に倒れたトランを見つめる。
「やめろ!やめろよお前ら!俺を殺してもいいから、セラに手を出すな!」
 四肢を失ったマロウが床に転がりながら必死に叫ぶが、誰の耳にも届かない。
「トラン、起きてよトラン!」
 少年の叫びは虚しく響き、男たちが少女に襲いかかる。


 小さな口に男のモノを喉の奥深くまで突き入れ、膨らみ始めた乳房を力いっぱい揉みし抱き、膨らんだ割れ目を強引に広げて欲望を挿入し、処女の最奥で全てを出し尽くす。
 泣き叫ぶ少年。意識をp失いかけている少女。
 一通り犯した男たちの顔には疲れ、だが、背後には全く満足していない恐怖の青年。男たちは凶器を取り出し、さらに少女に襲いかかる。身体に刃物を突き立て、拳を打ち込む。何度も何度も挿入し、射精を繰り返す。膣だけでなく、顔や髪にも精液をぶちまけ、思いつく限り凌辱するが、灰色の瞳の青年は納得しない。青年は生ぬるい男たちにしびれを切らし、自ら指示を出す。青年の指示を受けた闇社会で生きる屈強な男たちの表情は青ざめている。少女の膣に落ちていた空き瓶を突っ込み、中に入ると瓶を叩き割る。少女の腹を刃で開き、新しくできたその穴に性器を突っ込み、腹の中に直接射精。眼球をえぐり、眼窩にまで性器を挿入。すでに男のモノも勃たず萎えているが、それでも犯し続ける。男たちが限界に近づくと、青年の更なる指示。泣き叫ぶ少年に、少女を犯させる。ガラスの破片まみれになった少女の膣に四肢を失った少年の、未熟な性器が挿入される。すでに気を失っている少女に反応はないが、少年は苦痛にさらなる悲鳴を上げる強制的な上下運動を繰り返され、少女の膣から少年の性器に他の男の精液と少女の血がまとわりつく。
 常軌を逸した凌辱は、少年少女が死んでからもしばらく続けられた。



 しばらくしてトランが目覚めると、部屋には誰もいなくなっていて、そこには異臭と、不思議な物体が佇んでいた。
 少女らしき人間大の、なにかだった。
 頭から大量の尿や精液をかけられたあとがあり、両目が抉られ、眼窩からそれぞれ男性器を生やし、首には剣が突き立てられ、乳首は噛み千切られ、腹は裂かれていてその中に少年の頭が入っていた。下腹部からは、少年のものと思われる両足の無い下半身がつながっていた。性行したまま、胴体を切断されたようだ。少女の尻には、男の腕が突っ込まれていた。最悪のオブジェがそこにあった。
 その下には、手足を失っている男の死体が二つ転がっていた。
12

ロミオ・マストダイ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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