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マンションと少年

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 塵一つ何も無く、ただ白い霧が辺りを包んだような何も見えない空間で、自分はぷかぷかと浮いていた。
 とりあえず、『剣と魔法と冒険の世界』のようなファンタジックなものが空想の存在であるこの現代において、こんな状況はありえない。
 つまりあれだ。これは夢だ。きっと、目を覚ました頃には何もかも忘れているであろう夢と言う奴だ。
 そう認識したが早いか、霧が少しずつ晴れてきた。けれどもやはり、そこは真っ白な空間には変わりが無かった。あいかわらず何もねぇや、とどこかでがっかりした自分がいた。個人的には柴犬とかいたらパーフェクトだった。猫でもいい。インコもいいな。イグアナも可愛いかも。
 と、両生類と魚類は勘弁してほしいなと悶々と考えていた自分の体が、ぐっと後ろへ引っ張られた。これは・・・・・・もしかしなくとも、落ちているんだろうか。さっきまでぷかぷか浮いていて、上下左右前後の三次元方向の感覚が完全にパーになっていたので、受身の一つも頭に浮かばない。感覚はパーだし、頭もパー。困った。いや、元々頭はパーな方だけど。
 ごめん。姿も声も名前も知らない親父とお袋。子供作れずに人生終わりそう。
 もうすぐ死ぬかもしれないのに、こんなのんきな事を考えてしまう辺り、やっぱり自分は頭がパーなのだろう。もうちょい焦れ、俺の本能。こんな危機的状況で理性120%じゃねぇか。今限界突破しなきゃいけないのは本能の方だろ。
 こんな事を考えている自分が、どこか現実を見ていないようで、辛かった。
 やっと死ぬんだなって思った。
 こんなんなら大往生で死にたかった。弁慶リスペクト。カッコよく死にたかった。どうせ地面に叩きつけられた瞬間に気持ち悪い音が飛び出して絶命。つまらない人生だった。
 他人事で、第三視点で、自分を考えて、諦めた。

 まぁ、夢だから死なないんだけどね。そう考えれば、理性が勝ってたのも頷ける。
 しかし、落下死しようにも一向に地面が見えてこない。見渡す限り真っ白だ。もしかしたらこれは地面に落ちる瞬間に夢から目覚めてベッドから転がり落ちるというオチなのではないか。オチだけに落ちるわけだ。さすが夢。
 だとしたら、さっきの茶番めいた杞憂は何だったのだろうか。自暴自棄にも程がある。

 結局、俺は目覚める何かしらのきっかけを待つことにした。
 目を閉じる。落ちている体に風を感じない事に、凄まじい違和感を感じた。感覚は恐怖と似ていた。リアルな感覚が頭に突き刺さる。夢じゃない夢じゃないと、本能が叫びだす。
 何の音も聞こえない。何も見えない。夢だから、仕方ない。
 意識は静かに遠のいていった。



――――change to xx.
 Lv → 17.11  miss world...

 コード入力中.............完了
 データ送信中.............完了
 プロコード 28903  キー入力:自動

 データ展開中......
〔不明のデータ 99.8%
補助データ 0.20% 〕

 データにプログラムを発見しました
 実行中.....................
                     ―――落ちる
 エラーが発生しました
 エラーが発生しました
                     ―――地面の衝撃
 中止作業をかいs///...,/\./,,\/.,\/.,
―――叩きつけられて
 中止作業が中断されました
                     ―――声は
 進行中.....................
                     ―――理解できた


 ――――全て思い出しtAAAaaaaaaAAaaaaa.a/aaa.a/a.aaa.//aa../../a./.../././//




 実行完了

 ハックしたドキュメントを終了します―――――――――――
 ジジジジジ・・・・・・・・・・・ミーンミンミンミー・・・・・・・・・・・・

 ――――ドスン!

「ぐふぉっ!」

 気持ち悪い声を出して、目が覚めた。変に頭を打ったせいで目の前がチカチカする。脳細胞が次々と無念の事故死を遂げているのが手に取るようにわかる、気がする。こうしてまた一つ俺はパーになっていくのか。

「おおお・・・・・・いったー・・・・・・」

 見渡すと、いつものボロマンションの一室だった。状況を把握した。自分はベッドから落ちたのだ。まだぐらぐらする頭を無理やり働かせて、何があったのかを思い出す。
 確か、変な夢を見て、変なものが見えて、それから・・・・・・だめだ、やっぱり全然覚えてない。

「まぁ・・・・・・いいや」

 考え詰めたって夢は夢だ。所詮ありえない事象の連続なのだから、真面目に考える方がいけないのだ。現実とごっちゃにするほど、俺もバカじゃない。
 そうと決まれば切り替えよう。俺はベッドの近くに落ちていたオシャレとは決して言えないその黒い水玉模様の携帯を拾い、今日のスケジュールを確認した。

「今が・・・・・・9時か。11時からブッチの家で会議、と」

 今から準備して、ちと早いが30分には出発するか。
 黙々と考えながら、部屋の隅に放り投げられていたTシャツを手に取り、テレビをつけた。



『昨日午後4時32分。第三勢力側の仏国が日本帝国との共同声明を受諾し、第二勢力への加入を発表しました。仏国がいなくなった第三勢力はもはや弱小国の集まりでしかなく、消滅も時間の問題だと思われますが、どうでしょうか西沢さん』

『ええ。既に勢力消滅の動きは見られてきていますし、これはもう第四勢力の二の舞でしょう。やはり今期からの我が国の交渉力には感服ですね。これで第二勢力は事実上最も大きい力を持った事になりますから、第一勢力、第五勢力共に動きにくくなってくるでしょうね』


 外のセミの声でニュースが所々聞こえない。見ると、部屋の窓が閉められていなかった事に気がついた。まったく誰だ、セミの声が風流だとか言った奴は。この部屋の中で生活してみろ。夏は地獄だし、冬も別の意味で地獄だし。みんなおいでよ、Welcome to 修羅。
 このマンションの評価を一部述べたところで、俺はふと空を眺めた。窮屈に窮屈を重ねたようなまあとにかく窮屈なこの部屋への辛く厳しい想いを、あの無限に広がる青空へ放り出してしまいたかったのかもしれない。
 ふっ、詩人だな、俺。
 などと一瞬考えてものすごく恥ずかしくなったが、俺はかまわず空を見た。本当は単にボーっとしたかっただけなのだ。

「・・・・・・あ?」

 と、眺めた空に浮かぶ一つの大きな積乱雲から、黒い点のようなものが現れた。小さい。目を凝らさないと見えない距離だ。
 どっかの偵察機かな、面倒くさ。
 頭を掻きながらクローゼットの中を覗く。服とゴミの山をかき分けて、奥へ奥へと手を差し込む。あ、これもう着れないシャツだな。近いうちに捨てとこ。
 そして、発見・・・・・・いや、発掘した。

「うし、あったあった」

 俺は、メンテナンスを先日に終えたばかりのL96スナイパーライフルを手に取った。

「え、と。あれだったかな?」

 雑誌の山で作られた台の上に銃を固定した。銃口を空へと向ける。壁で吊り下げられた握りこぶしほどの小さな籠から弾を取り出し、銃に込めた。カスタムを終えたばかりのスコープを覗き込む。
 どうせ流国の偵察機だろう。たいした技術も持ってないくせに、こんなものを造るバカな国だ。軍人でもない俺にモロバレするようじゃ、あれを偵察機とは到底呼べないな。ただの鉄の塊だ。
 そう、思っていた。

「あれ?」

 しかし、スコープで見たのは、ぐらぐらと揺れる真っ黒な球体だった。人間が動かしてるようには見えない。表面も光沢が無く、人肌に近いように見える。
 まるで・・・・・・生き物のようだ。

「いやいや。・・・・・・まぁ、一応ここ警戒区だし、撃ち落としとくか」

 スコープに毒物反応の表示が出ない。毒ガスとかじゃないみたいだ。
 引き金を引いた。

 ガァン!

 近くに建っていたビルと、斜め向かいのマンションに反響して銃声が大きく響いた。しまった、サイレンサーを忘れていた。また町長のおっさんにうるさく言われると思うと、自分の背中を蹴りたくなった。
 そして、そんな気持ちは、一瞬にして消えた。

「あれ・・・・・・え?」

 さっきまでの軽いイライラが吹き飛んだ。人間、本当に驚いた時には言葉も出ないと言うが、改めてその通りだと思った。口が半開きで静止する。
 スナイプの成功も、7.62mmNATO弾の消費も確認できた。弾は確かに目標にヒットし、空を斬ったはずだった。

「消えた・・・・・・」

 弾が当たった瞬間、黒い球体は、バッ、と煙のようにその場で分散して消えた。
 スコープに特殊な表示も出なかったし、ガス系統のものではないと思うが・・・・・・。

「・・・・・・ないわー」

 頭の中がもやもやとしたままもう一度スコープを覗く。けれど、スコープには青い空と白い雲と北へ飛んでいく集中型ミサイルの軌跡しか映らなかった。
 ・・・・・・いや。

「ま、ブッチにそれとなく言ってみるか」

 見た感じ兵器とは思えなかったし、かろうじて生物だと認識できる・・・・・・ような物体だった。いや、もしかしたらキマイラか? 生物兵器の開発まで進められてるのか? まぁ、今じゃ国際条約なんて意味も成さないような世の中だし、倫理もクソもないわけか。そのうちクローンのような複製生物も開発されることだって・・・・・・。俺の勝手な思い違いで済めばいいんだけど。
 頭を振った。
 浮かぶのは変なもやもやばかりで、気分の良いものではなかった。ひとまず考えないでおこう。
 そして、スナイパーライフルを押入れにしまい、Tシャツを手に取り、着替えを再開したところで。

「ゴォルァ! なにやらかしてんだマコト! ジジイの鉄拳何発食らえば気が済むんだオイ!!」

 怒鳴り声と階段を上ってくる足音。紛れも無くその存在は町長のおっさんであるということを確信し、俺は薄汚い卓袱台の上にまとめておいた荷物を背負って、セミの唸る窓からルパンさながらのスーパーダイブを決行した。

 マンション七階での出来事だった。
2, 1

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