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神様、お願いだ。一生に百度目のお願いだ。
俺に、
「彼女を抱かせろおおおおおおおおおおおおおおああああああゲホッ、ゴホッ。」
俺はリア充ではなく未充なんだ。
彼女がいるのに...。

●    ●    ●

「愛する彼女は2階の窓際で、帰ろうとする俺を見つけて優しく微笑んだ。
 俺はそれに笑顔で手を振って返事をする。そしたら彼女は階段を駆け下りて...。」
「はいはい。もういい加減聞き飽きました。その高校生活絵図。」
頬杖をついて、長々しく高校生活絵図を、言っている俺に、割って入ったのは、
クラスメイト兼俺の親友日村だった。
俺はダルそうに、ゆっくりと視線を送る。日村は溜息混じりに現実的なことを吐き捨てる。
「いくらお前の生活が理想とちがくても、そんな修行僧みたくぶつぶつ言わなくてもいいだろ。
 現実を見ろ、山下。お前は一生未充で過ごすんだよ。」
一生とは...期間が長すぎだよ。日村。
ちなみにさっきから言っている未充とは、俺と日村が作った造語で、彼女がいるのに、
イチャイチャしない、楽しくない、別れたいのに別れられないといった、自然消滅しそうな
カップルのことを言う。
俺もその一人で、正直言って彼女といてもつまらない。別れたいと思う。ただ単に、
周りに彼女がいるから、俺も告ってきた好きでもない子の返事をOKしたわけで、
別れを切り出すのを言うのが気まずくて、言ったとしてもその子が気の毒すぎて。
結局そのままズルズルと引きずってしまったわけだ。
「どうすればいいんだろう...俺。」
俺の中で葛藤と、自尊心が、とぐろを巻いて押し寄せてくるようだった。

●    ●    ●

6時間目が終わり、帰りの会が終わって、俺は帰りの準備をしていた。
教科書をバッグに詰め込み、重いショルダーバッグを背中に背負う。
教室を出て、ほんの数十メートルの廊下を一人寂しく歩く姿は、彼女持ちだとは、
到底思えない。そばには、腕を組んで歩くカップルがいた。嬉しそうにお互い笑っている。
未充でなければ、ああいう風景も、共感できるんだろうか。はたまたああいう風景に
なっていたのだろうか。
楽しくない。
俺は現実から逃れるように、曲がり角を曲がっていった。
すると、
「か~ず~ひ~さ~くんっ♪」
後ろからいきなり何かが抱きついてきた。
俺は、あまり表情はみせないが、精一杯の笑顔を作り、
「なんだ。琴音か。どうしたんだ?これから部活なんじゃないのか?」
「和久くんと一緒に帰りたくて休んできちゃった!!」
「おいおい、試合控えてんだろ?こんな調子で大丈夫なのかよ。」
「平気 平気~。」
などと脅かした何かと、たわいも無い会話をしていた。
何かとは酷いか...正式には俺の彼女、如月琴音と会話をしていた。
それにしても絶世の美少女...というべきか?
黒髪をアクセントでピンクのピン留めで留め、まん丸な黒い瞳、薄紅がかかった白い肌、
薔薇を銜えた様な唇。
一体何故こんな美人が俺を選んだのかが、さっぱりわからない。
今度聞いてみようと思う。
ながい廊下を二人並んで歩いてゆく。そこに会話は無い。
周りに人がたくさんいるのに、二人しかいないように感じる。
琴音は一緒にいるだけで満足そうな表情を浮かべているし...。
気まずい。
何か話さなくては...。
そう考えていたとき、彼女のほうが一足早かった。
「そうだ。和久君今度のクリスマス何か予定ある?」
俺は少々戸惑いながらも、
「え、ああ。これといって予定はないな。普通に家族でケーキ食ってるだけだと思うし。」
「そう、じゃあ良かった。ねえ、デートしない?」
その言葉に目を見張る。
「デートかぁ。」
「うん、だって告ってから一度もデートしてないもん!!初めてのデートがクリスマスって
 ロマンチックじゃん?」
俺は、琴音の意見に賛同しようとする。いいかんじにリア充になれそうな気がするからだ。
「そうだね。じゃあどこに集合しようか。」
「じゃあ...午後7時に時計台に集合ね!!」
腕を組んで彼女は、すごくうきうきしていて、その双眸は、キラキラと輝いている。
俺は、無意識にたどり着いていた下駄箱から靴を取り出し、昇降口から出た。
もう十二月だからだろうか、室内とのあまりの温度差に顔をしかめ、マフラーで深く覆う。
それから興奮が冷めない琴音と一緒に、オレンジ色の道を、二人で手を繋ぎながら
歩いていった。
何にも感じなかったけれど。

●    ●    ●

「ええ~お兄ちゃん今年一緒に祝えないの~??」
大袈裟に驚く俺の妹。何がそんなに残念なんだろうか。
「まあまあ、和ちゃんももう彼女とデートしてもいい年頃なんだし、今年だけよ。
 今年だけ。」
お袋が精一杯妹をなだめている。親父は今日も出張なんだろうか。
でも、今年も家族のイベントがいるなら飛んで帰ってくるはずだ。
妹もじきに俺を忘れて友達かなんか呼んでパーティーをするんだろう。
もう妹も15歳だ。しかるべき時期になって、俺を避けても自然な年頃だ。
「ごめんな和美。今年だけ我慢してくれ。」
困った顔で和美を見れば、彼女は黙り込んでしまった。
俺は食べ終わった食器を台所へ持っていく。
「でもさ、お兄ちゃん。」
不意に声をかけてきた。振り向くと、和美は俯いている。
「何?和美。」
「辛いんじゃないの?あの人と合うの。」
持っていた食器が割れる音が聞こえた。幸いにも、持っていた食器は少なく、
怪我することはなかったが。
「あ、あらあら。大丈夫?和ちゃん?」
「大丈夫だよお袋。」
お袋が、ほうきを取りに部屋を出たとたん沈黙が広がった。
「ほら図星でしょ?」
「何を言っているのかな?和美は。」
すると和美は口角を上げて、目を細め、狐のような顔で見つめてきた。
「わかるよ。兄妹だもん。」
俺は対抗するかのように、
「そんなことはない。愛しているよ。」
和美は眉をひそめてふう~ん。と半信半疑で見つめていた。
そして同時に目に入ったのは、カレンダーに赤字で書かれた『クリスマス』という
文字だった。

●    ●    ●

12月24日。記念すべきクリスマスイブとあって、街はこれまで以上の盛り上がりを
見せている。綺麗にライトアップされた家。サンタの格好をしたケーキ屋の店員。
子供たちも心なしかいつもより喜んでいるように見える。
それに比べて俺なんてどうだ。いつもより更に足が重い。
プレゼントを買いにきたつもりが、逆にどうでもいい店についつい立ち寄ってしまう。
こんなんで明日大丈夫なのか...。
そう思っていたら、いつの間にかアクセサリーショップに入っていた。
俺は、ヘアピンのコーナーへ立ち寄ってみる。沢山の装飾が施されたヘアピンは、
ライトの光を浴びてキラキラと輝いている。
いくつかの品物を手に取り、あの黒髪に合いそうなものを選んでいく。
「贈り物ですか?」
背後から小柄な店員が声をかけてきた。
「え...と...はい。」
店員は完璧な営業スマイルを見せて、
「でしたらこちらの青のヘアピンはいかがですか?蝶のデザインをモチーフに...
「あ、いやピンクじゃないといけないっていうか...その。」
割って入ったから、会話がストップしてしまった。
すると店員は気を取り直して、会話を再開する。
「そしたら少々お待ちください。」
といって、スタッフルームに駆けていく。
そして数分後、再び俺の元に駆け寄ってきた。手には、ハートのラメや、ダイヤなどが
施されている。可愛かった。女の子らしくて。
「これいいですね。」
「ええ、こちら先日入荷したばかりで限定品になっております。」
また営業スマイルでニッコリ説明している。
また長々と説明されても困るので、とっとと用事を済ませる。
店員は、小さな手だからか、細かいところまでラッピングしてもらえた。
これでいい。これこそがリア充への近道だ。今度こそなれるんだリア充に。

●    ●    ●

12月25日。デートの日。俺は早く来た。つもりだった。
「あいつ何時に来たんだ?」
俺の時計は6時45分を回っていた。
しかし、彼女は息を吐きながらきょろきょろ見回している。
俺は小走りで彼女の元に行く。
「ごめん。待った?」
彼女は、はっとした表情で、こっちを振り向いた。
「あ、和久君。ううん。全然」
うそだ。手が赤くなっている。俺は着ていたコートを彼女の上にかける。
寒そうだった。震えていた。思えば琴音は無理をしすぎるところがあった。
俺が委員会で遅れていてもちゃんと待っていてくれたし、重いものを、
先生の代わりに運んでいたりもした。
そんなに無理をしなくていいのに。辛いなら、辛いって言えよ。
俺達は、どんなに頑張っていても、未充なんだから。
そんなことを思いながら、時間はどんどん経っていた。
遊園地に行ってジェットコースターに乗った。ショーを見た。観覧車にも乗った。
映画館に行って、見たいと思っていた映画をポップコーンを食べながら観賞。
人気のない橋にいって、ライトアップされた遊園地を見ていた。
いいムードに浸っていたとき。
「ねえ、和久君。」
「何?」
「チューしよ?」
「えっ。」
そう言った瞬間。唇と唇が触れ合う瞬間。
俺は彼女を突き離した。
俺は下を向きながら
「ゴメン。」
その言葉を搾り出すのが精一杯だった。
すぐその場から走り出して誰もいない公園で、へたり込んでしまった。
手に感じる暖かいもの。俺は泣いていた。
「何で...何で。」
何で愛せないんだ。今の今までずっと付き合っていたのに。
神様、お願いだ。一生に百度目のお願いだ。
俺に、
「彼女を抱かせろおおおおおおおおおおおおおおああああああゲホッ、ゴホッ。」
死にたい。
自分は人を愛することが一生できないのだろうか。
「う...。」
彼女の撫でてあげるはずだった手は、泥にまみれ、
彼女にあげるつもりだった唇は、涙とよだれでどろどろだった。
もうこのまま消えてしまいたい。
そう思ったとき、
「和久君!!」
優しい声が聞こえた。
「ここにいたの?」
なんで。
「わたし、日村君に聞いたの。和久君が私を愛せないのも、一生未充だって言っていた
 ことも全部全部。」
じゃあ別れろっていってくれ。全てを終わらせてくれ。
頼むから俺を楽にさせてくれ。
「でもね?和久君。」
俺の手を握って、彼女は優しく微笑んだ。

「わたしを、愛さなくてもいいから、彼女にさせてください。」

...え?今なんて。
「今更別れようなんて...そんなの...悲しくなるだけだからさ。
 頑張ろ?二人で。愛し合えるように。」
薄紅がかかった頬が濡れている。ああ、俺はなんて、優しい人を選んだんだろうか。
この人のためにも、俺はもう少し頑張って、みよう。
俺はぐしゃぐしゃになったラッピングからプレゼントを取り出す。
そして、美しくきらめく黒髪にピンクのヘアピンをつける。
やっぱりこの色にしてよかった。どんなに人に言われようが、この子はピンクがよく似合う。
「和久君?」
「クリスマスプレゼント。」
自然に微笑むと、彼女は関を切ったように泣いた。
「うえええ~ん。和久く~ん。」
俺は、彼女を抱きしめ、二人公園の道端で、うずくまっていた。
吐いた息が白く、暗黒の空に昇っていった。

●    ●    ●

Dear  愛しき人へ。
二十年前はありがとう。貴方のおかげで私は救われた。
これからも障害はあると思う。だけど、あなたとならば越えていけられた。
これからも、私をよろしく頼むよ。わたしの、愛しい人。
                     二十年後の俺より
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