「揉ませてくれ!」
俺の目の前に座って漫画を読む、バッサリと切ったようなショートボブがトレードマークの少女にそういうと、少女は俺の言葉など全く興味などなさそうに漫画を読みながら答えた。
「……だから嫌だって」
◆
「久々だな……ナギサ。元気にしていたか?」
土曜だというのにお爺様に呼ばれ、はるばる自宅より二駅先のお爺様の家に行くと、首を長くして待っていたらしいお爺様が居間であぐらをかいて待っていた。
「お久しぶりです……お爺様」
「元気にしていたか?」
「はい。……それでお爺様?」
俺はお爺様の顔色を伺いつつ。
「ご用件というのは……なんでしょうか?」
お爺様はゴホンと、わざとらしく咳払いをして。
「ワシはあと半年で死ぬことにした」
「……え?」
「言葉の通りの意味だ。ワシは、あと半年の命だ」
あまりにも唐突なお爺様のカミングアウトに、どう対処していいのか迷っていると、お爺様は続けた。
「と言っても、医者には『後、十年は大丈夫だ』と言われているのだがな……だがな、ナギサ。ワシはお前に嘘はつかん。それはお前が一番良く知っているだろ?」
「……はい」
お爺様は俺に嘘をつかない。お爺様は良くも悪くも正直者として有名な爺さんで、誰にも嘘をついたことがないとして有名な人だ。
「それでな。ワシは自分で悟ったのだよ。あと半年の命だとな」
どうして半年の命なのだろう? というか、どうやって悟ったのだろう。訊きたい、ものすごく訊きたいが、そんなことを訊いてしまったら最後、お爺様の機嫌は大暴落し、今日、俺は生きて自分の家に帰れないだろう。
「……そう……ですか」
「そうだ。……それでな、孫であるお前に頼みというか、そのだな命令がある」
「はい?」
「ワシももう長くない。ひ孫を見れるとは自分でももう思っていないがな、孫の嫁を見るというのだけ譲れん。だからこの半年で、嫁となる女を見つけて、ワシの元へ連れてこい」
お爺様の言葉は重く俺にのしかかって来た。その時俺は決意したのだ――じゃねーよ! なにいってんの、この老人! 七十後半に入ってからボケが始まったんじゃねーの!
「えっと……お爺様。お言葉ではありますが……俺……その……まだ高校二年……十七歳なのですが」
お爺様はお茶を啜り、一息入れてこう答えた。
「……問題ない。お前が十八になったら籍を入れればいい」
おいおい、お爺様よ。なんてムチャクチャな……と頭の中で考えていると、それを見透かすようにお爺様は俺のことを睨みつつ。
「それでだ。お前のことだから嫁なんて言うのを探すこともなく半年を終えるだろう。……だからお前に伝授する」
「なにを……ですか?」
お爺様の威圧的な雰囲気に押しつぶされそうな中、お爺様は口元もニヤつかせ答えた。
「女の乳を片っ端から揉め。そしてその中で一番しっくりきた揉み心地だった女を落としてここに連れてこい」
お祖父様は一体何を言っているのだろうか。
俺の目の前に座っているこの老人は、本当に俺のお爺様なのだろうか?
俺は、疑いの視線を目の前に座っている老人に向けるながら、本当にその人が俺のお祖父様か確かめる。が、確かにそこには、俺のお祖父様が座っていた。
「……疑うのも分かる。わかるがな、これは我が一族に伝わる伝統的な嫁探しの手順なのだ。ワシの父も、ワシも、お前の父も、そうやって嫁を見つけてきた」
お、親父もかよ……。
「……もうワシには時間がない……だから急ぐんだ、ナギサ……」
◆
「――とう言う訳なんだ、ナオ」
次の日、俺は近所に済む同い年のナオを呼び出し、事のいきさつを説明した。
「なに、それでぼくにどうしろって言うの?」
「俺様に……その両胸にくっついているおっぱいを揉ませろ」
「……死ね」
ナオは、残酷までに冷酷な視線を俺に向けてそう言った。
「しかしナオよ。よく考えるのだ」
「なにを?」
「この俺様に胸を揉まれ、そして我らの一族に嫁げるのだぞ?」
「あんたの一族とか正直興味無いし。そもそもなんでぼくなの?」
そんなの簡単だ。純粋に女性の知り合いがナオしかいなかったからだ。
「……ナオよ」
俺は不敵な笑みをこぼしながら。
「この超絶生るほどイケメンの俺、しかも金持ちの俺に胸を揉まれるだけで、玉の輿に乗れるな――」
「だからヤダ」
こ、こいつめ。なかなかガードが硬いじゃないか……クソッどうしたものか……。と、一人天井を眺めつつ悩んでいると、コンコンとドアからノックが聞こえてきた。
「あん? どう――」
「おじゃましまーす」
とおぼんの上にジュースを乗せて、俺の部屋に入ってくる妹。
普段、俺の友達が来ても、こんなヴィップサービスしないのに……。
「ナオ姉ひさびさー!」
と笑顔いっぱいでナオに飛びつく妹のナナミ。
「ナナちゃんも久々ー!」
実の姉妹のように抱きつき合うナオとナナミ。
「あれナナちゃん……胸大きくなった?」
と、横目で俺の顔を見つめながらナナミの胸を揉むナオ。
「実は少しだけ……」
おいおい、妹さんよ。実の兄が目の前に何言ってんだよ……と言いながら、その百合百合しい光景を眺める俺。
その熱烈な視線に気づいたのか、ナナミは急に顔を真っ赤にし、立ち上がったと思った瞬間、俺の目の前に来て、ほっぺたに一発ビンタを残し、ドアも締めないで自分の部屋へと戻っていった。
「……いてぇ」
「自業自得ってやつだよ。それよりナギサ、この間来た時にぼくが読んでた漫画の続きどこ?」
「そこにあるよ……」
「んでさー、ぼくの胸が揉めないからっていつまでふてくされてるの?」
漫画を読み終わりナオは、自分の部屋だというのに隅に居る俺の背中を人差し指でつつきながらそう言った。
「……いやね。本音いうとね、胸もんでいいよって言ってくれるかと思ってね。淡い期待をしてたわけですよ」
「うん、うん」
「でもね、ナオちゃん……そのね」
「まぁ、幼馴染って言ってもね。そういうのになると話は別だよねぇ。っていうか、彼女とか居ないの?」
「いたらお爺様のところに連れてってるよ!」
我ながら女々しいやつだと思う。悔し涙かなんだか分からないけど、涙がでてきちゃいそうだよ。
「あーなら、こういうのはどう?」
「こういうのって……?」
「ナギサの高校のクラスの集合写真とかないの?」
「机の三番目の引き出しに入ってるよ……」
「ちょっと机漁るねー」
ハッと振り返ると時すでに遅し、俺の机を漁るに漁るナオ。
ちょっと、そこはお楽しみゾーンなんだけ……どぉおおおお! ……っぶねぇ。間一髪だってぜ。
「これー?」
と一枚の写真を引き出しから取り出し、俺に見せつけるナオ。
「それ。……で、なにするの?」
「ぼくがこの中から女の子を選ぶ。ナギサがその女の子に接触して胸を触る。それでビビビっときたらその子と付き合う。……どうよ?」
どうよ? って自信げに言われても困るんだけどね……。
「どうせナギサのことだから、ぼくに断られた後のことなんて考えてなかったんでしょ?」
「ごもっともでございます」
「ならいいじゃん? ね、ね?」
ナオのやつ、完全に人事だと思って楽しんでやがるよ……。
「……分かった。で、俺はどの子の胸を触ればいい?」
「んじゃねー、この子」
とクラスの集合写真に写る女生徒を指さすナオ。
ナオが指さした子は男子生徒の中でも人気の高い女生徒だった。
「マジかよ……」
「マジも大マジ、頑張って!」
とナオは景気よく俺の背中を引っぱたいた。