他者に付きまとわれることなど、生まれてこの方体験のしたことがない体験なわけで。
しかもしかも、その相手から「一週間ほどつきまといます」なんて宣言されてからストーカーされるなんてのは、人類史上でも稀なことだと思うのだけども。
「ナオ、どうおもう?」
「なんでぼくに聞くかな。知らないよそんなの」
「いやいや、ほら後ろを見てみな? 誰か居るでしょ?」
その言葉につられて後ろを振り向くナオ。
「いるけど、あれがあんたのストーカー? まぁ、そう考えると居ない気がする」
「なにそのそっけない反応……乳揉ませてください」
ナオはそんな俺の一言を無視して。
「……急に電話で『ストーカーされてるから一緒に帰ろう』って呼び出されたぼくの気分が分かる?」
「誠に申し訳ございません」
「……棒読みかよ」
ナオと俺の通っている高校は違う。ナオは有名な進学校。俺はちょっと頭の悪い、去年共学になったばっかりの元女子高に通っている。
地元の最寄り駅の前で、下校途中であろうナオに電話して駅で落ち合ったのだが……まさかミヤノのヤツ、俺の家まで付いて来る気なのか?
「んで、その女の子に付きまとわれてるナギサ君的には、どうしたいの? やっぱりその子の胸ももみもみしたいわけ?」
ロリ巨乳だぞ? 巨乳なんてその辺に転がってるわけじゃないわけであってだね、揉みたいに決まってるじゃないか。
俺はつばをゴクリと飲み込んで。
「……揉みたいねぇ、超揉んでみたいねぇ……」
と怪しく、そしてミヤノに聞こえるような大きな声で言った。
「あっそう」
この間まで俺が女子の胸を揉むことに対して、謎にノリノリだったナオ。なのに、なぜかその一言を不機嫌そうにして、先に行ってしまった。
「あ、ちょっと。待ってよおお!」
◇
ミヤノの監視はばっちりきっかり、それこそ登校から下校にまで、しっかりばっちり続いた。
ミヤノは隠れる気がないのか、この間なんて俺の横を歩いて、まるで「彼女ですハート」と言わんばかりの雰囲気を出して歩かれた時は、本当にどうすればいいのかマジで困った。
そして約束の一週間が過ぎてた放課後、文芸部に顔を出すといつも通り、文庫を片手にそれを読むニシヤマと、そのニシヤマの顔を見てニヤニヤしているミヤノが姿がそこにあったので、俺は席に座りミヤノの顔を睨みつけながら。
「約束の一週間が過ぎだけど、そのー……なんだ? 俺をストーキングして、なんかいい成果を……その手に居られれたのか?」
ストーカーされている張本人がこんなこと言うなんて、人類史上初の快挙なんじゃないか? そんなことを思っていると、ニシヤマを見つめたままミヤノはこう答えた。
「あったよ、あんたが何かを探して何かをしてるとかね」
な、なにその情報収集能力。ただつきまとっていただけじゃないのか……?
「……ふぅーん。で、ソレどこ情報よ?」
と冷や汗だらけの顔でごまかそうとする俺。
ミヤノはそんな俺の顔を見ながら言った。
「あんたね、もうちょっと繊細に行動したほうがいいんじゃない? 後、ニシヤマに聞かれるとまずいだろうし、屋上に付いてきてくれない?」
「お、おう?」
住宅地の真ん中にポツリと立つ校舎の屋上から見える景色なんてたかが知れている。
人の家の屋根を見てなにが楽しいのか、そんなことを思いながら、フェンスの前に立つミヤノの姿を見た。ミヤノは小さい。背中も身長も。ツインテールというどちらかと言うと幼い感じの髪型からして、制服を着ていなかったら、中学生、もしくは小学生として見られることもあるだろうな。とヘンタイじみた思考がオレの頭の中をかけずり回る。
「んで、ミヤノ。お前、どこまで知ってるんだ?」
俺はそんな小さなミヤノの背中を見つめながら言った。
「どこまで? 知ってるところまで。例えばあんたか嫁探しのために女の子の胸を揉んでることとか、そのくらい?」
そんくらいって……全部じゃねーか……。筒抜けかよ……。
「んで、それ……誰から聞いたの?」
「あんたさ、タカオカさんの胸揉んだでしょ?」
「……んえ!?」
な、な、な、何故それを?
「女子の裏話ネットワークを侮らないほうがいいよ。ましてやタカオカさんキャラ変わっちゃったしね」
なるほど、タカオカめ。なんだかんだで俺の噂を裏でタレ流していたのか。
「っても、あんたの名前は伏せられてたけどね」
「んでもさ、それのどこから嫁探しって話を聞いたんだ?」
「あんたの幼馴染? ――ぽいあの子から聞いた」
ナオか……。
「なにを聞いたんだ?」
「例えばそうだね。幼馴染さんがタカオカさんを指名したとか、あんたがタカオカさんの胸が気に入らなかったから、今度はあんたが好みそうな胸を持つニシヤマを指名したとか。本当にいろんなことを教えてくれたわ」
「……で、なにが目的だ?」
ミヤノは振り返り、俺を見ながら。
「あたしの胸、触りたい?」
と自分の胸を腕で寄せ上げて言った。
「……は?」
超揉みたいです。出来れば見せて下さいそのきょぬうう。と言いたい所を我慢して。
「あ? いや別に?」
「んま、揉ませる気なんて無いけど、ふーん」
と何かを疑うような眼差しでニシヤマは言った。
「な、なんだよ?」
「ほんと、あんたの一族って金はあるくせにバカなんだね」
「な、な、なんだひょ?」
おいおい俺、なに噛んじゃってるんだよ。
「だってそうじゃん? 気に入った女がいても、その女の胸が自分に合ってなかったら、結婚出来ないんでしょ?」
まぁ、そういうことになるわな。俺もそう思うが、が、一族をバカにされて黙ってる俺じゃァない!
「俺の一族の仕来りにケチを付けるな、このロリ巨乳めが!」
あ、ヤベ。勢い余って言っちまったぜロリ巨乳。
「……ふーん」
と周囲に炎のようなオーラを出しながら俺のことを睨みつけるミヤノ。
こ、こうなったら開き直るしかねぇ! と意味不明な結論に至った俺は。
「うぉおおおおおおロリ巨乳もませろぉおおおおおおおおおおおお」
と両手を広げ、ミヤノにタックルを決めようとミヤノの前に行った瞬間、股間から全身に走る痛みが電撃のように体中を突き刺し、俺の両手は股間へと差し向けられた。これこそ脊髄反射?
「……ナギサとか言ったけ? あんたさ、胸揉めればなんでもいいの?」
「わ……からんね……痛い……」
と地べたにのたうち回る俺。
「あんたさ、いつも何を考えながら女の子の胸を揉んでるの?」
「あ……? なにいってんの?」
ニシヤマは俺を見下しながら言った。
「相手の気持ちとか、そういうの考えたことある?」
「だから……意味ワカンネー……よ」
未だに痛むマイジョニー。これはもう、使い物にならないのかもしれない。もしかしたら、もしかすると……この俺様の代で……俺の家は……終わるのか?
「あんたさ、女の子、いや女を喜ばせる、そういうテクニックとか持ってたりすんの?」
ミヤノはさっきからなに言ってるの? もうマジで意味不明なんだけど?
「なに……いってん……だよ」
「あっそうなんだー」
と俺を見下しながら怪しいく笑うミヤノ。
おいおい、この体制って下手すりゃジョニーへの追撃も用意ではないようなものじゃないか……。ここでヘタに断って玉ちゃんをつぶされることになったらあああああああああああああ考えるだけでも恐ろしい。
「なんだよ……!」
俺は痛みを堪えつつ、目から涙を零しながら。
「さっきから何なんだよ! 俺は、お爺様のため、そして俺の将来のために女性の胸を揉んでんだ……よ!」
その一言を聞いたミヤノの目付きが変わった。軽蔑するような、人を迫害するような視線でミヤノは言った。
「将来のためだァ? あんた将来のためってだけに、女の子のおっぱい揉んでるわけだろ? それって、ある意味でレイプだと思うんだよね」
「レイプ……?」
「そう、強姦。女の子の気持ちなんて考えないで胸を揉む……あんた最低の強姦魔だよ」
最低なのは分かってる。自分でも最低なことをしてると思う。でも、でも、俺の中に流れる血がその罪悪感をどこかへ捨ててしまう。
「だから……俺はそうならないようにも……下調べと言うなのストーキングをだ……な」
「ストーカーして相手の事知った気になって胸を揉むわけだ? ふーん、相手の事なんてなんにも知らないのに。知ろうともしないのに。ただ胸を揉んで、その感触が気に入ったら彼女、または妻にしようって言う浅はかな考えなのに?」
的確すぎて、俺は何も言い返せなかった。悔しい。それよりも何よりも、股間が痛い。
「だからって言うのもあれかもしれないけど」
ミヤノは俺の顔を覗き込みながら。
「せめて、揉んだ女の子のことを思って、その子の胸を気持ちよくさせてあげようとか、考えたことある?」
ねーよ。と言いたい所を我慢して。
「……さっきから話の糸が掴めない……んだが」
「あたし聞いちゃったんだよね、ニシヤマに。この間、あんたがニシヤマに何をして、何をしようとしたのか」
「……だからなんだ?」
「ニシヤマには、このこと言わないでって言われたから言うつもりなかったんだけど……あんた才能あるらしいのよね」
「才能?」
「そう、揉む才能」
俺は寝転がり、天を見た。そこには天空いっぱいに広がる青い空が広がっていた。綺麗だ。俺はそんなことを思いつつ、股間に両手を当てる。痛いのは変わりない。もしかしたら血が出てるかもしれない。でも、それでも、俺は……。
「……ごめん、意味分かんない」
「とりあえずこれ」
とミヤノは俺の顔面の上に一枚の紙を置いた。
顔からその紙を離し、何が書いてあるか読む。そこにはバイト募集の一言が。
「まぁ、とりあえずそこで女の子のことでも勉強してこい。まぁ、なに? ニシヤマの胸を揉んだことが全校生徒に知られたくなかったらだけど?」
これは……もしや……言いふらされたくなかったらバイトして金儲けしろってことなんですか? ミヤノさん!