eps3. かくて敗走知らずが得たものは・後
ほんの一瞬の回想。二年か三年ほど前、コウに言われたことの記憶。釜倉に十数年ぶりの妖姫が生まれた。その祝いの席でのこと。
「旦那! 旦那の七つ目のあざなは『魁』に違いねぇ。意味知ってるでしょ? 先駆け、つまり先駆者! ね? まさに旦那のことだ。なんでもかんでも先のことまで見えちまって。ケンキ様は我らが偉大なるオヤジだけど、旦那は俺らの親分だ!」
酒をかっ喰らってはしゃぐコウに、「魁ってのもともと大物、偉人って意味だ。さきがけっての後につけられた当て字だなァ」とカイはつまらなさそうに講釈を垂れた。するとコウはさらに嬉しそうに笑うのである。
「大物!! こりゃあますます良い! 旦那は器がでっけぇからなぁ! ぴったりだ!」
◆◆◆
コウと対峙した五百蔵菊里(いろおい くくり)はすっとその左手をかざす。その手に揺らめく藍の光は凝縮された魔力塊。それが今まさに形を変えて攻性魔術へと転じようとしていた。一切の詠唱も呪文陣もなく、冷気の炸裂弾へと変貌していく。
コウは下手に飛び出すことも出来ず、じりっと足を引いていつでも動ける姿勢に移った。回避のためにむやみに跳躍したら、自由の利かない空中で的にされる危険がある。かといって何か妖術を唱えようものなら、一撃でコウの命を絶つ即席詠唱の餌食にされる。走り出せば却って行動が制限され、左手から放たれる広範囲攻撃を避けきることができない。
コウに出来ることはただ一つ。一手目、無詠唱で繰り出される左手の範囲攻撃を跳躍で避け、さらにその後訪れるだろう即席詠唱による追撃をかわし、接近戦闘に持ち込むこと。それでも魔女の近接攻撃法が分からない以上、勝算があるとは言い難い。妖魔の中でも決して弱くない部類のコウが、ほとんど為す術がないほど、五百蔵の魔女は隙がなかった。
動くことも攻撃も出来ない時間は、すぐに終わった。コウが決定的な思い違いをしていたことに気付くのは、そのすぐ後だ。
「……――ろ」
魔女が何事か呟いたが、コウには聞き取れなかった。だがその僅か一工程、刹那の詠唱で展開されるは凍結の呪文陣。色鮮やかな青の方陣が、瞬く間にコウの足元に広がる。
そこでコウはようやく犯した過ちに気が付いた。これを避けるにはすぐさま跳ばねばならない。だが跳躍してしまえば左手の魔術の餌食になる。走るのは出だしが遅すぎて間に合わない。『走っていれば即席詠唱程度の効果範囲から逃れられる』その思い込みが致命的だった。
「ッ……!」
結果、コウの行動に一瞬の迷いが生じた。魔女の重圧の前に、単純なミスが零れてしまった。決定的な判断の遅延。その代償は大きい。足元から炸裂する凍結の魔術は、瞬く間さえ与えずコウの命を奪う。もはやその回避にも間に合わない。
情けねぇ、そんなことを思う間もなく、コウの命は絶たれるはずだった。
氷漬けにされるまさにその時、彼を包み込む結界が張られなければ。其れは空間を断絶する妖術『界』。凍結されるはずだった空間は閉ざされ、コウの命をつなぎ止める。
同時に、雷が雲を伝うように空中にスミレ色の光が奔った。『潰』の矢だ。六本の矢は狂いなく五百蔵の左手を狙い、左手に顕現していた魔術とぶつかって相殺した。
「かっ! 全力の奇襲がそれ一発で相殺かァ……!」
背後を顧みる。ほんの数メートル後方にカイが居た。
(旦那……!)
思わずコウの目頭が熱くなる。かつてもこんなことがあった。どこからともなく飄々と現れる。カイがいなければ、コウの命は十年以上まえに潰えていた。
その恩義に、言葉で返すことが出来るはずがない。今、コウが出来ることはただ一つ。
(五百蔵の魔女を殺して旦那を守り通す……!)
カイの結界を内側から破り、がっと地面を蹴る。数瞬の前に凍てついた空気を裂いて、コウは敵意の眼差しを向けた。左手に蓄えられた魔力も失せ、完全なる奇襲を喰らって状況を掴みかねているはずの魔女に、一息で距離を詰める。
人指し指の肉を噛み千切る。傷口から溢れた血は刀のような鋭利な長爪になった。『紅』の妖術。文字通り真紅の得物を纏う腕を突き出し、魔女の腹を突き破れと咆哮する。
踏み込む、魔女の領域に。紅の閃きに『攻』のあざなの加護。妖血の長爪が幾重に張られた魔女術の障壁を引き裂いていく。
次の瞬間、コウに与えられた感覚は、女性独特の柔らかい肉を引き裂くものではなく、鉄塊をぶつけられたような重厚な横殴りの衝撃だった。
「がっ――あぁぁぁああああああ……!!!」
血反吐を撒き散らし、コウの体は盛大に吹き飛んだ。校庭に体を打ち付けられ、体が跳ねるように転がった。地面の凹凸にじゃりじゃりと体を削られながら、遅れて自分が魔女に“蹴られた”のだと気がつく。そうと分かってもうまく認識を飲み込めない。それほどに五百蔵の身体強化の魔術は常軌を逸していた。
蹴り飛ばされた左肩と腕は、骨がばらばらに砕けている。内部組織がぐちゃぐちゃになっていて、すぐに再生することは難しい。内臓も衝撃でかなりやられていた。『運良く』腕が緩衝剤にならなければ、体はもっと深刻なダメージを負っていたはずだ。今はどうにか僅かな時間で問題なく動けるレベルにある。だからといって体を休める暇があるほど、状況は穏やかではなかった。
魔女の左手は徐々にまた藍色の光が灯り始めている。カイは機敏に動き回り、『界』を組み合わせてなんとか凍結の魔術をかわしているが、一瞬のミスで命を奪われる状況にあった。妖魔と言えども心臓、あるいは頭部を破壊された者は絶命する。
状況はさらに悪い。乱発した妖術のせいで、カイの体力、精神力は極端に疲弊していた。
コウがすぐさま援護に入らなければならなかった。
(二三撃切り合うくらいはできる……せめて一撃だけでも……!)
『紅』の長爪を思い切り魔女に向かって投げ飛ばし、コウは再度駆け出す。一歩を踏み出す度に体が軋んだ。いくら妖魔とはいえ、体を酷使しすぎている。逆流した血が喉から口内へと流れ込んだ。
(こりゃあ……思ったよりも、内臓やられてやがる……)
口から吐きだした血を『紅』で槍に換え、コウは魔女へと突き進む。
その姿を一瞥し、魔女は投擲された爪の軌道からほんの僅かに体をずらした。一刹那、カイから気が逸れる。カイは矢を放つ。残り僅かな妖気を振り絞り、『潰』の――人間など粉々に吹き飛ばす矢。魔女に爪が飛来する。渾身の長さ一尺ほどの抜き身の刀のような長爪、それを右の指の間で挟んで受け止める。投擲の勢いを受け流した腕は、流れるようにカイから放たれた妖術の矢をその爪でたたき落とした。振り切った腕の慣性に従うまま、くるりと身を翻し、ブーメランのように血爪をコウに投げ返す。一連の回転する動きにふわりと浮いた制服のスカート、そこから覘いた腿に装着された銀色の拳銃、ベレッタM92、左手で引き抜き、五百蔵の若き魔女は叫ぶ。
「爆ぜろ!」
俊速の詠唱がカイを襲う。地面に描かれた青の魔術陣から、爆発的速度で冷気が空間に浸透し、避け損ねたカイの左手足が瞬時に凍り付いた。身体の一部が感覚のあるまま凍結される。浸食する、血管を凍てつかせ、痛撃が。
激痛がカイの意識を吹き飛ばす。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
絶叫。それさえ今は魔女を彩る背景と化していた。
投擲された長爪を避けたコウの眼前に、両腕で銃を構えた魔女。まるで兵隊のような、正確無比の射撃姿勢。距離はおよそ一五メートル。あとほんのわずか、優位な領域にコウは踏み込めない。魔女に投げかえされた爪を避けたために、コウは一瞬だけ銃撃への回避が遅れた。
魔女の左手の魔力を込めて放たれた弾丸。正確に心臓が狙われたそれが、『幸い』にも手に持つ槍に掠り、急所から逸れる。が、代わりに冷気を帯びた銃弾は体の内部に入り込み、コウの気道を侵した。思わず気が遠くなる。元から限界を訴えていた体が、ついに足を止めてしまう。さらに打ち出される魔女の追撃。その両足の膝を二つの銃弾が貫き、粉々に破壊する。たまらずコウは絶叫を上げようとして、喉元に放たれた弾丸がコウの声帯を引き裂いた。
「おい! てめぇ!! 待ちやがれ! おい、そいつを殺したら……!」
半身を失って地面に這いつくばるカイを見もせず、ベレッタの発砲が答えとして返ってくる。凍てつく銃弾がカイの肩に激痛を与え、必死の呼びかけを苦痛の叫びに変えた。
膝から下を失ったコウへの追撃は終わらない。脚を使って動くことの出来なくなったコウまで一跳び、崩れ落ちたその背中を踏みつけ、背後から正確に心臓に三発の銃撃。さらに頭部に二発。
凍り付いたコウの脳漿が、校庭の砂塵とともに舞い落ちる。あまりにあっけない、あっけなさ過ぎる戦友の死、それをカイが理解するまでには、わずかな間があった。
「次」
魔女がカイへと向き直る。
「くそっ……! くそぉ……!!」
怨嗟をはき出しながら、カイは残された最期の妖術を編んだ。まだ死ぬわけにはいかなかった。戦友を殺されたままでは。『回』はカイの体を瞬時に移動させる。だがその距離はせいぜい八○○メートルほど。カイがコウと別れた後、コウの援護をするためにたどり着けた限界地点だ。
「無駄なあがきなのに」
無論、五百蔵菊里はその程度の距離を易々と詰めることができる。それに一度覚えた妖魔の気配を辿ることなど造作もなかった。
追撃に向かおうとした魔女は、しかし不意にその足を止める。
「……ホウキか。間の悪い……」
北東から迫り来る新たな妖魔の気配を感じ取り、すぐさま南へと走った。ホウキは妖魔の中でも『鬼』と呼ばれる別格の存在だ。彼女ほどの式者でも、万全の状態を期したい相手だ。結衣がまだ見つかっていない以上、ここでこれ以上の戦闘をするわけにもいかなかった。
「結衣の気配が途絶えた場所の妖魔……逃がさない」
呟きは夜の闇に融けていく。
◆◆◆
カイは廃ビルの屋上で転がっていた。夜明けに空が白み、傾斜した朝日が彼の瞼に差すが、起きる気配はない。殺しに来るはずの式者が引き返したとあっても、いっこうに気分など晴れるわけがなかった。凍り付いて壊死した左手脚は再生する気配がなく、自分を慕うコウは殺された。悔恨することはあれど、安堵するべきことなど何もない。神奈河に敗走知らずと謳われた妖魔が、何十年ぶりに己の“敗北”を痛感していた。
「……なんだァ、結局仲間一人守れねぇのか……情けねぇなァ……」
その日、カイは新たに一つのあざなを得る。「魁」ではない。『獪』の一字であった。
【残り26日】
◆◆◆
体がひどく疼いていた。結衣は一人、隠れ身の結界に閉ざされた円角寺の中を歩いている。己の内に昂ぶる情欲を持て余したまま、なにかにすがるように縁側から映る視界に意識を集中しようとしていた。澄んだ月明かりは宵に溶けて蒼く、静謐にその庭を照らしている。静か過ぎて、却って不安が募った。この結界の外に蠢く妖魔の焦燥も、研ぎ澄まされた式者の殺気も、隔絶されたこの場所には届かない。結衣は夢の中にいるような気分になった。
この結界の中ならば、どこでも自由に歩き回って良いことになっている。もっとも三日三晩犯され続けた身には、その制限された自由を喫するのは初めてのことだったが。わずかとも代わり映えのない庭から視線を反らし、そろそろと部屋に戻った。何気なく鏡に目がいく。いや、きっと心のどこかで探していた。自分を映す、その無機質な境界を。映し出された表情はとても自分のものだとは思えないほど艶めいている。上気して仄かに赤みが差した肌に、哀願を請うような潤んだ瞳。濡れた唇から、熱い吐息が零れていく。
(知らない……こんな私の顔、知らない……はずなのに……)
立ち尽くす。見たこともない自らの艶姿にみとれて。
見慣れた巫女服が、まるでどこか異国の衣装のように感じられた。式者の持つような鋭さを何一つ纏っていない。あるのは雌の本性を晒し出された、一人の少女の姿だけだ。
外からも内からも淫魔の精液に浸されたが体のことを、結衣は良く分かっている。それが通常とは全く違うことなのだと、理性が彼女に訴えている。
けれど。
彼女の腕が、小さな手の平がその胸の膨らみに伸びる。そっと手を這わす。這わすだけ。思いとどまった。戻れなくなると、分かっていた。
(でも……)
知ってしまっている。少女の体は肉の悦びを、いやというほど味わっている。
その乳房が甘い毒に侵されていることは分かっている。もしも刺激すれば、際限なくそれ以上を求めてしまうことも。そうすれば、あの妖魔達の思う壺だということを分かっていてなお――。
「……ん……」
彼女の手が左の乳房をやんわり揉んだ。じわっと快楽が体中に伝播していく。胸から心臓に響いて、喉をせり上がって、口から吐息を零して、頭に届く。思考に靄がかかっていく。無意識に服の上から、敏感な頂点を摘んだ。結衣はぴくっと体を反らせ、下半身に直接響くようなその快楽信号に耐えた。二度三度とそこを刺激し、指で弄ぶように転がした。まるで妖魔に犯されている時のように。巫女の緋袴の下の下着から、とろりと蜜が滴り落ちた。それがもう、我慢の限界だった。
はしたなく緋袴を託し上げ、下着に手を伸ばそうとした瞬間、結衣の手は凍り付いた。首の呪印が、ちくりと喉に刺激を与える。それは警告。それ以上の行為は契約違反となることの。結衣はキョウににより、自慰行為を制限されている。必ず、彼女に許可をとらねばならない。そんなことなど、出来るはずないのに。
(したいのに……もう……むり、だよぉ……)
どうすることも出来ずにじっと淫欲に耐える。
けれどどうしてその姿が、同居人に見られないことと思ったのか。唯一この空間、この位相にいるのは淫魔ただ一人だというのに。
いや、と少女の頭のどこか冷えた部分が思い直す。本当は気付いていた。もっと正確に言うなら気付かれるだろうと思っていた。そしてその後、その淫魔が自分をどうするかも。気付いていた? 期待していたといった方がむしろ適切だろうか? そんな逡巡を繰り返していた時にはもう、キョウが背後にいた。
「こら」
そのまるで悪戯をした子を叱るような、けれどひどく艶めく声音に、頭がくらくらと酔い始める。寝台からそのまま来たのか、素肌の体温がそっと押しつけられる。結衣に後ろから手を回して拘束していた。、
「なんて格好してるのかしら?」
上機嫌なのか、キョウの声は弾んでいた。結衣はその問いに答えようとして、ふっと鏡を見入る。
白衣に皺を寄せ、自らの胸を慰める左手。右腕はたくし上げられた緋袴を肘で押さえつけ、指を秘所にあてがおうとしていた。緋袴の中で震える脚、その太腿に透明の粘液が伝い、秘所は愛液でぐちょぐちょになり、それを吸ったショーツがかすかに透けていた。短くさらさらの黒髪には汗に濡れてうなじに張り付き、気の強そうなアーモンドの瞳は、とろんとして焦点を失っている。余りにも淫靡な姿に、少女の頬はさっと朱に染まった。
少女のお尻をキョウの手が撫で回し、果実でも握り潰すように臀部の肉を掴んだ。
「……っ」
声を抑える。胸やお尻の柔らかい肉には、淫毒がいやというほど染みこんでいる。今の結衣はにはお尻を触られることさえ、秘肉を弄ばれているような甘い刺激になっていた。それに下半身へのいたぶりだ。それは秘所への蹂躙を連想させ、どうしようもなく結衣を疼かせた。
「随分溜まってるみたいだね」
くくくっとキョウは忍び笑いをした。結衣は何も言うことができず、じっと耐えている。
「ほら、舐めな」
仁王立ちで突き出された妖術のペニスに、フェラチオを強要される。当然逆らうこともできずに、口に含んだ。この数日間で随分慣れた行為だ。ただ今夜は少し趣が異なる。なにせ体が耐え難いほど欲しがっているのだ。そのグロテスクな肉塊を。
結衣の体は覚えさせられている。その反り返りが、結衣の秘肉のひだ一枚一枚を舐めるように刺激し焦らすことを。節そのくれ立った肉棒が膣を満たし、幾度も子宮を揺らして絶頂に押し上げてしまうことを。はき出される精液が、最高の恍惚を与えることを。
口にソレが挿入されている間、自分が犯されている情景を想像していた。妄想といってもいい。それほどに耐え難い欲求だった。
三十分ほど口内を犯され、その精液がはき出されたのは結局口の中だった。前回と同様、口の中で一度じっくりと味わわされた後、一息に嚥下させられる。
(また……飲まされちゃった……)
表層ではそんなことを思いつつも、本当はどうでもいいと知っている。今大事なのは、
「ふふふ、そんな物欲しそうな目しても、今日はおしまい」
「……え?」
すぐに意味を理解出来ず、結衣は硬直した。
「しばらく苛まれなさいな。そうね。おねだりくらいはして欲しいものだけど……」
そういって薄く笑い、キョウは消える。どうやら結界内の一段深い位相に移動したようだった。式者の力を失った結衣には、ずれた位相まで移動する事は出来ない。
「~~~~!」
悔しくなって、思い切り床を叩いた。自分でもなぜそうしたのか分からない。ただ何にでもいいからアタりたかった。それでも巫女の力を失った彼女には、外見相応の力しか出せなかった。そこではたと気付く。もしも何か人智の及ばぬ力を使えるのだとしたら、それは 、、、、、、、、、
――妖気くらいのものだ。
頭に昇った血が、淫毒に侵されていた思考が、すっと温度を奪われて冷えていくような気がした。
結衣は結界を編むことは出来ない。それは巫女に固有な呪術だから。けれど、妖術と魔術はそれらを為す力の根源似ている。少なくとも結衣の記憶ではそれらは酷似していた。
魔術――正確には西洋から魔女術(ウィッチクラフト)としてこの極東に伝わり、幾代か世代を重ねる内に最適化、高効率化されきたその魔術に。歳は結衣よりも一つ年上だが、式者としては遙かに格上の人に教えてもらったその神秘。
結衣は試しに編んでみる。妖気は手の平で渦巻き、やがて妖術として顕現する。
「……爆ぜろ」
呟く。元は凍結の魔術だったが、根源の力をかえて編まれたその術は、結衣の前で小さな炸裂音を上げて砕け散った。一切の効率化だされてない、ただの魔力放出は、しかし不完全ながらこの世に顕現した。結衣の手にスミレ色の燐光が舞い散る。それがどうしてか綺麗に見えて、試しに妖気を体に纏ってみる。さながら殺気でも纏うように。
「馴染む……?」
手を握り、開き、彼女は思ったのだ。それはきっと妖魔の精を受けたからだと。その身が穢れてしまったからだと。
少女がそれに懐疑を持つのはちょっと先の話。あるいは、
、、、、、、
あるいは、そう、ほんの少し前の話――。
【残り25日】